香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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香取隊Ⅶ

 

「────────来たか」

 

 王子は小さく呟き、それと共に駆け出した。

 

 上空から迫るは、無数の光弾。

 

 射撃トリガー、追尾弾(ハウンド)

 

 この試合でこのトリガーをセットしているのは二宮と王子隊の他は一人しかおらず、必然的に樹里の射撃である事が確定する。

 

 弾丸はどうやら速度重視に設定されているようで、通常のそれよりも弾速が速い。

 

 逃がさない、という意思が透けて見えるようであった。

 

 王子はそれを避けるべく、脇目も振らずにビルに向かって疾駆する。

 

 ハウンドであればシールドで防げば大丈夫、とは思わない。

 

 確かに、ハウンドは威力はそう高くはない。

 

 通常であれば広げたシールドでも受け止められるし、相当量を喰らいでもしない限り貫通される事はない。

 

 だが、相手が高いトリオンを持つ樹里であればそうはいかない。

 

 トリガーの威力は使用者のトリオン量に比例する以上、たとえハウンドであってもその威力は侮れるものではない。

 

 加えて、下手にシールドで受け止めようものならその上からアステロイドもしくはイーグレットが叩き込まれる。

 

 原理は、二宮の両攻撃(フルアタック)と同じだ。

 

 ハウンドでシールドによる防御を強要して相手の動きを固め、その上から威力の高いアステロイドで削り殺す。

 

 一度でも防御の択を取れば終わりという、凶悪極まりない連携(コンボ)である。

 

 それが分かっている以上、選べる行動は回避しかない。

 

 王子は己の持てる機動力を駆使して、全霊を以て加速。

 

 間一髪でビルの中に飛び込み、その直後彼のいた場所に無数の光弾が降り注いだ。

 

 背後で響く轟音を聴きながら、王子はすぐさま上を見上げる。

 

 ────────そして、()()を眼にした瞬間その端正な顔を歪めた。

 

 彼の視界に入ったのは、天井に空いた無数の穴。

 

 虫食いのように至る所に存在する穴は、明らかに人的な痕跡だった。

 

 それが意味するものを理解出来ない程、王子は愚鈍ではない。

 

 穴の先。

 

 遥か上で、何かが光るのを眼にした。

 

「…………!」

 

 刹那、王子はその場から跳び退いた。

 

 次の瞬間、彼のいた場所に一発の弾丸が飛来した。

 

 空を切った弾は床に着弾し、盛大な破砕音と共にその周囲を吹き飛ばす。

 

 間違いない。

 

 樹里による、狙撃である。

 

 この天上の穴は、彼女が上階から下層を狙う為の監視ロであると同時に攻撃の通り道でもあったのだ。

 

 通常の狙撃手であれば、無数の穴を空けたところでいちいちスコープでそれらを覗き込んでその先にいる標的目掛けて狙撃を行う、といった行動はタイムラグが大きいし明確な隙を晒す行動でしかない。

 

 だが、樹里の場合は話が違う。

 

 彼女は強化視覚の副作用(サイドエフェクト)により、スコープなしで遥か先の空間を視認出来る。

 

 故に樹里は視界の通り道さえあればそれらを瞬時に見回した上でこちらの位置を視認出来るし、スコープを覗き込む必要もないのでいつでも狙撃を実行出来る。

 

 つまり、このビルの中にいる限りいつ何処で樹里による階層無視攻撃が飛んで来るか分からない、という事だ。

 

 最悪なのは、未だ彼女はバッグワームを纏っているので正確な位置が分からず、弾丸の発射地点が不明であるという事だ。

 

 一度撃った以上移動はしているであろうし、次は何処から攻撃が飛んで来るか分かったものではない。

 

 このビルは摩天楼の一角である為、相当な高さを誇る。

 

 トリオン体の脚力を駆使しても、上階まで駆け上がるのには相応に時間がかかる。

 

 その間、王子は常に天井越しにいつ何処から飛んで来るか分からない攻撃に対処しながら進まなければならないのだ。

 

 一瞬も油断出来ない地獄のような舞台(ステージ)を前に、流石の王子も息を呑む。

 

「…………やってくれるじゃないか、ジュリアーナ。けれど、こうでなくちゃ面白くない。この要塞攻略(ゲーム)、受けて立とうじゃないか」

 

 だが、この程度で止まるようなら最初から此処には来ていない。

 

 王子は覚悟を決め、上階へ向かうべく駆け出した。

 

 目指すは、上で待ち構える少女の姿をした怪物的な強さを持つ対戦相手。

 

 相手にとって不足はないと、王子は笑みすら浮かべて走り出すのであった。

 

 

 

 

「王子隊長、単身木岐坂隊員の待ち構えるビルに乗り込んだ…………っ! 早速洗礼が浴びせられますが、何とかこれを凌ぐ…………!」

「木岐坂を狙ったか。妥当な所ではあるな」

 

 実況席では風間がスクリーンを見ながらふむ、と頷く。

 

 画面の中では、散発的に襲い来る天井越しの狙撃を何とか回避しながら先へ進む王子の姿が映し出されている。

 

 それを見た加古はへぇ、と感心したように頷いた。

 

「この分だと、樹里ちゃんは王子くんが来るのを予測してたみたいね。そうでなきゃ、あんな仕込みはしないでしょうし」

「だろうな。状況を考えれば、王子は木岐坂を狙う他ない。消去法で考えればな」

「消去法、ですか」

 

 綾辻の問いに、風間はああ、と答える。

 

「現在、王子が狙える相手は主戦場で戦っている二宮、犬飼、香取。そして、先程の狙撃で位置が判明した木岐坂の四人だ。そして、前者を選ぶという事は二部隊のエースと犬飼の三人を同時に相手にしなければならないという事になる」

「ハッキリ言って、自殺行為よね。護衛付きの二宮くんに近付く事自体リスクが高過ぎるし、彼と戦っている香取ちゃんだって一筋縄でいく相手じゃないもの。王子くん単独じゃ、ちょっと厳しいわね」

 

 加古の言う通り、位置が判明している中で主戦場である二宮・犬飼、香取が戦っている場所に飛び込むというのは、この三名を同時に相手取る必要がある。

 

 犬飼の護衛が付いた二宮という理不尽な強さを持つMAP兵器に加えて、爆発力では他の追随を許さない香取までいるのだ。

 

 現在香取は防戦一方ではあるが、それでも隙を見せた相手を屠る程度は造作もないだろう。

 

 欲をかいてあの場に飛び込めば、集中攻撃を浴びて脱落するのが眼に見えていた。

 

「だから、消去法で彼が狙える相手は樹里ちゃんしかいないのよ。こっちもこっちで面倒な相手ではあるけど、二宮くん達を相手にするよりはマシだもの」

「それは、木岐坂の側も承知していたんだろうな。だからこそ、ああして準備をして待ち構えていたワケだ。来る事が分かっている、王子を迎え撃つ為にな」

「成る程、そういう事でしたか」

 

 綾辻は成る程と、感心した風を装って頷いた。

 

 ある程度は彼女も推測していたであろうが、広報部隊を務めている以上この程度の腹芸は造作もない。

 

 こういう場では実況者は一般人視点を求められるので、質問者に徹する必要があるのだ。

 

 詳しい説明は解説者である二人に任せ、自分は聞き役に徹する。

 

 それが場受けする為の役割分担というものであり、広報部隊としてメディア受けをするやり方を学んでいる綾辻にとっては息を吸うように行える事でしかない。

 

 二人の隊長の陰に隠れがちだが、綾辻も綾辻で伊達にA級部隊のオペレーターをやっているワケではないのである。

 

 この場にいる資格は、充分にあると言えた。

 

「此処から彼が樹里ちゃんの攻撃を掻い潜り続ける事が出来るのか、見ものね。樹里ちゃんは性質的には射手と狙撃手の両方の特性を持っているから、そう簡単にはいかないでしょうけれど」

「それでも、近付けばどうにかなる目がある分主戦場の三人を相手にするよりは遥かにマシだろう。むしろ、あの二人を相手にして未だに粘れている香取の方がおかしいと言うべきだろう」

「それは確かにね。二宮くんと犬飼くんのタッグ相手にあそこまで粘れる相手は、そうはいないと思うわ」

 

 加古はそう言って、別のスクリーンに目を向ける。

 

 そこでは、二宮と犬飼の攻防を何とか凌ぎ続けている香取の姿が映し出されていた。

 

「開けた場所で、尚且つ二宮と犬飼が連携して攻撃して来ているというのに、一向に崩れる様子がない。香取があそこまで粘るのは、二宮隊としても計算外だった筈だ」

「そうよね。普通、開けた場所での戦闘を強要出来た時点で相手は詰んでる筈だもの。幾らグラスホッパーがあるとはいえ、障害物もなしにあの二人を相手にすればその時点で普通は詰みよ」

 

 加古の言葉通り、普通であれば障害物のない場所で二宮と犬飼の二人と相対した時点で大抵の相手は終わりだ。

 

 二宮の射撃の盾となる障害物もなく、しかも的確に逃げ道を塞ぐ犬飼まで同道しているのだ。

 

 一度でも防御すればそのまま削り殺されるという理不尽な状況を前に、生き残れる者はそう多くはない。

 

 むしろ、そんな状況で未だに粘れている香取の方がおかしいのだ。

 

「一応、理由はある。二宮は木岐坂の狙撃や王子隊の奇襲を警戒して、両攻撃(フルアタック)を解禁していない。犬飼が傍にいる以上、リスクを冒してまで防御を捨てる理由はないからな」

「普通なら、犬飼くんと組んで攻撃が出来る時点で相手はそのまま削り殺せるものね。むしろあれは、凌げている香取ちゃんがおかしいというのは同意よ」

「視野が広がっているな。以前と比べて、周りが良く見えている。元から潜在能力(ポテンシャル)自体は高かったが、今はそれが磨き上げられて格段に動きのキレが増している。ダイヤの原石が、ようやく練磨されて来たという事だ」

 

 昔から、香取は秘める能力自体は相当に高かった。

 

 以前は碌に努力をしていなかった上に隊長としての役目を放棄しチームとしても機能していなかった為、それが宝の持ち腐れになっていた。

 

 だが今の香取はしっかりと指揮を行い、隊長としてチームを引っ張り上げる事が出来ている。

 

 それは明確な成長であり、隊長としての自覚を得た事で秘められていた潜在能力(ポテンシャル)が開花したのだ。

 

 だからこそ、あの二人の猛攻を前に未だに生き残る事が出来ているのだ。

 

 こればかりは流石に、二宮隊も想定外だった筈である。

 

「この状況で二宮隊の二人をあそこに縛り付けておく事が出来ている意味は、想像以上に大きい。香取の脱落は避け得ないだろうが、それでもあの二人を他の場所に介入させないという仕事をしている以上はしっかりと釣り合いが取れていると言える」

「そうね。下手に二宮くんが他の場所にちょっかいをかけようとすれば、その隙を突かれてやられる可能性もゼロじゃないもの。それを考えれば、今あの二人は香取ちゃんによって身動きを封じられていると言えなくもないわ」

「以前の香取であれば、このような囮役をこなす事はなかっただろうな。そういう意味でも、成長が垣間見える」

 

 二宮と犬飼の二名が香取相手にかかりきりになっている以上、この戦場で最も凶悪な盤面干渉能力を持つ駒が封じられているに等しい。

 

 何せ、下手に他を狙えば容赦なく香取がその隙を突いて来るのが眼に見えているからだ。

 

 今の香取は諦観から防戦を行っているのではなく、自ら囮になる気概で二宮達を相手取っている。

 

 既に自らの生存は捨てているのは明らかであり、故にこそ行動に迷いが無い。

 

 先程から隙あらば離脱しようとはしているが、強引に突破をしようとはしておらず、少しでも長く二宮達をあの場に縛り付けようとしている意図が透けて見える。

 

 二宮隊もそれは分かっているであろうが、攻めっ気の無い相手を崩すのに相当骨が折れている様子であった。

 

 以前の香取であれば、自分しか点の取れる駒がいない為に無理をしてでも相手を倒しに行くしかなかった。

 

 丁度ポイントゲッターが自分しかおらず射手というポジションであるのに前に出るしかない那須隊の那須玲のように、リスクを度外視してでも無茶をする必要があったのだ。

 

 故に彼女を崩すのは上位の実力者からすれば難しい事ではなく、だからこそ香取隊の戦績は燻っていた。

 

 だが今は樹里という大型のポイントゲッターが加入しただけではなく、他のチームメイトもしっかりと戦力換算出来るようになっている。

 

 香取が隊長として指揮を執るようになり、大局を見極める眼も持つようになった事も大きい。

 

 自分だけで頑張るしかない、という以前の状況とは前提条件が違うのだ。

 

 だからこそ、香取は捨て駒とも言える囮役を自ら引き受けたのである。

 

 恐らくそれは、樫尾を討ち取る為にあの場に飛び込んだ時から覚悟していた事だった筈だ。

 

 何せ、樫尾を倒せば二宮隊の標的が自分一人に向かう事は分かり切っていたのだ。

 

 その状況で敢えて飛び込んだのだから、今の状況が予測出来ていなかった筈が無いのである。

 

 隊長としての、自覚と覚悟。

 

 それが香取に芽生えていた事で、翻弄されるばかりだった序盤から此処まで状況を持ち直す事が出来たのだ。

 

 今の彼女を見て香取隊を侮る者は、まずいないだろう。

 

「そして、香取が時間稼ぎを引き受けている以上狙いは木岐坂の側にある事は明らかだ。恐らく香取隊は王子が木岐坂を狙うのを承知の上で、逆に返り討ちにして点にするつもりだろうからな」

「そうね。王子隊も点が欲しい以上、動かないという選択肢はないもの。つまるところ、両者が承知の上で動いた結果、と言えなくもないわ」

「そうだな。つまるところ、この盤面は香取隊と王子隊の双方が共に描いた絵図と言っても過言ではない。残る問題は、どちらが勝者になるかだけだ」

 

 風間はスクリーンを見据え、薄く笑みを浮かべる。

 

「香取隊が返り討つか、それとも王子隊が討ち取りに成功するか。もしくは、()()()()か。この試合の顛末は、あちら側の戦場で決まる事になるだろうな」

 

 画面の中で、王子がビルを駆け上がっていく。

 

 それを迎え撃つ樹里の姿も、同時に別のスクリーンに映る。

 

 試合の趨勢は、もう一方の戦場に委ねられたのだった。

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