香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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騒乱の足音

 

「はぁぁ…………」

「あー、太一。落ち込むのもそのくらいにしたら? 小テストの結果くらいなら、そこまで成績に影響はないでしょ」

 

 三門第一高等学校、1-C教室。

 

 昼休みになった途端────────否。

 

 先程の四時限目の数学の小テストの結果が返って来て以降どんよりと沈んだオーラを纏っていた太一を見かねて、佐鳥は声をかけた。

 

 別役太一。

 

 彼はボーダーの鈴鳴支部の隊員であり、佐鳥と同じ狙撃手の一人だ。

 

 性格は明るく、ムードメーカーと言って差し支えない。

 

 少々、どころかかなりうっかりした所はあるものの、その裏表のない純粋さを佐鳥は好んでいた。

 

 様子を見る限り、先程返却された小テストの結果が振るわなかったらしい。

 

 彼の成績はお世辞にも良い方とは言えないので、太一のテストの点数が振るわないのはいつも通りと言えばいつも通りではある。

 

 しかし今回に限って彼が此処まで落ち込んでいるのは、テスト前に聞いた話通りならば敬愛する来馬の指導を受けて尚そんな結果だったからだろう。

 

 鈴鳴第一は隊長である来馬を崇拝と言って良いレベルで慕っている隊員達によって成り立っているので、そんな彼に目をかけて貰いながら不甲斐ない結果だった事が彼自身許せないのだ。

 

 太一は空気は読めないしズレた思考で場をかき乱す天然のトラブルメーカーだが、実の所責任感は結構強い。

 

 だからこそ日頃からその強過ぎる責任感が空回りして暴走しているとも言えるが、少なくとも彼は受けた恩に報いる事が出来なかった事を本気で悔いているのは事実だ。

 

「でも、前に来馬さんに教えて貰った時は良い点数獲れたじゃん。今回は調子でも悪かったの?」

「…………解答欄を、一つずつズラしてたみたいで」

「あー…………」

 

 そして、その原因が自身のうっかりミスとなれば、やりきれない想いを抱くのも当然といえば当然だ。

 

 彼らしい顛末とも言えるが、クラスのムードメーカーを落ち込ませたままというのも忍びない。

 

 佐鳥は仕方ない、と割り切ってお節介を焼く事にした。

 

「そういう事なら、今回の結果を正直に報告して次はちゃんとやるって来馬さんに言えばいいさ。あの人なら、ちゃんと話を聞いてくれるっしょ。太一が頑張ったのは、来馬さんだって分かってるだろうしさ」

「…………! 分かった! じゃあ、早速来馬さんに電話を────────」

「いやいや、放課後まで待ちなさいよ。急いで電話で言うよりも、直接会って話した方が良いっしょ?」

「あ、そうだよなっ! サンキュ」

「どうしたしまして」

 

 秒速で立ち直った太一を見て、佐鳥は内心でやれやれをかぶりをふった。

 

 太一は感情豊かで、割と思い込みが激しい。

 

 一度落ち込むと周囲に分かるレベルで暗くなるが、新たな目標を設定してやれば後ろを振り向く事を止めて全力で前進するという性質がある。

 

 彼が落ち込んでいる時は慰めるのではなく、次にやるべき事を提示してやるのが一番効果的なのだ。

 

 いつもやる気が空回りする太一なだけに、放っておくと何をしでかすか分かったものではない。

 

 なので、スマートに太一を宥めて見せた佐鳥の手腕に半崎や笹森は内心で拍手を送っていた。

 

 下手をすればあのテンションの太一と放課後まで付き合う羽目になりかねなかったので、佐鳥の手際の良さに本気で感謝していた。

 

「賢。話は終わった?」

「ああ、ごめんごめん。何か用だった?」

 

 そんな折、佐鳥はいつの間にかジト目でこちらを睨んでいた樹里に視線を向けた。

 

 どうやら樹里は佐鳥が太一と話し終えるのを待っていたようで、自分を後回しにされたと思ったのか若干機嫌が悪い。

 

 ちなみに、樹里の成績はそれなりに良い方だ。

 

 三年間の記憶の空白がある樹里ではあるが、高校入学前に佐鳥と共に荒船に勉強を教わった結果、彼が呆気に取られるレベルの学習能力を見せて今では立派な成績上位者の一人となっている。

 

 香取経由の情報では昔から地頭は悪くなかったとの事だが、これ程とは思っていなかった佐鳥はあっという間に学力で追い抜かれた事に色々煩悶する事になった。

 

 当然先程の小テストも何の問題もなく高得点を取っていたようで、彼女が高校入学以来勉強で困った姿は一度も見ていない。

 

 秀才ではなく、天才タイプ。

 

 そう称するのに十分な才覚を、彼女は持っていたのだ。

 

「今日、定期健診だから。一緒に付いて来て。それから」

「了解了解、分かってますよっと」

 

 そんな彼女の要求は、定期健診の付き添いである。

 

 樹里はとある事情により、定期的にボーダーの開発室に赴き定期健診を受けている。

 

 今日は丁度、その健診のある日なのだ。

 

 診察のスケジュールは本部の方で管理されており、場合によっては学校を早退して受ける場合もあるが、今日は放課後で良いとの事なので佐鳥に同行を求めた、というワケである。

 

 樹里は理由は理解していないまでも、自分が一人で歩くとうるさいナンパ男(ムシ)が寄って来る事を本能的に悟っている為、佐鳥を虫除けに使おうという魂胆もある。

 

 無論、無意識的にだが。

 

 基本的に樹里は情動の赴くままに生きている為、色々考えているように見えて割と思い付きで行動しがちだ。

 

 太一と異なるのは地頭が良いので行動に迷いがなく、突発的に見えて色々計算もしているので、多少自分の望む方向に物事を運ぶ程度は朝飯前だ。

 

 だからこそ、佐鳥の逃げ道は日に日に塞がっているのであるが。

 

「って、樹里ちゃん。今日もゼリーだけ? ちゃんと食べないと身体に悪いよ?」

「別に、あんましお腹すいていないし。弁当作るの、面倒」

「流石に、低血圧の樹里ちゃんにそこまでは言わないからさ。コンビニのおにぎりくらい買っておきなって。穀物取らないと、成長出来ないよ?」

 

 そんな樹里が食べているのは、果実入りのゼリーである。

 

 彼女は料理自体あまりせず、朝も低血圧なので早起きして弁当を作る気がそもそもない。

 

 加えてあまり食事に頓着しない為、放っておくとこうしてゼリーだけとか栄養補助食品だけとか、そういうもので済ませがちだ。

 

 彼女に弁当を作れと言ったところで無駄なのは分かっているので、せめてご飯類を食べさせようと配慮する佐鳥ではあるが、今のところ聞いて貰えた試しはあまりない。

 

 佐鳥が時間のある時はおにぎりを用意したりもしたが、その場合は拒否せず食べている。

 

 樹里は自分で用意するのが嫌なだけで、昼食が用意されているのであれば遠慮なくそれを食べるのだ。

 

 究極のものぐさ体質ではあるが、ある意味年頃の女子のスタンダードなどこんなものだろう。

 

 そんな、他の女子に聞かれたら顰蹙ものの内容を脳裏に浮かべていた佐鳥であった。

 

「…………? 一応、胸のサイズはC────────」

「いや成長ってそういう意味じゃないから何口走ろうとしてんの樹里ちゃん」

 

 天然なのかわざとなのか不明な爆弾発言をしようとした樹里の言葉を遮り、佐鳥はため息を吐いた。

 

 流石に、日の高い内から学校でするような話題ではない。

 

 そこで、ふと魔が差した。

 

 樹里はスレンダーな体型であり、身体の凹凸はそこまで目立たないが透き通るような存在感と合わせて儚げな美貌を持っている。

 

 しかしいつか垣間見てしまった彼女の乳房のサイズはそこまで小さいものではなく、むしろ着やせしていて────────。

 

(いや何考えてんだオレは…………っ! 考えるな感じろいや感じてどうすんだオレェ…………ッ!)

 

 思わず混じってしまった邪念に全力で抵抗する佐鳥の百面相を見て、樹里は訝し気に首を傾げる。

 

 しかし、直感で佐鳥が彼女にとって都合の良い思考を巡らせたのを察知したのだろう。

 

 不意に口角が吊り上がり、樹里の瞳がチャシャ猫のように細められて。

 

 

『緊急警報────緊急警報────(ゲート)()()()()()()します────市民の皆様は、直ちに避難して下さい────繰り返します────』

 

 ────────非日常を伝える警報が、その在ってはならない内容と共に盛大に鳴り響いた。

 

 緊急警報。

 

 それは、近界民(ネイバー)襲来を告げる警報であり、この街では既に馴染みとなったものだ。

 

 しかしそれはあくまで警戒区域に近界民が出現する場合であり、今の放送の内容は普段のそれではない。

 

 ()()()()()()()()()()と、そうハッキリ言っていたのだから。

 

「…………!」

 

 そして、その言葉は現実となった。

 

 窓の外、校庭。

 

 そこに、見慣れた黒い穴が出現していた。

 

 トリオン兵を送り込む為の転移装置、(ゲート)

 

 それが、警戒区域ではない────────────────つまり、()()()()()()()()()()()()に。

 

 容赦なく、現れてしまった。

 

「へ…………?」

「…………マジか」

「嘘だろっ!?」

 

 その有り得ない光景に、ボーダー所属の三人は息を呑む。

 

 市街地への、門の出現。

 

 それがどれ程重い意味を持つのかという事よりも、まず有り得ないと思われていた事態への混乱が先に来ている。

 

 すぐさま対処に動くのが正解だが、三人は驚きのあまり固まってしまっている。

 

「樹里ちゃん」

「了解」

 

 対して、A級隊員である佐鳥の行動は迅速だった。

 

 樹里に声をかけて共に換装し、すぐさま窓を開いて射線を確保。

 

「────────ヒット」

 

 開け放たれた窓から撃ち出された樹里の弾丸が、門から現れようとしていたバムスターの急所を直撃。

 

 学校へ現れようとしていたトリオン兵は、三門の地を踏む事なく沈黙した。

 

「…………! あ、す、すまねぇ」

「悪ぃ、対処が遅れた」

「ご、ごめん」

 

 佐鳥と樹里の迅速な行動に対し、動けなかった三人は謝罪の言葉を口にする。

 

 防衛隊員として、いざとなれば武器を取り市民を守る。

 

 その為に本部以外でのトリガー使用を許されているのに、この体たらくでは情けない。

 

 彼等三人は、本気でそう思い猛省していた。

 

「とにかく、非常事態だ。先生、俺等はこのまま様子を見に行くので生徒に指示をお願いします。場合によってはすぐに避難出来るようにしておいて下さい」

「わ、わかった」

 

 しかし、今やるべきは後悔や糾弾ではなく事態の解決だ。

 

 佐鳥は異常事態を察知して教室に戻って来た担任教師に簡単に指示を伝えると、樹里を伴い教室を飛び出した。

 

 廊下からではなく、窓から。

 

 呆気に取られる同級生の姿がチラリと映るが、トリオン体であればこの程度の高さは何も問題にならない。

 

 スムーズに校庭に着地し、本部と通信を繋ぐ。

 

「こちら佐鳥、三門第一高校に門が出現しました。近界民(ネイバー)は撃破しましたが、状況はどうなっていますか?」

『現在、市街地複数個所に(ゲート)が出現しています…………っ! 近場の隊員が対処していますが、手が足りません…………! 至急、指定した場所へ急行願いますっ!』

「了解しました。指示に従います」

 

 佐鳥は本部との通信を終えると、状況の悪さに内心で舌打ちをしながら樹里に向き直る。

 

「樹里ちゃん、このまま他の場所に行って市街地に出現した近界民を叩くよ。まずは────────」

「賢。それはいいけど、あそこマズイよ」

「え…………?」

 

 そこで、樹里が遠くを見ている事に気付く。

 

 彼女の視線の先を追い、その先にある建造物の事を思い出す。

 

 三門第三中学。

 

 この学校は今佐鳥達のいる第一高校のように、正隊員が複数人在籍しているワケではない。

 

 つまり、その場で近界民に対抗出来る隊員がいない。

 

 あの学校にいるのは、トリオン兵との戦闘では使い物にならない訓練用のトリガーを持ったC級隊員だけだ。

 

 加えて、明らかな異常事態を告げる土煙が学校の方から上がっている。

 

 恐らく、というか確実にこの場所のように近界民の襲撃を受けている。

 

 抵抗可能な人員がおらず、本部からも遠い。

 

 多くの市民が在籍する、公共施設が。

 

「ま、ずい…………っ!! でも、今から走っても間に合わな────────」

 

 考え得る限り最悪の事態に直面し、佐鳥は顔を青ざめさせる。

 

 だが。

 

「賢」

 

 そんな佐鳥に、樹里は冷静に声をかける。

 

 非常事態なのに、それを理解していないのか。

 

 否。

 

 彼女は、明確な()()()を既に用意していたのだ。

 

「屋上、行くよ。わたしなら、あそこからでも()()()から」

 

 

 

 

「く…………!」

 

 三雲修は、窮地に陥っていた。

 

 突如として学校に出現した近界民、モールモッド。

 

 多脚型の昆虫を思わせるフォルムのそのトリオン兵は、素早い動きと鋭利なブレードを持つ強敵だ。

 

 少なくとも、修にとっては。

 

 正隊員にとってはちゃんと戦えば倒せる相手でしかないが、雑兵のバムスターにすら手こずる修にとっては絶対に勝てない類の相手である。

 

 加えて彼が持っているのは訓練用のトリガーであり、肝心の威力も足りない。

 

 そんな状況でも修が戦う事を選んだのは、放置すれば間違いなく学校から犠牲者が出てしまうからだ。

 

 バムスターであれば最悪呑み込まれたとしても救助すれば助かる芽はあるが、モールモッドは戦闘用トリオン兵。

 

 敵兵の鹵獲ではなく排除を担当する存在である以上、容赦なく人間を殺傷するだろう。

 

 それを防ぐ為に修は戦ったのだが、如何せん経験がなさ過ぎた。

 

 王子から教わったのはあくまで射撃トリガーの基礎と応用であり、具体的な戦術までは教えて貰ってはいない。

 

 そもそも、彼から教えて貰ったのはあくまで()()()についての技術であり、トリオン兵相手の戦い方は教わってはいない。

 

 何故なら、トリオン兵相手の戦い方をわざわざ教える、というのがボーダー隊員の思考にはないからだ。

 

 基本的に、トリオン兵とは()()という認識が正隊員の中では一般的だ。

 

 バムスターを倒せない隊員は正隊員であればまずいないし、戦闘用のモールモッドであろうとも油断さえしなければ早々負ける事はない。

 

 故に、わざわざトリオン兵相手の戦い方を教える、という思考にそもそもなり難いのだ。

 

 加えて、王子が修に乞われたのはランク戦で勝つ方策であり、トリオン兵を駆除する方法ではない。

 

 それでもランク戦のログ等を見ていれば多少は戦場での動き方も理解出来ただろうが、そのあたりは後回しにしていた為に戦闘に関しては素人同然である彼に、いきなり飛び込んだ戦場で最適解を出せというのは無理が過ぎる。

 

『戦闘体活動限界』

「く…………!」

 

 粘りはしたが、力及ばず。

 

 修はモールモッドの一撃を受け、トリオン体が崩壊。

 

 戦闘体が解除され、生身の姿が曝け出されてしまう。

 

 今も尚無機質な殺意を緩める気配のない、モールモッドの眼前に。

 

(やられる…………!)

 

 トリオン体を破壊された以上、最早抵抗の手段は無い。

 

 振り下ろされるモールモッドのブレードを見て、修は死を覚悟した。

 

「え…………?」

 

 だが。

 

 そのブレードは、振り下ろされる事はなかった。

 

 突如、窓の外から飛んで来た一発の弾丸。

 

 それが、的確にモールモッドのカメラアイに直撃。

 

 急所を射抜いた事で、モールモッドが沈黙したからだ。

 

「一体、何が…………!?」

 

 事態を把握出来ず困惑する修の眼に、壁を伝って這い上がって来た二体目のモールモッドの姿が映る。

 

 万事休すか、と思われたが。

 

「…………!」

 

 再び、弾丸が飛来。

 

 校舎内に乗り込もうとしていた二体目のモールモッドは、一体目と同じく一撃で急所を穿たれ落下した。

 

「今のは、一体…………」

 

 助かった安堵よりも、困惑が先に来る。

 

 修は、急展開に頭が付いていけず、呆然としていた。

 

 

 

 

「目標沈黙。終了」

 

 彼は、想像もしていなかっただろう。

  

 今の狙撃が、遠く離れた第一高校の屋上から放たれていたという事を。

 

 樹里は二丁のイーグレットをその手に、超遠距離狙撃を成し遂げたばかりとは思えない自然体で。

 

 スコープも使わず、己の強化視覚(しりょく)だけでトリオン兵の残骸を前に困惑に染まる修の姿を見据えていた。

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