香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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香取隊式カウンセリング②

 

 

「今頃、香取隊は話し合いの真っ最中って所かしらね」

「そうだな。発破はかけたし、そうなっているだろう。今の香取なら、抜かりはあるまい」

 

 加古と風間は実況席を辞した後、帰りの道を同道していた。

 

 これが二宮であればさっさと姿を消したかもしれないが、風間には加古から離れる積極的な理由はない。

 

 向かう先も似た方向なので、こうして共に歩いていたというワケだ。

 

 話題は自然、香取隊の事となる。

 

 ああいった顛末を迎えたのだから、気になるものは気になるのだ。

 

「へぇ、随分香取ちゃんの事を買ってるのね」

「以前、多少ではあるが手解きをする機会があったからな。その時にある程度助言はしたし、あいつの事情もそれなりに知っている。()()()()()()()が、今の香取隊を取り巻く環境くらいはな」

「成る程。そういう事だったのね」

 

 加古は風間のニュアンスからこの話題がデリケートなものである事を察し、頷く。

 

 風間は口に出せない、つまり()()()()()()という事を強調して説明している。

 

 つまりそれは香取隊を構成する何かが機密事項に関わっているという事の証左であり、消去法から考えればそれが該当するのは樹里だけだ。

 

 加古は樹里の事情など知らないが、彼女が色々ときな臭い事は感じ取っている。

 

 何せ、一年前にいきなり現れて入隊し、優秀な成績を修めた大型新人だったのだ。

 

 高いトリオンと、類稀なる戦闘センス。

 

 そういった恵まれたものを持ちながら、何故かチームに属さずソロで活動を続ける変わり者。

 

 この時点では少々奇特な人物であるというだけだったが、彼女には必ず何かあると加古は睨んでいた。

 

 何せ、広報部隊の一員である佐鳥が常に一緒に行動し、その事を咎められもしていないのだ。

 

 広報部隊である嵐山隊の性質を考えればスキャンダルになりかねない行動は止められて然るべきであるが、そういった気配もない。

 

 少し勘を働かせれば、何かあると勘付くのは容易い。

 

 むしろ、敢えて佐鳥の動きを隠さない事でそれを察し易くしている節もあると加古は見ていた。

 

 彼女の推察通り、樹里の問題は根が深い。

 

 故に少しでも()()()()()が増える可能性が高まるのは、望ましい事なのだ。

 

 そういった裏を知らずとも、ある程度は察している加古であった。

 

「ともあれ、若村の件に関してはすぐに片が付くだろう。問題はハッキリしていたし、若村自身もそこまで捻くれた性格ではない。言葉を選べば、納得させるのはそう難しくはないだろう」

 

 だが、と風間は続ける。

 

「木岐坂は、相当な難物だ。少なくとも若村のように、言葉だけで説得出来る相手ではない。それをどうするかが、香取の隊長としての資質の見せ所となるだろうな」

 

 

 

 

「さあ、今度はアンタの番よ。樹里。けど、まずは言わなくちゃならない事があるわよね?」

「…………わた、しは…………」

 

 香取に詰め寄られ、樹里は言葉を詰まらせる。

 

 チラチラと若村の方を見ているあたり思うところがあるのは確かなようだが、それを巧く言葉に出来ないらしいというのは見て分かった。

 

 彼女は、若村の懺悔を聞いていた。

 

 香取の言葉に従い退室した直後、とうの香取本人から「話が聴こえる場所に隠れてなさい」と華経由で指示が下り、今に至る。

 

 どうやら香取と華は共にトリオン体になっていたらしく、内部通信でいつでも連絡出来るようにしていたらしい。

 

 流石に手回しが早いと感心する一方、その後の顛末によって樹里の心は揺れに揺れていた。

 

 何せ、若村の葛藤を直に聞いてしまったのだ。

 

 樹里の認識では、若村は浅い考えしか持たない未熟な人物だった。

 

 自分に惨敗した事で色々思うところがあったのか香取と醜い言い争いをする事はなくなったが、本質的に彼は凡人だ。

 

 天才の香取を理解する事など出来よう筈もなく、精々が身の程を知って大人しくなった程度だろうと。

 

 そう、思っていた。

 

 しかし若村は自分なりに香取と向き合う覚悟を決め、自身を至らないと考えひたすらに前を向こうとしていた。

 

 思い込みが激しい性質が災いしてひたすら悲観的になってはいたようだが、彼は香取の為に足を進める事を止めていなかった。

 

 反省して大人しくしていた、程度ではない。

 

 彼は自省から自らを見詰め直し努力する事を止めず、もがきながらも何とか前を向こうとしていた。

 

 少なくとも、樹里の想像した浅慮で身勝手な人物では決してない。

 

 むしろ、その評価を受けるべきは────────。

 

「…………その、ごめん、なさい」

「え…………?」

「…………わたし、誤解してた…………かも」

 

 ────────そんな彼を見下し歩み寄りを怠った、自分に他ならない。

 

 一方的なレッテルを張り、チームメイトでありながら歩み寄りを拒否し続ける。

 

 そんな愚かな真似をして今回の失態の原因を作ったのは、間違いなく樹里の方なのだから。

 

「…………どうせ、大した事は考えてないんだろうって思ってた。少し反省しただけで、葉子の事なんか理解出来る筈もないって。だから、ごめんなさい」

「あ、えっと…………」

 

 まさか樹里の方から謝罪の言葉が出て来るとは思っていなかったらしい若村は、困惑の表情を浮かべる。

 

 若村にとっては、あくまでも自分が不甲斐なかったから樹里の理解を得られていないだけで、彼女の方に非があるとは思っていなかった。

 

 確かに歩み寄りを拒否されはしていたが、それは若村の至らなさが原因であると考えていたのだ。

 

 故に、何故謝られたかを若村は理解出来ていない。

 

 彼の認識では悪いのは自分で、樹里に落ち度はないのだから。

 

「だから、えっと…………」

 

 だが、樹里自身どう謝れば良いか分かっていない様子でもあった。

 

 色々な想いが交錯して、彼女自身どう言葉を紡ぐべきか迷走してしまっている。

 

 元々言葉選びが得意な方ではなく、身内以外の相手と喋る事にも慣れていない。

 

 何より他人に謝るといった行為自体が不得手であり、未だに若村への反発心が消えていない事もそれに拍車をかける原因となっていた。

 

「樹里、いいから本音をぶちまけなさいよ。今更、何取り繕ってんの」

「葉子…………」

「アンタが麓郎に対して意地を張ってた理由を、さっさと吐きなさいって言ってんの。麓郎が本音をぶちまけたってのに、アンタだけだんまりを決め込むつもり?」

 

 されど、香取はそんな樹里の心境などお見通しだった。

 

 幼馴染としての直感と経験則で、香取は未だに樹里が意地を張っている事を見抜いていた。

 

 確かに殊勝に謝罪の言葉は口にしたが、最後の最後で意地を捨て切れていない。

 

 樹里はダウナーで受動的に見えるが、その実我が強く意地っ張りな面がある。

 

 幼い頃から自分に非があると分かっていても、口実さえあればそれを棚上げする事も良くあったのだ。

 

 しかし今回は彼女自身が眼に見える失態を犯していた為、その逃げ道が塞がれていた。

 

 今回の試合に於ける失敗がなければ、恐らく樹里は謝罪など口にしようとも思わなかったに違いない。

 

 そういう意味で今回の試合は樹里にとって良い薬となったが、それだけで素直に本音を明かす程樹里は素直ではない。

 

 だからこそまずは謝罪を口にして有耶無耶にしようという彼女の魂胆を、香取が見逃す筈もない。

 

 樹里自身自覚していたかどうかは分からないが、まだ彼女には甘えがあった。

 

 こと此処に至りそれを許す程、香取は寛容ではなかったのだ。

 

「アンタがなんで麓郎を嫌ってたか、話しなさい。まずはそこからよ、樹里」

「それは…………」

「麓郎がアタシの足を引っ張ってた、ってのはナシよ。それはもう過ぎた事だし、アンタの言い訳に使わせるつもりはないわ。アタシが聞きたいのは、()()()()の方だから。ホラ、さっさと吐きなさいっての」

 

 そう言って、香取は樹里の肩をバシン、と叩いた。

 

 叩かれた樹里はびくり、と身を震わせて香取の眼を見返した。

 

 困惑に揺れていた樹里の眼を香取は真っ直ぐ見詰め直し、言葉を待つ。

 

「樹里、いいかな?」

「華…………」

 

 それを見かねたのか、華が樹里に近付いてそっと肩に手を置いた。

 

 突然話しかけて来た華を見据え、樹里はおろおろと言葉を詰まらせる。

 

 そんな樹里に、華は優しく語り掛けた。

 

「樹里も、多分良く分かってはいないんだと思うけれど。多分、若村くんに嫉妬してたんだよね?」

「え、と…………」

「隠さなくて良いよ。多分、自分より先に葉子と組んでた事が気に入らなかったんでしょ? 樹里、独占欲強いもんね」

 

 え、と思ってもいなかった指摘に横から聞いていた若村は眼を白黒させた。

 

 一方、指摘を受けた当人である樹里は気まずそうに眼を逸らした。

 

 言葉にして自身の意地の根幹を告げられた事で、ようやく彼女の中で意地を張っていた理由を自覚出来た為だ。

 

 それまでは、その理由自体から眼を背けていたのだから。

 

「自分より先に葉子の仲間になっていた若村くんが、葉子に文句を言い続けるのを見て思ったんでしょ? この人は、葉子の────────────────ううん、()()()敵だ、って。一度そう思ったらトコトンその相手を嫌うもんね、樹里は」

「…………それは…………」

「往生際が悪いわよ、樹里。さっさと認めなさい。アタシ達はアンタを糾弾したいワケじゃなくて、問題を解決したいだけなんだから。それとも、あんだけ恥を晒した挙句にまだ意地を張るつもり? 今更張る見栄が、残ってっと思ってんの?」

 

 う、と樹里は言葉を詰まらせる。

 

 彼女自身、華の指摘で自覚は出来ていたのだ。

 

 自分が何故、若村をあそこまで嫌っていたのか。

 

 それは、自分よりも先に若村が香取の仲間になっていた、という点に他ならない。

 

 それだけならまだしも、樹里視点で若村は香取に文句ばかりを垂れ流し、迷惑をかけていた。

 

 自分を差し置いて香取の近くに侍っておきながら、その足を引っ張る。

 

 それは間違いなく樹里の認識では有罪(ギルティ)であり、一度そう認識した相手を許容する事は彼女の価値観では有り得なかった。

 

 故に、樹里は若村を徹底して拒絶していた。

 

 自分の価値感の中で咎人となった相手は、多少反省したところで扱いは変わらない。

 

 それが、樹里が若村を内心で糾弾していた根幹の理由だった。

 

 それらしい理由があるからこそ、多少改善の兆しが見られても「以前に香取に迷惑をかけていた」という口実を盾にそれを見なかった事にする。

 

 樹里の意地っ張りな面と嫉妬深い一面が、悪い方向に絡み合った結果であった。

 

「樹里にとって、葉子と言い争えるのは自分の特権だと思ってた部分もあるんじゃないかな。気兼ねなく言い合える関係は、樹里にとっても心地良かったと思うし。若村くんと葉子の事を、そう見ていたんじゃない?」

「…………それ、は…………」

「アンタ、色々バレバレだったからね? アンタ自身隠してるつもりだったかもしれないけど、表情にあんまり出ないだけで分かり易いのよ。ったく、幼馴染の付き合いの長さを舐めんじゃないっての」

 

 それに、と香取は続ける。

 

「アンタが眼を逸らしてるって事は、自分の非を完全に認めてるって事でしょうが。言い訳の口実があるならアンタは真っ直ぐ相手の眼を見たまま嘘を吐くけど、それがないって事は自分でも言い訳のしようがないって分かってんじゃないの?」

「あ…………」

 

 香取の指摘に、樹里は無意識に合わせようとしていた目を咄嗟に逸らした。

 

 しかし、それを許す香取ではない。

 

 がしり、と樹里の両肩を掴んで強引に自分に向き直らせた。

 

「言っちゃいなさい、本音。今更、逃げようとしてんじゃないわよ」

「────────」

 

 香取はそれだけを告げ、手を離した。

 

 樹里は押し黙り、けれども暫く逡巡して。

 

 ようやく顔を上げて、口を開いた。

 

「…………うん、そう、だね。わたし、若村先輩に嫉妬してた。わたしより先に葉子と一緒に戦ってたのに、葉子に文句ばかり言って足を引っ張ってたのがどうしても許せなかった。だから、無視してた。うん、その通りだと思う」

「木岐坂…………」

 

 樹里の告白に、若村はバツが悪そうに視線を彷徨わせた。

 

 彼にとっては、彼女から嫉妬という感情を向けられていた事自体寝耳に水だったと言える。

 

 しかし香取や華の指摘があった為に、それを信じる材料は揃っていた。

 

 何より樹里自身の告白を聞いて、ようやく得心がいったのだ。

 

 自分は単に嫌われていたのではなく、妬まれていたのだという事を。

 

「だからね、わたしは若村先輩が嫌いだった。わたしより先に葉子の仲間になっておきながら、何で迷惑しかかけてないんだ、って。わたし、一度嫌いになった人とは話したくないから、だから無視してた。葉子達の、言う通りだった」

「けど、それはオレが…………」

「ううん、わたしは若村先輩が改心した後もその認識を引きずってた。それは、事実。「これまで迷惑をかけてきたから」って口実を振り翳して()()若村先輩を視ようとしなかったのは、確かだから」

 

 自身に非があると口にしようとした若村を、樹里はそう言って制する。

 

 確かに、以前の若村には非があっただろう。

 

 しかし今の若村は、それを自覚し前を向いている。

 

 ならば、いつまでも昔の事を引きずり続けている自分にこそ非はあったのだと、樹里はようやく自認したのだ。

 

「だから、ごめんなさい。今回の失敗は、わたしの所為。わたしが、若村先輩の求めに応えられなかったのは、わたしの自業自得だから。これからは、きちんと若村先輩の()を見るから。だから、よろしく」

「…………ああ、分かった。まだまだ至らない所も多いだろうけど、よろしく頼む」

 

 そう言って、若村は樹里が差し出した手を取った。

 

 そして、樹里はにこりと普段見せないような笑顔を見せる。

 

 何故か、手を握る力を強めながら。

 

「────────でも、葉子の一番はわたしだから。それは間違えないで」

「え…………?」

「わかった?」

「あ、はい」

 

 されど、釘を刺す事は忘れない。

 

 自省もした、自分の非はしっかり認めた。

 

 されど譲れない部分は決して譲らないあたり、情深く独占欲の強い樹里らしいオチと言えた。

 

 距離は、縮まったと言えるだろう。

 

 しかし何処か薄ら寒さを感じる笑顔を向けられて、若村は冷や汗をかくのであった。

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