「隊員のメンタルケアも隊長の仕事だ。何でもかんでも干渉すれば良いというワケではないが、不調な隊員を気遣う事も必要になる事がある。お前の隊は、特にな」
「…………メンタルケア、ですか」
過日、香取は風間からレクチャーを受ける中でこんな一幕があった。
隊長としての心構えや必要な知識を叩き込まれている最中、風間が言いだしたのは隊員のメンタルケア────────────────即ち、隊内の人間が精神的な要因で不調に陥った時の対処法だった。
それまでも隊長として取るべき動きや考え方等を風間によって詰め込まれていた香取であったが、これまでとは毛色の違う内容に少々面食らう。
とはいえ、その必要性を察せない程今の香取は浅慮ではない。
隊員が不調になった時の対処法程、彼女が頭を悩ませた事はないのだから。
「そうだ。お前の隊は色々と問題を抱え込みがちな人員が揃っている。若村は特に悩みを打ち明けられずに思い悩むだろうし、お前が入隊させようとしている木岐坂も素直な手合いではないのはお前も良く知っているだろう」
「…………ええ、そうですね。樹里は、色々と面倒な性格をしてますから」
風間の指摘に、香取は頷く。
確かに若村は年頃の少年らしいプライドが邪魔をして悩みがあっても中々切り出してはくれないし、樹里の面倒臭さは幼馴染である自分が良く知っている。
少なくとも、相手にする場合の難易度は若村よりも遥かに高いだろう。
若村は理屈を立てて論破すれば割といける気がするが、樹里はそうもいかない。
あの少女の意地の張り方は、尋常ではないのだから。
「お前の思う通り、若村に対しては理屈を揃えれば納得するだろうな。あれは良くも悪くも合理的な根拠を欲しているから、筋の通った説明をすればそれで納得する筈だ。口実さえ作れれば、そこまで難しくはないだろう」
そんな香取の考察を見通していたかのように、風間はそう告げる。
風間がこう言うという事は、香取の見立ては間違ってはいなかったという事だ。
若村は多少手間がかかるだけで、説得自体はそこまで難しいタイプではない。
それは、香取も同意するところだった。
「問題は、木岐坂だな。あちらは幾ら言葉を尽くしても、自身に決定的な
「────────ええ、勿論。樹里の事を一番知ってるのは、アタシですから。そうなった時は、遠慮なくやってやります」
ニヤリと、香取は不敵な笑みを浮かべる。
確かに、樹里は面倒な手合いではある。
自分の非を中々認めない頑固さと、口実さえあればそこへ逃げる往生際の悪さは香取も知るところだ。
だが同時に、逃げ道を塞いでやれば観念して大人しくなる事も知っている。
後は彼女が折れざるを得ない決定的な失敗があれば良いが、それは今後何処かで出て来るだろう。
どうせ、樹里が入隊した後で何も問題が起きない筈がないのだ。
樹里は若村を嫌っているようであるし、あの我の強さも相俟って何処かで必ず問題を起こすだろう。
自分がやるべきは、その時に隊が受けるダメージを軽減しつつしっかりと後始末をする事だ。
多分その時は若村と樹里の二人を相手にしなければならないだろうが、一気にやってしまえると考えれば悪い話でもない。
樹里を入隊させると決めた時点で、それに付随する問題はどうにかしなければならないのは分かり切っていたのだ。
今更言われたところで揺らぐ程、香取の樹里への想いは軽くは無いのだから。
「なら、やってみろ。必要なら相談も受けてやるし、無理だと思ったら一人で抱え込まない事だ。仲間の事を考え過ぎて自分が潰れるようでは、本末転倒だからな」
(なーんて言われたけど、やってやったわよ…………っ! 麓郎は思った通りそこまで難しくなかったし、樹里も何とか納得してくれたわね。まあ、今回の敗戦の代価とも言えるんだからこれくらいはしておかないとね)
香取は過去の風間とのやり取りを回想しながら、内心でガッツポーズを決めていた。
予想通り樹里が若村への個人的な感情を契機とした大失敗をやらかし、結果として二人を中心に隊内の空気が一気に重くはなった。
しかし風間の助言もあって心構えが出来ていた香取は即座に以前から温めていた
予想通り樹里は中々に往生際が悪かったが、言い訳のしようもない失態の直後だけあって彼女がある程度自省していた事も幸いした。
あの失敗がなければ、恐らくこうまですんなりとはいかなかっただろう。
逃げ道がある限り樹里は何とかそこへ逃げ込もうとするし、普段であればもう少し反発があってもおかしくはなかった。
最悪都合が悪くなった時の常套手段として会話拒否をされる可能性もあったし、それがなかった時点で条件の殆どはクリア出来ていたと言って良い。
そう思えば良いタイミングだったとは思うが、その代価としての敗戦は少々後に響く事は確かだ。
樹里という最大の難物をどうにか出来た代償と思えば、受け入れるしかないのであるが。
とうの樹里は何処かすっきりした顔をしており、先程まで殊勝な態度をしていたとは思えない切り替えの早さである。
若村が未だにぎこちなく笑っているのを考えれば、中々の面の皮の厚さだろう。
気にしない方が良いとは思うが、そのあまりの堂々たる切り替えぶりに香取は「もう少し絞った方が良かったかしら」と思わなくもないのであった。
「葉子。それで、樹里と若村くんの連携についてはどうする? 時間を見つけて練習をしようか?」
そんな折、タイミングを見計らって華が提案をして来た。
確かに若村と樹里の連携については急務の問題であるし、意識改革が成されたとはいえ練度には不安が残るのも事実である。
強くなるには、日々の鍛錬と具体的な計画が必須なのだから。
「そうね。それはやっておくとして、一朝一夕で形になる程簡単じゃないでしょ。だから、こういう時にはこうする、ってパターンを二人に叩き込む事を優先した方が良いでしょうね」
「分かった。じゃあ、考えられる連携パターンをリストアップしておくね」
「アタシも手伝うわよ。樹里の使い方については、色々と考えている事もあったしね」
しかし、ただ闇雲に訓練をしたところで練度というものはすぐに上がるものではない。
鍛錬というものは日々の努力の積み重ねが結果に繋がるものであり、ゲームのように数をこなせばその分だけ確実にパラメーターが上がる、というものでもないのだ。
故に修練は必須なれど、それだけですぐ勝てるようになる程ランク戦は甘くはない。
だからこそ、具体的な改善案や打開策が必要になるのだ。
努力は嘘をつかないが、それが身になるには相応の時間がかかる。
その分をカバーするには、工夫を凝らす他にない。
兼ねてより樹里の扱いについて色々思うところがあった二人は、熱の入った様子で議論を交わしていくのだった。
「…………」
それを見ていた樹里は、何かを考え込むような仕草をする。
そして。
ポン、と手を叩き、何かを思いついた様子で部屋を出て行くのであった。
「どういう風の吹き回しだ? お前が自分からウチの隊室に来るとはな」
「え、っと。頼みたい事があるので、来ました。その」
「構わん。別に責めているワケではない。用件があるならさっさと言え」
二宮隊、隊室。
そこではいきなり訪問した樹里を二宮が出迎えており、その奥では犬飼と辻が成り行きを見守っている。
特にアポもなくいきなり隊室にやって来た樹里に対してその場で追い返さないだけ二宮の彼女に対する寛容さが見て取れるし、既に頼みを聞く姿勢になっている時点で彼にしては相当異例な対応である事が見て取れる。
取れる、のだがそれを指摘する程犬飼は考え無しではない。
二宮の樹里への執着は傍から見ていると少々大人気の無いものであり20歳の男性が取る行動としては少々どころではなく危ういのだが、本人がそれを一切自覚していないのが玉に瑕なのだ。
下手に指摘でもしようものならどんな反応が返って来るか分かったものではなく、意味もなく火中の栗を拾う趣味のない犬飼としては傍観以外の選択肢は有り得なかったのである。
また、自分の手で問題点を実地で自覚させたはいいものの、その後の顛末がなんだかんだ気になっていた事はお見通しだ。
そういう意味でも樹里がこうして自ら訪れてくれたのは僥倖であるし、持ち直した様子の彼女を見て二宮が内心で満足している事も想定済みだ。
その上で、此処は傍観が吉と犬飼は察した。
この場で野暮な介入を行う程、二宮隊のバランサーの空気の読解力は低くないのである。
「その、今回わたしの失敗で迷惑をかけちゃったから、戦術っていうのを勉強したくて。でも、わたしにはコネが碌にないから、教えて貰える人っていなくて」
「ほう、だから俺に教えて貰いたいと?」
「ううん。だって二宮さんに教わった戦術じゃ、二宮さんには勝てないし。けど、二宮さんならそういうのに詳しい人を誰か知ってるんじゃないかと思って」
ぐ、と何処かショックを受けた風にたじろく二宮であるが、それも一瞬。
樹里の言葉を何とか咀嚼し、冷静を取り繕った。
無論、直で見ていた犬飼にはバレバレであったが、そこはそれ。
思慮深いバランサーは、此処で突っ込みをする程愚かではないのである。
「……………………そうか。それは殊勝な心掛けだが、お前は以前に俺の教えを受けておきながら無断で狙撃手に転向したな? それについて、何か言う事はあるか?」
「何も相談をしなかった事については、すみませんでした。正直、正式に師弟になったという認識はなかったので、そのあたりは考えてませんでした」
「………………………………………………………………ふん、分かっているなら良い。だが、今後は気を付けろ。指導を受けたという事は、その時点で師弟関係を結んだと言っても過言ではない。教えを受ける相手には、敬意を払うものだ」
「分かりました」
正式な師弟のつもりではなかったと聞かされてぐらついた二宮であるが、再び堪えて冷静を装って樹里を諭す。
それを見ていて口出ししたいなとうずうずしだした犬飼の心境など露知らず、二宮は普段の仏頂面を何とか維持しながら樹里に向き直った。
「それで、俺に師を紹介して貰いたいという事は、射手の師が欲しいという事か」
「そうです。狙撃手の方は間に合ってるので、とにかく戦術に詳しい人が良いです。誰か、いますか?」
そんな二宮の葛藤など知った事ではないとばかりに、樹里はそう付け加えた。
彼女からしてみれば、二宮に頼るのは苦渋の選択だった。
これまでの経緯から二宮は自分の事をあまり良く思っていないのではないかと思い込んでいた樹里であるが、他に頼れるような相手もいない。
戦術家、というのであれば佐鳥から東を紹介して貰う手もあったが、樹里が欲しいのはああいう大局的な視点ではない。
あくまでも駒の一つとして、射手兼狙撃手として最適な立ち回りを行う戦術眼をこそ樹里は欲していた。
そもそも多忙な東に時間を取って貰う事がどれだけ大変かは佐鳥から聞いて知っているし、ならばと白羽の矢が立ったのは二宮である。
二宮本人は今後戦う時に戦術を知られるワケにはいかないので教えは乞えないが、別の人を紹介して貰う事は出来るだろう。
彼には戦術を学んだ師がいると、以前聞いた事があったからだ。
誰なのか名前までは聞いていないかもしくは聞いても忘れていたのか記憶には残っていないが、そこは今は関係ない。
重要なのは、二宮は戦術を教えて貰う相手に心当たりがある筈である、という事だ。
問題は自分をあまり良く思っていないであろう二宮が頼みを聞いてくれるか否かだが、彼女の直感は「イケる」と確信を告げていたので実行した次第である。
基本的に身内判定した相手以外はぞんざいに扱う樹里であるが、それはそれとして利用出来るところはちゃっかり利用する小狡い所はあるのだ。
なお、彼女にそういった女性らしい
どちらも本人の意図しないところでそういう効果を発揮する仕草や言動をしがちなので、接するうちに自然と身に付いてしまったのだ。
なお、二人共それに自覚はない。
天然だからこそタチが悪いとも言えるが、そこは置いておく。
こういう事に関しては、下手に触らない方が吉なのである。
「────────良いだろう。紹介はしてやる。だが、交渉は自分でやれ。俺がやるのは、アポイントを取るだけだ」
「…………! ありがとうございます」
案の定、二宮は特に迷う素振りもなく引き受けてくれた。
そんな二宮を見てマジか、と言いたげな犬飼の事は特に気にせず、樹里はぴょん、と跳ねて軽く喜びを表現する。
その拍子にスカートが翻りかけて辻が咄嗟に目を逸らすが、無論心を許した相手以外に隙を見せる樹里ではない。
きちんと翻る角度については無意識の内に計算しており、辻の
「それで、その相手っていうのは誰なんですか?」
「そうだな。俺が紹介するのは────────」
「ようこそ。話は聞いてるよ、木岐坂さん」
「お邪魔します、出水先輩」
数分後。
二宮がアポを取ったところ「すぐ来て良いですよ」と返事を貰ったらしく樹里が向かったのは、太刀川隊の隊室だった。
そこで樹里を出迎えたのは、太刀川隊の射手にして二宮の戦術の師の一人。
出水公平、その人であった。
ソファーに座って樹里を迎え入れた出水は、彼女にも座るよう促す。
勧められるままにソファーに着席した樹里を見て、出水は薄く微笑みかけた。
「さて、俺に戦術を習いたいんだって? それはまた、急にどうして?」
「…………今回の試合で、葉子達に迷惑をかけちゃったから。だから、少しでも戦術を学んでその穴埋めをしたいんです。だから、その」
「うん、いいよ。毎回付き合えるワケじゃないけど、時間が取れる時に少しずつ教えてあげるよ。
いきなりの弟子入り志願を受けた出水は、驚く程あっさりとそれを受け入れた。
頼み込む必要があるかなと考えていた樹里としては拍子抜けな程、出水はあっさりと頼みを引き受けてくれた。
願ってもない事だが、それはそれとして気になるワードを口にしていた。
「他の弟子、ですか?」
「うん、
出水は他の弟子、と口にした。
二宮から聞いた限り出水が二宮以外に弟子を取っていると聞いた事はなかったので疑念に思ったが、何の事はない。
樹里と似たような事を考えた人物が、他にもいたというだけの話だったのだ。
「三雲くんって言うんだけど、知ってる?」
「…………三雲…………?」
告げられた名前に何処か既視感を覚えた樹里であるが、無理もない。
その人物は以前彼女が関わった黒トリガー争奪戦の契機となった近界民、遊真と深い関わりを持っていた隊員。
香取が散々口にしていた玉狛第二の隊長、その人だったのだから。