「成る程、三雲くんは出水くんの弟子にもなったのか」
「うん、一応最初の師匠はぼくだからってわざわざ言いに来たあたり律儀だよね彼。まあ、そこがいいんだけど」
王子隊、隊室。
そこでは用事がある為に帰宅した樫尾を除いた二人が、静かなティータイムと洒落込んでいた。
テーブルにあるのは紅茶の他に王子の好物であるクロワッサンであり、丁度二人分だけ残ってしまったので彼が持って来た次第である。
王子は優雅に紅茶を嗜むと、ふふ、と軽く笑ってみせた。
「以前にランク戦の期間中は教導出来ない、って伝えているからね。その間代わりの師を求めるのは合理的だし、ぼくがどうこう言える問題じゃあない。強くなる為に師が必要なのは、事実だからね」
「そうだな。独力で出来る事には、やはり限界がある。効率的に鍛錬を積むには、師匠の存在は必要だろう」
「そういう事さ。確かにオッサムは今はランク戦を競い合うライバルだが、同時に可愛い弟子でもある。そんな彼が強くなろうと懸命に努力しているのを、止めようとなんてしないさ」
確かに王子の言う通り、ランク戦の期間中彼は修への教導を停止している。
修が遠征を目指している関係上、そのうち自分達の部隊と戦う機会が必ず出て来る為にその相手である自分が教導を続けていては色々とフェアではないと判断した為だ。
今はまだB級中位に位置する玉狛第二であるが、今夜の試合の結果次第では上位に上がる可能性は充分にあると王子は見ている。
流石にランク戦初心者である彼等が上位に到達するには相当な上振れが必要なのでもう一試合は必要だと理性が告げているが、それでも期待はしてしまうのだ。
彼なら、やってくれると。
そういう期待が無いとは、言わない王子であった。
だからこそ、修が強くなる為に師を求める事を彼は止めない。
自分が教導を停止している以上代わりの師を欲するのは理解出来るし、それを止める権利は自分にはない。
むしろ、自分以外の色が加わった修がどんな変化を齎すのかを楽しみにしている節もある。
果たしてあの面白くも可愛い弟子は、他の師を得てどのような進化を果たすのか。
それを楽しみにしていないと言えば、嘘になる。
決して彼を軽んじているワケではなく、むしろ最大限に評価しているからこそその成長を期待しているのだ。
勝利に対し貪欲な王子であるが、だからといって相手の強くなる為の努力を邪魔する事はない。
強くなろうと鍛錬を積むのは誰にでもある権利であり、他者にそれを妨害する事など許される事ではないからだ。
故に、彼はあらゆる努力を奨励する。
近い将来相見える時に何処までの成長をしているか、期待を込めて。
彼は、修の選択を尊重しているのだ。
「それに、ランク戦の期間が終わった後に受けた教導内容を教えて貰える事になっている。ぼくにとっても、充分に利があるという事さ」
「成る程。そういう所はちゃっかりしているよな、お前は」
それはそれとして、利益を受け取る余地があれば手回しを怠らないのは王子らしいと言えるが。
修は今期のランク戦でA級に昇格し遠征へ参加する事を目標としている為、ランク戦の期間が終わってしまえば王子へ情報を隠す意味はなくなる。
だからこそその後でなら、彼が出水に受けた教導内容を教えても問題は無い。
王子もA級を目指していないワケではないが、王子隊の戦い方ではA級への昇格条件であるB級二位以内に食い込むのは厳しいのは確かだ。
謙遜をしているワケではなく、それを達成するにはどうしても二宮隊と影浦隊という実質A級な二部隊から直接点を奪い去る必要があるからだ。
超抜的なエースがいない王子隊は、上位の戦いではどうしても決定力に欠ける面がある。
王子隊の基本戦術は「獲れる点のみを取って逃げる」というヒット&アウェイに終始しており、強敵を無理をしてまで打ち倒すといった事はあまり想定していない。
これは戦況をひっくり返せるエースの不在が関係しており、二宮や影浦という個人で戦況を左右出来る精鋭の存在に加え隊全体の練度も非常に高い二部隊を上回る事は、困難極まるのだ。
彼等に対抗し得る実力を持った生駒の在籍する生駒隊や、或いはまだまだ未知数の部分の多い遊真のいる玉狛第二であれば、彼等相手でもチャンスは生まれるだろう。
それ程までに超抜的なエースの存在と言うものは大きく、王子隊としては頭の痛い問題ではあった。
独力で戦況を左右出来る精鋭の有無は、取れる手札の数で雲泥の差がある。
いわば、トランプでいう
それのあるなしで取れる戦術は大分変わって来るのは確かであるし、それがない以上どうしても王子隊の戦略は堅実なものに絞られる。
格下相手には強いのだが、どうしても
無論、だからといって上を目指す事を諦めるつもりは微塵もない。
手札が少ないなら少なりなりで、やりようは幾らでもあるからだ。
二宮隊と影浦隊を上回るには相当な上振れと運が必要になるが、それでも可能性はゼロではない。
頭の冷静な部分が今期ではまず無理だろうと告げてはいるが、それは努力を止める理由にはならない。
今期では無理でも、いつかは必ず。
だからこそ、彼は修へ情報提供を確約させたのだ。
A級の中でも指折りな実力を持つ太刀川隊の出水の教導内容は、確実に利益になる。
あくまでも
その
王子隊は、全員がハウンドを装備しているという共通点がある。
射撃トリガーの扱いに於いて最上位に位置する出水の教えならば、必ず自分達に還元出来る部分がある筈だ。
だからこそ、修には期待しているのだ。
彼ならば、きっと有益な情報を持ち帰ってくれると。
そう、信じているが故に。
王子は、可愛い弟子を喜んで送り出したのであった。
「可愛い弟子の成長には期待しているけど、それはそれとして受け取れる利益は享受しておかないとね。彼の師としては、当然の権利とも言える。或いは、それを断らなかったオッサムの責任でもあるね」
「流石にそれは、飛躍し過ぎじゃないか?」
「いいや、彼には戦術の他に対人の交渉術も叩き込んである。その成果はしっかり出ているようだけど、同時に恩を感じた相手には甘くなる傾向が見受けられるね。そこを突いた時に反論が出なかった時点で、まだまだという事さ」
加えて、情報提供を承諾したのはあくまでも修だ。
王子と色々波長の合った修には、戦術を始め対人での交渉術等も仕込んであった。
そちらの方面も適性があったようで素晴らしい成長を見せてくれたが、同時に恩を感じた相手からの頼みごとを断り難い、という面も露呈させる結果となった。
交渉内容次第では充分に王子の要求を跳ね除けられた筈だが、修はそれをせずに即答で情報提供を許諾してしまっていた。
その点はまだまだだと、王子は厳しい評価を下してもいたのである。
弟子は可愛がるが、それは決して甘い対応をするという事とイコールではない。
成長を促すには時としては厳しくする事も必要なのだと、王子は考えているが故に。
修の努力を奨励しつつ、締める所はしっかり締めておく王子なのであった。
「さて、それじゃあそんな可愛い弟子の成長を見に行くとしようか。カシオがいないのは残念だけど、
そう言って、王子は席を立ち蔵内もそれに続く。
今日の夜の部では、修の参加する試合が開催される。
それを直に見に行こうと、王子達は隊室を後にするのであった。
「というワケで、三雲くんの教導を引き受けたんだよ。可愛い京介の頼みだし、何より三雲くん自身にも興味があったからな。俺としても、断る理由はなかったね」
「なるほど」
太刀川隊の隊室で、樹里は出水から簡単に修が彼の弟子になった経緯を聞いて頷いていた。
実のところ修個人にはそこまで興味はなかったのだが、香取がああまで警戒している相手なので少しでも情報を取得しておこうと聞き役に徹していた次第である。
彼女にとって修は黒トリガー争奪戦を中心とした騒動に関わった一人でしかなく、ぶっちゃけるとあの騒動に関わる口実その1に過ぎなかったのでそこまで思い入れはない。
どうにも香取が執着しているような感じがしたので個人的に面白くなかった、という理由もある。
なんだかんだで幼馴染への感情が重い樹里は、出来るなら香取の視界に映るのは自分と華だけであって欲しいと思っているし、身内以外の人間に対して彼女が興味を持つ事をあまり推奨していない。
流石に理性の部分がそれは駄目だろうと訴えてはいるのだが、感情の面ではどうしてもその意識が先行する。
今回の若村との一件も、端を発せばそんな樹里の独占欲が引き金となっていた部分はあるのだ。
色々と反省した結果若村の事もギリギリで身内判定に入れた樹里であるが、あくまでもそれは公的なものであり
チームメイトとして協力は惜しまないし、協調もきちんと行う。
しかしそれはそれとして私的な部分では香取の一番を譲る気はないし、何かの間違いで二人が距離を縮めようものなら即座に殴り込む所存であった。
勿論香取に限ってそんな事は無いとは思うが、若村が時折見せる彼女の優しさに心揺れていたのは樹里にはお見通しだった。
前に彼は華にお熱だと聞いた事はあるが、樹里の
きっと、若村の中では理想の女性像というものに近いのが華ではあるのだろう。
寡黙で秀麗、且つ頭脳明晰な優等生というのは、如何にも彼のような理屈好きな男性が好みそうなタイプではある。
というよりも、彼自身そういった思い込みが端を発しているのだろうと見ていた。
けれど、どうにも最近の動向を見るに
男は、ギャップ萌えというものに弱い。
それは以前に佐鳥がクラスメイトと話していた内容を唇の動きを視て読み取った際に知ったものであり、彼が言う以上間違いは無いのだろうと樹里の中に
大切な少女にクラスメイトとの馬鹿話を盗み聞きされていたと知る由もない佐鳥ではあったが、そこはそれ。
重要なのは、樹里がその内容を真実だと信じている事だった。
だからこそ樹里は若村に対し香取に好意を抱いているのではないかと邪推していたし、ぶっちゃけそれが彼へ意地を張っていた原因の一つでもあった。
和解と自省はしたが、それはそれとして譲れない一線は決して譲らない。
それが樹里という少女の性質であり、今後も変わる事のない性向であった。
「三雲くんには、どんな内容を教えているんですか?」
「流石にそれは、君には教えられないよ。勿論、君に教導した内容も三雲くんに漏らすつもりはない。そこは、フェアじゃないとね」
「わかりました」
早速情報収集の面で躓いたが、まあこれは仕方がない。
むしろ自分の情報が漏らされる事はないと確約を得られた分、前向きに考えるべきだと樹里は開き直った。
元より、此処へは彼に戦術を教わりに来ていたのだ。
棚から落ちる牡丹餅がなかった程度で、気落ちしている場合ではない。
重要なのは、彼に戦術を教わり香取以外との連携に問題がある自分の現状を改善する事だ。
香取や華が色々考えてくれてはいるが、迷惑をかけた以上自分である程度はケジメを付ける必要がある。
その解決まで全て香取達に委ねるのは流石にどうかと思ったので、こうして自ら足を運んでいるのだ。
樹里は我が強いし基本的に自分本位な少女であるが、それはそれとして幼馴染を大切に想う心はしっかりとある。
だからこそ、失態を帳消しにするだけの成果は必要であると判断したワケだ。
その為に気が進まないながらも二宮に頭を下げて出水を紹介して貰ったのだし、此処で身に付けられるものはちゃんと身に付けていかなければならない。
そう考えている樹里を見て、隊室にあるカニ時計の時刻を確認した出水はそうだ、と手を叩いた。
「教導内容を教える事は出来ないけれど、折角だから三雲くんの試合を見に行こうか。丁度、これから始まるところだしね」
「え…………?」
突然の提案にキョトンとする樹里だが、考えてみれば願ってもない内容である事を理解する。
そんな彼女の返答は、既に決まっていたと言えた。
時刻は、17:30。
ランク戦ROUND2夜の部開始まで、もう間もなくであった。
というワケでROUND2、case玉狛第二をお送りします。
王子色が付加された修の活躍を描写するですよ。
今回限りの番外編みたいなものなのであしからず。