ROUND2/case玉狛第二①
「へぇ、こここうなってたんだ。来るの初めて」
「俺や二宮さんとかは良く来てるんだ。というより、あの人は大体観戦する時は此処だぜ」
「それはわかる。あの人、下にいそうにないし」
「…………まあ、な」
上層、観覧室。
ランク戦のブースを見渡せるその場所に、樹里は案内されていた。
あの後、折角だから修の試合を見ようという事になりそれを承諾した樹里は出水に従いこの場所へやって来たのだ。
ただ観戦するだけなら普通に下に行けば良いが、こうしてわざわざ連れて来たという事は出水による注釈を期待出来る筈だ。
全てを話してくれるとは思わないが、それでも多少は口を滑らせてくれるに違いない。
そうでなければ、あの場で観戦に来ようなどと提案する筈がないからだ。
恐らく、出水は樹里に対する妥協案として共に観戦に来る事を選んだのだろう。
自分が修の情報を欲していた事は伝わっていただろうし、だからといって弟子の情報をタダで売る程彼は薄情ではなさそうだ。
しかし共に試合を観戦し、注釈を付ける程度なら構わないだろうという判断だろう。
正直出水のキャラを掴み切れてはいないのだが、現状を鑑みるにそう思う他なさそうだ。
「うひゃー、結構人いるねー。こっち来て正解だったかなー」
そんな自分達に付いて来たのは、太刀川隊のオペレーターの国近である。
ふわふわした雰囲気を持つこの少女は観戦に関する話が終わった後に隊室の奥から出水が連れて来て、こうして同道した次第である。
何やら誤解されない為だとかどうとか話していたのが聴こえた気がするが、別段興味はない。
ちなみに樹里は佐鳥以外の男子を異性として見る事が全くないので、そのあたりの機微には疎かった。
そもそも可能性としてすら挙がらないので、失念していた部分もある。
そのあたり、しっかりと配慮を行った出水のファインプレーと言える。
「これ、結構三雲くんのチームが注目されてるって事なのかにゃー?」
「ま、あれだけ派手なデビューをしましたしね。話題性はバッチリでしょ」
「かもねー。師匠としては鼻が高い?」
「いやー、別にそっちは俺が関わってるワケじゃないですしね。けどまあ、注目されてるだけの活躍は期待出来ると思いますよ」
「ほほぅ、自信満々だねぇ」
故に、二人が仲睦まじく話していようが一切気にする事はない。
その様子よりも話の内容の方に興味を持っているあたり、樹里の天然ぶりが分かる。
そもそも樹里は佐鳥以外の異性はアウトオブ眼中なので、他人のそういった事に興味を持つ事自体がないのだ。
自分の関わらない範囲でなら他人の恋愛事情に興味津々な香取とは、そのあたりが異なる。
何処まで行っても関わりの無い第三者に対する興味が薄い、樹里らしいスタンスと言えた。
「さて、そろそろ始まるな。対戦相手は────────────────柿崎隊と、鈴鳴第一か」
「皆さんこんばんは。B級ランク戦ROUND2、夜の部の時間がやって参りました。実況は今回も何とか時間をもぎ取った私、武富桜子が担当させて頂きますっ!」
ランク戦、実況席。
そこではマイクを手にした元気溌剌な少女が、慣れた様子で挨拶を行っていた。
彼女、桜子はランク戦の実況システムの発案者であり、上層部及び技術者にこの方式のメリットを粘り強くプレゼンし続け、現在の実況・解説システムを作り上げた功績者である。
その為現在もランク戦の実況者と解説者の手配は彼女が全て行っており、面白い、話題性が高いと判断した試合の解説と実況を行う人員を桜子が直接依頼して連れて来ているという次第だ。
これはプレゼンの最中桜子が出した提案が関係しており、多忙な上層部がこのシステムの実装にゴーサインを出した条件でもあった為こうなっている。
とはいえ本業はどうしたと言わんばかりに実況解説に熱を入れている桜子はその作業を全く苦にしておらず、むしろ嬉々として行っているくらいなので問題は無い。
本人としては全ての実況を担当したいくらいなのだが、流石にそれは時間の都合等により無理がある。
しかし自分が出来ない時であっても、面白い試合には実況解説を付けなければという熱意に燃える少女は妥協しない。
今回はたまたま彼女自身が担当出来たが、それが出来ずとも話題性の高い試合であれば実況解説を付けるのはむしろ義務であると考えている。
特に、玉狛第二のような話題性の高いチームの試合であれば猶更だ。
色々と話題になる要素に事欠かないチームなので、彼等の試合には毎回実況と解説を付けるよう手配する気満々な桜子であった。
勿論、その対象には香取隊も含まれる。
樹里が加入し話題性もバッチリな今の香取隊の試合に実況解説を入れないという選択肢は、彼女にはないのだから。
「解説は嵐山隊の時枝隊員と、太刀川隊の太刀川隊長にお越し頂いております」
「「どうぞよろしく」」
その彼女が今回解説人員にセレクトしたのは、時枝と太刀川である。
時枝は今回試合を行う柿崎の元チームメイトであるし、太刀川は鈴鳴第一のエースである村上とは飽きる程戦り合った相手である。
攻撃手に関しての解説であれば太刀川程の適任者はいない為、こうして引っ張り出されたというワケだ。
太刀川としても遊真と村上の戦いが見れる公算の高いこの試合には興味を持っていた為、特に抵抗なく解説を引き受けたという経緯もある。
ちなみに樹里が太刀川隊室を訪れた際に太刀川がいなかったのは、この解説に関して桜子に打ち合わせの為に呼ばれていたからだ。
もう一人の隊員である唯我についてはいたら面倒になると出水が事前に追い払っていたのだが、部屋の主とも言える彼がいなかったのはそういう理由だったのである。
「さて、今回の試合のMAP選択権を持つのは柿崎隊。選ばれたMAPは、工業地区ですね」
「柿崎隊が選ぶなら、大体ここでしょうね。MAP自体が狭くて、合流がやり易いですから」
「確かに柿崎隊がMAP選択権を持ってる時はこのMAPを選ぶ事が多いな。今回も、奇をてらう事はなかったか」
桜子が機器を操作し、工業地区の映像がスクリーンに映し出される。
時枝達の言う通り、柿崎隊がMAP選択権を持つ時は大体この地形が選ばれる事が多い。
工業地区は言及された通り狭いMAPであり、広いMAPの代表格である摩天楼とは対照的だ。
合流を第一とする柿崎隊にとっては都合の良いMAPであり、選択権を持つ場合は優先してこの地形を選ぶ事も頷ける。
ただ、太刀川の口ぶりはそれに関して思うところがあるようではあった。
「ふむ、となると太刀川隊長としてはこのMAP選択は悪手であると?」
「いや、一概にそうとは言えないけどな。自分達が戦い易い地形を選ぶってのは、やり方としちゃ無難じゃある」
けどな、と太刀川は続ける。
「それが知られているって事は、利用される事もあるってだけの話だよ」
「集めた情報通り、柿崎隊は工業地区を選んで来たな」
「ああ、準備が無駄にならなくて助かったよ」
玉狛第二、隊室。
そこでは工業地区が選ばれたというアナウンスを聞いた修達が、安堵の息をついていた。
王子から事前の情報収集の大切さを散々説かれていた修は、相手チームに関する探究を怠らなかった。
修という極めて弱いと言える駒が存在する彼等が勝ち上がるには、あらゆる面からアプローチを繰り返す他無いと彼は考えていた。
元よりルールの範囲内であれば手段を選ぶ事のない手合いではある為、王子式のやり方は彼の肌に合っていたとも言える。
なんだかんだ、師弟間の波長の合い方は割と尋常ではなく良い方な二人なのだった。
「じゃあ、作戦通りって事でいいね?」
「はい。千佳は仕込みが終わり次第合図するから、頼んだぞ」
「うん、分かった」
オペレーターの宇佐美の声に応じ、修は千佳に指示を出す。
指示を受けた側の千佳は力強く頷いており、気合い充分といった風情だ。
大規模侵攻に於いてはただ守られるだけだったという負い目を持つ少女は、自分の力を少しでも────────────────否。
何が何でも役立てたいと、心の中で強く奮起していた。
人を直接撃てないという弱点は既にチームメイトにカミングアウトしている彼女であるが、そんな自分でも活用する術を見出してくれた。
ならば、その期待に応えなければならない。
あの時、戦場で修が換装を解いた瞬間を直接目撃してしまった事で尋常ではなく肝が冷えた千佳としてはその修の無茶苦茶とも言える真摯な姿勢に報いる以外の選択肢は無い。
まさかあんな命知らずな真似をするとまでは考えていなかった千佳としては、本当に肝が冷えたのだ。
修の我が強いのは理解していたが、まさか自分の命を躊躇なく懸けるまでとは思っていなかった。
だから、自分にはそんな修の献身に応える義務がある。
そう考えている千佳は、密かに覚悟を決めていたのだった。
「あとは、鈴鳴がどう動くかだな。村上先輩は、要注意って聞いてるからな」
「工業地区か。やっぱり、このMAPで来たか」
「ええ、予想通りですね」
鈴鳴第一、隊室。
そこに集まった面々は、選ばれたMAPを見て得心して頷いていた。
柿崎隊が選択権を持つ時は工業地区を選ぶのは広く知られている事であり、それを予測するのは難しい事ではない。
何度もランク戦をやっている者達にとっては、最早常識と言って良い。
柿崎隊は中位と下位を行ったり来たりしているので、必然的にMAP選択権を持つ事になる場合が多い。
その都度選ぶMAPが同じであれば、分かろうというものだ。
「柿崎隊は、合流された後に銃撃戦になると厳しいわね。そのあたりはどうする?」
「合流前に一人でも叩ければベストだから、まずはそれを狙おう。大分厳しいとは思うけど、転送運次第ではなんとかなると思う」
「そうですね。俺も可能なら一人落としておきますよ」
オペレーターの今の言葉に対し、来馬は方針を打ち出し村上はそれに応じる。
何気なしに「一人落とす」と告げる村上であるが、彼にはそれが可能なだけの
攻撃手四位の実力は、伊達でもなんでもないのだから。
「それから、気になるのは玉狛第二だね。確か、空閑くんって子が相当強いんだっけ」
「そうですね。ログの動きを見る限り、かなりやれそうです。緑川に圧勝したという話も聞きましたしね」
「あ、それ俺も聞きましたっ! あの緑川がボロ負けしたとかで、相当話題になってたやつですねっ!」
話は、玉狛第二の事に移る。
矢張り、A級の緑川に遊真が圧勝したという話は広く伝わっているらしい。
入ったばかりの新人がA級でも屈指の機動力を持つ緑川を圧倒的な実力を以て下したのだから、話題にならない方がおかしい。
半信半疑だった者達も、ROUND1での遊真の動きを見た後でそれを疑う筈がない。
幾らB級下位相手だったとはいえ、その動きのキレは尋常ではなかったからだ。
「それから、雨取さんの砲撃も要注意ね。工業地区は狭いMAPだし、下手をすると建物ごと吹き飛ばされかねないわ」
「そうですね。下手に一ヵ所に留まるのは、危なそうです。あの砲撃相手だとレイガストでも防げなさそうな気配がしますし、危ない橋を渡るのは止めておきましょう」
加えて、初戦でその凄まじいトリオン量による火力を披露した千佳の件もある。
あの砲撃を叩き込まれればひとたまりもないというのは、皆の共通認識だろう。
それを警戒するのは、至極当然の事と言える。
また、今期のROUND1で香取隊と入れ替わりに上位スタートとなった彼等は、初戦で二宮隊とぶつかりその猛威を直に受けてしまっていた。
その影響もあって、いつも以上に慎重になっている部分は否めない。
来馬はそうだね、と少々硬い表情で同意しつつ隊員の面々を見回した。
「厄介な相手ではあるけれど、やりようはある筈だ。いつも通り、無理なくやっていこう」
「玉狛第二の奴等とは、面識があるんだったか。文香」
「ええ、大規模侵攻の最中に偶然ではありますけれど。彼等が来なかったら、危なかったですし」
柿崎隊、隊室。
そこでは大規模侵攻での顛末を聞き及んでいた柿崎が、照屋にその件を尋ねていた。
ハイレインの攻撃によってキューブ化して以降は開発室の中で元に戻るまでの記憶が存在しない柿崎としては、自分がやられた後で照屋達を助けてくれたという事もあって色々な意味で恩義を感じている相手でもある。
自分がやられた尻拭いをさせた格好でもあったので、そのうち機会を見て礼を言いに行こうとも考えていたのだった。
「そうだな。その件についちゃ、面倒をかけたからな。後で菓子折りを持って訪ねに行くか」
「そうですね、そこに異論はありません。ですが、今は」
「ああ、そいつらとどう戦うかだな」
だが、今は試合前。
恩義を返すのは後にして、まずはそこを協議しない事には始まらない。
「けど、言った通りだ。俺達は、いつも通り合流を目指して動く。三人がかりの連携なら、早々崩れる事はない筈だ」
「…………そうですね。分かりました」
「了解です」
されど、柿崎が方針を変える事はない。
どんな試合でも合流を最優先し、作戦はチームが集まってからだという姿勢を譲らない柿崎にとっては最早当たり前の事だ。
一方、照屋は少々思う所がありそうではあるが彼女が自発的に柿崎に意見を告げる事はない。
聞かれた事は応えるが、それはそれとして意思決定の全ては柿崎に委ねている。
これは彼女の理想とする姿が「献身的に夫を支える妻」である為であり、頼られる事で充足感を感じる彼女の性癖にとっても柿崎は最高の相手であるからだ。
初対面で「支え甲斐がありそう」と宣った強心臓は、伊達ではない。
実際に遊真や修の戦いを見た彼女としては思うところはあるのだが、それはそれとして自身のスタンスを崩す事はない。
何処までも柿崎隊らしい、一連のやり取りであった。
「そろそろ時間だな。行くぞ」
「はい」
「了解です」
「さて、時間となりましたっ! 全部隊、転送開始っ!」
桜子のアナウンスと共に、参加者の転送が開始される。
B級ランク戦、ROUND2夜の部。
その試合が、開始された。