『全部隊、転送完了。MAP、工業地区』
アナウンスが響き、参加者が戦場へと転送される。
見渡すは、化学薬品の匂いと煙が立ち込める工場群。
無数の建物が複雑に絡み合うその最中に降り立った修は、周囲の状況を確認する。
「行くぞ。作戦通りだ」
『『了解』』
チームメイトの返答を聞き、修は頷く。
そして、宇佐美のオペレートに従って狭い路地を駆け出した。
(全員がバッグワームか。出会いがしらの遭遇戦に注意しないとな)
村上は一人、路地の間を駆けていた。
向かうは当然、隊長である来馬のいる場所である。
現在、他チームは全員バッグワームを装着しているようで、レーダには何も映っていない。
柿崎隊は何よりもまず合流を最優先して動く事が分かっているので、違和感はない。
今まで柿崎隊はどのような状況であろうとも、常に初動は合流
これは柿崎の方針に依るもので、彼は全ての責任を自分で背負おうとするあまり隊員を一人で動かす事を厭い、全ての作戦を合流後に行おうとしているのだ。
それ故に他チームのように仲間を遊撃役として差し向けるような事はなく、どれだけ時間がかかろうとも序盤は合流を第一にチームを動かしていた。
偏にこれが、柿崎隊の成績が低迷する最大の要因である。
初動の動きが完全にワンパターンである為、他チームからは「序盤は無視しても構わない相手」として判断され、好き勝手に動く事を許した結果負ける、といった事が少なくなかったのだ。
動きが完全に読まれているというのは試合に於いては致命的であり、更に言えば点取り合戦であるランク戦では失点よりも得点が重要となる。
極論、1点取られても3点を取れれば問題は無いのだ。
故に斥候の派遣や時として必要になる味方の犠牲を前提とした行動といった選択肢を選ばない柿崎隊は、点の奪い合いに於いて完全に一歩どころか数歩以上譲る結果となっていた。
だが、それをどうこう言う資格は自分達には無いと村上は思っている。
かくいう彼等も柿崎隊程ではないにしろ合流を優先して動くチームであり、今もまた来馬と合流すべく駆けているからだ。
加えて自分達の場合は作戦の為というよりは、一刻も早く来馬と合流し彼を守る為、といった意味合いが大きい。
鈴鳴第一は、本当の意味で来馬を中心としたチームである。
作戦の要だとか、戦術的な理由だとか。
そういった事ではなく、ただ精神的な支柱として来馬の存在が必要不可欠なチームである、という事だ。
来馬は傍目から見る評価としては、決して強くはない。
戦闘能力は平凡であるし、指揮に長けるというワケでもない。
されど、人望という面に於いて彼に並ぶ者は早々いないと村上は考えている。
来馬は大らかで包容力に溢れており、人間がかなり出来ている。
菩薩とも評されるその精神性に救われた者は多く、村上もその一人だ。
以前彼は荒船が狙撃手に転向した際、自分が師である彼を簡単に上回ってしまった事が原因だと落ち込んだ事があった。
字面だけ見れば何を傲慢な、と思うかもしれないが彼にとってそれは真剣な問題だった。
これが彼の持つ能力であり、その内容は簡単に言えば睡眠を挟む事でその日の経験を100%の効率でフィードバックさせる事が出来る。
要するに
これだけ聞けば便利な
たとえ初心者として参加したスポーツであろうとも、いつの間にか誰よりも巧くなってしまい、誘ってくれた相手が離れていく、といった事が多々あったからだ。
故に村上は自分の力を「他人の努力を盗んでいる」と卑下し、嫌っていた時期すらあった。
荒船の件も自分が能力の影響であっさりと彼を追い抜いてしまったから、その所為なんだろうと落ち込んでしまったのだ。
そんな彼を見兼ねて行動してくれたのが、来馬である。
来馬は雨の中自転車を走らせ、荒船の下に急行したのだ。
事情を聴いた荒船は即座に村上に連絡し、狙撃手への転向は最初から決めていた事であり村上は関係の無い事を伝え、それについて思い悩むのは止めろという発破をかけてくれたのだ。
あの時程荒船に、そして来馬に感謝した事はない。
村上は親しい相手が自分の能力の影響で離れていくという事を恐れるあまり、相応に悲観的になってしまっていた。
ボーダーで環境が変われば違って来るのかもしれないと思っていたのに、結果は変わらなかった。
そういう諦観が、その時点の彼の中にはあったのだ。
しかしそんなネガティブな思考を、来馬は撃ち砕いてくれたのだ。
あれがなければ最悪、ボーダーを辞めるといった事すら視野に入っていたかもしれない。
そのくらい村上にとっては重要な問題であり、それを解決してくれた来馬には幾ら感謝しても足りないくらいである。
本当の意味で彼が来馬を隊長として崇敬するようになったのは、きっとあの時に違いない。
初対面の時は失礼ながらあまり頼り甲斐のなさそうな隊長だなぁと思いもしたが、その印象が間違いだったと気付かされもしたのだ。
確かに能力的には平凡ではあるが、その精神性は勝ち負けの次元とは全く別の所にあったのだ。
尊敬に値する、掛け替えのない仲間にして仕える相手。
それが、村上にとっての来馬であった。
そして無論、チームメイトの太一にとってもそれは同じだ。
お調子者で善意の行動で事故り周囲に被害を撒き散らす困った人物ではあるが、それでも来馬への崇敬の念は本物だ。
彼もまた来馬をチームの柱として支え、何があっても守る決意を固めている。
故に試合では来馬に危険が及ぶとあれば、何を捨ててでも最優先で守ろうとする。
村上も太一もこの方針は一貫しており、今までそれを違えた事はない。
故に隊長の方針を最大限尊重して動く柿崎隊をどうこう言える資格は自分達にはなく、今はそれよりも考えるべき事があった。
(上位に行った途端、あそこまで惨敗するなんてな。組み合わせが悪かった、なんて言い訳は出来ない。上を目指すなら、あの人達は必ず超えなければならない相手なんだから)
村上はふと、過日の試合を想起する。
今期のランク戦では、前期の最終戦の結果で香取隊が中位落ちした結果、繰り上がりで自分達がB級上位入りしてROUND1は上位の試合を経験する事になった。
正直棚から牡丹餅レベルの幸運であったが、その代償とでもいうかのように初戦の結果は散々なものだった。
何せ、対戦相手にあの二宮隊がいたのだ。
ROUND1の組み合わせは、自分達と二宮隊・生駒隊の三つ巴。
その試合では、
序盤に運悪く来馬が二宮に捕捉された結果、それを守ろうと急行した自分諸共弾幕によって削り殺されてしまったからだ。
ボーダーでもトップクラスのトリオン量を誇る二宮の火力は尋常なものではなく、一度
中距離の攻撃手段が村上の旋空か来馬の銃撃しかなく、とてもではないが押し返す事が出来なかったのだ。
同じく来馬を守る為に動いていた太一もその中途で隠岐に見付かって撃たれてしまい、敢え無く全滅する事となったのである。
幸運にも上位に参加出来た鈴鳴第一は、初戦でB級上位という魔境の洗礼を受ける形で中位に押し返された。
あの時の作戦室の空気は沈鬱なものであり、村上にとっても苦い記憶であった。
故に今の村上には、
これまでチームランク戦で戦う機会のなかった二宮隊は当時の彼等にとって明確な未知の脅威であり、村上の
そして、今回対戦相手となっている玉狛第二はデータが殆ど存在しない相手である。
隊長である修とエースである遊真が大規模侵攻で活躍し、戦功を得た事は知っている。
加えて遊真が尋常でないスピードでC級からB級に昇格し、A級の緑川に圧勝したという話も聞いていた。
情報では修はトリオンが極端に低く戦闘能力も同様であると聞いてはいたが、噂では風間と引き分けたという風聞もあり決して侮れる相手ではないだろうと彼は考えている。
ランク戦のROUND1で8得点を獲得し、僅か1試合でB級中位に上がって来た事からもそれは明らかだ。
狙撃手の千佳もその莫大なトリオンから成る砲撃は脅威であるし、初めて戦うチームである事も相俟って警戒するなという方が無理な話だ。
下手をすれば居場所が割れ次第あの砲撃が繰り返し飛んで来るかもしれないし、迂闊な真似は出来なかった。
(とにかく、今は来馬先輩との合流を優先しよう。柿崎隊とやり合うには、来馬先輩の銃撃が必要になるしな)
また、柿崎隊も決して侮って良い相手ではない。
初動が遅いという致命的な弱点はあるが、その分三人揃った時の連携力はかなりのものだ。
少なくとも、村上であっても単騎で三人揃った彼等を相手取るのは得策ではない。
柿崎隊は堅実で隙の少ない連携を軸としており、全員が目立った弱点のないパラメーターをしていて態勢を整える事が出来れば容易には崩れない安定感があるのだ。
そんな彼等と正面から戦り合うなら、銃撃という中距離火力を持つ来馬の存在は必要不可欠だ。
残る太一も狙撃手なだけあって多少離れた所からも援護を行う事が出来るので、誰と戦うにしろ自分と来馬の合流は必須と言える。
自分が敢えて位置を晒して囮になるという戦法も選択肢としてはあったが、既に柿崎隊が合流を成功させていたり千佳が自分を狙える位置にいる可能性も考えると軽々にその判断をする事は憚られた。
故に、今は合流を最優先して動く。
そう考えて、村上は来馬と合流すべく足を速めるのだった。
「全員、バッグワームで潜伏中。柿崎隊、鈴鳴第一共に合流を優先して動いている模様ですっ!」
「どちらも合流しての連携が肝の部隊ですからね。想定通りの立ち上がりと言えるでしょう」
実況席では時枝が桜子に相槌を打ち、冷静に意見を述べていた。
確かに彼からしても、この展開は想定通りであった。
柿崎の事は元チームメイトなので良く知っているし、彼の性格も理解している。
隊員に一人で責任を負わせる事を厭う彼が合流を最優先にして動く事は、時枝からしてみれば既定路線であった。
故にこの展開は想定通りでしかなく、それ以外に言う事もなかったと言える。
「まあ、確かに三人揃った柿崎隊相手にやり合う事を考えれば鈴鳴も合流を目指すのはおかしい事じゃない。というか、元々鈴鳴第一はそういうチームだ。それがなくても、同じ行動を取っただろうな」
「そうですね。柿崎隊と同じく、隊長を支柱としているチーム、という面に変わりはありませんから」
「そうだな。傍から見れば、別に悪い選択肢でもない────────────────相手が、柿崎隊だけならな」
しかし、太刀川は別だった。
学業はともかく、戦闘に関する事であれば彼の頭脳はフル回転する。
生来の勘の鋭さも相俟って、その言葉は物事の本質を突く事が多い。
そんな彼は鋭い視線を画面に向け、告げる。
「どっちの部隊も、玉狛を甘く見過ぎてる。あの玉狛支部でチームを組んだって意味を、しっかり理解するべきだったな」
「隊長、他チームとは誰も遭遇出来ていません。囮も兼ねて探してみますか?」
『いや、合流が優先だ。三人揃わない段階だと、村上と当たった時に各個撃破される危険がある。それなら、合流してから動いた方が強い筈だ』
「了解しました」
照屋は柿崎と連絡を取り、予想通りの返答を聞き頷く。
彼女は、柿崎を支える為に押しかけ女房の如く柿崎隊に殴り込み同然に入隊した少女である。
その感情的な重さは尋常ではなく、
少し頼りない相手を全力で支えたいという難儀な性癖を持つこの少女にとって、自分に自信がなく尚且つ人格的には非常に好感の持てる相手である柿崎はこれ以上ない程の優良物件だったのだ。
単純に柿崎の人柄に惹かれて入隊した虎太郎よりも大分不純な理由ではあるが、それでも表面上は隊長を慕う純粋な少女と見られているので問題は無い。
そういう理由で入隊した照屋なので、基本的に柿崎の意思は尊重するし隊の意思決定も最終的には彼に全てを委ねている。
意見を具申する事はあるが、決めるのはあくまで柿崎である、というスタンスは何があっても崩さない。
そんな彼女からしても、進言を行わざるを得ない相手が今回の玉狛第二だった。
彼等とは、大規模侵攻で顔を合わせていた。
不覚にも柿崎が敵の攻撃でキューブ化されてしまった直後、照屋を助ける形で介入してくれたのが玉狛第二の二人だったのだ。
その事には今でも感謝してもしきれないし後々正式に礼を言いに行くつもりだが、看過出来ないのは彼等の実力の面であった。
隊長の修はトリオンが低く、お世辞にも強いとは言えなかった。
しかし、あの遊真という少年の実力は尋常なものではない。
少なくとも、動きを見た限りではA級のそれと遜色ないレベルに見えた。
事実、彼はA級の緑川に圧勝しているのだという。
どう考えても1対1で相対するべき相手ではないというのは明らかで、彼と戦うなら合流を優先するのは何らおかしくはない。
しかし同時に、照屋の中では彼等に時間を与えていいのか、という葛藤もあった。
戦力的には大した事はないと考えていた修ではあるが、それはそれとして彼には無視する事の出来ない部分があった。
あの大規模侵攻で修は、あろう事か戦闘中に換装を解いてみせたのだ。
確かに敵のトリガーの能力を考えると戦術上必要な行動ではあったが、だからといってそれを平然と提案し迷わず実行出来る精神性はどうかしているとしか言いようが無い。
正直に言って、あの時はドン引きしていた。
そんな彼が、果たして真っ当な戦略を立てて来るのだろうか。
何か、一筋縄ではいかない作戦を組み上げて来ているのではないか。
そういった不安もあり、可能ならさっさと修を落としておきたいという考えが照屋にはあったし試合の前に柿崎に提案もした。
しかし柿崎は合流を優先する方針を変えなかったので、照屋もそれに従った次第である。
思うところがあれば進言はするが、最終決定権はあくまで柿崎にある。
そのスタンスは何があろうと崩す照屋ではなく、彼の選択に不満があるというワケでもない。
それでも嫌な予感は拭いきれず再度進言をしたのだが、結果は否。
故に照屋が取る行動は指示に従う一択であり、そこに迷いは無い。
柿崎の言葉にも理があるのは確かだし、一人で行動して遊真に遭遇して落とされる危険があるのは事実だ。
どちらにせよ柿崎を支える事が出来れば彼女の性癖は満たされるので、不満も沸きはしない。
これが支え甲斐がなく黙って好き勝手やる相手であれば相応の態度を取るのだろうが、相手が柿崎である限り彼女がこの姿勢を崩す事はない。
「文香!」
「隊長。合流出来ましたね」
そうこうしている内に、柿崎が照屋と合流する。
その姿を見た事で安堵し、これからどうするか、と考え始めた矢先。
「────────」
「…………! 隊長!」
「…………っ!?」
────────柿崎の背後に、躍る影を見た。
小柄な影の正体は、バッグワームを脱ぎ捨てながら奇襲して来た遊真だった。
柿崎は身を護る為に、照屋は彼を助ける為に。
同時に動き、そして。
「な…………っ!?」
「え…………っ!?」
ガクン、と何かに引っかかるようにして柿崎がつんのめった。
同時に照屋も腰のあたりに何かが当たり、その場で押し返される。
一瞬何が起こったか分からず、混乱する二人。
「────────」
「…………っ!」
そんな隙を、遊真が逃す筈もない。
遊真はスコーピオンを振るい、柿崎の右足を両断。
そのまま空中で何かに掴まる動作をした直後、三次元機動で跳躍。
照屋が銃撃を実行するよりも速く、その場から飛び退き距離を取った。
「これは…………っ!」
直後、理解する。
柿崎が足を取られ、自分が跳ね返されたモノの正体が何なのか。
眼を凝らせば、路地には無数の細い糸が張り巡らされていた。
その糸の名を、知っている。
知識としてだけ聞いているトリガーの中に、この光景に合致するものがあった。
「スパイダー…………っ!?」
ワイヤートリガー、スパイダー。
それが、この場に仕掛けられていた罠の名前だった。