香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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ROUND2/case玉狛第二⑤

 

(抜け出せねぇ…………っ!)

 

 柿崎は目の前に迫って来る遊真を銃撃で牽制しながら、内心舌打ちしていた。

 

 遊真は空中で何かに掴まったかと思うとすぐさま横に跳躍し、滑らかな動きで背後に移動。

 

 スコーピオンを振り下ろし、それを横から跳び出した照屋の弧月が防御する。

 

「…………っ!」

 

 そこに修からの弾が飛んで来て、柿崎がシールドを張り攻撃を弾く。

 

 同時に遊真はその場から飛び退き、再びワイヤーを伝って縦横無尽に動き回る。

 

 アサルトライフルで応戦するが、空中を自在に動き回る遊真を捉える事が全く出来ない。

 

 まるで曲芸のような動きをする遊真と、それを的確にフォローする修の二人によって柿崎達は完全に身動きを封じられていた。

 

 柿崎だけではなく照屋の足も削れた事で、逃走という選択肢が二人からは失われた。

 

 とてもではないが、このワイヤー地帯で自由自在に動き回る遊真相手に足のない状態で逃げ出せる筈もない。

 

 ただでさえ凄まじい機動力を持つ遊真が相手で、尚且つこちらの動きを縛り相手の動きを補強するワイヤー陣まで展開されているのだ。

 

 このままでは勝ち目がないどころか何も出来ずに完封される可能性さえ、否。

 

 何もしなければ確実にそうなる未来が、待ち構えていた。

 

(虎太郎を待って────────────────いや、駄目か。足が削れた俺達二人を庇いながらじゃ、あいつもいずれやられる。同じ轍を踏ませるだけだ)

 

 柿崎もまた、この場に虎太郎を加えても何の解決にもならないどころか失点を増やすだけの結果になる事は理解していた。

 

 三人揃っての連携が柿崎隊の持ち味ではあるが、足の削れた自分達を守りながらでは虎太郎は力を発揮出来ない。

 

 同じように足を削られ、翻弄されて終わりとなるだろう。

 

 みすみす部下を死地に招く事は、彼には出来なかった。

 

(もう虎太郎には、さっさと緊急脱出(ベイルアウト)させた方が良いかもな。こうなった時点で、もう勝ちの目はねぇ。完全に俺のミスだ)

 

 今の事態を招いたのが自分の方針にあったのだと、柿崎は自認していた。

 

 故に自分の所為で至ってしまった現状の責任を虎太郎に負わせる事は出来ないと、彼に自発的な緊急脱出(リタイア)をさせる案が思い浮かぶ。

 

 柿崎は責任を仲間に負わせる事を嫌がり、何もかも自分だけで抱え込もうとする悪癖がある。

 

 それ故に部下を単身斥候に向かわせる等の責任ある仕事を任せられず、結果として戦術がワンパターンになり負ける事が多かった。

 

 その事はある程度気付きはしているのであるが、優し過ぎるその性格が仇となり自分の方針を変える事は出来ないでいた。

 

 頭では、分かっている。

 

 こんな温い方針では、強豪ひしめくランク戦を勝ち上がる事など出来ないという事を。

 

 けれど、柿崎は。

 

 それでも尚、部下に責任を背負わせる事を厭っていたのだ。

 

 柿崎は以前、嵐山隊に所属していた。

 

 けれど嵐山と共に臨んだ記者会見で、文字通り器の違いを見せつけられた。

 

 悪意ある記者の質問に対して、何も気負う事なく堂々と己の矜持を言い放ったその姿。

 

 ボーダーという組織の看板を背負ってあの場に立っているというプレッシャーの中でも一切ブレず、己を貫き通した嵐山の姿が眩し過ぎて柿崎は折れてしまったのだ。

 

 自分は、あいつのようにはなれないと。

 

 そう思い知らされて、嵐山隊が広報部隊になると決まった段階で隊を去った。

 

 責任を負う事から、逃げたのだ。

 

 だから、これ以上責任から逃げる事は出来ないし、同じ重荷を部下に背負わせたくはない。

 

 そんな劣等感と自己嫌悪が柿崎に全てを背負わせる傾向を助長しているし、自分と同じ想いをして欲しくないと部下に責任を投げる事が出来ずにいた要因となっていた。

 

 良くも悪くも他者を気遣い過ぎるその性質が、今の状況を生んでいると言っても過言ではない。

 

 しかし分かっていても早々にその方針を変える事は出来ず、柿崎はせめて虎太郎だけでも逃がそうと通信を繋いだ。

 

「虎太郎。悪い、完全に俺のミスだ。だから────────」

『柿崎隊長。お願いがあります』

「え…………?」

 

 だが、それを伝えようとした矢先。

 

 通信先の虎太郎から、思いも寄らぬ言葉が返って来て柿崎は硬直した。

 

 お願いがある。

 

 そんなフレーズで始まった虎太郎の言葉に、柿崎は眼を白黒させるのだった。

 

『おれに、チャンスを下さい。そろそろ、鈴鳴が仕掛けて来ると思います。その時に、何とか点をもぎ取っておきたいんです。だから、その時までこの場で待機する許可を下さい』

 

 それから、と虎太郎は続ける。

 

『おれだけじゃ、きっと出来ません。その時には、柿崎隊長達にも協力して欲しいんです。そうじゃないときっと、点を取る事は出来ないと思いますから』

「虎太郎…………」

 

 虎太郎の願いに、柿崎は息を呑む。

 

 いきなりの部下からの進言に、その内容に。

 

 柿崎は、己を恥じていた。

 

 自分は早々に諦めてしまっていたというのに、虎太郎は未だに勝つ事を諦めていなかった。

 

 いや、勝ちは狙えないまでも一矢報いようとするくらいの感覚かもしれない。

 

 どちらにせよ、自身の失態に落ち込むあまり鈴鳴の事を失念していた柿崎と比べれば雲泥の差だ。

 

 確かに、虎太郎の言う通りだ。

 

 このままでは自分達は全滅するだろうし、それを黙って見ていればみすみす点を玉狛に与える事になる。

 

 鈴鳴としても座して黙する理由はなく、むしろ介入して来るのが自然な流れと言えた。

 

 そして、その時は遠くはないだろう。

 

 今でさえ、ギリギリの所で持ち堪えているのだ。

 

 恐らくではあるが、玉狛は虎太郎を誘き寄せる為に敢えて自分達を生かしているのだろう。

 

 遊真の実力からすれば、とうの昔に自分程度落とされていたとしても不思議ではない。

 

 それが起きていないという事自体、玉狛が敢えて手心を加えている事の証左に他ならなかった。

 

 故に、自分達だけでは玉狛の思惑を超えられない。

 

 合流するにせよしないにせよ、柿崎隊の動きだけでは玉狛の想定を上回る事は出来ないからだ。

 

 何せ、向こうは完璧にこちらの手を読み切っている。

 

 何らかの外部要素がなければ、その思惑を超える事など出来ないだろう。

 

 そういう意味でも、虎太郎の進言は正しい。

 

 問題は、虎太郎に責任を押し付けるこのやり方に柿崎が賛同出来るか否か。

 

「…………分かった。こっちこそ頼んだ、虎太郎」

『…………! はい…………!』

 

 されど、その問題は既に解決していた。

 

 虎太郎が説得の言葉の中に、「柿崎達にも協力して貰う」というフレーズを付け加えていたからだ。

 

 それがあった為に、柿崎は「三人での連携を軸とするのが柿崎隊である」という方針を完全に捨てる事なく、虎太郎の提案を受け入れる事が出来たのだ。

 

 これが彼一人に誰かを落としに向かわせる、といった内容であればもう少し渋っただろう。

 

 しかし、虎太郎を単独行動させる事になったとしても最終的に連携に繋がるのであれば、柿崎は己を納得させられる。

 

 それならば連携を軸とする自分の方針を完全に捨てる事なく、虎太郎の行動許可を与える口実を作る事が出来るからだ。

 

 そういう意味では、虎太郎の言葉選びが巧かったと言える。

 

「というワケだ文香。厳しいかもしれないが、よろしく頼む」

「了解しました」

 

 照屋は柿崎隊長に「お願い」を聞いて貰った虎太郎を羨みつつも、自らを何とか奮い立たせようとする柿崎にゾクゾクしたものを感じる己を完璧に隠しながら頷いた。

 

 頼りない部分も彼女の性癖的にソソるのだが、覚悟を決めて動こうとする凛々しい感じも照屋ポイント的にアリ寄りのアリである。

 

 どちらにせよ何処までも付いて行く事は変わらない為、照屋は「次は私がお願いを聞いて貰おう」と思いつつ、敬愛し心酔する隊長の命令(オーダー)に従うべく覚悟を決める。

 

「多分、そろそろ来ますね。いい加減、鈴鳴第一(あちら)の準備も終わった頃でしょうし。その時に仕掛けましょう、柿崎隊長」

 

 

 

 

「一息に仕留めないの、わざと? あれ、いつでも殺せたよね?」

「ああ、そうだな。あれは柿崎隊の二人を餌に、虎太郎や鈴鳴を誘き寄せる為に敢えて生かしてるんだろ。三雲くんなら、そうするだろうな」

 

 上層観覧席で、試合を見ていた樹里の言葉を出水は肯定する。

 

 彼女達の眼から見ても玉狛が柿崎達を敢えて生かしているのは自明であり、その狙いに関しても想定通りであると言えた。

 

「足を削った時点で、柿崎隊長と照屋さんは無力化されたも同然だ。少なくとも、あのワイヤー地帯で空閑相手に生き残るのはまず無理だろ」

「そうだね。あの状況下だと、葉子でも厳しいかも。足が削れてなければ、いけるかもだけど」

「正直、香取ちゃんでも厳しいかもだぜ? 空閑の実力はほぼA級クラスだし、ワイヤーがあると幾ら香取ちゃんでも難しいんじゃないか?」

「むぅ」

 

 香取なら出来ると言いたげな樹里であったが、彼女の見立てでもあの条件では厳しいだろうと結論が出ていた為押し黙る。

 

 ただでさえ凄まじい機動力を持つ遊真を相手にしている上に、ワイヤー陣の妨害も加わるのだ。

 

 しかもそのワイヤー陣は遊真の機動力を爆発的に底上げする効果まであり、あの場にいる限り大抵の相手に勝機はないだろう。

 

 自分ならメテオラでワイヤーごと周囲を吹き飛ばす事で状況をリセット出来るかもしれないが、射出する隙を狙われれば危ないかもしれない。

 

 それだけ遊真の動きの鋭さは群を抜いており、樹里の眼から視ても相当な潜在能力(ポテンシャル)を秘めていたのだから。

 

「とにかく、これで三雲くんについてはある程度分かったかな? 少なくとも、その戦術方針なんかは」

「…………いやらしい、ね。相手の弱点を突く事を躊躇しないのは分かるけど、それが徹底し過ぎてる。色々と吹っ切れた人のやり方だよね、これ」

「まあ、三雲くんはあの年齢にしては覚悟決まり過ぎというか、色々規格外だからなぁ。戦闘力は最弱と言って良いレベルだけど、色々と侮れない子だよ。三雲くんは」

 

 出水は苦笑しながら、樹里の三雲評に賛同する。

 

 確かに、相手の弱点を突く事自体は誰でもやる事だ。

 

 明確な穴があるのなら、そこを突かないのは戦略上有り得ない。

 

 正面から戦って打ち倒そうという気概など皆無であり、あくまでも結果的に勝てればそれで良いというやり方だ。

 

 それ自体否定する気はないし、むしろ戦術家としては真っ当な考え方であると言える。

 

 修の場合、それを徹底し過ぎているというきらいはあるが。

 

 とにかく相手の嫌がる事を全力でやり遂げて勝とう、という意図が透けて見える。

 

 勝つ為には最適解ではあるのだが、柿崎隊を弄ぶが如きやり方を躊躇なく実行出来るという点で少々吹っ切れ過ぎていると言えなくもない。

 

 点取り合戦であるランク戦に於いて、落とせる相手を敢えて落とさないのがどれだけのリスクを孕んでいるのか分かっていないワケではない筈だ。

 

 それでも尚この戦術を取っているのは、彼が一点や二点程度では満足せず、取れる点を全て取ろうと貪欲になっているからだ。

 

 ただ点を欲するのではなく、具体的な計画の下にそれを実行している時点で修は中々に食わせ物であると言える。

 

 最近師匠になったばかりの出水の眼から見ても、修の行動は戦術家としては正しいものであった。

 

 少々性格が悪いやり方なのは、否定出来ないが。

 

「そろそろ、鈴鳴も動きますよね?」

「そーだな。今動かなきゃどうしようもねーし、そろそろ主戦場に到着するからそこで仕掛けるつもりだろ」

 

 けど、と出水は続ける。

 

「玉狛はそれも、想定の内だろーぜ。多分、そろそろ三雲くんの策が決まる頃合いだろーな」

 

 

 

 

「来馬先輩、位置に着きました」

『分かった。鋼のタイミングで仕掛けてくれ。ぼくと太一はそれに合わせるよ』

「了解しました」

 

 村上は柿崎隊と玉狛が戦闘を行っている主戦場のすぐ傍の路地裏で、弧月を手にタイミングを伺っていた。

 

 あの場に介入すると決めた村上と来馬は、二手に分かれて奇襲を行う事に決めたのだ。

 

 一方向から一緒に出たのでは、相手の意表を突く事は出来ない。

 

 かといって鈴鳴の性質的に、来馬が先に出るというのは違和感しかなく確実に警戒される。

 

 故に村上が率先して突っ込み、その混乱の隙を来馬と太一に突いて貰う。

 

 それが今回の彼等の方針であり、村上にも否はない。

 

 来馬を危険に晒すやり方に思うところがないワケではないが、彼等も今回の試合で無得点というのは出来れば避けたい。

 

 何せ、ROUND1では一点も取る事が出来なかったのだ。

 

 前期の貯金のお陰で何とかなってはいるが、それでもこの試合で一点も取れなければ順位が落ちる事は避けられないだろう。

 

 それをどうにかする為にも、多少のリスクは呑み込む他ない。

 

「…………!」

 

 そう覚悟を決めた村上の眼に、空中を駆け柿崎に突貫する遊真の姿が見えた。

 

 彼等との距離は、凡そ20メートル。

 

 旋空の射程、ギリギリの距離である。

 

 可能ならば修も射程に収めておきたかったが、その条件を満たす隠れ場所がなかった以上諦める他ない。

 

「────────旋空弧月」

 

 そして。

 

 村上は最終局面となる戦闘の狼煙となる拡張斬撃を、意を決して撃ち放った。

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