「────────!」
その攻撃に、照屋は即座に気付いた。
旋空の軌道自体は、遊真を狙ったものであった。
しかしその射線上に柿崎を巻き込んでいる為、彼を守る事に敏感になっていた照屋が気付いたという塩梅だ。
無論、遊真もとうにその攻撃には気付いていた。
むしろ、最初から想定していたが為に彼女より早く察知していた可能性すらある。
だが、だとしても照屋のやる事は変わらない。
「隊長…………!」
「…………!」
即座に照屋は、柿崎をその場に押し倒して斬撃の軌道から逸らさせる。
旋空による攻撃から、己の隊長を退避させた。
攻撃は中空にいる遊真を狙っていた関係上、上よりは下へ逃げる方が難易度は低い。
加えて、二人は足が削れている為一度空中に出てしまえば容易に身動き出来ない状態となり隙だらけになる。
また、この場にはこれまでの攻防で幾らか切断はしているとはいえ、多くのワイヤーが残っている。
防御の合間を縫って斬ってはいるのだが、その端から修が地道にワイヤーを追加し続けているのでイタチごっこになっているのが現状だ。
だが、その膠着状態は終わりを迎えた。
鈴鳴の、村上が旋空を以てこの場に介入したからである。
NO4攻撃手、村上鋼。
彼程の実力者が参入したとあれば、遊真とてその対応が必要となる。
されど、遊真に焦りはなかった。
村上の斬撃を、遊真は慌てる事なく跳躍して回避する。
ワイヤーの位置が把握出来ていない柿崎達と異なり、玉狛の二人はこの場に張られたスパイダーの位置関係を全て掌握している。
スパイダーは味方にだけ見え易く、相手にのみ見え難くする事が可能なトリガーであり、その利点を最大限活用しているというワケだ。
故に遊真にとって空中への跳躍は何のリスクもなく行える挙動に過ぎず、その動作に躊躇いなどない。
(これで空閑くんは、村上先輩に対処するか私達への攻めを続けるかの二択を迫られる。けど、私達が足が削れて逃げるのが難しい状態となっている以上、多分…………!)
そして。
照屋の想定通り、遊真は姿を現した村上へと跳びかかっていった。
現在、柿崎と照屋は足が削れた状態にある。
故にこの場から逃げ出すのは容易ではなく、悔しいがいつでも落とせる駒という扱いでしかない。
ならば、新たに現れた村上という脅威にリソースを割くのは自明の理。
更に言えば修が向かっても瞬殺されるしかない以上、遊真が村上の対処に当たる以外有り得ない。
これまで散々柿崎隊の脅威となってきた修であるが、単体で見ればトリオンが低く戦闘技術も拙い弱い駒でしかない。
幾ら修でも万全の状態の村上と正面から当たれば、ワイヤー陣の恩恵があっても為す術なくやられるのがオチだろう。
だからこそ、遊真が村上を対応する。
これは、決まりきった結果であった。
(けど、これで残るは三雲くんだけ…………! 空閑くんがあっちに向かった今、何としてでも彼を落とす…………っ!)
だからこそ、それを利用する。
確かにワイヤー陣という仕掛けがある上に足が削れた自分達の戦力は著しく低下しているが、それでも修一人相手ならばやりようがある。
少なくとも柿崎と二人がかりならば、修を落とす事くらいは出来るだろう。
また、虎太郎というカードもある。
手は、残っている。
そして今、その持ち得る手札を三雲修という駒を打ち倒す為に注ぎ込もうとしていた。
正直に言って平時ならば捨て身で落とすような駒ではないが、今はとにかく点が欲しい。
万全の状態ならば容易く落とせる筈の修という駒は、現状では数少ない隙を見付けてでしか倒せない難敵と化していた。
修本人は弱兵でしかないとはいえ、足が削れたというディスアドバンテージとワイヤー陣という仕掛けの課す重石は想像以上に大きい。
たとえトリオンが低く戦闘技術の拙い修相手であったとしても、何とか戦えるといった状態でしかないだろう。
それでも、やるしかない。
遊真が村上の対処の為に出払ったこのタイミングでなければ、修を落とす事は出来ないからだ。
あの村上が早々にやられるとは思わないが、此処は玉狛の敷いた蜘蛛の巣の中。
幾らNO4
そう思わせる程に、遊真の技量は卓越していた。
遊真が村上と戦うのが初戦かそうでないかで色々と変わっては来るだろうが、それでも猶予はあまり無いと思った方が良いだろう。
何せ、盤面は完全に玉狛が掌握している状況である。
鈴鳴も結果だけ見れば完全に出遅れており、この場に介入して来たのもそれしか手段がないといった側面が大きい筈だ。
だからこそそれを利用出来たと言えるが、余裕が無い事に変わりはない。
「…………! 文香…………!」
「え…………っ!?」
────────だが。
そんな彼女の思惑をこそ、玉狛は突いた。
柿崎の呼びかけに応じて後ろを振り返れば、そこにはすぐそこまで迫っている遊真の姿。
失敗した。
そう悟った時には、もう遅かった。
遊真は村上を狙うように見せかけて途中でワイヤーを掴み、進路を変更。
そのまま勢いを付けて、照屋に肉薄していた。
遊真は、最初から村上とすぐに開戦するつもりなど毛頭なかった。
むしろ、逆。
こちらから意識を外した照屋をこの場で始末する為、動いていたのだ。
距離が、近過ぎる。
間に合わないと悟りつつも咄嗟に弧月で防御を行おうとするが、遊真は片腕でワイヤーを掴み斬撃の軌道を変更。
照屋が斜めに構えた弧月を避ける形で、彼女の頭部を斬り裂いた。
「すみません、隊長…………!」
『戦闘体活動限界。
機械音声が、照屋の敗北を告げる。
照屋は失意の表情を浮かべ、光の柱となって消え失せた。
「照屋隊員、
「まあ、そりゃ放置はしないよな。釣り餌という役割を果たしたんなら、処理するのは当然だろ」
実況席では太刀川が訳知り顔で頷き、時枝も無言で賛同を示している。
あまりにも鮮やかな手並みに、双方共に感心しているのが見て取れた。
「確かに柿崎隊の二人は足が削れているし、ワイヤー陣も厄介だ。けど、三雲一人で二人を同時に相手するのは少し厳しい。なら、村上を対処する前に片方を始末しとくのは当然だろ。柿崎隊は、そこの所を見抜けなかったのが痛いな」
「なまじ三雲隊長に散々してやられた後だった為に、無意識の内に三雲隊長の戦力評価を上げてしまっていたのでしょうね。ああいった戦術を取っていたのは、「自分は厄介な駒である」と認識させる為でもあったのでしょう」
「そうだな。そこは、三雲が巧かったってワケだ。自分の実力を過大評価させて、判断を誤らせる。これも立派な戦術だからな」
二人の言う通り、柿崎隊はこれまで修に戦術で散々してやられて来た為に、無意識の内に修の評価を上げていた。
重要なのは、してやられたのはあくまでも戦術面であり、修の実力が劇的に向上したワケではないという事だ。
自分個人の実力がB級下位にも負けかねない最弱レベルであるという自認を誰よりも持っている修は、「一人でも二人を相手出来るかもしれない」という希望的観測には縋らなかった。
それしか方法がないのであればやるだろうが、幸いというべきかこの場には彼が扱える最強の駒がいた。
故に遊真を村上の対処に向かわせる前に、その動きを囮として柿崎隊を片方落とす算段は最初から付けていたというワケだ。
柿崎隊が二人共生存を許されていたのは、この場に虎太郎と鈴鳴を誘き寄せる為だ。
それが叶った以上、両方を共に生かしておく意味は無い。
むしろ片方を削った方が相手に焦りを生ませる事が出来る為、やらない理由の方がなかったというワケだ。
柿崎隊は「修は一人で自分達を相手取るつもりだ」という想定でこの場に臨んでしまい、その考えを利用される形で照屋を落とされた。
無意識の内に生んだ
「三雲くんは、自分の実力や評価を最大限活かしていますね。これは、他にはない戦い方と言えるでしょう」
「自分が弱いという事を強みにする、なんて聞いた事ねぇからな。確かにこりゃあ、三雲にしか出来ないやり方だろ。趣味じゃあないが、これはこれで面白いな」
「ええ、彼にしか成せない独自の強みと言えるでしょう。今後が楽しみな隊員ですね」
自分の弱さこそを、強みとする。
その型破りな性質は、太刀川達にとっても興味深いものに映ったらしかった。
確かに、普通ならば入隊試験を突破出来ない程度のトリオンしか持たない修にしか出来ない所業ではあるだろう。
迅による裏口入隊があったからこそ起きた事態と言えるが、これはこれでアリだなと太刀川は感心していた。
個人戦力としてはとてもではないが興味を持てる相手ではないが、隊長としての評価ならまた変わって来る。
太刀川は
勉学に注ぎ込むリソースの全てを変換したとしか思えないレベルで、太刀川の指揮能力は高い。
その太刀川から見ても、修は隊長としては非常に面白い素質を持った相手であると言えた。
迅に目をかけられているという事もあり、彼の実質的な初戦を見る為にこの解説を引き受けたと言っても過言ではないのだ。
B級下位相手では瞬殺で終わるだろうと思っていたので、そちらに興味はなかった。
本題は、村上というただでは倒せない相手がいるこのROUND2で修がどう戦うのか。
それを見る為に、太刀川はこの場に座る事を承諾したと言っても良い。
出水が師匠を引き受けた修の事を気になっていたのは確かなので、良い機会だと思った次第である。
「さて、後は村上をどう捌くかだな。こっからが見ものだぞ」
(やられた…………!)
それを正面から見ていた村上は、己の対処が間に合わなかった事に内心舌打ちした。
こちらの姿を発見した瞬間跳びかかって来た遊真には戦士としての昂揚を感じたものだったが、相手はあくまでも兵士としての動きを徹底していた。
村上を攻撃する動作は、完全なブラフ。
本命は、村上への対処に向かったと考えた遊真を意識から外した照屋をこの場で仕留める事だったのだ。
確かに柿崎隊の二人は足が削れていたし、この場にはワイヤー陣が張られているので修一人でも勝負にはなっただろう。
しかし修という駒が戦力的に弱過ぎるという事実は消えない為、彼等には確かに点を取るチャンスがあった。
だからこそ修は弱い自分を狙うであろう柿崎隊の心理を逆手に取り、自らを囮に罠にかけた。
照屋はその思惑にまんまと引っ掛かり、遊真に落とされてしまった形となる。
完全に遊真と一騎打ちをする気だった村上としても忸怩たる想いではあるが、別段ルール違反をしたワケでもない。
むしろ勝手な思い込みで初動が遅れたのはこちらであり、失態を犯したのは自分達だ。
「…………!」
だが、挽回はまだ出来る。
照屋の処理を終えた遊真が、再びこちらへ突っ込んで来るのが見えた。
恐らく、柿崎一人であれば修だけでも対処が可能という判断を下したのだろう。
柿崎と修とでは地力では完全に前者が上回っているが、今の柿崎は足が削れている上にワイヤー陣のど真ん中に位置し、何よりみすみす仲間を失わせてしまったという精神的な
メンタルが動きに直結し易いタイプの柿崎としては、自分の所為で照屋が落とされたとも思えるこの状況はキツイ筈だ。
そこまで玉狛の想定通りだとはあまり考えたくはないが、有り得るかどうかで言えば充分有り得るのが怖いところだ。
大規模侵攻での顛末は、聞いている。
三雲修という少年は、勝利の為とはいえ戦闘中に換装を解くという常識外れな事をしでかしたらしい。
敵の黒トリガーの能力を考えれば戦略上必要なのは理解出来たが、それでも一歩間違えれば死んでいてもおかしくない暴挙だった。
それを躊躇なく行ったという精神性は、特筆に値する。
例外はそんな
だが、修はそんな事は関係ないとばかりに戦場の真っただ中で換装を解き、自らを死の危険に晒してみせた。
それがどれだけ危うく、そして何よりも自分達のすぐ隣に死という非常識があるという事を否応なく理解させる契機となった。
戦場で敗れれば、死ぬ。
そんな当たり前の事を、今まで自分達は真の意味で自覚していなかった。
きっと、修は最初から分かっていたのだろう。
自分達がいるのは本物の戦場であり、一歩間違えれば何もかもを失う地獄なのだと。
恐らく、それに気付いている隊員はそう多くはない。
けれど、少なくとも来馬はその本質に気付いていたし、あの侵攻の後で思い悩んでいた彼に尋ねて彼の葛藤を聞いた村上も同様だ。
少なくとも覚悟という面では、三雲修という少年は自分達の遥か先を行っていた。
そんな相手を侮る事は出来ないし、その彼がエースとして信頼している遊真は間違いなく強力極まりない難敵である。
これまでに個人戦をする機会がなかった事が今になって悔やまれるが、どの道やる事は変わらない。
「────────行くぞ」
目の前の相手を、倒す。
そう決意して、村上は右手にレイガストを、左手に弧月を構えて遊真との戦闘を開始した。