「────────」
スコーピオンを携えた遊真は真っ直ぐ、村上の下へ飛び込む。
それを弧月で迎撃しようとする村上だが、当然素直に直進する筈もない。
遊真はワイヤーを掴み、方向転換。
曲芸じみた動きで村上の側面に回り、斬り込む。
「…………!」
だが、攻撃手の中でも防御力に長けるのが村上である。
その守りを、容易く打ち崩せる筈もない。
村上は危なげのない動作でレイガストを掲げ、遊真のスコーピオンを受け止める。
シールドの凹み部分で刃を受け止めた村上は、それを引っかける形で遊真を牽引。
引き寄せた遊真を、弧月によって斬り払わんとする。
「────────!」
されど、遊真もまたこの程度で討たれる程弱くはない。
何の躊躇いもなくスコーピオンを手放した遊真は、地を蹴り跳躍。
そのまま中空のワイヤーを掴み、転換。
すぐさま距離を取り、村上から10メートル程度離れた場所に着地した。
「旋空弧月」
そんな遊真を、ワイヤーごと斬るべく村上は旋空を放つ。
瞬間的に刀身を長大化させて射程を伸ばすという仕様の為、使用時に隙が出来易い旋空ではあるが村上にはレイガストによる防御がある。
レイガストはシールドよりも高い強度の盾であり、弧月やスコーピオンを受け止めても早々割れる事はない。
修の場合はトリオンが足りな過ぎて通常のシールドより幾分かマシ程度の耐久力であるが、
基本的にサイドエフェクトの持ち主はトリオン評価値7以上であり、村上もその例に漏れない。
トリオン評価値7という数値は飛び抜けて多いワケではないが、ボーダーの平均から考えれば充分なトリオン量の持ち主であると言える。
その村上の使うレイガストは、当然相応の耐久力を誇る。
信頼出来る防御手段があるが故に、村上は攻撃に躊躇いが無い。
片手に剣を、片手に盾をという西洋騎士のような戦闘スタイルの村上は、戦術もまた騎士の如しなのである。
村上は生駒や太刀川と比べれば旋空の練度は低いが、あれはあちらがおかしいだけで一般的に見れば充分な習熟度を誇る。
そして、この場では旋空こそがある意味では最適解だ。
今この戦場には、修の張ったワイヤーが張り巡らされている。
これがある限り遊真の優位性を崩す事は難しく、当然の如く白い少年はワイヤーを伝って旋空を回避する。
空中に足場があるも同然の今の遊真の機動力は、恐らく緑川のそれを上回る。
緑川も同じ条件であれば肉薄するかもしれないが、それでも今この場で縦横無尽に張られた蜘蛛の糸を自在に扱える巣の主が遊真である事に違いは無い。
この糸を断たない限り、たとえ村上であっても遊真を下すのは難しいだろう。
「旋空弧月」
故に、今は旋空を連打して遊真への牽制と同時にワイヤーを切断していく。
それが、現在の最適解。
少々悠長ながらも、堅実な手であった。
「これ、まずいんじゃないかな? ワイヤーが全部なくなると、流石に村上先輩には勝てないと思うけど」
「そーだな。確かに空閑はA級クラスの実力者だが、正面戦闘なら村上はかなり強い。地の利がなくなりゃ、有利不利は逆転すっかもしんねーな」
上層観覧席にて、出水はそう言って樹里に同意する。
確かに村上の策は時間はかかるが、堅実且つ確実に自分の優位を引き寄せられる方法ではある。
現在玉狛がアドバンテージを独占しているのは、あのワイヤー陣ありきだ。
流石にワイヤーがなくなってしまえば、NO4
修も柿崎の相手で手一杯である以上、遊真一人で防御に長けた村上を崩すのは厳しいと言わざるを得ない。
「けど、鈴鳴はそこまで余裕はねーぜ。時間をかけてワイヤーを全部斬っちまうと、雨取ちゃんの砲撃が飛んで来る可能性があっからな」
「あ、そうか。ワイヤーがなくなるくらいなら、纏めて消し飛ばしちゃえばいい、って考えるかもしれないし」
「そういうこった。雨取ちゃんの砲撃なら、あの場に集った全員を一気に消し飛ばすのも可能だからな。今それをしないのは、下手に撃って自分達だけに被害が出る事を恐れてるからだろーが、追い込まれれば撃って来る可能性はあんだよ。だから、ある程度ワイヤーを斬ったところで勝負に出る筈だぜ」
現在堅実な手で玉狛を追い込んでいる鈴鳴ではあるが、彼等も彼等で懸念があるのだ。
即ち、完全にワイヤー地帯を破壊してしまった場合。
相手が開き直って、千佳に砲撃のゴーサインを出す可能性があるからだ。
現在の玉狛の優位は、あのワイヤー陣に依拠している。
故に、それを失った後は下手をすれば盤面の主導権を鈴鳴に奪われかねない。
村上という強力な駒が存在する鈴鳴には、それだけの地力があるからだ。
だからこそ、ワイヤー地帯をなくされるくらいならばその前に纏めて吹き飛ばしてしまえ、と考えて来る可能性はゼロではない。
故にそうなる前に適度にワイヤーを切除した段階で、勝負に出て来ると出水は見ているのだ。
「鈴鳴の残る二人も、近くに潜伏してる。多分、村上がある程度ワイヤーを斬るのを待ってから仕掛ける筈だぜ。鈴鳴は三人がかりで、空閑を仕留めるつもりだろーからな」
『ワイヤーも充分切除出来ました。そろそろ勝負に出ますか?』
「うん、そうだね。モタモタしていると、三雲くんが新しいワイヤーを追加したり雨取さんが撃って来たりするかもしれない。やろう」
『了解しました』
来馬は村上からの通信に返答し、頷く。
今回の試合は、初動で失敗をしてしまった。
合流を優先したが為に玉狛にこのワイヤー陣を用意する時間を与えてしまい、完全に試合の主導権を持っていかれてしまっている。
流石に村上が早々に負けるとは思わないが、ワイヤー陣の内部での遊真の動きは脅威極まりない。
少なくとも下手に自分があそこに突っ込めば、瞬殺されてしまうだろう事は想像に難くなかった。
きっと、遊真相手では多少の弾幕など意味を成さないだろう。
だからこそ、三人がかりでやる。
作戦は、単純だ。
機を見て自分が銃撃を行い、そこへ村上が斬り込んで太一が狙撃でサポートする。
ワイヤーがなくなった状態でこの波状攻撃を仕掛ければ、幾ら遊真とて倒せる筈だと来馬は考える。
だが、だからといってワイヤーを全部切除してしまうのは危険だった。
そうなった場合、相手が開き直って千佳の砲撃を撃ち込んで来る可能性があるからだ。
故に、勝負をかけるのはその前。
ワイヤーをある程度駆除し、こちらが充分に動けるだけの領域を確保しながら相手に「まだワイヤーがある」と思わせられるだけの絶妙なタイミング。
そこを狙って仕掛けなければ、千佳による砲撃連打という最悪の状況が待っている。
あれは見た目はメテオラのようだが歴としたアイビスによる攻撃であり、シールドは紙切れ程の役にも立たない。
それが連打されるとなれば最早自分達に打つ手はなく、鴨撃ちでやられるだけだ。
正直最初から遊真が護衛に着いて砲撃を連打される方がキツかっただろうし、実際にそういう想定をしてもいた。
しかし玉狛がワイヤー陣という戦法を披露してきた事で目論見が外れ、今に至るというワケだ。
想定通りであれば砲撃の乱舞の混乱の最中に点を掻っ攫うつもりであったが、こうなっては最早正面から玉狛を打倒する他ない。
チラリと、柿崎と戦っている修に目を向ける。
修は建物の陰に隠れながら柿崎と撃ち合っており、今の所戦況は膠着状態に見える。
トリオン量では修の完敗なのだが、彼は置き弾による時間差攻撃を駆使して柿崎を牽制し、下手な身動きが取れないようにしている。
二人の実力差で勝負が成立しているのは、修の方に攻めっ気が全くない事にも起因する。
修はあくまでも時間稼ぎを行う事を徹底しており、無理に柿崎を倒そうという雰囲気が一切見受けられない。
全く前のめりにならないので、柿崎の側も足が削れている事もあり攻めあぐねている、というのが現状だ。
足さえ万全であれば弧月に持ち替えて接近し、一息に倒す事も出来ただろう。
修は戦闘技能は未熟であり、成長の余地はあるがまだまだ鍛錬が足りていない。
近接戦闘となれば更にそれは顕著であり、狙撃手以上に近付かれれば終わりな駒である。
だが、柿崎の足が削れている以上そうはいかない。
修の扱っている弾種はアステロイドであり、直線にしか飛んで来ない為回避は容易だ。
しかしだからといって無視すれば被弾して致命傷を喰らいかねないし、何より修は戦い方が巧妙だった。
トリオンの低さにより弾数も威力も乏しい修の弾であるが、彼はそれを置き弾を利用して時間差で不規則に射出する事で柿崎に本格的な攻勢に移る事を憚らせた。
柿崎の足が削れている事とワイヤー陣という行動に制限がかけられた場所であるという条件下ではあるが、最弱の兵と言っても過言ではない修は地の利を活かし切る事で本来の
その自分の弱さを承知の上でそれすら戦術に組み込み、盤面を支配する様は圧巻ですらあった。
自分はそこまで強くないと自認する来馬の眼から見ても、修は優秀で光るものがある隊長と言えた。
(けど、勝ちをあげるつもりはない。ここで、勝負をかける…………!)
来馬は意を決して、バッグワームを解除。
路地から跳び出し、
「────────!」
引き金が引かれ、無数の銃弾が遊真へと降り注ぐ。
当然の如く遊真はワイヤーを掴み、自らの領地の奥へと向かおうとする。
村上が切断したワイヤーは、あくまで広場の東側から中央にかけてのものに過ぎない。
西側には未だにワイヤーが残存しており、そちらに逃げ込まれてしまえば下手に追撃する事は出来なくなる。
「旋空弧月」
無論、それをさせるワケにはいかない。
村上は来馬の銃撃を回避した遊真に向かって、旋空を放つ。
「────────!」
同時に、建物の屋上に潜んでいた太一がイーグレットを撃ち放った。
狙った先は、修である。
これは万が一にも修に遊真のフォローをさせない為の攻撃であり、当たるかどうかは二の次だ。
少々距離があるので着弾までは多少かかるだろうが、それでも修にとっては無視出来ない攻撃の筈だ。
既に鈴鳴は、修を単なる弱兵とは見ていない。
個人の戦闘力は低かろうが、あらゆる手段を用いて勝ちを奪いにいく油断のならない指揮官。
少なくとも来馬達は、そう見ていた。
故に、手は抜かない。
修を助ける為に遊真が無理をして動けば、ベスト。
そうでなくとも、柿崎の相手で手一杯な修にはこの弾丸の横槍は相当に効く筈だ。
元々、地の利を活かしてようやく抗戦が成立するレベルなのだ。
此処で大きな隙を晒してしまえば、そこを詰められて順当に柿崎が勝つだろう。
地力の面では柿崎の方が圧倒的に上なのだから、有利な要素がなくなればそんなものだ。
どちらにしろ、順次ワイヤーを追加していく修は一刻も早く落ちて貰わなければならない。
折角ワイヤーを切除しても、彼の手で補充されては意味が無いからだ。
故に、自分達の点にならないとしても修だけはさっさと落としておく。
そんな共通見解が、鈴鳴と柿崎隊の間には生まれていた。
現在、遊真のいる場所の近くにワイヤーは無い。
そこは念入りに旋空で切断した個所であり、その座標に彼が逃げ込むように誘導さえした。
今なら、刃も届く筈。
来馬は、そう考えて。
「…………! 来馬先輩…………っ!」
「え…………?」
────────中空で板のようなものを踏み、次の瞬間には目の前に肉薄していた遊真の姿を見て硬直した。
ワイヤー、ではない。
あそこにあったワイヤーは、全て切除した筈だ。
ならば、何か。
考えるまでもない。
グラスホッパー。
ROUND1では遊真はスコーピオンしかトリガーを使わなかったし、この試合でもワイヤー機動での戦法を主としていた為スコーピオン以外のトリガーはバッグワームとシールド程度しか見せなかった。
故に、失念していた。
緑川と同類のスピードスターである彼が、機動系攻撃手の代名詞とでも呼ぶべきこのトリガーをセットしていた可能性に。
最初から、玉狛はこの状況を想定していたのだ。
開き直って砲撃戦法に切り替える事を厭って、ある程度のワイヤー切断をした段階で鈴鳴が仕掛けて来る可能性を。
最初から想定し、その時に出て来る来馬を奇襲で狙い撃ちにする為に。
「…………!」
その光景を見た村上は、考えるよりも先にレイガストをブレードモードに変形。
スラスターを用いて、それを遊真に向かって射出した。
考えての事ではない。
単に、何を措いても守るべき対象が危険に晒された為に、条件反射でそれを守るべく行動に移しただけだ。
鈴鳴はいつ如何なる時でも、来馬を守る。
その精神性が、当然のように発揮された結果であった。
「────────」
「…………!」
だが、遊真に容赦など欠片もなかった。
レイガストに狙われた遊真は何の躊躇いもなく、グラスホッパーを起動。
来馬に背を向け、一気に村上へと肉薄した。
今度は、逆。
来馬を狙うように見せかけて、本命は彼を守る為にレイガストという盾を手放した村上を落とす事。
レイガストをブレードモードにした上に射出した村上には、当然身を護る盾がない。
今から再生成したのでは、遊真の攻撃には間に合わない。
かといって、弧月での防御では限界がある。
そこで、村上は。
「旋空弧月」
受け太刀ではなく、旋空を放つ事での迎撃での対処を選択した。
これが当たれば、最善。
そうでなくとも、旋空を避ける為に大きく迂回してくれればその間にレイガストの再生成が完了する。
この段階になっても、村上は冷静だった。
そして。
太一の撃った弾丸が修に迫る中。
清廉な騎士の斬撃が、白い暗殺者へと襲い掛かった。