(チャンスだ…………っ!)
柿崎は、修に向かって飛来した弾を見て内心でガッツポーズを取った。
あれは恐らく、鈴鳴の狙撃手────────────────太一による狙撃だろう。
軌道からして狙いは修以外有り得ず、恐らく彼に村上の邪魔をさせない為に撃ったものに違いない。
これは、チャンスだ。
恐らくだが、あの弾速からして使用されたトリガーはイーグレットだろう。
イーグレットは集中シールドでなければ防ぐ事の出来ない威力を持っており、更に言えば修のトリオンでは集中シールドであっても防御出来るかは怪しいところだ。
流石にレイガストの盾は貫けないとは思うが、それならそれで修が防御にリソースを使わざるを得ない事に変わりはない。
回避を行ったら行ったで、その隙を突いて押し込めば良いのだから。
(虎太郎、合わせろ!)
『了解』
故に、此処で攻める。
柿崎は近くで待機していた虎太郎に通信で合図を送り、改めて修に銃口を向けた。
「スラスター、
「…………!」
だが、修は。
此処で、スラスターを使ってこちらへ突っ込んで来た。
そう。
(マジかよ…………っ!)
有り得ない。
そんな驚愕が、柿崎の中に浮かび上がる。
有り体に言って、修本人の戦闘能力は大した事がない。
客観的に見て、何の仕掛けもない場所で正面戦闘で戦えば苦も無く倒せる相手だろう。
その修が此処までの奮闘を見せていたのは、ワイヤー陣という恩恵に与っていたからだ。
スパイダーによるワイヤー陣はこちらの動きを制限し、向こうの足場にもなる厄介なフィールドだ。
流石に遊真のように自在に空中を駆けるだけの身体センスは修にはないようだが、それでも迂闊に踏み込めばワイヤーに引っかかって致命的な隙を晒しかねないこの蜘蛛の巣は危険過ぎた。
だからこそ柿崎も攻めあぐねていたのであるが、修はあろう事はその有利を捨てるような行動に出て来た。
スラスター。
レイガストに付随するオプショントリガーであり、その真髄とも言えるものだ。
重さ及び大きさという機動上無視出来ないデメリットを持つレイガストを、実用レベルにまで引き上げたと言っても過言ではないトリガーである。
その効果は、ブースターを噴射する事での急加速。
グラスホッパーのような小回りは利かないが、それでも本人の身体センスを無視して加速を行えるという点ではこちらに軍配が上がる。
特に、修のようにお世辞にも動きが素早いと言えない射手であれば時としてこれ以上なく有用な移動手段となる。
現に修を狙った太一の弾は彼が移動した事で空振りしており、更に言えばレイガストを盾に突っ込んで来ている為こちらからの銃撃は意味を為さない。
「────────!」
だが、それならそれで問題は無い。
何故ならばこの場には、今この時の為に隠れ潜んでいた虎太郎がいたのだから。
路地裏から跳び出した虎太郎は弧月を構え、修に向かう。
現在、修はレイガストを正面に構えて柿崎に突っ込んで来ている。
故に、側面や後方からの攻撃に対しレイガストで防御出来ない。
シールドならば張れるだろうが、修のシールドでは弧月による攻撃を防ぐ事は不可能だ。
だからこそ虎太郎は火力の低いハンドガンではなく、弧月を選択して突っ込んでいる。
巣の仕掛け人が領地から自ら出て来たという千載一遇の好機を、逃してはならない。
柿崎は右手で
当然そんな無理な動作をすれば狙いは甘くなり、動きも鈍くなる。
こんな状況で遊真のような攻撃手に接近されれば、為す術もないだろう。
故に普通ならばライフルと弧月の両手持ちなどしないが、今は話が別だ。
スラスターの加速を得たレイガストの一撃は、シールドを容易く叩き割る威力を持つ。
ハッキリ言って、修の持つ攻撃の中では最大の威力を持つ攻撃と言っても過言ではないだろう。
だが、弧月ごと相手を両断出来るかと言われれば否だ。
弧月は余計な機能の一切を排し、硬度と威力のみにトリオンを注ぎ込んだ単純ながらとにかく
その硬度は並大抵のものではなく、少なくとも修のスラスター斬りで破壊される事はないだろう。
修が斬術の名手であればともかく、彼の本職は射手。
太刀川や生駒のような太刀捌きは望むべくもなく、的確な場所に当てて対象を斬り裂くなどといった芸当は不可能だろう。
故に、完全な防御手段として柿崎は弧月を抜刀したのだ。
片手でライフルを持ちながらではまともに扱える筈もないが、修相手の受け太刀程度であれば充分にこなせる。
遊真であればともかく、修に近接戦闘でのフェイントを織り交ぜた斬撃など出来よう筈もない。
発射までにタイムラグがある射手トリガーは今この場で使う事が出来る筈もなく、現状で修の攻撃を防御するのであれば弧月による受け太刀こそが最適解なのだ。
隊の順位は奮わないとはいえ、柿崎も伊達にランク戦を戦い続けてはいない。
素人同然の相手の斬撃の軌道程度、見切れない筈がないのだ。
そして、柿崎が修の斬撃を防御した瞬間こそが最大のチャンスである。
攻撃を受け止められて硬直した修を、虎太郎が背後から叩き斬れば良い。
それで、修は落ちる。
今まで散々柿崎隊を翻弄して来た蜘蛛の巣の作り手を、ようやく排除する事が出来るのだ。
いける。
そう、柿崎は確信した。
「────────千佳、撃て」
────────ぼそりと。
修が、何かを呟いた気がした。
その、次の瞬間。
遠方から一発の
「…………!」
それは、村上の眼にも飛び込んで来た。
建物を薙ぎ払いながら広場に着弾した、一発の
射線など関係ないとばかりに放たれたそれが、広場の中央を吹き飛ばし粉塵が周囲を覆い尽くした。
「来馬先輩…………!」
「ぼくは大丈夫、だけど…………!」
その惨状に真っ先に来馬の心配をした村上だが、すぐさま声が返って来た事で安堵する。
だが、彼の言う通り状況は予断を許さない。
今の砲撃によって巻き上げられた粉塵で、完全に遊真の姿を見失ってしまった。
突然の砲撃に動揺してしまったこちらと異なり、チームメイトによる攻撃によって生じたものなのだからあちらはこの事態を予め予見していた筈だ。
ならば、果たして立ち上がりが早いのがどちらかは言うまでもない。
「…………!」
案の定、村上は来馬の背後に煌めく刃を視認してすぐさま対応を行った。
再生成したばかりのレイガストを躊躇なくスラスターで投擲し、来馬の背後に迫っていた白刃目掛けて撃ち出した。
粉塵という隠れ蓑を得た遊真が、今度は来馬を狙う事は分かり切っていた。
遊真は、決して一騎打ちなどに拘泥しない。
必要とあればやるだろうが、彼が優先しているのはチームの勝利それ一つのみ。
取れる点があれば、容赦なく奪い取る。
それが遊真の行動理念であり、その方針は最初から一切ブレていない。
来馬でも、村上でも。
落とせる方を狙い、落とす。
さもなくば、その攻撃こそを陽動として片割れを追い詰める。
そんな冷徹な戦闘論理が遊真に備わっている事を、既に村上は見抜いていた。
村上本人の精神性としては正面からの一騎打ちが好みではあるが、だからといって他のやり方を否定する程狭量ではない。
否、そんな甘い事を言っていてはランク戦で生き残れる筈もない。
どんな手段を取ろうと、ルールの中で得点を得れば勝ちなのだ。
相手がこちらとは異なる方法で勝利を狙って来たとしても、それを感心こそすれ考え無しに乏しめる事など有り得ない。
他人を揶揄する暇があれば、それよりもまずは自分の隊の戦術を見直し、自己研鑽に励み勝ち手段を模索する。
それが出来ない者に、正隊員たる資格は無いのだから。
故に、村上は遊真の奇襲を予想して手を打った。
それは正しい。
だが。
「…………! いない…………っ!?」
レイガストを投擲した先に、遊真はいなかった。
村上の放ったレイガストはスコーピオンを叩き落としはしたが、肝心の担い手がそこにはいなかった。
「────────」
そして。
音もなく忍び寄った白い暗殺者が、いつの間にか村上の足元に肉薄していた。
理解する。
たった今村上が叩き落したのは、遊真の投擲したスコーピオンだったのだ。
遊真は粉塵で姿が隠れた隙にスコーピオンを投擲し、同時に村上へと接近した。
彼が、来馬を守る為にレイガストを手放すだろうと見越して。
要するに遊真は、来馬を狙ったスコーピオンを陽動に用いて村上に忍び寄っていたのである。
村上が咄嗟に弧月を振り下ろすが、あまりにも距離が近過ぎた。
小柄な遊真と長身の村上では、その体格にかなりの差がある。
加えて言えば現在遊真は村上の足元に屈んでいる状態であり、上段で振り下ろした弧月が到達するまでには数瞬かかる。
「ぐ…………!」
そのタイムラグが、勝負を分けた。
遊真の投擲したスコーピオンが、村上の胸を抉る。
それで、終。
投擲と同時に跳び退いた遊真に弧月が当たる事はなく、騎士と暗殺者の戦いは幕となった。
『トリオン供給機関破損。
機械音声が、村上の敗北を告げる。
NO4攻撃手は悔しさを僅かに滲ませた表情を浮かべ、光の柱となって消え去った。
「鋼…………!」
それを見ている事しか出来なかった来馬は慌ててアサルトライフルの銃口を遊真に向けるが、既に遅い。
「ぐ…………!?」
低空から飛んで来た無数の弾丸が、彼の身体に風穴を空けたからだ。
この粉塵を利用していたのは、遊真だけではない。
修もまた、この機会に鈴鳴を落とす為に仕掛けを撃っていたのだ。
視界が利かないのは向こうも同じだが、あちらには遊真の眼という観測手段があった。
チームメイトの観測情報を元に来馬の位置を把握し、粉塵が晴れる前にアステロイドを発射。
焦って遊真に攻撃しようとしていた来馬を、見事に撃ち貫いたのだ。
徹底してチームの性質上の弱点を突き、容赦なく敵を屠るその手腕。
まさしく、王子の弟子に相応しい悪辣さと巧緻を兼ね備えた指揮官と言えた。
『戦闘体活動限界。
来馬のトリオン体もまた、限界を迎える。
戦闘体が罅割れ、来馬は光の柱となって消えていった。
「やりやがった…………!」
「まさか、そっちを狙うなんて…………!」
一方、粉塵の中で背中合わせに攻撃に備えていた柿崎隊は完全に放置された格好となり、鈴鳴の二人が落とされた事を緊急脱出の光で確認して瞠目していた。
粉塵のカーテンが敷かれた事で自分達への奇襲を警戒していた二人は、自分達が手を拱いている間に村上と来馬の二人をみすみす玉狛に取られた事になる。
考えてみれば、分かる事ではあった。
足が削れた柿崎を抱えた柿崎隊と、NO4攻撃手村上を擁する鈴鳴とでは、どちらがより脅威度が高いかは明らかだ。
故に、粉塵のカーテンという絶好の奇襲チャンスに標的とするのが誰なのかは自明の理であったワケだ。
「────────」
「…………っ!」
そして、鈴鳴が消えた以上次に遊真のターゲットとなるのが誰なのかは言うまでもない。
最大の障害が消えた以上、残った
文字通り虎の子であった虎太郎も既に姿を晒してしまっており、これ以上自分達に切れる隠し札は無い。
こうなれば、正面から遊真を迎え撃つ他にはない。
そう覚悟を決め、柿崎達は弧月を手に一歩を踏み出す。
「な…………!?」
「え…………!?」
否、踏み出そうとした。
だが、出来なかった。
いつの間にか自分の手足に繋がっていた、無数の糸によって。
何が、起きたのか。
明白だ。
修が粉塵で姿が隠れている間に、スパイダーを彼等に打ち込んだのである。
千佳による砲撃が来る直前、柿崎と虎太郎は修の近くにいた。
砲撃への防御を優先して攻撃を中断し修を見失ってしまったのだが、恐らくその時にワイヤーを打ち込まれていたのだ。
スパイダーは建物と建物の間だけではなく、トリオン体に直接打ち込む事も出来る。
修は来馬を狙う傍ら、最後の詰めの時に柿崎達に致命的な隙が出来るように布石を仕込んでいたのだ。
「く…………!」
「…………っ!」
一閃。
遊真は一刀で虎太郎の首を切断し、同時にスコーピオンを投擲。
柿崎の胸を正確に穿ち、致命傷を与えると同時にグラスホッパーを起動。
『『戦闘体活動限界、
反撃の余地を与える事なくその場から離脱し、柿崎隊の二人は同時に光の柱となって消え去った。
「────────逃げたか」
遊真はチラリと、遠方で空に上がる光を見る。
恐らく、ただ一人残った太一が自ら緊急脱出したのだろう。
既に玉狛以外で生き残っているのは太一のみであり、彼だけでは全員が揃ったままの遊真達を相手にするのは無謀だと鈴鳴は結論したのだろう。
今の攻防の中で修を狙撃出来れば一点取れていた可能性はあったが、既に戦闘が終結した今となっては最早それも望めなかっただろう。
これにて、幕。
玉狛第二の本当の意味での初陣は、その脅威を遠慮なく見せつけた上での完全勝利に終わったのであった。