「というワケで雨取さんは人を撃てないんじゃないかと思うんですけど、どうですか?」
「んー、確かに理屈は通ってるな。ま、その可能性もあるんじゃない?」
太刀川隊、隊室。
観戦を終え、再びこの場に戻って来た樹里は出水に開口一番、先程自らが辿り着いた推論について尋ねていた。
一方の出水は否定はしないものの、肯定もしない。
完全にお茶を濁す姿勢に、樹里はジト目で出水を見上げる。
「…………師匠なのに、把握してないの?」
「おいおい、師匠だからって何でも教え合ってるワケじゃないぜ? まだ弟子にして日が浅いってのもあるが、要するに師弟ってのは教師と生徒だ。樹里ちゃんは、学校の先生や塾の講師にプライベートな内容を全部話したりする?」
「それはしない、かな」
「ま、そういう事さ。これに関しちゃ、マジで知らない。そこんトコは信じて貰えると嬉しいな」
むぅ、と論破された樹里は不貞腐れたようにため息を吐いた。
確かに、彼の言う通りではある。
師弟と言っても、様々な形態がある。
彼の言うように教師と生徒の関係に近いのであれば、プライベートな内容を何もかも話す事はまず無いと言って良い。
同じ師弟でも奈良坂や茜のように弟子が師を強く敬愛しプライベートも親しくしている例もあるが、当然ながら他人の師弟事情など知る由もない樹里にその反論は思い浮かばない。
師匠面していた二宮をそもそも正式な師として認識していなかった事もあり、樹里はそういった機微には疎かった。
出水としてはそこを突いて巧く誤魔化したつもりであるが、彼が修から千佳の弱点について聞いていないという言葉自体は本当である。
しかし樹里と同じように今回の試合を見て同様の推論を組み立ててはいたし、それが正解だろうとも思ってはいたのだ。
確かに樹里の言う通りあの場面で相手を直接狙わない理由はないし、修はそういう時に躊躇をする性格ではない事は短い付き合いながら分かっている。
故に、
だがそれを此処で明言するのはフェアではない為、お茶を濁した次第である。
そういった気配りが出来る部分もまた、名サポーターたる所以なのだから。
「それより、今後の指導について話をしよう。戦術を覚えたいって事だったけど、具体的には連携に必要な知識や技術が欲しいって事でいいかな?」
「うん。わたしはずっとソロでやって来たから、連携に不慣れ。葉子となら幾らでも合わせられるけど、それ以外の人とは不安」
「了解了解。じゃ、連携の基本から覚えていこうか。こういう時どうすれば良いかっていうのは結構パターンがあるから丸暗記して貰おうと思うけど、いける?」
「暗記は得意。任せて」
よし、と出水は今後の方針が無事に定まり頷いた。
こうして生徒が何を求めているかをきちんと聞いておけば、後々互いの目論見に齟齬が生じ難くなる。
相手が何を求めているかイマイチ決まりきっていない場合は別だが、目的がハッキリしているのであればそれに沿った形で指導を行うのが最も効率が良い。
これがもし修レベルの相手が「合成弾を使えるようになりたいです」と言って来たらまずは自分のレベルがどの程度か思い知らせるところから始めるところであるが、幸いにして樹里は実力的な意味には充分なものを持っている。
彼女に足りないのはあくまでも団体戦の戦術的見地や連携の経験なので、そこを補えば良いだけの話だ。
加えて、彼女は連携が全く出来ないというワケではなく、良く知る相手には自然と合わせる事が出来ていた為、そうでない相手との連携をどうやれば良いのか分からない、という課題を抱えている状況である。
だから、「こういう場合にはこうすれば良い」というモデルケースを片っ端から叩き込み、どういった連携をすれば良いのかを実地で示していけば良いのだ。
ランク戦で取り得る戦術はそれこそ無数にあるが、香取隊の部隊編成や得意戦法、各々の性質から鑑みればある程度
まずはその基本を叩き込み、応用は実践の中で磨いていって貰う。
それが、出水が樹里に打ち出した教育方針であった。
言っている事は理解出来る為、樹里に否やはない。
二人の意見は、この場で一致を見ていた。
「お、木岐坂じゃねぇか。何してんだウチの隊室で」
「む、彼女は確か木岐坂くんといったか。何故ボクらの隊室に…………?」
そうこうしている内に、部屋の主ともう一人の隊員が隊室へと帰って来た。
現れたのは先程解説をして来たばかりの太刀川と、その後ろについて来たまさしく典型的なお坊ちゃまといった雰囲気の風体の少年、唯我尊だ。
二人にはまだ樹里の弟子入りの件を話していなかったので、共に疑問符を浮かべている。
ちなみに唯我はいきなり樹里の浮世離れした美貌を眼にして何処か照れ臭そうにしているが、初手でナンパしないあたりそれだけ彼女の容姿が透明感に溢れ過ぎて現実味がないのと、佐鳥と親しい事を知っているからであろう。
唯我はスポンサーの息子である事を盾にA級部隊に入れろと言って来た典型的なドラ息子で性格も軽薄そのものだが、根は善人で本当に悪い事はまず出来ないタイプである。
故に明確に相手がいる女子を相手にナンパなど有り得ないと思っているだろうし、目を逸らしているのは直視すれば自然と見惚れてしまうからだろう。
生憎樹里程の美貌を持つ少女となると那須くらいしか思い浮かばず、どちらも雰囲気が浮世離れしている為手が出し難い高嶺の花を超えた空気を醸し出しているのは共通している。
双方共にいざ話してみると中々面白い性格をしているのだが、それは実際に臆せずに会話する事が出来た場合にのみ分かる事であり、自分から親しくもない少女に話しかける勇気など無い唯我には土台無理な話だ。
よって助け舟を求めるように、チラチラと出水を見ている現状に繋がっているのである。
はぁ、と出水はため息を吐き可愛い
「実はな、木岐坂ちゃんは今日おれに弟子入りする事になったんだ。戦術を学びたい、って事でな」
「な、成る程。そうだったんですか」
「へー、そうだったのか。でも木岐坂って確か、二宮に師事してなかったか?」
「その二宮さんに勝ちたいから、直接教えて貰うのはどうかって事でおれのトコに来たんですよ。色々面白そうなので、引き受けた次第です」
成る程、と太刀川は頷いた。
彼としては樹里には黒トリガー争奪戦の件で多少の借りはあるが、あくまでも直接負けたのは迅であり、彼女はそのサポートをしただけだ。
そもそも太刀川は非公式試合の勝ち負け程度で禍根を残すような性格ではなく、特段樹里に思うところはないのだ。
機会があれば勝負してみたい、とは思うがそれだけである。
考え無しの
「なので、ちょいと協力して貰えませんかね? 樹里ちゃんは連携の練習がしたいって言うので、
「いいぜ」
「へ?」
但し。
その機会が出来たのならば、それに乗る事には全く躊躇しないのも太刀川である。
事態の変化に付いて行けない唯我を置き去りに、話は進んでいくのであった。
「いいかい?
「わかった。やってみる」
「って、ボクの意思は無視ですか出水先輩~~っ!!??」
「一応聞いたろ。拒否権があるとまでは言ってねーが」
そんなー、と悲鳴をあげる唯我を無視して、出水は太刀川と共に配置に着く。
此処は太刀川隊の訓練場であり、チームを樹里・唯我、出水・太刀川と分けてチーム戦を行うところだ。
樹里に足りないのは、自分とそこまで親しくない駒との連携の経験。
ならば、若村よりも圧倒的に弱い唯我と組ませれば否応なしに経験値は溜まると考えてのものだ。
樹里には唯我をどう扱っても良いから、と話しているが、当然彼の存在を無視するような戦い方をするようでは減点である。
どう使おうが勝手だが、存在を前提として戦わなければ連携の経験にはならない。
囮であろうが肉盾であろうが、きちんと駒としての
一応、若村の戦い方に寄せる為に唯我には彼と全く同じトリガーセットに変更させてある。
当然普段使っているハンドガン程の練度はないが、そもそもそちらの習熟度もたかが知れているので誤差の範囲である。
銃手トリガーの扱い自体にはそこそこ慣れているので、
トリガーセットを変える時には色々文句を言っていたが当然の如く黙殺したので、問題は無い。
普段の力関係が明瞭な、いつもの一幕であった。
「じゃ、唯我くん」
「は、はい」
「死んでもいいから、とにかくスパイダーを張りまくって。銃は撃たなくて良いから」
「え、でも」
「撃たなくて良いから」
「…………はい」
そして、その様子を見ていた樹里は自然と唯我相手にマウントを取り始めた。
唯我が
文句を言う暇もなく指令を出し、自然に手足の如く扱った。
樹里としては唯我のお粗末な銃の腕は先に見せて貰ったので、あの程度の銃撃であればあってもなくても誤差だろうと結論。
結局スパイダーを張りまくって貰った方が役に立ちそうだと判断した樹里は、早速それを命じたのである。
樹里の美貌相手にタジタジになっている唯我にそれを拒む手段はなく、彼は泣く泣く彼女の雑用をする羽目になった。
ちなみに唯我がぞんざいに扱われるのはいつもの事なので太刀川達からの助け舟は一切なく、出水など「お、もう指示を出してるのか。えらいな」と感心する始末である。
この一幕だけで、唯我が普段どう扱われているか知れようというものだ。
「じゃ、始めるぞ」
「はい」
「おう」
「わ、分かりましたよぉ。はぁぁ」
出水の開始宣言に、場の空気が変わる。
未だ泣き言を言いたげな唯我を置いてきぼりに、他の三人は思考を戦闘モードへと切り替える。
「メテオラ」
そして。
最初に動いたのは、樹里であった。
彼女は即座にキューブを展開すると、分割もせずにそれを射出。
すぐさま出水のアステロイドで迎撃されるが、問題は無い。
出水と同値のトリオンから生成された爆弾が、起爆されたからだ。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ…………っ!!??」
「走って」
「は、はいぃぃぃぃ…………っ!!」
目の前で突然大爆発が起こってパニクる唯我だが、樹里はその背を威圧して精神的に蹴飛ばし、路地に向かわせた。
同時に彼女もまた走り出し、別方向の路地へと入る。
メテオラの起爆を目眩ましに逃げの一手を打つ、いつもの個人ランク戦の樹里の常套手段であった。
「ちょいと、甘いぜ」
「…………!」
だが、その程度で撒ける程A級一位の看板は薄くはない。
グラスホッパーを踏み込んだ太刀川が、弧月を手に樹里を追撃して来たのだ。
先程まで彼がいた場所には、消えていくシールドが見える。
恐らく、出水が咄嗟にシールドを展開し、太刀川への爆風を防御。
守りをパートナーに任せた太刀川が、そのまま突っ込んで来たという次第である。
樹里は、狙撃手。
基本的に遠方から相手を狙う戦闘スタイルであり、攻撃手に肉薄されれば基本的に為す術がない。
以前香取相手に粘る事が出来たのは、彼女が自分の良く知る幼馴染であるという点も大きい。
少なくとも、太刀川レベルの相手に接近されて無事に済むような
「────────!」
だが、ただでやられる程樹里は素直ではない。
無造作に抜いたイーグレットの銃口を、太刀川へ向ける。
同時に片手でキューブを展開し、射出準備を行った。
現在、太刀川はグラスホッパーの加速力に任せて真っ直ぐに突っ込んで来ている。
ならば、この狙撃をどうにかするには集中シールドを張るか回避するしかない筈だ。
前者ならば、狙撃の瞬間に銃口の位置をズラして撃てば良いだけだ。
普通の狙撃手であれば無理だが、強化視覚を活用した
そして後者ならば、その隙に射撃の準備が終わる為問題は無い。
こうなると唯我を先に逃がすよりも盾として運用した方が良かったと後悔するが、今更言っても仕方がない。
樹里は太刀川の一挙手一投足を見逃さないよう、その姿を凝視して。
「え…………?」
その背後から迫る、無数の弾丸を目視した。
「…………っ!?」
それが何かを即座に理解した樹里は、すぐさまキューブを破棄。
否、その場で暴発させ、地面に爆風を叩きつける事で煙幕を発生。
それを隠れ蓑に、即座に逃げようとする。
「遅いな」
「…………っ!」
────────だが、一手遅かった。
既に位置を捕捉されていた樹里は、太刀川の旋空の一撃で両断。
為す術なく戦闘不能になり、その後唯我も当然のように瞬殺されて模擬戦は終了となった。
「取り敢えず、今のは考え無しに唯我に直接的な援護は何も出来ないと断じて逃がしたのがいけなかったな。今回の場合だと、この距離に太刀川さんレベルの駒がいる時点で、まず自分を逃がす事を最優先に考えなきゃ駄目って事だな。あんな奴でも、弾をばら撒いて囮になるくらいは出来るんだから」
「…………ええ、そうですね」
後ろでそんなぁ、と嘆いている唯我の存在を無視しつつ、出水は今の試合についての言及を行った。
樹里は唯我を即断でただの荷物だと判断し、雑魚でも出来る仕事として戦闘を放棄して単にスパイダーを張りまくるよう命じた。
それ自体は間違いではないが、樹里はこれが個人戦と同じ距離で始まる戦闘であるという事を失念していた。
有象無象が相手であればともかく、今回の対戦相手は出水と太刀川である。
この二人レベルの駒が相手であれば、この程度の距離などあってないようなものだ。
だからこそこの場合、まずは唯我を前に出して囮兼肉盾に徹して貰い、その隙に距離を置いて樹里の得意な遠距離での戦闘を行えるようにするべきであったのだ。
「おれも、一応射手だからな。たとえ唯我の弾でもこっちが撃とうとしてる時に飛んで来たらうぜーし、防御か回避をしないワケにはいかねー。銃手はおれ達射手と違って
「…………成る程。そう考えれば、ワイヤーを張る以外にも銃手として戦って貰うのもアリなのか」
「そういうこった。樹里ちゃんの眼からしたら弱いかもしんねーけど、それでも
加えて、銃手には射手と異なり即座に攻撃が可能であるという利点がある。
それは狙撃手である樹里も同じだが、単発でしか撃てずしかも一度撃った後に
少なくとも、近距離での牽制なら銃手より適任なポジションはそうはいない。
改めてそれを思い知り、樹里は感心するのだった。
「樹里ちゃんの強みは、狙撃手と射手の戦い方を自在に切り替えられる所だ。場合によっては若村と組んでの撃ち合いもあるかもしんねーし、覚えとくに越した事はないだろ」
「…………わかった。じゃあ、お願いします」
「よしよし、やる気十分だな。唯我、次やっぞ。準備しろ」
「そ、そんなぁ。もう少し休憩を」
「充分取った。ホラやるぞ」
嫌だもう死にたくないぃぃ、と叫ぶ唯我は全員がスルーし、すぐさま第二ラウンドが始まった。
新しく出来た教師の下、樹里は着実に連携訓練を重ねていくのであった。