「はぁっ!? 出水先輩に弟子入りしたって、マジッ!?」
「マジ。快く受け入れて貰えた。今回だけは二宮さんに感謝してもいい」
ランク戦ROUND2、その翌日。
学校が終わり、隊室に集合した際に樹里から出水へ弟子入りした件を知らされ、香取は大袈裟に驚いていた。
まあ、無理もないだろう。
彼女が特に所以もなかった筈の出水に、いきなり弟子入りしたと告げられたのだ。
正しくは昨日何処に行っていたのかと問い詰めた為にそれに樹里が答えた形だが、どちらにせよ寝耳に水には違いなかった。
「という事は、二宮さんの紹介で出水先輩に弟子入り出来たのね?」
「そう。戦術を教えてくれる人を知ってるか聞いたら、出水先輩を紹介された」
「出水先輩は確か、二宮さんの戦術の師匠だった筈だものね。その縁でしょう」
え、何それ初耳、と香取が思いも寄らぬ事実に驚いているが、彼女は隊の外の人間関係などさして興味を持っていなかったので知らぬのも無理はない。
誰と誰が仲が良いだとかも伝え聞く噂程度しか知らず、特に調べた事もなかったのでボーダー内の人間関係について香取はあまり把握していない。
一見誰が見ても陽キャの女子高生に見える香取だが、精神年齢が歳不相応に成熟しているボーダーの正隊員達の中では浮いており、実のところ交友関係はかなり狭い。
どころか、隊の外に友人がいるか怪しいレベルである。
まともなコネクションが先日の樹里の件で世話になった二宮隊や風間隊、佐鳥に絡む関係でちょくちょく顔を合わせる事のある嵐山隊くらいで、他に繋がりがある隊員を挙げろと言われても言葉に窮するであろう。
実のところボーダー内での交友関係の広さでは香取が隊ではぶっちぎりの最下位であり、若村は銃手関係で様々な人にお世話になっているし、三浦も攻撃手界隈で繋がりのある友人は結構いる。
華にしてもオペレーター同士で話をする事はあるので、少なくとも香取よりはマシである。
それというのも香取は樹里がボーダーに入って来て以来彼女を自分の隊に誘う事に熱中し過ぎて他の人間がほぼ目に入らなくなってしまい、結果としてこんな有り様になってしまったのである。
それがなければもう少しマシな交友関係が築けていたかもしれないが、基本姿勢が喧嘩腰な香取の性格を鑑みるとそれも怪しいところではある。
ちなみに後日、この事に気付いた香取が若村に一方的に難癖を付けて絡みだすのだが、それはまた別の話だ。
「で、なんでそんな事になってんのよ? あの後、アタシ達は玉狛の試合見に行ったんだからね? 敵情視察をサボって、何やってんのよ」
「その試合ならわたしも出水先輩達と一緒に見てた。上の方から」
「は? なんでそんな事になってたのよ?」
そこで、昨日の玉狛第二の試合を樹里も見ていたという事が告げられる。
サボりを糾弾してやろうという矢先に、これである。
これまた寝耳に水な情報に、香取は眼を白黒させていた。
「三雲くんが、出水先輩の弟子なんだって。直接情報を聞いてもはぐらかされたから、じゃあ一回試合を見に行くか、って事になったの」
「はぁ? なんであのメガネが出水先輩に弟子入りとかワケ分かんない事になってんの? なんか繋がりでもあったの?」
「確か、烏丸くんが元太刀川隊だよね。多分、その繋がりで頼んだんじゃないかな?」
「────────そういう事かあのメガネッ!
だが、その話題もおかしな事になり始める。
ゴゴゴ、と擬音が着くような怒りっぷりを魅せる香取。
手近なイケメン男子である烏丸のファンである彼女にとって、その烏丸の傍にいるどころか遠慮なく力を借りてコネクションを繋いでいる修の存在は許し難いものなのだろう。
他ではそう見ないタイプのイケメンである烏丸の事はミーハー心から愛好している香取にとっては、大した労力もなく彼に近付けるという事自体嫉妬の対象なのだ。
しかもその烏丸の力を借りて利益を得ているとなれば、怒りのボルテージも否応なく上がるというもの。
言うなれば、推しているアイドルにいきなり一般人の恋人がいたと言われるようなものだ。
基本的に勢いと自らの感性に任せて生きている香取にとって、一度燃え上がった情動はそう簡単には鎮火しない。
それを身を以て知っている若村は面倒な事になりやがった、と諦観をし始める。
こういう時の彼女がどれだけ面倒くさい存在なのかは、身を以て知っているのだから。
「葉子、なんで怒ってるの? 三雲くんが誰の弟子でも、関係なくない?」
「関係あるわよっ! あいつはよりにもよって、
「────────烏丸くんって、誰?」
「って、アンタそんな事も知らないの遅れてんじゃないのいい烏丸くんってのはね────────」
また、佐鳥以外の男性に一切の興味が無い樹里の一言で香取は更に加熱し、
烏丸の魅力や愛嬌、人気のある理由や噂で流布された好みの食べ物等々、しきりにそのセールスポイントをアピールし始めた。
嵐山と違いメディア露出していないのでセールスポイントと表現するのはおかしいのだが、ファンの数が中々に洒落になっていないのであながち間違ってはいない。
何せ、人気があり過ぎて一つの派閥を作ってしまっているのでは、とまで言われているくらいなのだ。
裏で非公式グッズを販売している輩がいたとしてもなんらおかしくないくらいには、彼のファンは多いのだ。
仮に樹里の「鳥丸くんなんて知らない」と言わんばかりの発言が他のファンに聞こえて居たら面倒な事になっていたが、幸いにも此処は隊室でありその心配はない。
ちなみに樹里は大規模侵攻の最中にヒュースの引き渡しの際に烏丸と顔を合わせてはいるが、特に彼個人に興味がなかったので碌に名前も覚えていなかった次第である。
基本的に自分の興味の対象以外にはトコトン淡泊な、樹里らしい顛末と言えた。
「ふぅん。興味ない」
「って、ここまで聞いといてそれか…………! 別に恋愛対象に見ろってワケじゃなくて身近にあれだけのレベルのイケメンがいるんだからお近付きになる機会があるなら積極的に行くのが年頃のJKとしては正しいってだけで────────」
「男なら、間に合ってる。だからいい」
「それ挑戦よね挑戦のつもりなのよね朝鮮民主主義人民共和国なのよねいいわそのつもりなら徹底的に────────もがっ!?」
「────────葉子、いい加減うるさい。口閉じて」
「ひゃ、
遂に興奮し過ぎて発言が支離滅裂になった香取が面倒になったのか、樹里は躊躇なく彼女の口に指を突っ込み物理的に発言を停止させた。
他人の口の中に指を突っ込むという暴挙をしでかした割に樹里の表情はいつもと変わらず、眠たげな眼のまま香取の口内を弄繰り回している。
口の中で指をぐりぐりされている香取は顔を真っ赤にして抵抗しているが、力が入らないのか割とされるがままである。
そんな香取が面白かったのか、樹里は興味本位という免罪符を掲げて好き勝手彼女の口内を蹂躙していた。
「ひゃ、ひゃめなさいよ…………っ!」
「わかった」
もう碌な抵抗はないと悟ったのか、香取の抗議を受けて樹里はズボッと彼女の口から指を引き抜いた。
樹里の指は香取の唾液でヌラヌラと濡れており、香取自身の唇周りも色々と飛び散っている為何かのプレイの痕にも見えなくはない。
それを間近で見てしまった若村がしどろもどろになり始めるが、幸いにもそれに気付いた者はいない。
尚、三浦は樹里が香取の口に指を突っ込んだ時点で眼を背けていた為被害はなかった。
こういう所で、要領の良さを発揮する三浦であった。
「それより、葉子。出水先輩とも話してみたけど、割と重要な情報が手に入った、かも」
「あん? 何よ重要な情報って?」
これ以上同じ話題を口にするとまた今の指突っ込みプレイが再開されると思ったのか、香取は樹里の話題転換に素直に付き合う。
いきなり何を言ってるんだろこの子、と思いつつも樹里の話を傾聴する姿勢に入る。
「────────雨取さんは、人を撃てない。多分、確定情報で良いと思うよ。これ」
「────────成る程、辻褄は合ってるわね。確かに、それなら納得がいくわ」
「マジか。人が撃てないとか、そんな狙撃手がいるとか初耳なんだけど」
「前にもいたらしいわよ。今はもういないみたいだけどね」
「ふぅん、まあいないならどうでもいいわ。関係ないしね」
そして一通りの推論を筋道立てて説明した結果、隊の全員に千佳が人を撃てないだろうという推測結果を受け入れられた形となった。
確かに言われてみれば樹里の言う通りあの場面で直接柿崎や村上を狙わなかったのは不自然と言えば不自然であり、仮に千佳が人を撃てないのだとすれば辻褄が合うのだから疑う理由はない。
何せ、相手には村上がいたのだ。
彼女達の眼から見ても修は少しの間違いで逆転を許しかねないエースと戦っている最中に、意味の無い真似を行うような性格にはどうしても思えなかったのである。
「でも、これで雨取ちゃんの脅威はかなり軽減されるね。少なくとも樹里ちゃんみたいに高火力の狙撃で直接狙われる事がないって言うんだったら、幾らでもやりようはあるワケだし」
「そうだな。もしそれが事実なら、警戒する相手が一つ減ったって事だ。どれだけ火力が高くても、それが直接飛んで来ないなら怖くねーからな」
三浦と若村は、同じような感想を口にしている。
確かに彼等の言う通り、千佳が人を撃てないというのであればその脅威度は格段と下がる。
少なくとも今回の試合の柿崎隊や鈴鳴のように、いつ馬鹿げた威力の砲撃で直接狙われるか分からない恐怖と戦う必要がなくなるのだ。
むしろ直接人を狙えないのであれば、千佳は位置さえ分かれば格好の標的となる。
どう考えても、プラスにしか成り得ない情報であった。
「…………なーんか、しっくり来ないわね」
「…………? 葉子は、違うと思ってるの?」
「別に、アンタの話を疑うワケじゃないわよ。でもね────────────────なんで三雲は、
だが、香取の感想は違った。
何故、こんな致命的とも言える情報を抜くような余地を修が与えているのか。
それが、彼女の中で引っ掛かりとして残っていたのだ。
「葉子、考え過ぎ。なんだか、必要以上に三雲くんを怖がってるみたいに見える」
「怖がってる、というかどうにも
「…………そう」
むぅ、と樹里は難しい顔をする。
単なる与太話、もしくは香取の思い込みのようにも思えるが、こういう時の彼女の勘の鋭さは良く識っている。
昔から妙に勘の鋭かった彼女の事を知っているだけに、樹里もその意見を無下には出来ずにいた。
こういう時の香取が間違った事を言った経験がないのも、その迷いに拍車をかけていた原因と言える。
「それは今考えても仕方ないでしょう? それより、次の試合の組み合わせの連絡が来てるわよ」
「え? あ、マジじゃん。って、これ────────!」
「ってなワケで、木岐坂ちゃんも弟子になって昨日の試合は一緒に見てたんだよ。一応、お前さんにも伝えとかないとフェアじゃないしな」
「そうだったんですね。ありがとうございます」
「いやいや、いーっていーって。弟子が増えた事で三雲くんに取れる時間が減るかもしんない以上、話さないワケにもいかねーしよ」
同刻、太刀川隊室。
修との模擬戦で勝利した事で後ろでルンルン気分でスキップする唯我を尻目に、出水は修に樹里の弟子入りの件を話していた。
あの場に連れて行ったのは自分なので、その責任として情報は共有しなくてはフェアではない。
そういうバランス感覚から成る誠意によって、樹里があの試合を出水の解説付きで見たという事を伝えたワケである。
見ようによっては弟子の情報を別の弟子に無断で売った風にも捉えられなくはないので、そのあたりの筋は通したのだ。
無論、その程度で気にする修ではない。
彼が興味があるのは、また別の事だった。
「じゃあ、木岐坂さんは、というより香取隊は
「そうなるが、けどいいのか? そんな喋り方するって事は、肯定してるみてーなモンだぜ」
「構いません。A級の出水先輩とランク戦で当たる事はないですし、どうせすぐにバレるとも思っていましたから」
へぇ、と出水は眼を細めた。
随分あっさりと自隊の弱点をバラすなとも思ったが、この言いようからすると何か考えがあるらしかった。
加えて「出水は倒すべき相手じゃないから情報渡しても構いません」とも言っており、逆に言えば必要ならばたとえ恩師であろうとも躊躇なく叩き潰すというニュアンスでもある。
(随分、王子先輩好みに躾られてるじゃねーの。いいじゃん、想定よりずっと面白くなりそうだ)
その大胆不敵とも言うべきスタンスに出水は感心しつつ、その思考傾向に彼の最初の師であるという王子の影響を色濃く感じていた。
何事にも物怖じしない姿勢や試合で見せた手段の択ばなさも、王子に似通った部分を感じる。
そのあたり、似た者師弟と言えた。
「って、次の試合組み合わせの連絡来てっぞ。見なくていいのか?」
「あ、本当ですね。次は────────」
そこで、次の対戦組み合わせの通知が入る。
出水の指摘で通信端末を開き、修は内容を確認した。
「────────香取隊と、弓場隊ですか」
そして。
玉狛第二と、香取隊。
お互いに知る由もない所で因縁を結んでいた両者は、早くも対決の時を迎えようとしていた。