「まさかこんなに早く当たる事になるなんてね。ホント、試合見に行っといて良かったわ」
「そうね。葉子にしては良い案だったもの」
「華、アタシにしてはって何よ?」
「空耳。気にしないで」
開口一番漫才のようなやり取りをする、幼馴染二人。
次の対戦相手が先日試合を見たばかりの玉狛第二であると知った結果が、これである。
変に身構えたりするよりは良いだろうし、その様子を見ながら三浦も苦笑しているあたり彼女達にとってはこれが平常運転なのだろう。
平常運転、そのものな香取隊であった。
「…………ふぅん」
そんな中、姦しく言葉を交わす二人を見ながら樹里は眼を細めていた。
出水に弟子入りした件もあり、樹里自身も玉狛、というより修の存在にはある程度注視していた。
黒トリガー争奪戦に関連した一連の騒動で人知れず修と接点を持っていた樹里だが、彼女本人は当時彼にさほど興味を持ってはいなかった。
実のところ佐鳥が絡みそうな事態に介入する口実を探していただけであり、修の事はハッキリ言ってどうでも良かったのだ。
それは騒動が終結した後修の名を聞いても無反応であったあたり、徹底している。
当時の樹里にとって修は、単に偶然接点のあっただけの有象無象に過ぎなかった。
だが、昨日の試合と出水から聞いた話を経た今となっては色々と違って来る。
柿崎隊と鈴鳴の弱点を容赦なく狙い、悪辣とさえ言える戦術を徹底して完全試合を達成した手腕。
そんな作戦を躊躇なく実行する、並外れた精神力。
何より、自分の命を危険に晒す事に一切の迷いがないという異常性。
樹里が関心を向けたのは、
自分の持てるあらゆる手札を使い尽くす、その
その部分にこそ、樹里は注目したのだ。
修の取った戦術は、つまるところ「持ち札を最大限活かしつつ相手の強みを殺し尽くす」事に終始していた。
その為に取った手段がワイヤー陣であり、千佳の存在を見せ札にした恫喝戦術だ。
前回の試合で修は千佳の砲撃という分かり易い暴威の存在をチラつかせる事で敵チームの動きを縛り、思い切った行動を取れなくさせた上で盤面を完全にコントロールしていた。
更には自分の弱さすら武器として、敵を思い通りに動かす斜め上の発想。
どれを取っても異質で、今まで視て来た隊員とは何かが違う気がしたのだ。
決定的だったのは、幼馴染の香取が修を異様な程警戒していた事だ。
昔から、香取の勘が外れたという試しは無い。
感情で動く衝動的な少女である香取だが、それだけに直感の鋭さは並外れている。
その香取があそこまで警戒しているのだから、注視するなという方が無理な話だ。
樹里は、香取の眼を信じている。
だからこそ、次に当たる事になった修の事は否が応にも関心を向けざるを得ないのだった。
なお、その理由の幾分かは「葉子にあんなに意識されてズルい」という嫉妬心も含んでいた事を此処に記しておく。
なんだかんだ、互いへの感情は重いのがデフォルトな幼馴染三人娘であった。
「とにかく、話し合うべきは玉狛対策をどうすっかだろ? 空閑の動きはマジでA級並みだし、三雲も放っておけばワイヤー張られるしで厄介だからな」
「雨取さんも人を撃てないとはいえ、砲撃で地形を変えられるのはキツイよね。これで人が撃ててたらちょっと本格的にどうしようもないから、不幸中の幸いではあるけど」
軌道修正を図ったのは、香取隊の男性陣であった。
基本的にこういう時積極的に意見を出さない樹里に代わって、舵取りを行おうとした次第である。
樹里は基本姿勢が受動的であり、求められれば答えはするが自分から進言を行う、といった発想がそもそもない。
自分の役割についての話になれば食いついて来る事もあるが、自身の仕事は命令通りに指示をこなして結果を出す事と割り切っているので必要のない場面では前に出ては来ないのである。
これには香取が指揮官としての役目を自覚して果たそうとしている為に、その邪魔をしたくないという想いもあった。
香取が付け焼刃ながら指揮を始めた以上、自分の役目は高い火力を持つ移動砲台として敵を撃滅する事であると樹里は考えている。
放っておけば香取か華が話を始めただろうが、それまでの時間が勿体ないと考えて若村が三浦を巻き込んで軌道修正を図った次第である。
このあたり、感覚派の香取と色々と型に嵌めたがる若村の方向性の違いであると言えた。
「分かってんなら話は早いわ。玉狛の連中は、どいつもこいつも放置出来ない駒だって考えて間違いないわ。特に、三雲の奴は可能な限り序盤で潰しておきたいわね。言っとくけどこれ、空閑よりも優先度高いからね?」
「空閑くんよりも? それはどういう理由があるの?」
「単純に、落とすなら三雲の方が格段に落とし易いのと、放っておけばこっちが詰むからよ。柿崎隊や鈴鳴は、そうやって詰まされたんだから」
但し、既に隊長としての自覚を得た香取はこうと決まれば迷いは無い。
早速、戦術方針について話をし始めた。
香取の言うように、柿崎隊や鈴鳴は修に時間を与えてしまった所為でワイヤー陣を組まれ、それを起点に終始翻弄され続けて完敗した。
修に時間を与えるという事は、相手に有利な陣地を好きに作られる事と同義。
それはワイヤー陣だけの話ではなく、ありとあらゆる布石を際限なく打って来るに違いない。
そういう意味で、修は悪い意味で信頼出来るのだ。
弱く落とし易いが、かといって放置すれば詰む駒。
それが、三雲修という特異な隊員なのだから。
「ただ、問題は次の試合のMAP選択権を玉狛が持ってる事よね。弓場隊がどう出て来るかも気になるし、色々考える事は多そうだわ」
「玉狛か。ROUND2で随分と話題になってたみてェだが、
「…………ええ、あの場面で直接相手を狙わない理由がありませんから。なので多分、雨取さんは鳩原先輩と同じく人を撃てない狙撃手じゃないかなって個人的には考えています」
弓場隊、隊室。
そこで隊長の弓場が、ある提言をした狙撃手の外岡に詰め寄っていた。
否、本人としては普通に尋ねているだけのつもりだが、ツーブロックリーゼントにイカつい眼鏡をかけた長身の男という如何にもアレな職業っぽい見た目な為に圧が凄くて詰問のように見えているだけである。
外岡も同じ部隊で付き合いも長く慣れているので平然と受け答えをしているが、何も知らない第三者が同じ立場に立たされれば
「成る程なァ、おめェーはどう思うよ帯島ァ」
「えっと、自分もそう思うっすっ! 外岡先輩の話には納得出来る部分も多いですし、間違ってはいないんじゃないかとっ!」
同じように弓場に質問された帯島だが、こちらはこちらでキビキビとした態度で返事を返している。
真面目が過ぎるので弓場に教育された通りにビシッとキメているつもりだが、女子中学生な事もあってかその態度はまだまだ固い。
弓場は見た目は
固く見えるのはあくまでも帯島が真面目であるが故にそうなっているだけで、傍目程緊張はしていない。
むしろ気合十分といった風体で、気力に満ち満ちている様子であった。
「よォし、なら決まりだ。
はい! という元気な返事を受け、弓場はニヤリと笑みを浮かべる。
話の発端となったのは、先日の玉狛の試合ログを見た外岡が「雨取さん、もしかして人撃てないんじゃないかな」と言った事である。
狙撃手である外岡はあの場面で直接相手を狙わなかった不自然さには当然気付いていたし、以前狙撃手界隈には「人を撃てない狙撃手」である鳩原未来という人物がいた事を知っている。
直接的な接点はそう多くはなかったが、それでも技術レベルは狙撃手の中でもトップランクの相手だったので記憶には強く残っていた。
その鳩原の例を知っているからこそ、千佳の事を「鳩原と同じ人を撃てない狙撃手なのではないか」という考えに行き付いたのだ。
鳩原は人が撃てないという性質を持っていたが為に武器破壊という独自の戦術を構築し実行していた為、その独特のスタイルは特異で印象に残っている。
だからこそ今回の試合を見てすぐに連想出来たのであり、受動的でありながらも周囲との交流を欠かさない外岡らしい顛末と言えた。
「あの砲撃が直接飛んでこねーってなっと、大分できっことが増えんな。少なくとも、ビビり散らして動き難くなる必要はねーワケだ」
「そうだな。直接撃ってこねェんなら、むしろ格好の的だ。香取隊がこの事に気付いてっかどうかは知らねェが、居場所が分かったら獲りに行くぞ」
藤丸の意見に弓場が同意し、即座に方針が定まる。
直接こちらを狙って来ないのであれば、弓場の言う通り格好の標的となる。
香取隊がこの事に気付いている可能性も考慮し、居場所が分かり次第さっさと落としに行くのが常道であろう。
「それなら、おれがカウンター
「…………確かに、直接撃って来ねェとはいえあれが何回も飛んでくっと面倒か。なら、それで行くか。頼んだぜ外岡」
「了解っす」
外岡の案を、弓場は即座に採用する。
幾ら直接狙って来ないとはいえ何度も地形を破壊されるのは面倒であるし、その最中で
向こうに当てるつもりがないとしても、あの威力だ。
巻き込まれて落とされる事も、普通に有り得る。
狙撃の精度も少なくとも上位陣と比べれば粗削りのようであるし、そう考えれば離れていてもすぐに狙える外岡がマークに着くのは合理的と言えた。
彼の言う通り遊真は狙撃で簡単に落ちるとは思えないし、修を倒す為に狙撃手という手札を切るのは正直駒損だ。
修は厄介な相手ではあるが、かといってこちらの駒と1:1交換では割に合わないという困った性質を持つ。
倒さなければ詰むが、倒したとしても即座に戦況が変わるワケではない。
正直な話、修に手をかけている最中に遊真が暴れて点を掻っ攫われる危険すらあるのだ。
基本的に正面から当たれば容易に倒せる駒である事も相俟って、彼に狙撃手を割くという案は有り得ない。
少なくとも弓場隊は、そう結論した。
「後は玉狛がどのMAPを選んで、どういう戦略を取ってくっかだな。選んだ地形によっちゃ、厄介な事になるかもしんねェからなァ」
「────────という感じで、今回戦う相手は千佳が撃てない事を前提にして作戦を練って来ると思う。少なくとも、香取隊は確定だ。弓場隊も狙撃手がいる以上、前回の試合の顛末から推測してる可能性は高いだろうな」
玉狛支部、その一室。
そこでは修が対戦相手が決まった事を受けて、ミーティングを開いていた。
遊真は修の言葉にそうだな、と頷く。
「同じ狙撃手なら、チカが直接相手を落とさなかった違和感から気付く可能性は高いだろうな。そう考えると、バレてると思った方がいいか」
「…………ごめんなさい。わたしが、ちゃんと狙えていれば」
「いや、
自身の失態とも言える現状に俯く千佳だが、修はそんな事はない、どころか好都合だと言い切った。
その声色に嘘はなく、遊真の眼から視ても修は本気で言っている事が分かった。
千佳が人を撃てない事がバレた現状が、
修は、本気でそう言っているのだ。
「千佳、もう一度聞いておくけど、お前は────────────────なら、大丈夫なんだな?」
「…………うん、それなら大丈夫だと思う。直接じゃなきゃ、多分」
「大丈夫だ。チカは嘘は言っていないぞ」
「そうか。なら、いけるな」
修は遊真のお墨付きを貰って頷き、顔を上げる。
そして、全員に向かって口を開いた。
「今回の相手は、どっちも一筋縄じゃいかない相手だ。香取隊もエースの香取先輩の突破力は脅威だし、狙撃手の木岐坂先輩も高火力で狙撃や射撃を撃って来るから厳しい相手だ。弓場隊はデータ上でしか知らないけれど、B級上位のメンバーである以上侮って良い相手じゃない」
だから、と修は続ける。
「今の状況を利用して、罠を仕掛ける。多分この一回しか使えないだろうけど、それでも此処以外で切り時は無い筈だ。
今回、玉狛にはMAPの選択権がある。
試合を行う上で最も順位が低いチームが得られる権利を、今の修達は有している。
故に一度きりの手札を切るのは今回が丁度良いと、修はそう言っている。
確かに、順位が一番低いとはいえ今の玉狛第二のポイント自体は香取隊や王子隊と同一だ。
この試合でどれだけ点を稼げるかは分からないが、次もまた同じように選択権を得られるとは限らない。
だからこそ、相手にこちらのデータが充分にない今の段階で切るのも一つの手と言えた。
「その上で、丁度良いタイミングでもある。例の件について、香取隊に交渉に行くよ。あの人達に口止めをしないと、空閑とレプリカの厚意が無駄になりかねないからな」
「言っとくけど、気にする必要はないぞ。あいつから言い出した事だしな」
「それでも、だ。上を目指す上で、このまま空閑頼りなだけじゃ限界が来る。だから、あいつを部隊に入れるのは必須だ。その為に、城戸さん達からの条件も呑んだワケだしな」
故あってこの場にはいないレプリカの事に言及し、修はかぶりを振った。
先日の
「折角、
迷いなく、修は断言する。
彼の脳裏に浮かんでいる絵図の為に、ありとあらゆる手を尽くす。
それを本気で言っているのだと、遊真の眼には視えていた。
────────転機となったのは、先日二宮が玉狛支部を訪れて彼等に雨取麟児の事を尋ねに来た事だ。
彼の話によって今まで僅かすらなかった麟児の手がかりの欠片が掴めた事もあり、修は目標に向かってより邁進する事を決意した。
なお、二宮は本来このタイミングで玉狛支部を訪れる事はなかった。
基本的に才ある人間以外にあまり興味が無い二宮にとって、弱者の中の弱者である修は歯牙にかけるような存在ではない。
だがそれでも出水に促されて試合を観戦でもすれば、玉狛第二にいる千佳の名字に気付いて玉狛支部に赴く切っ掛けにはなっただろう。
逆に言えばそうでもなければ彼が修の存在に注視する事はなかった筈だが、幸いと言うべきか二宮と修は大規模侵攻で接点が出来ていた。
ハイレイン戦にて修が「トリガー解除盾作戦」という正気を疑う戦術を提案した際、その覚悟を問うた経緯で二宮は彼に興味を持っていた。
確かに、弱い。
だが、その覚悟の程だけは並外れていると、二宮は感じたのだ。
故に彼の試合は遊真の力量を考えれば瞬殺で済む為見る価値のないROUND1はともあれ、ROUND2はしっかりモニター越しに観戦していたのだ。
そこでチームメイトの千佳の名字に気付き、玉狛へ来訪する切っ掛けとなった次第である。
大規模侵攻での修の選択が、二宮の行動を変化させた。
それによって修は早期に麟児の情報を得る事になり、気合いを入れ直した次第である。
加えて言えば、既に修は上位陣の戦闘がどういうものかを直接見ている。
最初に二宮と樹里のハイレベルな射撃戦を見た事を皮切りに、大規模侵攻でも間近でトップメンバーの戦闘を垣間見る機会に恵まれていた。
これが千佳を狙われた末の逃亡戦に発展していれば修は千佳を連れて逃げる事を第一とし、そんな暇すらなかっただろう。
千佳の存在をアフトクラトル側に隠蔽した事が、此処に来て影響を齎したワケである。
そういった経緯もあり、修は遊真頼りの戦術ではいずれ限界が来ると察していた。
だからこそ、既に
「────────香取隊に、
今の修の目的、それは。
香取隊が大規模侵攻で戦い打ち倒した、
彼を部隊に入れる為の