「成る程、お前達が選ばれた暁にはアフトクラトルへの遠征に同行させる代わりにオレに自部隊の戦力になれという事か」
「そうだ。ヒュースにとっても、益のある話の筈だ。ヒュースは、アフトクラトルに戻りたいんだしな」
過日、玉狛支部。
そこでは二宮の来訪を受けて心構えを決め直した修が、迅と林道の許可を貰ってヒュースとの面談に臨んでいた。
鳩原の件を聞きに二宮が訪れたのは、2月5日のランク戦が終わった日の夜である。
彼は一日も待ちきれなかったのか、千佳の存在を知った即日に押しかけて来たのだ。
流石に非常識な時間であれば躊躇ったかもしれないが、修達は試合後は特に本部に残る用事もなかったので支部へ直帰していた。
その為問題なく彼に応対する事が出来ており、二宮が帰った後即座に行動を起こせたワケである。
現在、ヒュースは玉狛支部の預かりとなっている。
彼を大規模侵攻で討ち果たしたのは香取隊だが、護送は烏丸が彼女達から引き継いで行っていた。
その際未来を視た迅が烏丸にヒュースを本部ではなく支部へ連行するよう指示し、ほぼ事後承諾に近い形で「期間限定でレプリカ及び遊真の力を本部に提供する」という条件を代価として支部の預かりとしたのだ。
レプリカは
本来であれば情報源になる筈だったヒュースが頑なに口を閉ざしている為、無理に強引な手で情報を聞き出すよりは最初から協力的なレプリカや遊真の力を借りる方が良いと上層部は判断したワケだ。
そして、レプリカが協力を行った為にエネドラのトリガー
その際にヒュースが置いて行かれた理由も知る事になり、林道の許可を得てたった今その内容を彼本人にも知らせたのだ。
ヒュースは最初から置き去りにされる予定であり、その目的は彼の主であるエリン家当主を「神」にする為の障害を排除する為であると。
その話について、ヒュースは顔を顰めながらも内心納得はしていた様子だった。
彼自身置いて行かれた事で自身の境遇を客観視し直し、そこでその可能性について思い至ってはいたのだ。
情報源がエネドラである事も、ヒュースがその話を信じた理由である。
最近のエネドラの身勝手且つ自己中心的な性格はヒュースも知るところであり、そんな彼が自分が仲間に裏切られたと分かれば躊躇いなく本国の情報を売るだろうという確信があったのだ。
ハイレインからエネドラを処分する話について聞いてはいたし、「放逐すると本国の情報を喋る可能性があるから始末する」と聞かされて納得もしていた。
故にエネドラが裏切られた事を自覚した上で敵に情報を喋る機会があったのであれば、迷いなくそうするだろうとヒュースは考えていたのだ。
実際には聞き出したのは肉体が死亡してエネドラッドと化した後であるが、流石にそこまでの詳細はヒュースには伝えていない。
単に修が「エネドラから聞いた情報」だと言ったのを、「エネドラが死ぬ間際に言い残した情報」だとヒュースが解釈しただけである。
そう勘違いさせるように話したのは修であるし、ヒュースからすれば特に興味の無い部分だったので追及もなかった為そのままにしておいたのだ。
色々とグレーな行動ではあるが、流石にこの間攻めて来たばかりの敵国の兵士を全面的に信頼するような愚を修は犯さない。
ヒュースもまた自分に情報の全てが開示されないのは捕虜という立場上当然だと思っているので、何か隠されている事があったとしても詰め寄らないだけの理性もある。
こうしてお互いに暗黙の了解を以て、必要最低限の情報共有となったワケだ。
その上で、修はヒュースに「自部隊に入って戦力になる代わりに自分達が遠征に選ばれたら同行させる」という条件を突き付けたのである。
流石に大規模侵攻で直接ヒュースが千佳を攫おうとするような場面を見ていればこれ程即座に彼を部隊入りさせようとは思わなかっただろうが、修にとってヒュースは自分の知らない所でいつの間にか倒されて迅の手回しで玉狛支部で預かっている捕虜でしかない。
故に彼個人にヒュースを厭う理由はなく、こうして即戦力になる相手として交渉しに来た次第である。
そして主の危機を知った以上どんな手を使ってでも本国に戻ると決めているヒュースからしてみれば、僥倖にも程がある機会だ。
強引な手段も思い浮かばなくはないが、あまり現実的ではない事は彼とて承知しているだろう。
修はこの提案が無条件に蹴られる事はないと踏み、こうして交渉に訪れたのだ。
「────────いいだろう。だが、本国の情報については一切口にしない。この条件は維持する。それが出来ないならこの話はナシだ」
「それで構わない。上層部との交渉は、ぼくがやる。無理をしてアフトクラトルの情報を喋らなくても良い」
「了解した。違えるなよ」
結果、ヒュースは提案を受け入れた。
彼としても積極的に断る理由はなく、むしろこの機会を逃せば次の機会など無いだろう事を自覚していたからだ。
むしろ彼にとってはメリットしかない提案であり、蹴る理由を探す方が難しい。
よって此処に、修の思惑通りにヒュースの同意を取る事に成功した。
傍から見れば前途多難にも程がある内容だが、修の額に冷や汗は無い。
むしろ、眼を爛々と輝かせて何かを思案している様子ですらあった。
「けど、そいつが情報喋らないならどうやって上層部を納得させるんだ? おれとヒュースじゃ、色々立場が違うぞ?」
「それは分かってる。だから、確認だヒュース。お前は本国の情報
「────────主家の害とならない程度ならば、情報提供は可能だ。なんなら、アフトクラトルに行くまでの詳細なガイドもしてやってもいい」
そうか、と修は頷いた。
そこに動揺はなく、想定通りに事が進んでいる事に対する喜びすらあった。
何故なら、この返答は。
修が求めていた中でも、かなり上等な部類のものであったのだから。
────────これで、前提条件はクリアされた。
ネックだったのはヒュースが何処までアフトクラトル
ガイドをやっても良い、という言質を取れた事も大きい。
既に、交渉を成功させる絵図は組み上がっている。
後は実行するだけであり、修は後ろで様子を見守っていた林道に向き直った。
「林道支部長、可能な限り早く城戸さん達との面談の場を設定して下さいますか?」
「OKだ。俺も一応同席するが、あんまし援護は期待すんなよ」
「大丈夫です。色々材料は揃えましたので、何とかします」
修は林道の言葉に迷いなく頷き、顔を上げる。
こうして、彼は上層部との交渉の場に向かう事になったのだ。
「成る程、話は理解した。その近界民の捕虜を玉狛第二に加入させたい、か。では聞くが、以前は話してくれなかったアフトクラトルの情報を今度こそ話してくれる気になったのかね?」
「それは断る。主家に不利が生じる情報は漏らせない。それは今後も変わらない」
ボーダー本部、司令室。
そこで上層部との会談に臨んだ修は、連れて来たヒュースが城戸の要求に真っ向から断る姿を横目で見ていた。
今の彼に、冷や汗は生じていない。
ヒュースのこのスタンスは、既に分かっていた事だ。
彼の発言を受けて根付や鬼怒田は案の定渋い顔をしているし、城戸も表情は変わらないが若干目を細めているようにも見える。
だが、問題は無い。
こうなる事が分かっていた以上、こういった反応も予見は出来ていたのだから。
「話になりませんな。情報は漏らせない、しかし要求は通したい。そんな子供の我が儘が通じると本気で思っているのかい?」
「そうじゃの。情報と引き換えならともかく、何の担保もなしに応じられる話ではない。空閑の時とは状況が違うのだぞ。そいつは、仮にもこの世界に攻め込んで来た
根付と鬼怒田の指摘は、真っ当である。
最初から友好的な姿勢を崩さなかった遊真と異なり、ヒュースは真っ向からこの世界に攻め込んで来たいわば外敵だ。
立場が捕虜になったとはいえ、人型近界民の正体が別の世界に住まうだけの人間である事を隠しておきたいボーダー側としてはその正体が露見するような危険を何の益もなしに冒す事など考えられないのだろう。
その理屈は理解出来るし、修も同じ立場なら同様の事を言うだろう。
だから、此処からが勝負だ。
どうやって、ヒュースの有用性を示せるか。
どうやって、修の提案を呑むメリットを理解させ受け入れさせるか。
それをどうスピーチするかが、修の腕の見せ所である。
「まず、ヒュースは近界遠征に向かう上で戦力になります。軍事国家で軍人をやっていた経験のある実力者ですし、近界の戦場を理解しているので臨機応変な対応が可能です」
それから、と修は続ける。
「ヒュースは近界民なので、近界の常識や風土について知識があります。そういった面も、遠征では役に立つでしょう」
まずは、ヒュースを連れて行く利点の説明。
即ち、即戦力及び生きた知識としての活用。
戦力としては軍事国家で遠征要員に選ばれる程の精鋭であり、その戦いぶりからも実力も申し分ない。
香取隊には結果として負けてしまったが、それでも人型近界民の脅威を身を以て叩き込まれたボーダー側としてはその実力に疑いを持つ余地はないのだ。
加えて、近界民である為あちらの常識や風土も知っている。
その知識を活かす場は遠征ではおのずと訪れる筈であり、これは明確なメリットとなる。
「だが、それならば空閑隊員でも同じ事が出来るのではないかね? 彼もまた、近界民だ」
「おれとヒュースじゃ、持ってる情報は大分違うぞ。おれはあくまで傭兵として一人でやって来たからある程度の国の知識はあるけど、割と浅く広くだからわかんない事もある」
けど、と遊真は続ける。
「こいつは、曲がりなりにも軍属だからな。各国の詳細な知識だって、相当量持ち合わせてる筈だ」
「そうだな。本国の害にならない範囲でなら、幾らでも他国の情報は提供してやる。アフトクラトルの軍人として、様々な国に赴いた経験もある。いち傭兵風情とは、持っている情報の質が違うと言っておこう」
むぅ、と遊真とヒュースの話に根付と鬼怒田は言葉を窮する。
確かに、軍人として得た各国の情報というのは傭兵として渡り歩いていた遊真の持つそれとは性質がかなり異なるだろう。
傭兵をやっていた遊真はあくまでも自身が生き延びる事を最優先に戦場を転々していたので、生存に必要な最低限の情報があれば事足りた。
しかし軍事国家の精鋭として軍務に務めていたヒュースは各国への侵攻の尖兵や、外交に赴く主の護衛もやった事がある。
他国に赴く際にはその国の風土や特性を把握しておかなければ危険が大きく、当然ながら徹底した事前調査が求められる。
彼の主はそこまで神経質にならなくても良いと話していたが、根が真面目なヒュースは下準備の段階でも一切の手抜きをしなかった。
故に彼が持っている近界の情報は相応の量と質を兼ね備えており、それが欲しいと思うのはボーダーとしては当然の話だ。
「だが、だからと言って近界民を遠征に同行させるなど危険過ぎるっ! 途中でそいつが暴れでもしたらどうするつもりじゃっ!」
しかし、そこで鬼怒田が待ったをかけた。
確かに、ヒュースを同行させる利はある。
だが、彼には
一度敵として攻め込んで来たという立場である以上、それは当然と言える。
故に、鬼怒田のこの反応は修の予想通りではあった。
むしろ、彼が言ってくれなければ打ち合わせ通り林道にこの話題を持って来させるつもりだったので、手間が省けたと言える。
「それは違います。むしろ、ヒュースを連れて行かない方がリスクが高いでしょう」
「なんじゃと」
「────────近界は、ぼく達にとっても未知の世界です。その世界では、様々な問題に直面する事でしょう。ですが、文化も生活様式も分からないそこへ
「…………!」
そう、これが修の交渉材料の第一。
ヒュースの、生きたガイドとしての役割の提示である。
彼の言う通り、近界は未だ未知の部分の方が依然大きな世界だ。
そこに、その世界の風土や常識を識る人間を連れていける。
これは、明確なメリットとなる。
「ヒュースというガイドがいない場合、初見の状況に事前知識なしで挑む事になります。それを考えれば、彼を連れて行くメリットは充分にあるかと。加えて、ヒュースの目的はアフトクラトルへの帰還ですからそこへ至る間に問題を起こす可能性は低いでしょう」
「成る程、確かにその通りだ。城戸さん、確かにこれは彼を遠征に連れて行く充分なメリットになるのでは?」
「そうですね。俺も賛成に一票」
林道支部長!?と叫ぶ根付を横目で見ながら、修は城戸の顔色を伺う。
正直な所、これでも恐らく要求は通ると思ってはいる。
だが、足りない。
ヒュースの入隊自体は認められるかもしれないが、恐らくこのままではある程度足元を見られた条件での加入となるだろう。
次の入隊日は、予定では2月末。
その後に部隊に入れても、ヒュースをランク戦で
恐らく、彼の加入でランク戦での勝率は格段に上がる事になるであろうという確信がある。
だからこそヒュースを
「加えて、今後レプリカによる
「…………!」
その言葉に、聞いていた鬼怒田がまず目を見開いた。
これまでの条件では遊真はともかくレプリカの協力は期間限定ではあったが、それが全面協力となれば更に行える事が増えるようになる。
此処で、これまで試験的にレプリカが本部に協力して来た事が効いて来る。
何せ、実際に明確な成果が出ているのだ。
期間の延長を何とか狙えないかと考えていた鬼怒田としては、願ってもない条件である。
「それは、これまで通りレプリカを本部に常駐させたまま協力を続けてくれるという解釈でいいのかね?」
「はい。既にレプリカと空閑の許可は取っています。これまで通りこちらに害がなければ、協力の続行に異存はないそうです」
「ああ、おれもレプリカもそれでいい。納得済みの事だ」
「…………そうか」
そして、それは城戸としても同じだ。
レプリカの協力の成果がどれ程かは、既に様々な所で実感している。
彼がいるだけでボーダーの技術力や知識力は数段飛ばしで伸び続けるのだから、破格の条件と言って良いだろう。
少なくとも、今回の要求を是とする程度にはだ。
「────────よかろう。特例として、ヒュースの入隊を許可する。他のC級と同様、入隊式を終えてからの部隊への加入となるがな」
それから、と城戸が付け加える。
「ROUND6には間に合うように、入隊式の日付を22日から20日に変更しておく事にしよう。異存はないな?」
「ありがとうございますっ!」
想定通り、城戸はヒュースの入隊を呑んだ上で特例の便宜まで約束してくれた。
これは明確に修の提示したメリットがヒュースを入隊させる条件より価値が上がった為であり、城戸としては正当な対価を渡しただけだ。
交換条件とは、対価が釣り合っていなければ後々追加の代償を要求される事もある。
そうなる前に予め対価を渡しておく事で、修に空手形を持たせる事を防いだのだ。
これまでの経緯で彼にそんなものを持たせる事がどれだけ危険か、分からない城戸ではないのだから。
「…………空閑隊員は、僅かな期間でB級に昇格したのだ。同じ事が出来ないようであれば、戦力としての価値は再考せざるを得ないがな」
「問題は無い。こいつに出来て、オレに出来ない筈がないからな」
城戸の釘刺しに、ヒュースは自信満々に答える。
彼もまた、自分の実力には相応の自負があるのだ。
その様子をふてぶてしいと思うか肝が据わっていると評するかは人それぞれであるが、少なくとも城戸は後者のように思えた。
「但し、こちらからも条件が
「…………!」
しかし、ただでは転ばないのが城戸である。
修にとって唯一想定していなかった千佳借り受けの件については直前にかなりの譲歩を引き出した事と千佳が拒否しなかった事もあり、ほぼ言われるがままの条件を受け入れる結果となった。
とはいえ、こちら側に害はない。
予想外ではあったものの、想定許容範囲を逸脱したワケではないのだ。
「そしてもう一つについては、ヒュースを入隊させる上での必須事項と言える。残念ながらこれが出来なければ、彼の入隊を認める事は出来ない」
むしろ、最後に付け加えられた条件こそが修にとっては重要だった。
それは。
「香取隊に、ヒュースの
ヒュースと直接交戦し、その顔まで目撃した唯一の部隊。
────────香取隊への、口止め交渉であった。