香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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三雲修Ⅵ

 

 

「それ、MAP選択権をアタシ等にくれるって事? マジで言ってんの?」

「ええ、勿論です。厳密にはこの場で香取隊が指定したMAPを、ぼく達が実際に選ぶ事になりますが。約束が履行されたかどうかは、ランク戦の時に分かると思います」

 

 修は半眼で睨みつける香取の指摘に、そう言って淀みなく答えた。

 

 ランク戦に於ける、MAP選択権の実質的な譲渡。

 

 まさかの提案に、香取以外の面々も眼を見開いて驚いていた。

 

「…………」

 

 だが、華だけはそんな法外な「対価」を持ち出して来た修に対し、驚く事なくじっと見据えていた。

 

 普段から感情が表に出ない少女であるので傍目から見ると何も変わらないが、その視線を正面から受けた修は知れず緊張を高めている。

 

 一筋縄ではいかない。

 

 少女と少年が、お互いの認識について共有した瞬間だった。

 

「けどそれ、アリなの? バレたらペナルティ喰らうとか勘弁よ?」

「それについては問題ないと思います。選ぶのはあくまでぼく達ですし、単に「香取隊と話をした結果を考慮してMAPを選んだ」というだけになりますから」

 

 ふぅん、と話を聞いた香取は胡乱な眼で頷くが、実際にこの行為が問題視される可能性は低い。

 

 あくまでも修がこの場での話を受けて自分のMAP選択の()()にするだけという形になる為、記録に残り様がないからだ。

 

 加えて、万が一露見した時でも上層部相手ならどうとでもなる。

 

 何せ、香取隊の口止めを依頼したのは他ならぬ彼等なのだ。

 

 ある程度の便宜は図ってくれるだろうし、多少のグレーな行為くらいであれば香取隊の口からヒュースの素性────────────────というよりも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がバレるよりはずっとマシだと判断するだろう。

 

 現時点で既に修は香取隊に対し、「ヒュースの入隊に際して上層部の許可は得ている」と発言している。

 

 それはつまり上層部、ひいてはボーダーそのものが近界民の存在を許容したという意味に他ならない。

 

 近界民を相容れない外敵としてその排除を掲げて隊員を集めている名目がある以上、この事実が露見した際のダメージは致命的なものになりかねない。

 

 だからこそ、この程度であれば大丈夫だと修は判断しているのだ。

 

 それだけ、近界民の扱いというのはデリケートなのだから。

 

「ですが体面は悪いので、どのMAPを選ぶかについては()()()()()教えて下さると助かります。今回はヒュースについての説得という名目があるので上層部から見ても不自然にはなりませんし、()()()()()()()()()ある程度裁量を任されているので最悪察せられたとしても特に追及はして来ないと思います」

 

 

 

 

(…………巧いわね。こう言われると、これ以上の譲歩は引き出せない。M()A()P()()()()()()()()()()()()()()()()()()っていう提案は、出せそうにないわね)

 

 修の説明に、華は内心で唇を噛んだ。

 

 彼の言葉には納得出来る部分があり、だからこそ最初に提案を聞いた時に考えた「ランク戦の直前に選んで貰うMAPを伝える」という手法は使えなくなった。

 

 玉狛側、というより修の思惑の大筋を既に理解している華としては、これは痛い。

 

 直前にMAPを伝える事で玉狛側に()()()を考える時間を可能な限り短縮したかったのだが、そのやり口を初手で封殺された形になるからだ。

 

 実際、修の提案は相当にグレーだ。

 

 確かにバレる心配はほぼ無いとはいえ、露見した時に何かのペナルティを与えられる事は充分に考えられる。

 

 だからこそ、それを隠し通す為の行動として「何度も隊同士で会わない」というのは理に適った話であり、だからこそ拒否する手段はない。

 

 何せ、露見した時は香取隊(こちら)も共犯扱いになってしまうのだ。

 

 故にMAPの指定については今この場でする他なく、またこの対価を受け取るメリットは大き過ぎる為無下に蹴る事も憚られる。

 

 要するにこれは玉狛が選ぶMAPを事前に知る事が出来、尚且つその地形選択権自体はこちらにあるのと同義なのだ。

 

 勿論、通常通り自部隊がMAP選択権を得た時とは色々な部分が異なる。

 

 まず、選ぶMAPについての情報を共有している以上、玉狛には地形による初見殺しが通用しない。

 

 MAP選択権のないチームは試合直前までどのMAPで戦うのか知る事が出来ず、だからこそ選んだ側のチームはその地形構造を頭に叩き込み適切な戦略を取り易くなる。

 

 狙撃手の射線・退路の確保がその最たるものの一つであり、MAP選択権を得たチームに狙撃手が属している場合、その試合では大きな主導権を得る事が出来る。

 

 地形による影響が大きい狙撃手にとって、予め戦う地形が分かっているか否かというのはかなり重要となる。

 

 故に、狙撃手がいる部隊がMAP選択権を得た時は相応に警戒されるものなのだ。

 

 だが、この条件下では香取隊と玉狛双方が地形情報を事前に持っている事になる。

 

 故に互いに対しては地形による大きな有利を取る事が出来ず、そこまで戦況に大きく寄与はしないだろう。

 

「その対価の受け取りに問題がない事は把握したわ。けれど、残念ながらそれだけだと近界民の入隊を受け入れるには足りないわね。他にも対価の用意があるという事だけれど、それは今の条件とは別個に受け取れるという解釈で良いかしら?」

「ええ、その認識で構いません。必要なら出せる対価は、可能な限り出すつもりでいましたので」

 

 だからこそ、まずは言質を取る。

 

 次の試合の事を考えれば、この対価はかなり大きい。

 

 確かに玉狛に対して地形で有利に取る事は出来ないだろうが、もう一組の対戦相手────────────────弓場隊は別だ。

 

 弓場隊はエースの弓場を中心にした強豪チームであり、今期はとある事情で少し調子を落としているようだが、それでも強敵には変わりない。

 

 この対価を受け取れば、その弓場隊相手に大きく有利を取る事が可能になるのだ。

 

 それだけではない。

 

 こういう提案をして来るという事は、暗黙の了解で弓場隊に対し共同戦線を張ろうという意味合いも含まれている。

 

 玉狛も初の上位戦で警戒はしているだろうし、香取隊の側も前回の試合であまり点を取れなかった以上次も同じでは困る。

 

 だからこそ、この提案にはメリットが大きい。

 

 同時に、受けなかった場合のデメリットも無視出来ない。

 

 この対価の受け取りを拒否した場合、玉狛は通常通り自分達だけの判断でMAPを選び、香取隊がその選択を知るのは試合直前になる。

 

 ROUND2であそこまで悪辣な試合運びを見せた玉狛相手に、MAP選択という大きな優先権を一方的に握られる。

 

 それは対戦組み合わせが決まった当初から華や香取が最も警戒していた部分であり、この提案を受け入れればそれが半ば解消されるに等しいのだ。

 

 だからこそ、受けない理由はない。

 

 されど、華にはそれだけでは退けない理由があった。

 

(上層部が許可したという事は、そもそもの話わたし達に口止めを指示したのは城戸司令他上層部のメンバーで間違いない。だから、この件については()の意図が動いている)

 

 だから、と華は思考を進める。

 

(今の三雲くん達は間違いなく、上層部との窓口(パイプ)がある。だから、実質彼等を通じて上と交渉する事も不可能じゃない)

 

 今回、修は最初にヒュースの入隊は既に上層部から許可を得ている、と口にした。

 

 つまりそれは組織の幹部が近界民の捕虜を入隊させるという前代未聞の行動を認可したという事実に他ならず、その事を隠したいのはむしろボーダーの側である事も理解出来る。

 

 恐らく修に交渉を任せたのは、何かあった時に責任を彼一人に被せて組織に致命的なダメージが入らないようにする為だろう。

 

 ボーダーという組織の重要性を鑑みれば当然の判断であり、それについて異を挟もうとは思わない。

 

 むしろ、だからこそ交渉の()()があると華は見ていた。

 

 今の修は、上層部からの使者と考えて差し支えない。

 

 つまり無下にこの提案を蹴れば最悪記憶処理措置を迫られてもおかしくはない上に、そうでなくとも上層部から睨まれる結果となる。

 

 故に、この提案を蹴るのはデメリットでしかないのだ。

 

 加えて言えば蹴った時点で得るものすら全くない為、むしろ蹴る理由を探す方が難しい。

 

 だが、これは同時にチャンスでもある。

 

 色々と情報が欲しい華の立場からすれば、情報を手に入れる為の窓口は多い方が良い。

 

 今回の交渉内容を鑑みれば、その情報の()()も信頼出来る。

 

 故に、体面的には渋る振りをして絞れるだけ搾り取る。

 

 それが、今の華の方針であった。

 

「わたしも葉子も、四年前の大規模侵攻の被害を受けているの。だから、今は捕虜になっているとはいえ近界民を受け入れる事には相当な抵抗があるわ。それを踏まえて、要求は少し吊り上げさせて貰うわね」

 

 だからこそ、自身の境遇を晒して精神的優位に立つ事も忘れない。

 

 あんな戦術を取る修相手に何処まで通じるかは不安だが、傍目から見れば第一次大規模侵攻で親を失った自分は同情すべき被害者だ。

 

 近界民の被害を受けた人間に、近界民のボーダー入りを受け入れろと要求するのが傍目から見てどれだけハードルの高い行動なのかは理解出来るだろう。

 

 幸いにも、修は性根自体は善性が根付いているように見えた。

 

 色々とブレーキが壊れた部分は見受けられるが行動方針自体は善性に依ったものである為、こういった切り口はある程度効果がある筈だ。

 

 少なくとも、今の発言で香取は眉を吊り上げて修を威嚇し始めたし、三浦や若村も何処か思うところがあるようで少し考え込み始めた。

 

 表情があまり動かない自分では同情を引く効果はあまりないだろうが、これでチームメイトに対して近界民を受け入れろと話を持って来た修の悪印象を刻む事が出来た。

 

 これで修としてはある程度こちらの要求を拒絶する抵抗感が生まれた筈だし、「わたしは良くても葉子達がこう言うから」と要求を吊り上げる事も出来る。

 

 少々意地の悪い言い方だが、自身の目的を考えれば手段を選んでいる場合ではない。

 

 居心地の悪い想いをさせたかもしれないが、それについては後で誠心誠意謝るつもりではある。

 

 あまりこういった手法は取りたくはないのだが、ことが幼馴染の問題に関わって来るならば仕方がない。

 

 何に於いても、大切な幼馴染の安寧ほど優先すべき事などないのだから。

 

香取隊(わたし)からの要求は、今後その近界民から得られた情報について一度だけ、わたし達が指定した内容を開示して欲しいの。出来るかしら?」

 

 

 

 

(来た…………!)

 

 修は華からの提案を聞き、内心でガッツポーズを取った。

 

 その予想外とも言える提案に若村や三浦は驚いているが、香取は何かを察したように黙り込んでいる。

 

 そんな光景を見ながら、修は開発室で鬼怒田から言われた言葉を思い出していた。

 

 

────────恐らく、染井が要求するのはヒュースから得た情報の開示じゃろうな。あ奴等には、それを欲しがる理由があるからの────────

 

 鬼怒田の言っていた香取隊がヒュースからの情報を欲しがる()()については、聞いていない。

 

 彼はあくまでも()()()の体でそれを話しており、それを()()()()()だけの修では質問自体が出来なかったからだ。

 

 あれが鬼怒田なりの配慮である事は明白であり、本来であれば香取隊の抱える秘密について匂わせる言動すらしたくなかったに違いない。

 

 だが、鬼怒田としては何が何でもレプリカの協力延長は勝ち取らなければならなかった為、なるべく角の立たない方法で助言した次第なのだろう。

 

 しかし、それで問題はない。

 

 修にとって重要なのはあくまで香取隊の説得を完了させ、ヒュースを自部隊に入れる事だ。

 

 香取隊の抱える事情にさして関心はないし、必要なら必要な時に情報を抜けば良いだけの話だ。

 

 尚、華の采配で香取隊の面々に厳しい視線を向けられた事に対しては一切気にしていない。

 

 元より他者からの自分への評価など明確な利害が絡まなければ毛ほども関心を向けないので、多少非難を向けられたところで痛くも痒くもないのだ。

 

 表面上は善人の皮を被っているが修の本質は強烈極まりない自我(エゴ)の化身なので、目標達成に関わらない事柄には冷淡なのである。

 

 そのあたりはまだ、華側の修に対する認識は甘かったと言えた。

 

「分かりました。その条件を受け入れます」

「良いの? 上の許可が必要になると思うのだけれど」

「問題ありません。()()()()()()()()()()()()()()()()()と、許可は貰っていますので」

 

 そう、と華は頷く。

 

 事前に許可を取っていた事について思うところはあるようだが、どうやら彼女は彼女でこの契約を成立させなければならない理由があるようだ。

 

 追及の類は無い様子であり、若村や三浦は女性陣が何も言わない以上は口を挟むつもりはないようだ。

 

 樹里は最初から最後まで変わらず透き通るような視線をこちらに向けたまま黙っており、どうにも考えが読み難い。

 

 とはいえ口出しするつもりもないようなので、修も必要以上に注視する事はなかった。

 

 遊真に関わる騒動で修の知らないところで樹里とは繋がりが出来ていたのだが、それを知る由もない修にとって彼女はほぼ初対面に近い相手でしかない。

 

 以前は弟子入りを検討した相手だが、直後に王子という師匠が出来た為に必要性の観点から彼女への興味はとうに薄れている。

 

 無論ランク戦で戦う相手として警戒はしているだろうが、逆に言えばそれだけだ。

 

 互いの持つ情報量に違いがあった為に起きた、奇妙なすれ違いと言えた。

 

「葉子」

「うん」

「いいと思うけど、どう?」

「華がそれでいいなら、いいわよ。好きにしなさい」

「わかった」

 

 唯一敵意を剥き出しにしていた香取であったが、華から()()を取られるとそれまでとは全く違う優し気な表情を見せて「任せる」と幼馴染の判断を支持した。

 

 その態度の違いに多少面食らう修であったが、要求が通ったのなら関係ないかとすぐに平静に戻る。

 

 向こうの()()が決まった以上、余計な口出しをする理由はないのだから。

 

「三雲くん、今の条件二つで提案を受け入れるわ。ROUND3での契約の履行を以て、わたし達はその近界民に対する素性の一切を他者に話さない事に同意するわ」

「分かりました。よろしくお願いします」

 

 こうして、契約は結ばれた。

 

 互いの思惑が交錯し、利害の一致による協定は成った。

 

 修は内心で安堵し、顔を上げる。

 

 それを見た華は眼を細め、口を開いた。

 

「じゃあ、指定するMAPを言うわね。選ぶのは────────」

 

 契約の条件である、MAPの指定。

 

 それを口にし、修が了承する事で話し合いは終わった。

 

 こうして、突然訪れた玉狛第二と香取隊の事実上のファーストコンタクトは終わりを迎えた。

 

 契約が締結し、修と華は握手を交わす。

 

 その様子を見て、香取はふん、と鼻を鳴らす。

 

 彼女の視線は、物言いたげに幼馴染の後頭部に突き刺さっていた。

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