香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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染井華②

 

「────────了解しました。では、試合ではそのMAPを選択しますのでよろしくお願いします」

「ええ、お願いね」

 

 修はコクリ、と頷き華の言葉を了承する。

 

 それを見て、華は礼を言いつつ一息ついた。

 

 今更、彼が契約を破る心配などしていない。

 

 そんな真似をすれば困るのは修の方であり、それを分からない相手ではないのだから。

 

(ただ、契約で出た話はMAP()()────────()()()()()()()に関しては、一言も口にしていない。そっちを弄って来る可能性は、考慮すべきでしょうね)

 

 先程交わした契約で修が呑んだ条件は、「香取隊が指定したMAPをランク戦で選択する」所()()だ。

 

 ランク戦ではMAP選択権を得たチームは雨や雪といった天候を設定する事も可能であり、昼や夜といった時間設定も弄る事が出来る。

 

 あの契約内容ではそちらまで縛る事は出来ず、仮に玉狛が天候設定を弄って来たとしても契約違反にはならないのだ。

 

 恐らくはそれを利用して来る可能性が高いと華は踏んでいるし、契約を交わす中で気付いてもいた。

 

 しかして尚その点を指摘しなかったのは、自身の出した二つ目の条件────────────────即ち、近界民(ヒュース)からの情報提供に万が一にもケチを付けたくなかったからだ。

 

 チラリと、華は後ろで普段通りボーっとしている樹里を見る。

 

 彼女の事を思えば、この契約の履行は絶対条件だ。

 

 確たる証拠があるワケではないが、この取引は今後必ず必要になると華の推論が告げている。

 

 だからこそ、敢えて穴のある契約を締結したのだ。

 

 華から見るに、修は目的以外には何ら興味の無い性格だ。

 

 しかしだからこそ、自身の目的達成には何処までも貪欲になる。

 

 彼の目的は、ヒュースという大戦力を加える事での遠征行き切符────────────────即ち、シーズン終了時のB級二位以内の到達。

 

 その為には持てる手札は容赦なく使い尽くして来るであろうし、今回の契約の穴も確実に突いて来るだろうという予感もある。

 

 だからこそ、この取引が活きて来る。

 

 天候設定の事は確かに弄っても契約違反ではないが、ある意味では不義理になるとも言える。

 

 故に契約履行の際に相手がごねるようならそこを突いて、有利な条件を引き出してやるつもりだ。

 

 幸いというべきか、自分達にとって遠征行きの切符の入手は絶対条件ではない。

 

 ()()()()()()()()()遠征に行くメリットは見当たらないので、万が一此処で得点が振るわずとも致命的と言える痛手ではない。

 

 要は情報を引き出す事こそ肝要なのだから、それ以外は極論全て些事だ。

 

 無論上を目指したいという想いは変わらないが、樹里の安寧と天秤にかければどちらに傾くかは明白である。

 

 別段近界に攫われた身内がいるワケでもなし、そのあたりはさして気にする部分ではない。

 

「それから、契約を結んでくれた()()に上層部から聞いたばかりの話も伝えますね。実は、今回のB級ランク戦はROUND8で終わりの予定で、A級昇格戦は行われないらしいです」

「────────え?」

 

 ────────だからこそ、その()()()()を聞いた時はしまった、と思った。

 

 修はそのまま、今回は公開遠征の為にランク戦の総数を半分にする事やA級昇格戦を行わない代わりに、個人単位でB級からも遠征メンバー選出の可能性がある事などを伝えて来る。

 

 それに何とか相槌を打ちつつも、華は内心で唇を噛んでいた。

 

(…………やられたわ。これで、多少の()()()を突いたくらいじゃ条件を引き上げられなくなった。契約が締結されたと油断していた所を、突かれたわね)

 

 今修が伝えた情報は、確かに重要情報ではある。

 

 遠征を目指す者にとってはB級二位以内でなければならないという絶対条件が撤廃されたのは朗報だし、とうの修達はこの変更をありがたいとも思っている筈だ。

 

 しかし、香取隊(じぶんたち)は違う。

 

 華達は別段遠征を目指しているワケではなく、これは言うならば()知らなくても支障がない類の情報である。

 

 確かに重要ではあるが、彼女達にとって価値の低い情報である事に間違いは無い。

 

 いずれ周知されるのが明らかな情報なのだから、今知らなくても問題はないのだから。

 

 だが、傍目から見れば()()価値の高い情報である事は明らかなのが問題だった。

 

 このルール変更の影響は大きく、それをいち早く知る事の出来たアドバンテージは確かに存在する。

 

 だからこそ、取引内容の価値の釣り合いが崩れてしまう。

 

 現状で言えば、正直な所華達の方が得をしている状態に近い。

 

 あくまでも客観的視点で見ればであるが、修達が多少グレーな方法を使った所でそれを突いても釣り合いが取れてしまうくらいには、今の情報の持つ意味は大きい。

 

 この情報の厄介な所は、時間経過で価値が変動する事だ。

 

 今の時期を鑑みればこの情報の価値は最大級に膨れ上がっており、現状修達を除けばボーダー隊員でも知る者は限られるであろう内容を知る事が出来たのは普通ならば喜ぶべき所だろう。

 

 しかし後々訪れるであろう本命の情報獲得こそを重要視にする華にとっては、使えもしない金の延べ棒を押し付けられたような気分だった。

 

 確かに価値はあるし、ありがたくはあるが、それよりも必需品の現物支給を望む者にとっては無用の長物であると同時に傍目から見れば大幅に得をしているようにも見えると、割と最悪な類の情報取得と言えた。

 

 修が何処まで計算づくかは分からないが、もしもこれが意図的であれば大分性格が悪いと言わざるを得ない。

 

 少なくともこの情報押し付け(こうげき)を受けた事で先程居心地の悪い状況に置いてしまった事への謝罪を放り投げても許されるんじゃないかな、と思わなくもない華であった。

 

「…………ありがとう。そしてごめんなさい。さっきは貴方を悪者にするみたいな言い方をしてしまって、居心地の悪い想いをしたでしょう?」

「え、何の事ですか?」

 

 それはそれとして謝罪はきっちりするあたり華の善性が伺えるが、とうの修は?マークを浮かべており何の事か思い至らない様子であった。

 

 その様子を見た華は思わず顔を顰めかけるが、努めて冷静に話を続けた。

 

「…………わたしが、近界民の被害者である事を強調した時の事よ。不快な思いをさせた、と思ったのだけれど」

「別に気にしていませんよ。近界民(ネイバー)の被害を受けた方が近界民をどう思うかは体感していますし、むしろそれはぼくの方が謝るべきでしたね。そちらの事情も知らずに、こんな話を持って来てしまってすみませんでした」

「そこは気にしなくて良いわ。貴方達の事情は何となく察してはいるから、不可抗力のようなものよ。どちらも気にしていない、で手打ちで良いかしら?」

「はい、染井先輩が良いのであればそれで構いません」

 

 思わず頬をひくつかせながら話した華であったが、修の返答を聞く内に自分がどれだけ独り相撲を取っていたかを理解して目の前の相手への認識を見直す事となった。

 

 修は別段無神経というワケでも、常識知らずというワケでもない。

 

 ただ、自分の目標以外の事柄────────────────たとえば、他者から見た自分への評価といったものに一切の興味がないのだ。

 

 こちらに気を使えはするし、常識も()()()()いる。

 

 ただ、自己の承認欲求というものにトコトンまで無頓着なだけなのだ。

 

 普通、人は他人から良く見られたいと思うし、誹謗中傷の的になるのは絶対に避けたいとも思う。

 

 しかし、修は違うのだ。

 

 彼は自分が良く見られたいなどとは欠片も思っていないし、誰かに非難されたとしても考えるのはそれによって起こる実害だけで精神的には何も痛苦には感じていない。

 

 というのは些か言い過ぎかもしれないが、今の返答からは否応なくそういった印象を受けたのは事実だ。

 

 例のトリガー解除騒動の事を鑑みても、普通の人と同じ類の神経を持っているとは思わない方が良いのかもしれない。

 

 恐らく、先程の情報提供については純粋な善意に依るものだったのだろう。

 

 契約を結んでくれたお礼として、自分が伝えられる情報を謝礼として差し出しただけのつもりだったに違いない。

 

 結果的にありがた迷惑にも程があったが、これでは怒るに怒れない。

 

 言うなれば振り上げた拳に飴玉を掴まされたような心境であり、手の振り下ろしどころが分からなくなってしまった印象だ。

 

 梃子を外された、とでも言えば良いのだろうか。

 

 そういうワケですっかり毒気が抜かれてしまい、内心ではぁぁ、とため息を吐く華であった。

 

(…………この分なら、本命の情報提供の時に変にごねられる事はなさそうだし、最悪事情を話せば無償で協力してくれそうな気配すらあるわね。その時こちらにあちらに必要なものがあれば容赦なく要求はして来るでしょうから、あくまでも最後の手段ではあるけれど)

 

 この様子なら、本命の情報を受け取る時に面倒になる心配はなさそうなのが救いではある。

 

 腹芸してないで最初から腹を割っていれば良かったんじゃ、と思わなくもないがそうなると何処まで情報を抜かれていたか分かったものではないのでこれで良かったのだ、と思い直す。

 

 修の善性は信じるに値はするが、それはそれとして下手に情報を抜かれるとそれを利用する事に一切の容赦が無いのは前の試合を見れば分かるので、華からの彼の評価は色々な意味で厄介な子、というものに落ち着いた。

 

 少々無体かもしれないが、割と正当な評価なのでは、と思わなくもない。

 

 ともあれ、色々な意味で気疲れを隠せなくなりつつある華であった。

 

「…………そういえば、そのヒュースくんはいつから部隊に入るの?」

「入隊式の後なので、ROUND6からになりますね。入隊式は20日なので」

「そう、分かったわ」

 

 気疲れはしたが、それはそれとして聞いておくべき事は聞いておく事は忘れない。

 

 ヒュースの実力は、直に戦ったからこそ香取隊にとっては周知である。

 

 あの時は近界製のトリガーを使われていたという要因もあったが、あれだけの戦闘力を持つ相手がノーマルトリガーに持ち替えただけで弱くなると思う程今の彼女達は楽観的ではない。

 

 大規模侵攻での戦闘もヒュースがボーダーのトリガーの性能を知らないという初見殺しがあったからこそ、勝利出来た面はある。

 

 正式に入隊する以上はそのあたりの知識収集は欠かさないだろうし、何よりROUND2であそこまで悪辣な試合運びをしてみせた修が彼を指揮するのだ。

 

 どう考えても戦力的には厄ネタのレベルであり、その彼がいつから参戦するかは重要な情報である。

 

 少なくともこれで、試合当日にヒュースと言う超級の隠し玉を事前情報なしで持ち出される、という最悪の事態は防ぐ事が出来たと言えよう。

 

 もしそんな真似をされていれば、ROUND2の柿崎隊と鈴鳴と同様に玉狛に一切の主導権を奪われたまま負ける、という展開も普通に有り得るからだ。

 

 それ程までに今の玉狛に新たなエースが加入するという要素は大きく、その時期が分かっただけでも儲けものと言える。

 

 勿論今後ランク戦を戦う上でヒュースを組み込んだ玉狛と当たる機会は出て来る筈なので、それはそれで頭の痛い問題ではあるのだが。

 

「それでは、ぼく達はこれで失礼します。明日はよろしくお願いします」

「うん、それじゃあ」

 

 修はぺこり、と頭を下げて隊室を後にしていく。

 

 それに続く形で烏丸に付き添われたヒュースがフードを被り直して退室し、遊真もそれに続く。

 

 廊下には彼等を待っていたらしい千佳の姿が垣間見えており、横には知らないC級の少女が見える。

 

 背が遠ざかっていく玉狛の面々を見送りながら、華はクルリとチームの面々に向かって向き直った。

 

「で、華。説明はしてくれるんでしょ」

 

 疑問形ではなく、断定形。

 

 香取は華から今の交渉についてきちんとした説明があると疑っておらず、それを信じる事は彼女達の中では当たり前の事だった。

 

 勿論、華としても異論はない。

 

「うん、勿論。でも」

「でも、何よ?」

「そろそろ────────来たみたいね」

 

 無いが、それはそれとして()()()というものはある。

 

 華がチラリと入り口の方に目を向けると、扉が開く音がした。

 

「やっほー樹里ちゃん、迎えに来たよ」

「賢?」

「は?」

 

 そして登場したのは、誰あろう佐鳥賢である。

 

 佐鳥はいつも通りのニコニコ笑顔を浮かべながら、真っ先に彼に反応した樹里の手をがしっと掴んだ。

 

「じゃ、行こっか」

「…………うん。じゃあ、またね葉子」

「ちょ、ま────────もがっ!?」

「ええ、またね樹里」

 

 何か思う所のありそうな樹里ではあったが彼女が佐鳥の言う事に従わないという選択肢はなく、咄嗟に手が出そうになった香取は華が首根っこを掴んで押し留める。

 

 そうこうしている内に佐鳥は樹里を連れて部屋から出て行ってしまい、隊室には香取達四人だけが残る事となった。

 

「な、何すんのよ華…………っ!?」

「折角佐鳥くんに頼んで樹里を連れ出して貰ったのに、余計なちょっかいをかけようとしたから。葉子、これからする話は樹里に聞かせるワケにはいかないの。これは、そういう話なのよ」

「…………! そういう、事」

 

 華の言葉に、香取が息を呑む気配がした。

 

 今の説明で、勘付いたのだろう。

 

 これから華が行う説明は、あの時の樹里の恐慌状態等に絡んだ非常にデリケートな話題である事に。

 

 香取は思い込みは激しいが、頭の回転自体は速い。

 

 知識の採集量自体は華とは比べ物にならない為そこまで博学というワケではないが、地頭の良さがずば抜けているので少ない材料だけでも直感的に正解に辿り着く事が出来てしまうのだ。

 

 故に、今のやり取りが密かに華が佐鳥を呼び出して樹里を連れて行かせたという顛末である事をすぐさま理解したのである。

 

 あまりにもタイミングが良過ぎた為に怪しいとは思っていたが、何の事はない。

 

 予め華の依頼を受けていた佐鳥が、機会を見計らってやって来て樹里を連れ出しただけの話なのだ。

 

 華とて樹里と佐鳥が近付く事に良い顔はしないが、今はそんな事よりも高い優先順位の事柄があるので仕方なく目を瞑る格好となったのだ。

 

 個人的な嫉妬心等、大切な幼馴染の安寧と比べればどうという事はないのだから。

 

「結論から言うと、樹里のあの状態は高確率で近界(ネイバーフット)()()が関わっている可能性が高い。少なくともわたしは、そう見ているわ」

 

 そして、話し出す。

 

 樹里を一時的に排除してまでチームメイトに共有すべき、()()を。

 

 事態の推移に付いて行けていない男性陣二人を尻目に、華の話が始まった。

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