香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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染井華③

 

 

「巧くいって良かったな、オサム」

「ああ、これで問題なくヒュースを部隊に入れる事が出来る。レプリカから貰った「最後の手札」は切らなくて済んだし、上々だ。まだ入隊は先になるけど、その時になったら頼むぞヒュース」

「分かっている。お前は課題をこなした。その分は、きちんと働きで示してやる」

 

 ボーダー本部からの帰り道、レイジの運転する車の中で修達は談笑していた。

 

 ちなみに烏丸はバイトがあるからと別れた為、この場にはいない。

 

 他の隊員にヒュースを見られるのは都合が悪い為、香取隊の隊室を辞した後は直行で車に乗った次第である。

 

 今のヒュースはトリガーを没収されている為、生身である。

 

 それ故に頭部のトリガー(ホーン)はフードで無理やり隠している形であり、万が一誰かに見られればその素性を特定されかねない。

 

 ボーダーの正隊員は、大規模侵攻で同じトリガー角を持つ人型近界民と交戦している。

 

 ヒュース自体に見覚えはなくとも、その角を見ただけで正体を推察する者は少なからずいる筈だ。

 

 何せ、当時ハイレインやヴィザはかなり目立つ形で戦っており、C級にもその姿形を目撃した者はそれなりにいる。

 

 よってトリガー(ホーン)が剥き出しであるヒュースをそのまま本部に置いていく選択肢は有り得ず、こうして直帰しているワケだ。

 

 既にトリガー角の存在しないトリオン体の製作は行っているが、急な事であった為現在は完成していない。

 

 何よりトリオン体になるにはトリガー所持が必須である為、曲がりなりにも捕虜待遇であるヒュースにトリガーを持たせる事に上層部が難色を示したという事情もある。

 

 本当はその時点でヒュースの角を理由に面会自体を断りたかったのだろうが、レプリカの協力という貸しがある為林道の要求を断り切れなかった、というのが実態だ。

 

 そうでなくとも林道支部長はボーダーの中でもそれなりに発言力を持っており、その要求を全面的に断る事は憚られた、という事情もある。

 

 体面的には本部と玉狛支部は対立しているが、ボーダー最強の部隊である玉狛第一と何より未来視を保持する迅のいる玉狛と全面的な敵対という選択はまず有り得ない。

 

 迅は本部では腫物のように扱われる事があるが、その影響力については無視出来るものではないのだ。

 

 その迅と林道が連名でアポイントを申し込んだ為、今回の会談は実現したと言って良い。

 

 また、鬼怒田にとってもレプリカ協力の恩義がある以上玉狛を無下にし難かったという理由もある。

 

 加えて、レプリカと遊真と言う()()を得た事で、()()()()()()()がどれだけの利益を齎すのかを上層部が身を以て理解していたというのも大きいだろう。

 

 ヒュースは態度こそ非協力的だが、彼の持つ情報は遠征数回分を遥かに超える価値がある。

 

 だからこそ上層部は苦渋の決断ながらも彼の入隊を認める決定を下したのであり、全てが修の手腕に依るものというワケでもない。

 

 しかし彼の弁舌がなければそもそも上層部との交渉の時に計画が頓挫していた可能性も高い以上、その貢献度は大きいと言えるだろう。

 

「思ったより素直だな。オサムを認めるとは見込みがあるな」

「勘違いするな。オサムが仕事をこなした以上、それに見合う対価を支払えないような愚昧と思われたくないだけだ。こいつは弱いが、無能ではない事は理解出来た。なら、相応の対応をするというだけの話だ」

 

 ヒュース自身も割と無茶な要求をしていたという自覚があり、だからこそ修には内心で恩義を感じている。

 

 言葉こそぶっきらぼうだが、遊真の眼には彼の内心(ウソ)がしっかり見えていた。

 

 それが必要だから従うとでも言いたげだが、遊真の眼で視たところヒュースが修を評価しているという事自体に嘘はない。

 

 加えてある程度以上の好感も持っている事も視て取れた為、遊真視点で「こいつはもう安全」と太鼓判を押した形になる。

 

「…………なんだ、その眼は」

「別に何もー? ちゃんと隊長の命令には従えよ」

「妥当性のない指示には従えない。それは明言しておく。オレは、手抜きをするつもりは一切ないからな。オレを遠征に連れて行くという言葉、違えるなよ」

「分かっている。よろしく、ヒュース」

 

 そうとは知らないヒュースはふん、と鼻を鳴らしながら修の差し出した手をぎこちなく握る。

 

 横柄な態度を取ったつもりが特に何も気にせず返された為に毒気を抜かれてしまい、困惑している最中だとは嘘を見抜ける遊真以外には分からない。

 

 なんだかんだで、良い仲間になれそうだ。

 

 ヒュースのツンデレ具合を直で視た遊真は、そんな事を思いながら車の窓から空を眺めるのであった。

 

 

 

 

「まず、佐鳥からも聞いた通り木岐坂に()の話は一切するな。行方不明になっていた期間の話も同様だ。前提条件として、まずはこれを呑んで貰うぞ」

 

 過日、開発室。

 

 樹里が香取隊に入隊した直後、佐鳥に言われた通り華は鬼怒田の下を訪れていた。

 

 ちなみに、香取はこの場にはいない。

 

 彼女の性格上鬼怒田に噛みつくのが目に見えていたので、華は敢えて連れては来なかったのだ。

 

 香取への説明は、華の口を介した方がスムーズに行くという事情もある。

 

 基本的に香取は華の意向を最大限に尊重し、その指示に逆らう事も殆どない為、本人にとって受け入れ難い話であれば彼女の口から話した方が物分かりは良くなるのだ。

 

 香取の世界は、華と樹里を中心に回っている。

 

 華は頼れる相棒且つ分かつ事の出来ない半身として、樹里は手のかかる可愛い妹分且つ二度と失いたくない宝物として。

 

 香取は、二人を深く愛している。

 

 そうとしか言えない程、彼女の幼馴染二人への感情は重い。

 

 勿論三人共そっちのケはないが、傍から見れば誤解されてしまいかねない程三人を繋げる感情の重力は大きいのだ。

 

 だからこそたとえ自分にとって受け入れ難い内容であろうとも、華の口から出たものであれば「華がそう言うなら」と香取は受け入れる。

 

 それを分かっていた為、華はこの場に一人で来たのだ。

 

 いずれ部隊の全員に事情を話すつもりではあるが、今この場に限っては一人の方が都合が良い。

 

 そう判断しての、単独での面会であった。

 

「それから、万が一お前が見たような恐慌状態に陥った場合はこの薬を飲ませろ。佐鳥と木岐坂本人には渡してあるが、お前にも予備を渡しておく。なくすなよ」

 

 鬼怒田はそう言って見覚えのある錠剤の入ったピルケースを手渡し、華はそれを受け取った。

 

 そしてこくりと頷き、了承の意を示す。

 

「分かりました。ちなみに、あの状態が何の前兆もなく現れる場合はあるのでしょうか?」

「…………分からん、というのが正直なところだ。だがだからこそ佐鳥を可能な限り一緒にいさせるようにしているし、バイタルの状態も逐一モニターして何かあれば佐鳥に対応させていた。何が引き金(トリガー)となるか、未だ分かっていないのは確かだ」

 

 だが、と鬼怒田は続ける。

 

「逆に言えば、最初に挙げた行動はほぼ確実にその引き金を引くという結果は分かっておる。念押しするが、絶対にやるなよ」

「了解しました。わたしとしても、彼女をあんな状態にしたくないのは同じですので」

「ふん、分かっておるなら良い。お前さんが利口で助かったよ」

 

 やれやれ、と敢えて悪ぶる鬼怒田であるが、その言葉の端々には樹里を心配する様子が見て取れた。

 

 悪人顔で言葉も悪いが、彼もまた彼なりに樹里を案じているのだな、と分かったのは朗報と言えるだろう。

 

 心情的にあまり頼り切りになりたくない佐鳥以外に、明確な()()と言える存在が出来たのは僥倖である。

 

 この感触ならば、いざという時は力になってくれるだろう。

 

 勿論、()()()()()()など起こらない方が良いのは確かだ。

 

 けれど。

 

(でも、この世界はそう簡単に幸せを享受させてはくれないもの。万が一の備えは、しておかなきゃいけない)

 

 ────────彼女なりに平穏に過ごしていた日常を、たった一日で完膚なきまでに破壊された四年前のあの日の事は未だに覚えている。

 

 あの経験によって、華は世界は自分が思っているよりも残酷に出来ている事を知った。

 

 表面上は平気な風を装っていたが、肉親を事実上見捨てておいて平然としていられる程彼女は人でなしではない。

 

 それでも弱音を吐かなかったのは、自分に多大な恩義と負い目を感じている香取を精神的に追い詰めない為だ。

 

 自分が沈んでいては、香取は両親の代わりに自分を助けた事で華の肉親を奪った負い目を強く感じてしまう。

 

 だからこそ華は表面上は気丈に振舞ったのであり、恐らくそれはあの察しの良い幼馴染にはバレている。

 

 それでいて尚、変わらず親友として寄り添っていてくれているのだから香取には頭が上がらない。

 

 あの時は大切な幼馴染の行方をも分からなくなっていた状態だったので、猶更だ。

 

 故にこそ、一年前に髪の色も片目の色も変わり果てながらも帰って来た幼馴染を二度と失いたくはないと思っている。

 

 その為であれば、どんな事でもやってやる所存だ。

 

「鬼怒田開発室長、一つだけ聞かせて下さい」

「なんだ、言ってみろ」

「────────樹里のあれは、近界(ネイバーフット)()()が関わっている。わたしはそう見ていますが、どうですか?」

「…………!」

 

 華の言葉に、鬼怒田は眼を見開いた。

 

 慌てて取り繕ったようだが、今の反応は間違いない。

 

 自分の推察は、()()()()()()()

 

 華は、そう確信した。

 

「…………ありがとうございます。これ以上は、お答えしてくれないのですよね?」

「…………すまんな。わしからは、現時点では何も言えん。自分の不甲斐なさを悔いる所存だ」

 

 ボーダーの幹部相手にカマをかけるという挑発的な行動を以て突貫した成果は、鬼怒田のこの返答にこそ現れていると言えるだろう。

 

 これで、ハッキリした。

 

 樹里の異変には、確実に近界(ネイバーフット)が────────────────否。

 

 ()()()()、関わっている。

 

 そして上層部を始めとした彼女の()()を知る面々はそれを何とかしたくても出来ない状況にあり、尚且つその解決法を手探りで模索している状態にある。

 

 そう考えれば、全ての辻褄が合うのだ。

 

 樹里のこれまでの経緯を鑑みて華の脳内には()()()()()も浮かんではいるが、それについては敢えて考えない事にする。

 

 何せ、確証は何もないのだ。

 

 妙な勘繰りは、先入観を生んでしまう。

 

 何より、この推察は華にとって最も()()()()()()()()()代物でもある。

 

 しかしその可能性が低いとは言えない以上、無視は出来ない。

 

 だからこそ今後近界について何か情報を得る機会があれば、積極的に手を伸ばしていこうと決意した華であった。

 

 

 

 

「────────というワケで、樹里のあの異変には近界の()()が関わっている可能性が高いの。だから、何が何でもあの近界民の捕虜から情報を得ておきたかったのよ。独断専行みたいな形になったのは、謝るわ」

「…………」

 

 華の説明を聞き、若村と三浦は面食らい香取は押し黙っている。

 

 当然だろう。

 

 香取には樹里に関する()()()だけは事前に説明していたが、その()の考察については一切話をしていなかった。

 

 確証がなかったという事もあるが、何より話を聞いた香取が上層部で単身で突撃する事態を危惧したのだ。

 

 香取は、情に厚い少女である。

 

 幼馴染の身に無視出来ない危機の可能性があり、尚且つその秘密を上層部が握っていると知れば後先を考えずに突貫するケースは十二分に考えられる。

 

 というか、早期に話をした場合十中八九そうなると華は見ていた。

 

 だからこそ、香取の眼から見ても()()()()()()()()()()()()()()()事が瞭然な状況になってから話をしたかったのだ。

 

 香取は感情的ではあるが、聡い少女でもある。

 

 今の状態で上層部に喧嘩を売れば今回の契約自体がなかった事になる危険性には、とうに思い至っているだろう。

 

 感情が許さずとも、彼女の理性は幼馴染を救う道を自ら閉ざすような真似をする事を許容しない。

 

 だからこそ、恨みがましい目でこちらを睨むに留めているのだろう。

 

 そんな幼馴染に対する完璧な理解から華が動いていた事は、既に承知していたであろうから。

 

「え、えっと、華。それ、オレ達に喋っちゃって良かったの? オレ達────────」

「これまでの経緯を鑑みると、高確率で部隊全員を面倒事に巻き込んでしまう可能性が高いわ。だから、言ったの。迷惑をかけるけど、ごめんなさいって事で」

「あ、いや、別にそれはいいんですけど守秘義務とかは────────」

「問題ないわ。鬼怒田さんから、部隊内であればこのくらいは共有しても良いって許可は貰ってるもの」

 

 それに、と華は続ける。

 

「協力するかどうかは、貴方達次第だもの。ちゃんと説明しないと、フェアじゃないわ」

 

 ────────半ば本気で、彼女はそれを告げていた。

 

 これはあくまでも、自分達三人の抱える問題。

 

 本来ならば、若村や三浦が関わる筋合いはないのだと。

 

 そう思っていたからこその、情報開示。

 

 協力してくれるのであればありがたいが、そうでなくとも恨みはしない。

 

 これは、そういう宣誓だった。

 

 勿論、助けてくれるのならそれに越した事はない。

 

 しかし、どれだけの面倒事かを明確に自覚している以上、無理強いは出来ない。

 

 それが、思慮深くも心優しい少女の判断だった。

 

「いや、オレ達で力になれるならなりたいですけど、オレ程度で役に立つのか────────」

「あん? 変な事言ってんじゃないわよ麓郎。アンタ等の助けがなきゃ、樹里を助けられないでしょうが。最初から、拒否権なんかないわよ」

「葉子…………?」

 

 ────────だが、そんな空気にバッサリと斬り込んで来たのは誰あろう香取だった。

 

 香取はがしりと若村と三浦の肩を掴み、引き寄せる。

 

 少女の柔らかい肢体に不意打ちで密着された男性陣二人は眼を白黒させるが、知った事ではないとばかりに香取は畳みかける。

 

「あのね、部隊全員で協力しなきゃ勝てる試合も勝てないって事はもう身に染みたでしょうが。それに、今更仲間外れとかダサいじゃない。やるなら()()()でって、そう決めたばかりでしょうが」

「でも、葉子。これは────────」

「でもも何も無いわよ。幼馴染(かぞく)の問題に仲間(みうち)を巻き込んで、何が悪いの? 戦力は多い方がいいし、いざという時部隊規模で動けた方が色々好都合じゃない。言っておくけどあんな情報(コト)を黙っていた以上、反論は認めないからね」

 

 ふん、と胸を逸らして香取は堂々と告げる。

 

 思うところはある、苛立たしい事もある。

 

 だが、彼女にとって香取隊はその()()が大切な仲間だ。

 

 故に何かをやるなら全員で、と当然のよう思っているし身内(なかま)同士で助け合うのも当たり前だと思っている。

 

 感情より理屈を優先してしまう華には出来ない、彼女らしい決意表明(発破)であった。

 

「…………そうだね。華や葉子ちゃんが困ってるなら、力になるよ。オレ達、皆でね」

「そうだな。オレも異論はありません。何かあれば、出来る限り力になりますよ」

「当然でしょ。その時は精々コキ使ってやるから、頑張りなさいよね」

 

 お前なぁ、と香取の横柄な物言いに呆れる若村と、まあまあ、と宥める三浦。

 

 そんな光景を眩しそうに見ながら、華は大きく息を吐いた。

 

 どうやら、この幼馴染にはいつまで経っても敵わないらしい。

 

 そう改めて認識して、何処か肩の荷が下りた気分だった。

 

「じゃあ、この話は一旦お終いでいいわね。まずは、目先の問題を片付けないといけないし」

「そうね。三雲のあの澄ましたツラは、一回凹ませないと気が済まないわ。日もないし、さっさと作戦会議を始めるわよ」

 

 少女達は、少年達と共に談笑し合う。

 

 姦しくも微笑ましいその光景の中には、大切な人を救うという確かな決意が根付いていた。

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