香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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玉狛第二①

 

 

「やりやがったわねアイツ…………ッ!!!」

 

 香取は目の前に広がる白一色の世界を見上げ、盛大に舌打ちした。

 

 分かってはいたつもりだった。

 

 MAP情報を共有している以上、契約内容に含まれていない天候設定で勝負を仕掛けて来る事()()は。

 

 しかし、選んだ天候は彼女の想像を超えていた。

 

 暴風雨くらいの悪天候はやって来るだろう、と考えてはいた。

 

 だが、これは流石に想定外に過ぎる。

 

 天候、猛吹雪。

 

 設定上存在してはいるが、まず選ばれる事のないタイプの天候である。

 

 その理由は、その()()()()()にある。

 

 たとえば同じ悪天候でも暴風であれば、()()()()視界を制限して狙撃手を動かし難くした上で攻撃手の距離に持ち込んで戦う、といった戦術が取れる。

 

 されど、この天候は別だ。

 

 何せ、視界が()()利かないのだ。

 

 見えるのは精々周囲の建物のシルエットくらいで、その詳細は余程近付かない限り見通せない。

 

 うず高く積もった雪によって道も道として機能していない場合が多く、機動力もかなり削がれる。

 

 加えてトリオン体は寒さを感じないとはいえ、純白の遮光カーテンと化した猛吹雪は白い闇(ホワイトアウト)の名に相応しい暗闇をフィールドに齎している。

 

 人は、暗闇では暗鬱な気分になり易く少しの物音にも過敏に反応するようになる。

 

 故にその視覚効果から来る精神的な負荷は間違いなく存在し、見えない負債(デバフ)として隊員に襲い掛かるのだ。

 

 視界が制限されるというのは想像以上に人にストレスを齎し、それがミスの誘発に繋がるケースなど山ほどある。

 

 そういった理由もあり、この天候を選んでしまうとその試合はとんでもない泥試合になり易い。

 

 全員が闇雲に動き回った結果、遭遇戦が起こるまで延々とぐだつく、といった事も普通に起こり得るのだ。

 

 以前にB級下位のランク戦でこの天候が選ばれた際には、MAPが摩天楼という広大な地形だった事もあり、制限時間が訪れるまで殆ど戦闘が発生しなかったというあんまりな結果に終わった事すらある。

 

 そのケースは一般的にクソMAP扱いされ易い摩天楼との組み合わせだった事もあるだろうが、それでもこの天候が戦術に活かし難いというのは変わらない。

 

 敵に制限をかけるのもいいが、自分もその制限から抜け出す事が困難極まりないという地形だけに、B級中位以上でこの天候が選ばれたケースは殆ど無いと言っても良いのである。

 

『これは、流石に予想外だね。最初から、三雲くんは共闘をする気はなかったみたい』

 

 華も通信先から聞こえる声の調子で、驚いているのが分かる。

 

 頭脳明晰な華とて、修がこんな奇策を打って来るとは考慮の外だったのだ。

 

 精々暴風雨くらいの想定でいただけに、その衝撃は大きい。

 

 何よりも、問題なのは。

 

『葉子、()()どう思う?』

「間違いなく、なんかあんでしょ。アイツに限って、考え無しってワケは無いと思うわ」

『そうよね。残念だけど、わたしも同意見よ』

 

 ────────修が何の思惑もなく、こんな天候を選んで来る筈がないという点であった。

 

 これが他の人間であれば奇を衒い過ぎて選択を誤ったとも取れるだろうが、大規模侵攻や直接の交渉で修の為人を知った香取と華の二人はそれは有り得ないと断ずる。

 

 確実に、何かしらの策を仕掛けて来ている。

 

 そういう負の信頼が、修にはあるのだ。

 

 となれば、こちらも考え無しに動くワケにはいかない。

 

 修の仕掛けを警戒しつつ、慎重に動かなければならないだろう。

 

『一応、MAP情報は事前に調べ上げてるから、こっちでナビゲートは出来るわ。唯一、弓場隊に有利を取れる所でもあるから活用しない手はないわね』

「ええ、頼むわ華。じゃあ、どう動く?」

『取り敢えず、玉狛に時間を与えるワケにはいかないわ。まずは、三雲くんを探しましょう。どちらにせよ、彼を排除する事が最優先事項なのは間違いないと思う』

 

 

 

 

「ひゃー、猛吹雪かぁ。こりゃまたえっぐい天候選んで来たなー」

「そう来たか。流石オッサム、中々通な選び方をするね」

 

 解説席で王子はそう言って、うんうんと頷く。

 

 その眼は明らかに輝いており、修の戦術に対する期待の程が見て取れる。

 

 このクソMAPならぬクソ天候を前にしてもこれなあたり、矢張り王子は王子であった。

 

「しかし、猛吹雪か。かかる制限が強過ぎて碌に選ばれる事のない天候だが、これをどう活かすつもりなんだ?」

「その前に、一応この天候の説明をしといた方が良いんじゃないかな。多分、初めて見る人が大半だろうしね」

「そうだな。じゃあ、簡単に説明するか」

 

 王子の指摘を受け、コホン、と蔵内は咳ばらいをしつつ天候の説明を始めた。

 

「この猛吹雪は見ての通り、MAP全域を一寸先も見えない吹雪が覆い尽くす天候だ。当然視界は殆ど利かないし、雪で足場も悪くなってるから機動力も大きく削がれる。下手をすると不意の遭遇戦が起こるまで何も起きないという事もザラだから、あまり人気のない────────────────どころか、まず選ばれる事のない天候だな」

「クラウチの言う通り、この猛吹雪はとにかく隊員にかかる制限が多過ぎる天候でね。まともに前も見えないし、もしも摩天楼のような広大なMAPと組み合わされていれば碌な戦闘も起こらない事すらあるからね。そういう意味で、不人気ぶっちぎり一位な天候と言える」

「同じような天候で砂嵐もあるが、あれは特定のMAPでしか適用出来ない特殊な天候だからな。そういう意味で、その順位付けは間違ってはいないだろう」

 

 ちなみに今説明のあった砂嵐は、渓谷地帯*1等の一部のMAPでしか適用出来ない特殊な天候である。

 

 こちらも文字通り砂嵐でフィールド全体を覆い尽くし、碌な視界すら確保出来ない天候となる。

 

 しかしその適用出来るMAPというのが隠れる場所すら碌にない渓谷地帯等の特殊に過ぎるMAPのみである為、猛吹雪と異なり目にする機会さえまず無いレア天候なのだ。

 

 それと比べるとどのMAPでも適応可能な猛吹雪の方が知名度では上であり、王子の言は間違っていないと言える。

 

「というワケで、活かすのが難しいからまず選ばれる事のないMAP、と覚えておけば良いと思う。視界がほぼゼロに等しいから、動くのも一苦労だしな」

「でも、逆に言えばそれだけの負荷を確実に相手にかけられるという事でもある。オッサムがそれをどう利用して来るか、見ものだね」

 

 そんな活用が困難な天候を巧く扱えるかではなく()()活かすかを論じているあたり、王子の修に対する信頼が見て取れる。

 

 色々言ってはいるが、王子は修がこの天候を戦術に問題なく活かせると確信しているのだろう。

 

 これは師匠故の贔屓目ではなく、()()()()()という王子の確かな審美眼に依るものだ。

 

 それは蔵内も同意見らしく、何も言わない。

 

 修なら間違いなくこの天候を利用出来ると、共に信じているが故に。

 

「この天候は、流石に厳しかったみたいだね。弓場隊は、やっぱり戸惑って────────────────へぇ」

 

 

 

 

「────────」

 

 弓場は路地の上に立ち、()()()()()()()()()()眼前を睨みつけている。

 

 現在、この戦場でバッグワームを脱いでいるのは彼だけだ。

 

 故に他チームのレーダーには、間違いなくその反応が映し出されている。

 

 猛吹雪の中、雪上に仁王立ちする弓場拓磨の姿が。

 

 来るなら来いとばかりにサングラスをギラつかせる弓場は、鋭い眼光で吹雪の先を睨み続けていた。

 

 

 

 

「仁王立ちかぁ。やる事カッケェな」

「大胆な戦法を選んだね、弓場さん。でも、あながち間違いとも言えないか」

 

 その様子を映像で見た王子達は、興味深そうに頷いていた。

 

 現在、バッグワームを脱いでいるのは弓場のみ。

 

 他は全員がバッグワームを纏っており、レーダーには映っていない。

 

 この実況席から見えるスクリーンには観戦の為に全員の位置と映像が映し出されているが、試合中の彼等にはレーダーにポツンと弓場の反応のみが映っている状態だろう。

 

 どちらにせよ、弓場の行動が奇異に映るのは仕方がない。

 

 現に弓場の行動に対し、会場がざわめいているのが見て取れた。

 

 これは説明が必要だなと判断し、王子は口を開く。

 

「この天候だと、不意の遭遇戦ですら場合によってはかなり起こり難い。加えて弓場隊はMAP選択権を持ったチームじゃないから、この市街地Aの地形情報も充分に揃えているとは言えない筈だ。自分が決めた側だから地形情報を頭に叩き込んで行動出来る、玉狛第二と違ってね」

 

 王子の言う通り、この猛吹雪の中では遭遇戦すら運任せとなり場合によっては延々と戦闘のない時間が続く事すら有り得る。

 

 だが玉狛第二はMAPを選んだ側としてこの戦場の地形情報は既に頭に叩き込んでいる筈であり、オペレートで現在地を正確に把握しながら動く事すら可能だろう。

 

 一方MAP選択権を持っていなかった弓場隊に当然そんな備えはなく、ほぼ行き当たりばったりで動くしかない状況にある。

 

 それでもこの天候では動き難い事はどちらにとっても変わりはないが、弓場隊がより制限が多い事は事実であった。

 

「だから、敢えて自分から姿を晒して戦闘を誘発しようってハラだろうね。これで玉狛にせよ香取隊にせよ、位置が割れた弓場さんを狙いに行くという選択肢が生まれたワケだ。勿論、乗るかどうかは向こう次第ではあるけれど」

「それでも、闇雲に動き回るよりはこちらの方が手っ取り早いと踏んだんだろう。或いは、玉狛に時間を与える事を嫌ったのかもしれない」

「それもあるだろうね。玉狛に時間を与えすぎて敗北した柿崎隊や鈴鳴の事もあるし、それなり以上に警戒をしていてもおかしくはないな」

 

 だからこそ弓場は自らを囮として姿を晒し、二部隊に向かって挑戦状を叩き着けたのだ。

 

 来るなら来いと、バッグワームを脱ぎ捨てて。

 

 弓場は、この状況に一石を投じる事にしたのである。

 

「この誘いに乗るかどうかで、今後の戦局は変わって来そうだね。()()()が乗るかでも、色々と違いはあるだろうからね」

 

 

 

 

『一人、バッグワームを脱いだみたいだな。誰だと思う?』

「多分、弓場さんじゃないかな。香取隊はこの状況下で姿を晒して来るとは思えないし、消去法で考えればそれが一番可能性が高いと思う。空閑はどうだ?」

『同意見だな。一人で姿を晒したって事は腕に覚えがあるって言ってるのと同じだし、その条件ならゆばさんしかいないと思う』

 

 その情報は、当然修達にも伝わっていた。

 

 勿論レーダーに反応があったのが誰かまでは、修には分からない。

 

 しかしあの会談の反応を見た限りでは香取隊がこんな選択をして来るとはどうしても思えず、消去法で弓場であると特定したのだ。

 

 自ら姿を晒すという事は、奇襲を受けても迎え撃てるという確固たる自信があるという事に他ならない。

 

 故にエース級である事は確定し、香取でないならば弓場でしか有り得ない。

 

 樹里もエースであり自信も持っているだろうが、彼女は狙撃手だ。

 

 姿が隠すのが基本だし、このように自ら居場所を喧伝する事は有り得ない。

 

 香取も会談時の警戒具合からしてこのような行動を取るようには思えず、消去法で弓場で確定というワケだ。

 

『で、どうする? 仕掛けるか?』

「いや、()()早い。千佳、そっちはどうだ?」

『う、うん。言われた通りにしてるよ。取り敢えずは、一個』

「分かった。そのまま続けてくれ」

 

 修は千佳からの返事を受け、頷き思案する。

 

 現状、弓場の行動自体は予想外だが想定外というワケでもない。

 

 此処で誘いに乗ってリスクを冒すよりは、作戦を進める事の方が肝要であると彼は考えた。

 

「やっぱり、予定通りに行こう。準備が終わり次第、仕掛けるぞ」

『了解』

 

 

 

 

「これ、どう考えても弓場さんよね。どうする?」

『…………位置は、葉子が一番近いか』

 

 香取は弓場の位置が知れた事で、どう動くべきかを華に尋ねた。

 

 流石に、これが誘いである事は分かっている。

 

『迷いどころね。リスクは高いけど、今動けば先んじて点を取る機会が生まれるし。巧くいけば、だけど』

 

 しかし、同時に玉狛に先んじて弓場を仕留めるチャンスでもあった。

 

 恐らく、玉狛はこの天候を用いた()()を狙っている。

 

 そしてそれは恐らく、相応に時間がかかるものなのだろう。

 

 ならばその前に弓場隊を攻め、点を取る事を狙うのも一つの手だ。

 

 問題は、弓場はそう簡単に落とせる相手ではないという事である。

 

 エースの看板は伊達ではなく、攻撃手キラーの異名を持つその早撃ち二丁拳銃の脅威は香取も充分に知っている。

 

 幾ら視界が利かず接近がし易いとはいえ、仕掛ける事自体にリスクがあるのは言うまでも無いだろう。

 

 だが、手を拱いていれば玉狛の仕込みが進んでしまう。

 

 それを考えれば、これを放置するのもまた悪手と言えた。

 

「────────じゃあ、こういうのはどう? 今から────────」

 

 

 

 

「外岡ァ、そっちから何か見えるか?」

『いえ、残念ながら何も見えません。とは言っても、吹雪で何も見えないんで何処まで信頼出来る情報かは分かりませんが』

「構わねェよ。どうせ、条件はどっちも同じだ。確かに(キチ)ィ天候だが、少なくとも目の前に来た奴さんの事くらいは見えるだろうからなァ。少しでも分かれば儲けモン、くらいに考えとけ」

『了解っす。警戒を続けます』

 

 弓場は外岡と連絡を取り、ふぅ、と息を吐いた。

 

 その眼光は吹雪の奥の暗闇を鋭く射抜いており、いつ攻撃が来ても対応出来るように備えている。

 

 自ら姿を晒すのはリスキーに過ぎるが、玉狛に時間を与え過ぎても良い事など何も無い事はROUND2の柿崎隊や鈴鳴が証明している。

 

 ならば先にこちらが香取隊とぶつかり、玉狛を誘い出すくらいしなければまともな試合になるかどうかすら怪しいところだ。

 

 故に、弓場は自ら囮になる事を買って出た。

 

 弓場が前に出れば、香取や遊真クラスの駒を釣れる事は充分に考えられたからだ。

 

 それだけの価値のある駒だと自負はしているし、此処で他の二部隊が手を拱くようであれば気まずい想いを呑み込みつつも次の手を考えるだけだ。

 

『弓場さん、上…………ッ!!』

「あァ…………ッ!?」

 

 ────────だが。

 

 その想定を。

 

 彼女達は、軽々と上回って来た。

 

 猛吹雪の中、空が異様に明るくなるのが視認出来る。

 

 否。

 

 明るいのは、空から何かが()()()()()いるからだ。

 

()()か…………ッ!」

 

 その正体を察知し、弓場は舌打ちする。

 

 誘導炸裂弾(サラマンダー)

 

 それが、彼に向けて降り注ぐ流星の名であった。

*1
前作を参照。要するにグランドキャニオンみたいな地形のMAP

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