「…………チィ」
大爆発が収まった後、その爆心地の一角から光の柱が立ち上る。
それと同時に仲間の反応が一つ消えた事を察知した弓場は、今緊急脱出したのが外岡であると理解し固定シールドを解除しつつ舌打ちした。
弓場自身は、無事だ。
外岡の叫びに反応して咄嗟に固定シールドを張るのが間に合った事で、何とか爆破の被害を免れる事が出来た。
如何に見た目が派手でも、その実態はあくまでも
メテオラは効果範囲の規模は大きいが、反面シールドの突破力には乏しい弾である。
それ故にシールドを広げれば基本的に防ぐ事が出来、固定シールドであれば尚盤石だ。
弓場が固定シールドを選択したのは、万が一起爆の瞬間に攻撃を受けて広げたシールドを割られる事を危惧したからである。
メテオラはアステロイドやイーグレット等のシールド貫通力に特化したトリガーとは異なり効果範囲の広さで相手を巻き込む事を念頭に置いたものである為、360度をシールドで囲ってしまえばどうとでもなる。
しかしシールドは広げれば広げるだけ強度が落ちるので、一点突破の攻撃には脆くなる。
だからこそその瞬間を狙うのは戦術のセオリーとして一般的なものであり、弓場は咄嗟の判断として固定シールドを選択したのだ。
加えて千佳のトリオンを思えば足場ごと粉砕される可能性もあった為、本当の意味で360度全てを完全にカバー出来て尚且つそれなりの強度がある固定シールドを選んだワケだ。
外岡の警告がなければ、流石に反応が遅れてやられていただろう。
だが、とうの外岡は間に合わなかった。
明暗を分けたのは、
外岡は狙撃を行っていたので、当然ながらバッグワームを纏っていた。
つまりあの瞬間、彼はイーグレットとバッグワームで
そして、外岡が異変に気付いたのはまさしく狙撃銃の引き金を引いた
しかも着弾寸前の状況だった為に、そこからシールドを張る為にはイーグレットかバッグワームのどちらかを解除する必要があった。
この動作はさして時間がかからず行えるものではあるが、タイムラグはゼロではない。
そしてそのコンマ数秒の差が、彼の脱落を決定付けたのである。
一方、弓場は遊真との鍔迫り合いの最中だった事もあり、奇襲に備えて片腕は常に空けていた。
彼は外岡とは違い、いつ攻撃が来ても即応出来るよう備えていたのだ。
その為に外岡の警告にいち早く反応する事が出来、結果として命拾いしたのである。
弓場は自分の失態を理解し、拳を握り締める。
そして、吹雪の向こうに姿を消した
(やってくれたなァ、玉狛ァ! 俺とした事が、まんまと引っかかっちまったぜ。まさか、
「外岡が狙撃したが、その先にあったのは巨大なメテオラ! 外岡は起爆に巻き込まれて、
「成る程。やってくれたね、オッサム」
その光景は、当然実況席からも見えていた。
あまりにもあんまりな規模の大爆発を目撃した観衆は揃って目を剥いており、流石の王子も多少の動揺が見える。
光はうひゃー、と言いながら大袈裟に驚いており、こっちは平常運転である。
「傍目から見るとトノくんが誰もいない場所に狙撃してメテオラを起爆させたようにも見えるし、一応解説しておこうか。まず、オッサムはあの場所に置き弾を設置しておいて弓場さんが来ると同時にそれを撃った。これはいいよね?」
「ああ、そしてとうの本人はその場から離れて空閑に抱えられた状態で全速力で退避していたな。あの時は弓場さんから距離を取る為と思っていたが、まさか爆発の効果範囲から逃れる為だったとはな」
そう、あの時修が撃ったと思われる弾は撃ったのは彼で間違いはないが、何もあの場から撃ったワケではない。
予めあの場所に置き弾を設置し、弓場が来たと同時にタイミングを見計らって発射したのだ。
相手に当たるかどうかは、この場合は関係ない。
重要なのは、弓場に
そして実際、弓場は弾を撃って来た事で修がその場にいると認識し外岡に狙撃指示を出している。
彼の、思惑通りに。
「これによって弓場さんはオッサムがそこにいると認識して、トノくんに狙撃指示を出した。その行動を決定づけたもう一つの要因が、人形を使った
「店頭に置いてあった人形型の看板を運んでそれに店の中から持って来たカーテンを被せた時は何かとも思ったが、まさかあんな真似をする為だったとはな。芸が込んでいる」
「ああ、手間暇を惜しまない所が好感が持てるね。彼は弓場隊を嵌める為に、与えられた時間を存分に使って罠を仕込んだ。今回はそれが、見事に炸裂したワケだ。文字通りにね」
そして、看板人形とカーテンを利用した身代わりを作り、それを修と誤認させる事で狙撃を敢行させ置きメテオラの起爆を狙ったのだ。
現在、市街地Aは猛吹雪によって視界はゼロに等しい。
視覚情報から読み取れるのは基本的に構造物や人影のシルエットのみで、相当注視しなければその詳細までは分からない。
実際置きメテオラは弓場隊には建物と認識されていたし、カーテンをかけられた人形はバッグワームをはためかせた修であると錯覚させられていた。
まさか建造物と誤認するレベルの大きさの置きメテオラがあるなどとは、流石に予想しろという方が無理だろう。
修はこの猛吹雪という悪天候を最大限利用し、千佳のメテオラという最大の爆弾を計画通りに起爆させる事に成功したというワケだ。
(アマトリチャーナは、
当然ながら、あの馬鹿げた規模の爆発を起こしたメテオラは千佳が設置したものだ。
今回起爆したメテオラは、試合開始して暫くしてから彼女が設置したものである。
とうの千佳本人は既にあの場からは離れており、今は
あれだけの規模の爆発を起こせるのだから直撃爆撃した方が早いのは事実であり、彼女が人を撃てないという推定情報は確定情報として扱っても良いだろう。
だが、だからこそ修はその推論を利用した。
(多分、弓場隊もアマトリチャーナの件には気付いていた筈だ。狙撃手のトノくんがいるし、ROUND2を見てアマトリチャーナの行動の違和感には気付いていただろうからね。だからきっと、その前提でこの試合には臨んだ筈だ)
でも、と王子は思案する。
(それこそが、オッサムの罠だった。アマトリチャーナは
この戦術のいやらしい所は、相手の読みの優秀さを利用した点である。
本来であれば、千佳が人を撃てないというのは露見すれば致命的と言える情報だ。
何せ、あれだけのトリオンを持っていながら直接の脅威にならないに等しいのである。
幾ら強力なトリオンを備えていようが、それが直接人に向けられる事がないのであれば千佳は浮いた駒と同じだ。
対樹里のように爆撃の脅威に怯える必要はないし、防御不可のアイビスや反応不可のライトニングに警戒する必要はない。
しかも撃った時の光景が派手過ぎるので、すぐに居場所が露見する。
直接狙われる事のない狙撃手など、位置が割れればただのカモだ。
故に彼女が人が撃てないと判明した時点で、この試合の玉狛の不利は決定づけられていた筈だった。
しかし、それこそが罠。
修はその認識を逆に利用し、まんまと弓場隊を罠にかけたのである。
自らの弱点を、戦術に利用する。
自身の実力の低さすら作戦に活用する、修らしい悪辣な戦術と言えた。
(この悪天候は最初から、アマトリチャーナの
王子でさえどう利用するか判断がつかなかった猛吹雪というピーキーに過ぎる天候設定であるが、まさかこうした形で利用して来るなどとは思いもしなかった。
今回修が用いた戦術には、致命的な欠点がある。
それは、千佳のメテオラは
小さな小屋程もある彼女のトリオンキューブは、普通のMAPでは置いただけでも遠方から視認出来る程巨大なのだ。
射撃トリガーのトリオンキューブは持ち主のトリオンに応じて自動的に大きさが決定される為、展開時のサイズを自分で調整する事が出来ない。
分割すれば当然小さくなるが、そうすれば当然一発一発の威力は低くなるし、そもそも展開時は一個のトリオンキューブの状態で出て来るので、周囲からは丸見えだ。
大きな建物の内部でもなければ、バッグワームを纏っていたとしても視覚情報から一発でその存在が露見してしまう事だろう。
故に千佳の置きメテオラを罠として利用するなど、相当有利な条件が揃わなければ不可能である筈だった。
だがそれを、修は猛吹雪という悪天候で解決した。
この猛吹雪の環境下であれば千佳が
通常の置きメテオラであれば片手で持てる段ボール程度のサイズが精々なので流石にそうはならないが、千佳のトリオンキューブの巨大さをこういう形で逆利用するあたり修の強かさが伺える。
自部隊の弱点を、作戦に最大限に活用する。
その手腕を、大きく王子は評価していた。
(懸念があるとすれば、アマトリチャーナの精神状態かな。例の彼女のように撃った後吐くようなタイプの性格なら問題になるけど、ぼくの予想が正しければ────────)
「千佳、大丈夫か?」
『う、うん。大丈夫だよ。
修は通信で、千佳の精神状態を確認していた。
通信先の千佳の声は多少震えているようには聞こえるが、それでも無理をしているようには思えない。
これでも彼女との付き合いは長いので、ある程度は精神状態を推察出来る。
あくまでもある程度であり完璧ではないが、今回の事に関しては事前確認を取ってあるので理論上は大丈夫な筈である。
以前、ROUND2の総評終了後に修は千佳に「お前のメテオラを他人が起爆させて相手を倒す事になっても、大丈夫か?」と聞いていた。
千佳が人を撃てない事は以前に本人のカミングアウトで知っていたが、彼女にとって
基本的に修は千佳に甘く、彼女に無理はさせようとしない傾向がある。
しかし、守られるだけで終わった大規模侵攻中に修があろう事か戦闘中であるにも関わらずトリガー解除をするという暴挙の中の暴挙を敢行した事で彼女も思うところがあったのだろう。
人伝に聞いたのであればともかく、彼女は眼の前でその光景を目撃している。
そのあたりも、彼女の心象が変わった原因であろう。
ランク戦に参加するにあたり彼女は、「わたしに出来る事は何でもやってみる」と言い切っている。
その時の覚悟を決めた千佳の瞳を見た修は、なるべく彼女の意思を尊重して出来る事を色々やらせていく方向性に舵を切ったのだ。
王子の指導の中には、心理的なものや部下の育成論じみたものも含まれていた。
その中で王子は「優しくするだけでは人は成長出来ない」「相手の意思を汲み取る事も大事だよ。それが前向きなものなら猶更ね」等と、色々と修にアドバイスを行っていた。
そういった王子の教導も、修が千佳の意思を尊重して様々な事を試す契機となっていた。
それは千佳をとにかく
麟児に彼女を任されたという自負がある為に過保護気味になっていたのだが、王子の言葉でそれだけでは駄目なのだと理解したのだ。
誰に強制される事なく、千佳が自分から言い出したのも理由としては大きかったかもしれない。
千佳が人を撃てない事は、遅かれ早かれ露見するものだと覚悟していた。
ROUND2でそうであったように直接狙えば良いのにそうしない違和感は見る人が見れば分かるし、特に王子のように修の事を良く知る相手には一発で分かるだろう。
だからこそ、そうなった時に千佳をどう活用するかを考える必要があった。
千佳は自分が役に立っていないと考えると、塞ぎ込んで無理をしてしまう傾向にある。
過去に自身の所為で友達と兄を失ったと考えている彼女にとって、
こんな自分でも役に立てる、居ても良いんだと思える成果を、彼女は欲している。
しかし、だからといって彼女に無理やり人を撃たせるのは現時点では現実的ではないと修は考えていた。
千佳が自分から「人を撃つ」と言ったのであればともかく、今の千佳は「やれる事はやる」と言っただけだ。
それ故に修は千佳に直接人を撃たせず彼女の高いトリオンをどう活用するかを考えた結果、今回の作戦の考案に行き付いたのである。
千佳は直接人を撃つ事は出来ないが、彼女の設置したものを第三者が起爆させた場合はどうか。
今回はその実験でもあったワケだが、この分であれば問題はなさそうだ。
以前玉狛の訓練室で実際に彼女にメテオラを出して貰い、それを遊真がスコーピオンで小突いて起爆させる実験の時は、自身のメテオラの威力を軽視して多少離れた程度で満足した結果彼女自身も爆発に巻き込まれるというオチは付いたが、その微笑ましいとも言えるミスの所為か多少動揺はしていたが明確な体調不良等は見られなかった。
ちなみに修ではなく遊真が実行したのは同じく大規模侵攻の時の
あの時修が死ぬかもしれないという事に内心恐怖していたのは遊真も同じであり、彼の場合は何が何でも修の生命だけは死守するという覚悟を以て共に戦っていた為千佳よりは立場的にマシではある。
しかしギリギリまで修がトリガーを換装し直さなかった事に対しては本気で肝が冷える想いをしており、見ているだけしか出来なかった千佳の心情もある程度は推察していた。
修は千佳に対する付き合いは長いが、こういった事に対する配慮に関してはそこまで気が利く方ではない。
なまじ自身が自覚のない鋼鉄の精神の持ち主であるが為に、他人の心の繊細さについての理解が追い付いていないケースが多いのだ。
修自身は自分の事を平凡な大した事のない精神の持ち主だと考えているが、その精神の逸脱性は彼の事を良く知る者からは瞭然だ。
そういう自己認識の低さが共感性の低さに繋がり、彼は人の心、特に虚栄心や恐怖心といった事柄に関して特に理解がない。
彼にとって自分を大きく見せようという虚栄心はリスクを抱えるだけの意味が分からないものとして映り、己の目的を達成出来ない事、即ち親しい人物の安寧と無事が成立出来ない事以外に恐怖心が働かない修にとっては自分の死の危険さえ恐怖の対象には成り得ない。
修の価値観からすれば自身の目的が達成出来ない方が余程恐怖であり、その為なら計画的に己の命を懸ける事に一切の抵抗がない。
そんな彼に対し、自身を失うかもしれなかった時の千佳や遊真の恐怖の事を理解しろと言っても無駄だろう。
理屈としては理解するだろうが、何処まで共感出来るかは不明だ。
そもそも例のトリガー解除事件に関して遊真や鬼怒田といった人物からこっぴどく叱られている修であるが、それに関して彼の自己認識は「ぼくの力が足りなかったから他者に咎められる手段しか選べる手札がなかった」とあくまでも己の力不足による手札の少なさをこそ嘆いており、自身の命を危険に晒した事に関しては一切の後悔がないという有り様だ。
そんな修の精神性の事をいい加減
これに関して千佳は遊真に本気で感謝していたあたり、彼の心配が如何に正鵠を射ていたか分かろうというものだ。
とにかく、そういう経緯もあって修はこの作戦が「実行可能」であるとの判断を下した。
結果としては千佳は試合続行が可能な状態にあり、たった今新しいメテオラを設置したとの報告も受けている。
精神状態が悪化していれば自己
「千佳、次の作戦だけど、いけるか?」
『…………うん。やってみる』
「分かった。けど、無理そうならいつでも言ってくれ。第二プランも用意してあるからな。無理をして後に響く方が、よっぽど問題だぞ」
『ううん、やらせて。多分、大丈夫だから。わたしも、修くん達の役に立ちたいから』
修は
しかし千佳は強い覚悟を込めた声で「やる」と言い張っており、その決意は固そうだ。
「────────分かった。けど、無茶をする必要はないからな。出来る範囲で、頼むぞ」
『分かった。ありがとう、修くん』
「それはこっちの台詞だ。無理するな────────────────いや、
『…………! うん…………!』
千佳の何処か喜色が混じった返答を受け止めつつ、修は行動を開始する。
白色に染めたバッグワームを纏いながら、修は猛吹雪に包まれた街並みの中を駆け出した。