香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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爆撃、迎撃、冷水

 

 

「おいおい、またですかっての…………っ!」

「しかも、見た事ないトリオン兵。マズイかも」

 

 佐鳥と樹里は学校帰りにイルガー出現を目撃し、前者は冷や汗を浮かべ、後者は目を細めてそれを凝視している。

 

 彼等がいる場所は現場からそれなりに離れており、すぐさま急行出来るような位置ではない。

 

 更に、出現したのが未知のトリオン兵というのも問題だ。

 

 トリオン兵は総じて雑魚であるというのがボーダー隊員の認識ではあるが、それはトリオン兵を放置して良いという事とイコールではない。

 

 トリガーを用いるボーダー隊員にとっては雑兵であっても、普通の人間にとっては抵抗手段のない怪物である事に違いはないのだから。

 

 バムスターはただ動くだけで街を破壊するし、モールモッドも閉所で人間を虐殺する事など容易に出来る。

 

 そういう意味で、トリオン兵を放置する事など有り得ない。

 

 此処で問題になるのが、例のトリオン兵が()()()()()()という点だ。

 

 射手や銃手であってもまずはトリオン兵が浮遊している場所が射程に収まるまで近付かねばならず、攻撃手はそれこそ取りつかなければ刃を突き立てる事は出来ない。

 

 飛行能力がある、という事はそれだけで距離的なアドバンテージを確保している事と同義なのだ。

 

 加えて人間の確保、もしくは外敵の排除が目的であるトリオン兵である以上。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()があると考えるのが、自然である。

 

 そして。

 

 その考えは、次の瞬間実証される事になった。

 

 

 

 

「爆撃…………っ!?」

 

 木虎は上空に浮かぶトリオン兵から放たれた攻撃によって街が破壊される光景を見て、目を見開いた。

 

 高高度からのミサイルの如き攻撃により、建物は破壊され粉塵が上がる。

 

 人々は逃げ惑い、市街地はパニックに陥っていた。

 

 それはそうだろう。

 

 昼のイレギュラー門事件では警戒区域外へトリオン兵が出現するという非常事態にはなったが、それらで出現した敵は近くにいた隊員によって概ね被害が出る前に駆除されていた。

 

 だが。

 

 今回は、目に見えて被害の規模が大きい。

 

 一度の爆撃の投下だけで、多くの建物が被害を受けている。

 

 このままでは確実に被害が広がり、犠牲者も相応に出てしまうだろう。

 

 そうなる前に、一刻も早くあのトリオン兵を排除する必要があった。

 

「三雲くん、私はあのトリオン兵を倒しに行くわ。貴方は────────」

「ぼくは街の人達の救助をやるよ。そっちの方が良さそうだしね」

「…………! ええ、任せるわ」

 

 木虎は修の申し出に一瞬驚いた顔をするも、すぐに切り替えてトリオン兵駆除の為に駆け出した。

 

 此処で「一緒に戦う」などと身の程知らずにも言っていたら失望を抱いていたかもしれないが、修はきちんと自分に出来る事を理解して行動を決めた。

 

 その事に密かに修の評価を上げつつ、木虎は先を急ぐ。

 

(市街地にあの巨体を落とすワケにはいかない。河の上に来たところを、橋を伝って跳び乗り撃破する…………! こうなった以上、多少の被害には目を瞑るしかない)

 

 あのトリオン兵を倒すには空へ上がるしか無い以上、その条件を満たせるのは鉄橋のかかった橋のある場所だけだ。

 

 河の上ならば叩き落しても市街地に被害が出る事はなく、最適な戦闘個所と言える。

 

 しかし、当然それまであのトリオン兵の爆撃を見過ごす事になる。

 

 トリオンの低い木虎ではあの砲撃を撃ち落とす事など出来ず、被害は黙認する他ない。

 

 木虎はそういった苦渋の決断を行い、そして。

 

『木虎ちゃん。ちょいと考えがあるんで、聞いて貰えますかね?』

「…………佐鳥先輩…………?」

 

 突然入った佐鳥からの通信に、訝し気な声を上げて。

 

 その内容を聞いて、こくりと頷くのだった。

 

 

 

 

「空閑。お前は木虎に付いて行って欲しい。色々と心配な点があるから、何かあったらフォローしてくれ」

『了解。修も気を付けろよ』

「ああ、分かった」

 

 一方、修は市民の救助に向かいつつ遊真とレプリカの子機を用いて通信を行っていた。

 

 修は木虎の実力を直接目にしたワケではないが、凄まじいスピードでA級への道を駆けあがった彼女の噂は耳にしている。

 

 しかし、未知のトリオン兵という予想外(イレギュラー)がある以上、()()()への対処は必要だ。

 

 そう考えて、彼は遊真に木虎への助力を頼んでいたのである。

 

 遊真は当初の予定と異なりモールモッド戦で手を出さなかった為、木虎の前には姿を現していない。

 

 もしも木虎が修を非難するような動きを見せていれば出て行ったかもしれないが、そういう事もなかった為に徒にボーダー隊員に姿を見せるのはリスクが高いと考えた結果放課後は修と別行動を取っていたのだ。

 

 とはいっても、何かあっても駆けつけられる距離には待機していたのだが。

 

 遊真としても、修を庇うと発言していた木虎への印象は悪くはない。

 

 修当人の頼みという事もあり、特に異論はないようだった。

 

「そういえば、お前はあのトリオン兵について何か情報を持っているんだな? 注意すべき点とかがあったら、教えて欲しい」

『見ての通り、イルガーは飛行能力と爆撃能力を持った広域殲滅用トリオン兵でな。()()()()()()()()()()()()()()()をコンセプトに設計されてるトリオン兵だ。正直、なんでこの世界に送り込んで来たかは分からん』

「…………? どういう事だ」

 

 それはな、と遊真は続ける。

 

『普通、この世界にトリオン兵を送り込む目的ってのは人間の拉致だ。けど、イルガーは普通戦争で敵地を攻め込むとか、そういう攻撃的な理由でしか使われないトリオン兵なんだ。だから、なんでこんな採算度外視の攻撃をしてるかが分かんないんだよ』

「…………そういう事か」

 

 此処まで言われれば、修も理解出来る。

 

 たとえとしては、蜂蜜を取りたいのにその巣ごと爆弾で吹き飛ばしてしまうような真似をしているから意味が分からない、といった感じだ。

 

 鹵獲する人間という標的を、その(まち)ごと破壊しようとしている意義。

 

 確かにこの状況からでは、その理由が不明確に過ぎる。

 

『まあ、それは今考える事じゃないな。それより、イルガーの注意点なら一番デカイのが一つあるんだ』

 

 だが。

 

 それを考える前に。

 

 その説明を聞いて、目を見開いた。

 

『イルガーは、撃破されると()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。仮に倒せても、可能な限り多くの敵兵を巻き込む。それが、あのトリオン兵の一番厄介な所だよ』

 

 

 

 

「…………!」

 

 木虎は橋を駆けあがり、イルガーが近付くのを待っていた。

 

 イルガーは悠々とその巨体を掲げながら市街地の上を飛び、街へ爆撃を放っている。

 

 その、爆撃は。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()により、その多くを撃ち落とされていた。

 

 それを成しているのは、アステロイドとハウンドを繰る樹里である。

 

 先程、佐鳥は木虎にこう告げた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

 そして、その言葉通り樹里は弾幕を用いて爆撃の迎撃を実行。

 

 街への被害を、大幅に減らす事に成功していた。

 

 無論、完全に防げているワケではない。

 

 彼女は射手の経験者ではあるが、その精密性は出水や那須といった者達には及ばない。

 

 樹里の強みはそのトリオン量に任せた力押しであり、精密操作性では天才(へんたい)勢に劣る。

 

 だからこそ、樹里は爆撃の迎撃に対する回答として()()()()()()()戦法を実行した。

 

 極限までキューブを分割し、夥しい数の弾幕を以て力づくで爆撃を阻止する。

 

 そして。

 

 樹里が撃ち漏らした弾幕が、市街地へと落下する。

 

 それを。

 

 佐鳥の狙撃が、撃ち落とす。

 

 イーグレットで射抜かれた弾が、空中で爆散。

 

 落下した弾は地面に到達する事なく、消滅した。

 

(木岐坂先輩が撃ち漏らした弾は、佐鳥先輩が迎撃する。聞いた時は出来るのか不安だったけど、杞憂だったみたいね)

 

 樹里のように数に任せた力押しではなく、落下する弾をピンポイントで狙撃する。

 

 そんな芸当が本当に出来るのか不安に思ってはいたが、どうやら自部隊の狙撃手は思っていた以上の天才(へんたい)だったらしい。

 

 苦もなくツイン狙撃(スナイプ)で爆撃を撃ち落とす佐鳥の手腕を見て、木虎は若干呆れながらも心の内で感謝を示す。

 

 彼等の協力がなければ、今頃市街地には甚大な被害が出ていたであろう事は間違いない。

 

 樹里に対して思うところは色々あるが、そのような私情をこの非常時に持ち込む程彼女は愚かではない。

 

 木虎は後を任せられる二人の存在を心強く思いながら、橋に近付いて来たイルガーへと乗り移り。

 

 予定調和の如く、空を浮かぶ爆撃兵に致命傷を与えた。

 

 

 

 

「イルガーを倒すとか、やるなあ。けど」

『ああ、自爆モードになって落ちて来るぞ』

 

 それを見ていた遊真は、自分の出番が来たと判断して換装する。

 

 木虎は、見事にイルガーに致命傷を与えてみせた。

 

 だが、それによって空へ浮かぶ爆撃兵はその役割を変える。

 

 地上を高高度から爆撃する戦闘艦から、その巨大質量を武器として甚大な被害を齎す為の特攻艦へと。

 

 その形態を、変化させた。

 

 自爆モードになったイルガーの装甲は、先程の比ではない。

 

 見たところ木虎はそれを突破する手段は持っていないようであるし、彼女のトリオンを考えても独力で今のイルガー落下を止める事は不可能だろう。

 

 このままイルガーが市街地へ落ちれば、その被害規模はかなりのものになる。

 

 建物も、人も、数えきれない程の被害が出る筈だ。

 

 今、それを止められるのは。

 

 遊真しか、いない。

 

『鎖』印(チェイン)────────三重(トリプル)

 

 故に、遊真は即座にトリガーを起動。

 

 その手から生み出した鎖を、落下するイルガーへと撃ち込む。

 

『強』印(ブースト)────────七重(セプタ)

 

 複数の印の組み合わせにより強化した膂力を以て、鎖で繋いだイルガーを牽引。

 

 そのままの勢いで、河へと落下させる。

 

 結果としてイルガーは、市街地に被害を齎す事なく爆散。

 

 状況は、終了を見た。

 

 

 

 

「賢。今の、例の子供がやったみたい。木虎さんからは、見えてなかったみたいだけど」

「そっか。他に見た人はいそう?」

「視える限りではいないかな。丁度、他の隊員からは死角になってた筈だし」

「了解っと」

 

 その光景を、樹里はその強化視覚()でしっかりと視認していた。

 

 それまでは爆撃の阻止に注力していたが、イルガーは自爆モードになってからは他の攻撃は一切行わなかった為、他に目を配る余裕が出来た。

 

 結果として、樹里は遊真が木虎へ助力した一部始終を目撃する事になったのである。

 

「賢。どうする?」

「一先ずは静観で良いと思うよ。迅さんから追加の指示は来てないし、あっちはあっちでどうにかするっしょ。何も言われないって事は、そういう事だからね」

 

 佐鳥は樹里から得た情報を鑑みて、静観を選んだ。

 

 何か自分の助力が必要な状況であれば、迅から直接指示が届く筈だ。

 

 しかし、それがない以上この場で余計な手出しは無用という事だ。

 

 既に上層部への進言は嵐山へ頼んであるし、この場で佐鳥が出来る事は最早何もない。

 

「上層部に何か思惑があったとしても、この状況が続いちゃ不味いのは明らかだしね。迅さんはきっとその解決の為に動いてるんだろうから、それを邪魔しちゃ駄目っしょ」

 

 佐鳥の言う通り、今の状況は非常にマズイ。

 

 警戒区域の外側に、(ゲート)が開く。

 

 それは、いつ何処にトリオン兵が現れるか分からないという事と同義。

 

 今回は辛うじて被害を軽減出来たが、これが続けばどうなるかは分からない。

 

 故に、この世界の平和を重んじる迅がこのまま座して待っているという事は有り得ない。

 

 確実に何かしら行動している筈であり、これまでの動きから察するにあの三雲修という訓練生がその為の鍵となっている事は想像がつく。

 

 更にキーマンであろう白い髪の推定近界民(ネイバー)の子も、恐らくはそれに関わっている。

 

 今佐鳥が出来るのは余計な情報流出により、迅の行動が妨げられる展開を防ぐ事だ。

 

 故に、樹里が得た情報は誰にも報告せずこの場で留める。

 

 後から露見した場合は、迅の言っていた通り彼の名前を出せば良い。

 

 あの時の言葉は、こういった状況も込みで言っていたに違いないのだから。

 

 ()()()()()から、佐鳥は理解していた。

 

 こういう時は、迅の意に沿う事が一番被害を減らす事に繋がるのだという事を。

 

「じゃあ、()()()()? 賢。早く健診に行って、終わったらわたしの家に行くよ」

 

 だが。

 

 そんな佐鳥の思考を、樹里の一言がかき乱した。

 

 彼女が何を言っているかは、既に察しが付いている。

 

 今の彼の現状を、彼女の家で詰問する。

 

 その約束を履行しろ、という催促である。

 

 佐鳥の額に、ジトリと冷や汗が流れた。

 

「え、あの、取り敢えず少し情報を伏せながら上に報告しないと」

「それなら、木虎さんの報告だけ通せば良いと思う。それで丁度良い感じになると思うけど?」

「それは────────って、いやいや、一応戦闘に参加してトリガーを使ったんだし報告をブッチしちゃ駄目だって。ね?」

「…………………………………………分かった。じゃあ、()()ね」

「…………はい」

 

 悪あがきはしたが、所詮それは先延ばしでしかない。

 

 後に待つ運命は変えられず、佐鳥は諦めの境地に達し。

 

 彼女への言い訳を、考えるのであった。

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