「弓場さんはどうやらバッグワームを纏わずに戦う事を選んだようだね。玉狛にこれ以上時間を与えるのは得策ではない、と判断したか」
王子は解説席で試合映像を見ながら成る程、と頷く。
画面の中では弓場だけが唯一レーダーに表示されているのが確認出来、他の面々は全員がバッグワームを纏っている。
参加者の視点からすれば、弓場の反応だけがポツンと表示されているように見えている事だろう。
「だが、流石に移動はしているみたいだな。それに、時折バッグワームを使ってもいる。これは、爆撃対策か」
「だろうね。さっきと同じだと、またジュリアーナに爆撃されかねない。今の状態でも爆撃のリスクはゼロじゃないけど、これなら標的が固定されていない分やり難い筈だからね」
しかし、先程の仁王立ち状態と違い移動している事と、時折バッグワームの使用を交えている点は異なる。
これは一ヵ所に留まりレーダーに映っている状態では、再び樹里の爆撃が飛んで来かねないからだ。
だからこそ弓場はバッグワームの使用と解除を駆使し、完全には隠れずとも常に居場所が把握されているワケではない、という状態を作り出しているのだ。
如何に強化視覚を持つ樹里といえど、この猛吹雪の中で遠距離の標的に正確に弾を当てる事は至難の業だ。
通常の隊員よりは当て易いであろうが、それでも限度はある。
先程の爆撃は弓場が動かず待ちの姿勢で待機しており、尚且つ居場所もレーダーに常時映されていたからこそ範囲爆撃で狙う事が出来たのだ。
こうも反応が出たり消えたりしていては流石に狙いを付けるのは難しく、ただでさえリスクのある合成弾の使用には中々踏み切れないに違いない。
「それから、反応が出たり消えたりを繰り返すと相手のオペレーターの負担も増えるからね。弓場さんらしくないやり口だけど、そうでもしないと厳しい状況なのは間違いないからね」
「どちらかというと神田の領分だったよな、こういうのは。けど、悪くない手だ」
「ああ、そうだね。この猛吹雪の中でのオペレートは、見た目以上の労力をオペレーターに強いる。そんな中で更に処理が増える行動をされるのは、かなり厄介だと思うよ」
加えて、こういった行動は相手チームのオペレーターへの負担を増加させる事が出来る。
弓場の得意とするやり方ではないが、かつて弓場隊に在籍していた神田という少年がこういった策の方面を担当していた。
恐らくは彼のやり方に倣ったのだろうと、旧弓場隊所属だった王子と蔵内は分析する。
確かにチマチマしたやり口に見えるが、これも立派な戦術だ。
弓場のイメージからは少々異なるかもしれないが、彼は彼で現在は隊を卒業した仲間の事を今でも強く想っている。
その影響もあるのだろうと、弓場の為人を知る王子は考えていた。
「んあー? アタシならそのへん、別に気にしねーぞ? 大雑把にオペしとけば、ウチのは勝手に動くからなー」
「そこはハルニレのケースが特殊だから、あんまし参考にならないかな? ホラ、他の部隊にカゲさんはいないでしょ?」
「あ、成る程。それもそーだな」
そんな話の流れをぶった切ったのは、あっけらかんと自部隊の参考にならないケースを語った光だ。
彼女の率いる影浦隊の場合、隊長の影浦の
影浦の
だからこそ影浦隊であればこの悪天候下であろうとも、十全に活動出来るのは容易に想像出来る。
幸い影浦隊はB級二位という地位にいるので彼等がMAP選択権を持つケースは殆ど有り得ないだろう事が、救いと言えば救いである。
一部隊だけ悪天候の影響を無視して暴れ回るような悪夢など、王子であってもあまり想像したくはない。
今後影浦隊と戦う時はなるべく悪天候を選ばないようにしよう、と密かに心に誓う王子なのであった。
「とにかく、弓場さんはこれで玉狛か香取隊、もっと言えばクーガーかカトリーヌが釣れるのを期待してると見たよ。とは言っても────────」
王子はそこまで言うと微笑みを浮かべ、告げる。
「────────次仕掛けて来るのが
「…………!」
弓場は見覚えのある刃の軌跡を見て、即座に横に跳び退いた。
彼のいた場所を通り過ぎたのは、投擲された白い短刀────────スコーピオン。
そして、弓場の視線の先には小柄なシルエットが垣間見えた。
「来やがったな、空閑ァ」
「────────」
吹雪の奥に見える、白い髪の小柄な少年。
白い闇の中、家屋の上に佇む遊真が弓場の姿を睥睨していた。
『弓場さんの近くにレーダーに反応があったわ。どうやら、戦闘状態に入ったみたいよ』
「って事は、戦ってる相手は間違いなくあの白チビ────────空閑よね。あいつが出て来たって事は、次の
『多分。少なくとも、無策って事はないと思う』
そっか、と香取は頷く。
弓場の近くにレーダーに反応があったという事は、彼が戦闘に突入した事と同義。
そして今の彼に戦いを仕掛ける者など、遊真くらいしか思い至らない。
三浦と若村は指示をするまで絶対に前に出るなと言い含めてあるし、まさか修が一人で弓場の前に立つワケがない。
よって消去法で、弓場と戦っているのは遊真という事になる。
弓場は、攻撃手キラーの異名を持つ歴戦の銃手である。
銃手としてはやや短めの22メートルという射程を、威力と弾速を限界まで突き詰める事で対攻撃手に対して圧倒的な優位を築く事に成功しているのが弓場の戦闘スタイルだ。
その脅威を知っていれば、無策で彼に近付くといった愚を犯す事はないだろう。
今どうやって遊真が戦っているのか知る事の出来ないのはネックだが、何かしら知恵を巡らせている事は想像出来る。
彼にはグラスホッパーが装備されていた筈なので、それを使って機動戦を仕掛けているのかもしれない。
弓場は機動力も高いが、あくまでもそれは平面上のものだ。
グラスホッパーを駆使した三次元機動では、流石に遊真に分があるだろう。
そう思えば、矢張り戦っているのは遊真と見て間違いは無いだろう。
『どうする?』
「そうね。麓郎、雄太、そっちは?」
『一応、言われた事はやってるぜ』
『こっちもOKだよ』
「了解。上々ね」
香取はチームメイトからの報告を聞き、すぅ、と息を吐く。
これまで裏方に徹して来たが、「玉狛の初見殺しの調査」という最大のミッションが終わり、その副産物として敵の狙撃手が落ちるという幸運にも恵まれた。
条件は、整った。
後は、動くだけだ。
「樹里、用意は?」
『いつでもいいよ』
「おっけー。じゃ、やりましょうか」
香取は最後に樹里からの報告を聞き、パキパキと拳を鳴らす。
これまで目立つ事を徹底して避けて来たが、それももう終わりだ。
玉狛の
そういう心理的な負荷を自在に操るのは玉狛の、というより修の十八番であり、ROUND2で彼と戦った二部隊のように術中に嵌まるワケにはいかない。
無策で突っ込めば罠が作動して術中に嵌まり、かといって時間を掛ければ際限なく仕込みを追加して戦場を自分色に染め上げる。
それが玉狛の基本戦術であり、厄介極まりない特性だ。
香取隊もワイヤー陣という共通の手札こそあるが、玉狛の場合は持ち札のピーキーさがそのまま戦術の鋭角性に繋がっている。
嵌まれば強いの典型と言えるが、奇策特化なだけあって急所自体は存在するし一度崩れれば立て直しが難しいという弱点もある。
その弱点もROUND6からは消えてしまうのだが、今は幸いそのまま残っている。
ならば、そこを突けば良い。
玉狛は戦術は凶悪だが、やり様はある。
それを、今から実証していくだけだ。
「行くわよ。これまで散々好き勝手やって来たメガネに、眼に物見せてやろうじゃないの」
「────────!」
弓場の銃撃が、雪の向こうに見える遊真に向かって放たれる。
二人の距離は、凡そ20メートルと少しといったところ。
例に挙げればギリギリ旋空が届く程度の距離ではあるが、当然弓場のリボルバーの射程内だ。
だが。至近距離ではない為回避の余地はある。
並の相手ならそうはいかないが、残念ながら遊真は並と呼べるようなレベルの相手ではない。
ボーダーのトリガーにはまだ不慣れではあるが、長年近界で死と隣り合わせの戦場を傭兵として渡り歩いて来た経験は伊達ではない。
戦闘勘は極限まで研ぎ澄まされており、淡々と相手を「殺す」為の動きを自動的に行える。
故に、コンマ数秒の無駄な動きさえ許されない回避ですら、彼は軽々と行える。
流石に攻撃手の距離まで近付けば無理だろうが、今はまだ距離がある。
故に遊真は当然のように弓場の銃撃を回避し、スコーピオンを投擲。
それと同時に乗っていた家屋から飛び降り、その裏側へと消える。
「逃がすか」
誘いであるとは分かっているが、追う以外の選択肢は弓場にはない。
すぐさま遊真を追撃すべく駆け、建物の裏手に回り込む。
「…………!」
そこで、足を止める。
遊真の逃げ込んだ、建物の裏手の路地裏。
その路地の内部には、所狭しとワイヤーが張り巡らされていた。
(やっぱり、仕掛けてやがったな。ってェ事は、近くに三雲がまだいる可能性があんな)
前回の試合のログを見ていなければ、弓場も早々に足を取られて隙を突かれていたに違いない。
遊真が自分を誘い込んだ時点で、その先にこういった
玉狛の戦術は、「仕込み」と「釣り」に特化している。
予めフィールドに自部隊に有利な条件を整えておき、準備が終わり次第敵をその場に誘い込み罠に絡め取って仕留める。
それが玉狛の、否。
三雲修の、戦術スタイルであった。
故に、罠は
特に、今回は玉狛が用意した戦場である。
地形把握も完璧なのだろうから、罠の質も量も察して知るべしであろう。
「────────!」
「来やがったか…………ッ!」
まず動いたのは、遊真だ。
遊真は空中で跳躍したかと思うと、ワイヤーを掴み反転。
複雑怪奇な動きで中空を移動し、一気に弓場へと距離を詰める。
「甘ェ」
だが、その動きは見えている。
この路地は建物同士の間にあるからか、外の通りよりは吹雪の影響が少ない。
比較的背の高い建物が盾となって、吹雪の侵入を防いでいるのだ。
だから、外と違って遊真の姿は普通に見える。
当然吹雪の影響はゼロではないので遊真の隊服が白く染められている事もあって視認し難いが、それでも路地の外よりはずっとマシだ。
加えて遊真は髪が白い事もあって、ほぼ完全に風景に溶け込んでしまうのだ。
これまで弓場が彼に攻撃を当てる事が出来ないでいたのも、そういった視覚的な要素が大きい。
だが、この場では別だ。
ワイヤー陣は閉所でこそ活きる仕掛けだが、此処は少々狭過ぎたと言えなくもない。
もう少し広い路地であれば吹雪の侵入を防ぎ切る事が出来ず、視界条件はそう変わらなかっただろう。
そういう意味では、むしろこの場は戦い易いフィールドとも言える。
銃手の弓場は、必ずしも相手に近付く必要がない。
通常の銃手よりも射程は短いが、少なくとも攻撃手の遊真よりはリーチの点で優れているのは間違いない。
スコーピオン投げも牽制以上の脅威にはならない以上、下手にこの場を離れて戦うよりは路地の環境を活かす方が得策だろう。
「行くぜ」
弓場は迷わず拳銃を抜き放ち、遊真に向かって発砲した。
この路地の長さは、25メートル程度。
全てを射程内に収める事は出来ないが、端にでも行かない限り弓場のリボルバーから逃げ切る事は出来ない。
無論それは、直線状の話。
ワイヤーを駆使する遊真にとっては、上に逃げる事に何の躊躇いもない。
だが、それで良い。
最初から、簡単に遊真に弾が当たるとは思っていない。
こちらが糸に引っかからずとも、ワイヤーは遊真の足場としての機能もある。
ただでさえ機動力の高い遊真がワイヤーまで駆使すれば、彼を捉える事はそう簡単な事ではない。
故に、まずはその
弓場の銃撃は遊真ではなく、ワイヤーを狙ったもの。
6連の弾が、正確に6本のワイヤーを撃ち抜いた。
スパイダーは設置に必要なトリオンは低く尚且つ敵には見え難いという厄介な性質があるが、強度は脆く斬撃であろうと銃撃であろうと一発でちぎれてしまう。
人体で直接触れればその弾力で跳ね返されてしまうが、トリオンを用いた攻撃ならば紙切れ同然の強度しかないのだ。
だからこそ、まずはワイヤーを狙って遊真の動きに枷をかける。
多少時間はかかるかもしれないが、このままワイヤーを狙って遊真の足場を削っていけば、戦闘を有利に進められる。
修が現れてワイヤーが追加されるかもしれないが、それならそれで彼の方を狙えば良いだけの話だ。
確かに修は厄介な性質を持つ駒だが、個人の戦闘力は弱い。
放置出来ない駒だから厄介なのであって、正面から戦う事が出来さえすれば苦も無く倒せる相手なのだ。
故に、彼が出て来るのはむしろ願ったり叶ったりである。
但し、それはまずないだろうとも思っている。
修が弓場の前に出れば瞬殺されるのは明らかだし、下手に関われば遊真の足を引っ張りかねない。
だから、気に掛けるべきは────────。
「…………!」
「────────!」
────────もう一つの隊に、他ならない。
突如として響いた、爆発音。
それは、航空から飛来した何かが路地を囲む建物に当たり、炸裂した音だった。
瞬く間に路地は爆煙に覆われ、建物が破壊された事で外の吹雪が入り込む。
視界が
路地に、一つの影が飛び込んで来た。
それは凄まじいスピードで遊真に肉薄し、一閃。
振るわれた刃は、同じスコーピオンによって受け止められる。
「────────」
乱入者の名は、香取葉子。
刃を合わせた後すぐに後退した彼女は、壊れた家屋の上に立つ。
遊真は東側の、弓場は西側の路地の出口に着地し、三者が相対する。
此処に、3チームのエースが集い戦況は一気に加速するのだった。