「よっし、勝ったわねっ! あのクソメガネに目にもの見せてやったわよっ!」
香取は一人、隊室でガッツポーズを取りながら満面の笑みで勝利宣言を行った。
事実、ROUND3は香取隊の独り勝ちに近い結果となったので無理もない。
最高得点を叩き出したのもそうだが、四人全員が生存したまま試合を終えたというのもポイントが高い。
香取的には前々から色々あって気に食わなかった修に泡を食わせた形になるので、ご機嫌になるのも頷ける。
気に入らない相手へマウントを取りたがるのは、樹里と同じく彼女の生態のようなものなのだから。
「麓郎も良く即死しなかったわね。それだけでも偉いわよ」
「そ、そうか」
「なーにシケた顔してんのよ。勝ったんだからもっとニコニコしなさいよねっ!」
「よ、葉子、ちか────────」
「あん?」
「────────なんでもねぇ」
余程機嫌が良かった為か、香取は若村を労いつつその流れで肩を組んでバシバシと背中を叩く。
一気に距離を詰められた事で未経験の事態に若村はアタフタしているが、テンションMAXの香取はそれには気付かない。
大規模侵攻の際に香取に荷物扱いで運ばれた時に分かってはいたが、彼女は一旦懐に入れた相手に対しては少々距離感がバグる傾向にある。
イコール異性としては一切意識されていない事の証左でもあるのだが、思春期男子としてはその振る舞いは少々以上に心臓に悪い。
以前の偏見に満ちたヘイトを向けていた頃ならばともかく、今の若村は香取の事を多少なりとも理解し歩み寄ろうと努力している。
その為こうして不意打ちで距離を詰められると否応なく異性である事を意識してしまい、冷静さを失ってしまうワケだ。
「むぅ」
「ん? どしたのよ樹里」
「なんでもない。けど、葉子。わたしも頑張ったんだから、労って」
「はいはい、分かってるわよ。これでいい?」
「ん」
勿論、幼馴染が自分や華以外と仲良くするのを快く思えない樹里にとってその光景は看過出来るものではない。
ジト目で若村を睨みつけていた樹里は香取からの視線を向けられると即座に甘えモードに入り、頭を差し出した。
特に拒否する理由のない香取はそんな樹里の頭を撫で始め、少女はご満悦な様子で眼を細める。
若村へも歩み寄る姿勢は見せたものの、根本的に嫉妬深くて我が儘なので香取が絡んだ途端それとこれとは話が別、となるのが樹里である。
チームメイトとしてはきちんと協力する姿勢を見せただけでも、彼女にとっては相当な譲歩なのである。
薄々それを勘付いている為、若村も特に文句を言う事はない。
ないのだが、多少のもやもやを感じているのも事実ではあった。
なお、華はその光景を微笑ましそうに眺めていた。
彼女からすればチームメイトが円満に仲良くなっているのは歓迎すべき事であり、樹里の嫉妬など些細な事だ。
以前までのように反感からコミュニケーション自体を拒否するような真似はもうしないと思われるので、特に問題など感じていない。
どころか、嫌いな相手は
前と比べれば雲泥の進歩なので、今更どうこう言う理由も無いという事なのだった。
「でも、巧くいって良かったね。弓場さんがあそこでああ動いたのは驚いたけど、結果的に空閑くんを倒せたワケだし」
「ええ、空閑くんは可能であれば倒す、っていう前提だったしね。最初は若村くんを狙った弓場さんを落とす作戦だったけど、その弓場さんが空閑くんの足を削った事で作戦をシフト出来たのは大きかったわ」
「そうだな。囲んでも空閑には逃げ切られる恐れもあったし、弓場さんには感謝しなくちゃな」
三人の言う通り、当初香取隊は爆発に乗じて弓場を撃破し、その後で遊真を囲んで叩く予定だった。
弓場という射程持ちのエースさえ排除してしまえば、残るは中距離の攻撃手段がスコーピオンの投擲しかない遊真しか敵はいなくなる。
そうなった段階で樹里が弾幕を展開し、火力で圧殺する予定だった。
樹里一人では弾幕を突破される危険はあるが、香取や三浦が遊真の足を止める事が出来れば固める事は不可能ではない。
しかし、それでも脱出の可能性が残ってしまうのが遊真の侮れない所だ。
実際のところ、当初の作戦を実行に移した場合遊真は雲隠れし、時間切れまで粘られる危険もあった。
流石に4対1で負けるとは思いたくないが、遊真が完全な隠形に徹し続ければタイムアウトになり生存点を得られなくなるという展開も充分に有り得た。
そう考えれば、弓場の行動で最初に遊真を落とす方向にシフト出来たのはこれ以上ない僥倖と言えるだろう。
弓場と違いMAPの構造を既知している遊真にとっては、雲隠れする事は造作もない。
同じくMAP情報は頭に叩き込んである香取隊といえど、高い機動力と白髪、白に染めたバッグワームという保護色故の隠密性が備わった遊真が完全に忍んでしまえば見付けるのは至難の業となっただろうからだ。
されど、弓場の行動でその危険を冒す事なく、先んじて遊真を排除する選択肢が生まれた。
そういう意味では、弓場の行動が最大のターニングポイントになったと言える。
遊真に雲隠れされたまま試合終了となれば弓場を倒せたとしても三点止まりで終わっていた為、何よりもありがたい想定外だったろうからだ。
「けど、ホント最初はびっくりしたよね。雨取さんのメテオラが、あそこまで滅茶苦茶な威力を出すなんてさ」
「トリオンが高いのは分かってはいたけど、確かにその最大規模の認識が足りなかったわね。一体、トリオン評価値で測ればどのくらいになるのかしら」
「多分、わたしの二倍以上いくんじゃないかな。ううん、もっと上かも」
「下手すると30以上って事? ホント、馬鹿みたいなトリオン量ね」
とはいえ、この試合で初めて見た千佳のメテオラの威力に度胆を抜かれた事もまた事実であった。
最終的には作戦に利用出来たものの、最初の一発を弓場隊に踏ませなければ確実に誰か一人以上は落ちていただろう事は言うまでもない。
それ程千佳のメテオラの威力は常識を外れており、トリオン強者である自覚のある樹里でさえあれを見た後では思うところがあったのだ。
トリオン強者の最大値が二宮であると無意識に考えていた樹里にとっても、あの爆発の規模は見た事のないものであった。
冗談みたいな広範囲が爆発で根こそぎ薙ぎ払われた瞬間を目撃した時は、目が点になったものである。
「あれが直接撃たれないってだけでもホント助かったよね。もしそれが出来るなら、勝ち目なかったかもだし」
「でも、今回みたいに間接的にその威力を押し付けて来る方法はあるんだし、油断しない方がいいわ。事実、それで弓場隊は外岡くんを落とされてるしね」
「それに、今は撃てなくても後々撃てるようになる事があるかもしれないわよ。人を撃てない奴がどういう感覚なのかは分かんないけど、単なる苦手意識レベルなら克服出来ない事はないでしょ」
香取はそう言って仲間に警鐘を促すが、その発言自体は少々思慮が足りないと言える。
確かに「少し苦手」といったレベルならば努力次第でどうにかなる事はあるかもしれないが、「生理的に無理」という状態であれば、それは最早苦手意識ではなく
その領域の場合は基本的に当人の努力でどうにかなるものではなく、その人個人の
アレルギー反応が、一番たとえとしては分かり易いだろう。
ぶどうアレルギーの人間は何をどう頑張ってもぶどうの入った食品を食べる事は出来ないし、何も知らずに摂取すれば危険な事態に陥る事すらある。
そんな相手に「いつか撃てるようになるかも」なんて告げるのは、要するにぶどうアレルギーの人間にぶどうを食えと言うようなものだ。
相手からすれば土台無理な事を要求されているワケであり、それが出来ないと分かっている以上かなりの精神的負担となる。
それこそ、ただでさえ追い詰められている人間相手に言えば最後の一押しとなりかねない。
勿論、香取は可能性として論じただけで直接相手に言っているワケではないのでその行為自体に問題はない。
「…………」
されど知識の
華は「世界は常々変わっていくものだから様々な知識を集めておけば後々役に立つかもしれない」という持論の下、普通の勉強だけではなく雑多な分野の知識を採り集めている。
その中には精神疾患に関する情報も存在し、これは三門市という特殊な状態にある街に住んでいる以上何らかの精神的瑕疵を患った人間とコミュニケーションを取る事になるケースも有り得る、として学んだものである。
香取の発言が気になったのは多くの知識を学んだが故の思考の飛躍に過ぎず、今回の事に関しても別に目くじらを立てるような事ではない。
しかし留意はすべきと華が直感したのは、試合前に話した「人を撃てない隊員」が二宮隊の出身である、という情報を掴んでいたからである。
彼等の間に何があったのか、詳しくは分からない。
だがその隊員が「人が撃てない」という情報と、一度遠征選抜を通った二宮隊が後から上層部に落とされたという流言。
それらを組み合わせる事で朧気ながらその隊員の性質が試験の合否を覆したという形になったという推察を行う事が出来た為、これをデリケートな問題であると判断したのだ。
仮に二宮に聞かれても表向きは何も言わないかもしれないが、敢えて心証を悪くする必要もない。
後で葉子に念押ししておこう、と人知れず考える華であった。
「それより、ROUND6からはヒュースくんが加入するのが一番の懸念点よね。今回は相手のポイントゲッターが空閑くん一人なのを突く形で勝てたけど、もう一人エースが加わるとなるとそう簡単にはいかないと思うわ」
「そうよねー。ホント、一部隊にエースが二人とか勘弁して欲しいわ」
それ、
今回は玉狛の性質である
ノーマルトリガーでのヒュースがどれだけ強いのかは未知数ではあるが、少なくとも並の相手ではないだろう事は確かである。
アフトクラトル製のトリガーを使った戦闘でしかヒュースを知らない香取隊だが、その実力は文字通り骨身に染みている。
向こうのトリガーが強力だったというのもあったが、4対1でようやく戦いになるような相手だったのだ。
たとえノーマルトリガーを握ったとしてもその強さが衰えるとは思えない以上、最大級に警戒すべき相手である事に間違いは無い。
そもそも、相手は軍事国家の精鋭だったのだ。
故に入隊直後でも相応の能力を発揮出来る筈であり、むしろ油断する理由が見当たらない。
そんな相手が加わるのだから、愚痴りたくなるのも仕方ないと言えよう。
「MAP情報の件はありがたかったけど、そう思うと損な取引だったかもな」
「上層部が絡んでる以上、どう足掻いてもアタシ等の不利益になるんだから少しでも得になるよう立ち回った方がマシってモンよ。そうでしょ華」
「葉子、そのあたり分かってたんだ」
「分からいでか。華、アタシの事頭悪いと思ってない?」
「思ってない。ただ、感心しただけ」
「それ、馬鹿だって思ってたって事よねぇっ!?」
香取はそう言って顔を真っ赤にしながら、華の肩を掴んでガクガクと揺らした。
対する華はされるがままになっており、真顔のままヘッドバンキングするような恰好になっている様はシュールですらある。
幼馴染故の気安い掛け合いと言えるが、傍で見ていた若村達はどう反応すべきか分からず固まっていた。
唯一樹里だけは見慣れた光景を前にふわぁ、と欠伸をしながら成り行きを眺めていた。
彼女からすればこの程度のじゃれ合いは珍しくもなんともなく、「またやってるなぁ」くらいの感想しかない。
なんだかんだで、仲良しっぷりが透けて見える幼馴染三人娘なのであった。
「そういえば、今回は巧くいったけどあのメテオラとスパイダーの合わせ技ってどうなの? これからも普通に出来そう?」
「ちょいとトリオンがきつくなるが、出来なくはねぇな。いや、あんまし数仕掛けなきゃ、そこまででもねぇのか」
「そうだね。オレも数を節約すれば何とかなりそうではあったよ。ただ、継続的に使うとカメレオンを使う時に少しきついかもしれないね」
「そこはこちらで指示するわ。今回は例外だらけな状況だったからあそこまで数を仕掛けて貰ったけど、普通ならピンポイントで仕掛けるだけで良い筈だから」
話題に上がったメテオラとスパイダーを組み合わせた技であるが、矢張りネックとなるのはトリオン消費の事だった。
トリガーを追加でセットすればそれだけトリオン消費が大きくなるし、一度に使う量が僅かとはいえ継続的に使用していれば負担は更に大きくなる。
特に、使用中ずっとトリオンを消費するカメレオンとの併用を考えるとあまり乱発は出来ない。
しかし選択肢としては有用なので、今後も状況に応じて使っていく事になりそうだった。
「でも、今回メテオラをセットする為に若村くんにはアステロイドを抜いて貰ったけど、何か不都合には感じなかったかしら?」
「特段感じなかったですね。元から銃を撃つ時は牽制か固める目的なんで、威力が必要になった時は早々なかったですし。オレの役割的にも、そこまで必要とは思いませんでした」
「そう、それならいいけど」
今回、若村はメテオラをセットする為にアステロイドを抜いている。
香取のようにトリガーをスロット一杯にセットする事も出来なくはないが、カメレオンを使う都合上あまりトリオンに余裕がないので可能な限り節約をする為に抜いたのである。
カメレオンはバッグワームと同じく、使用している最中ずっとトリオンを消費し続ける。
その為継続的に使い続ければトリオン消費が祟り、戦闘に支障が出るケースもある。
カメレオンを主軸とした戦術を組み上げている風間隊等は、隊服にカメレオンのトリオン消費を抑える仕掛けを導入しているが、B級である香取隊が取れる手段ではない。
故に若村はメテオラをセットするにあたり、使用頻度があまり多くないアステロイドを抜いたのである。
若村の担う役割的には
勿論今回の例が特殊ではあるのだが、若村の銃撃に威力が必要とされるケースは早々ないので、特段不自由はしないだろうという判断だ。
たった一つのスロット消費と思うかもしれないが、トリオンにそこまで余裕が無い者からしてみれば少しの差でも響く事がある。
無暗矢鱈にトリガーをセットすれば勝てる、というワケでもないのだ。
そのあたりの常識は犬飼から叩き込まれているので、間違う事はない若村であった。
「あ、そうだ。折角勝てたんだし、祝勝会でもやる? 帰りにバーガークイーンでも寄ってさ」
「わたしはいいけど、樹里は?」
「ん。別にわたしはハンバーガーは────────」
「ついでに鹿のやにも行くわ」
「なら行く」
「よし。決まりね、アンタ達、支度しなさい」
流れるように香取の提案が通り、少女は小さくガッツポーズを取る。
特にハンバーガーが好きというワケでもない樹里は最初難色を示したものの、好物の鹿のやのどら焼きが食べられるとあって即断で掌を返したあたり幼馴染故に彼女の扱い方を良く分かっていると言える。
なお、急に話を向けられた男性陣はえ、と困惑していた。
「えっと、オレ等もか?」
「当たり前でしょ? 祝勝会よ? アンタ等ハブってどうすんのよ?」
「あはは、ならお言葉に甘えさせて貰おうかな」
しかし、勢いに乗った香取を止められるものでもない。
元々断る理由もなかったので三浦達も承諾に至り、香取隊の面々は姦しい騒がしさを引き連れながら隊室を後にするのだった。