香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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少女の弾丸は甘く

 

「防衛任務お疲れ様。君のお陰で助かったよ、木岐坂さん」

「あ、えっと、出来る事をしただけ……………………なので」

 

 いつも通りの爽やかスマイルを浮かべて樹里の働きを労う嵐山隊隊長にして広報部隊の文字通りのアイドル、嵐山准。

 

 自分とは対極にある陽の気全開の笑顔を向けられ、基本ダウナーな少女は当たり障りのない返答を口にする。

 

 樹里は親しい間柄の相手に対しては饒舌になるが、逆に大して交流のない────────────────もしくは性格的に苦手な相手には、驚くほど口数が少なくなる。

 

 嵐山は後者であり、常に爽やかオーラ全開の彼に対しては実のところ苦手意識を持っていた。

 

 これは彼女が捻くれているからではなく単に「ノリに合わせるのが疲れる」という理由に過ぎないのだが、そこはそれだ。

 

「それでもだ。賢、送迎はしっかり頼むぞ」

「了解っす」

 

 しかし、嵐山がそんな彼女の機微に気付かないワケがない。

 

 自分との会話を切り上げたがっている事を察し、即座に佐鳥にバトンタッチするあたり彼の出来る男ぶりが伺える。

 

 仮にも広報部隊の顔である少年に対して「すぐに話を切り上げたい」などと、彼のファンからしてみれば噴飯ものの暴挙であるのだが、とうの本人は一切気にした様子はない。

 

 三門市では下手な芸能人よりも人気のある嵐山であるが、普通の著名人と違って彼はその事を一切鼻にかける素振りがないのだ。

 

 我慢をしているだとか謙遜しているだとか、そういう次元ではなく。

 

 自分の知名度や人気の程を、単に()()()()()()()()()()()()()()()だとしか考えていない。

 

「じゃ、行こうか樹里ちゃん」

「わかった」

 

 それが彼の異常性でもあるのだが、藪を突くような積極性は樹里にはない。

 

 樹里は大人しく、言われた通り佐鳥と共に帰る事にしたのだった。

 

 

 

 

「樹里…………っ! アンタ、今日こそアタシのチームに入って貰うわよっ!」

「…………葉子。しつこい」

 

 その中途。

 

 本部の廊下でバッタリ出会った幼馴染の香取葉子に絡まれたのは、樹里の不運と言えよう。

 

 香取は出会い頭にそう叫ぶと、ジロリ、と樹里の隣に所在なさげに佇んでいる佐鳥に視線を向ける。

 

「アタシの誘いは散々袖にしておいて、またそいつとつるんでるとかふざけんじゃないわよ。()()()()()()()()()()()そうだけど、アンタ幼馴染より男を優先するとかどういう神経してるワケ?」

「葉子は確かに幼馴染だけど、賢との付き合いをどうこう言われる筋合い────────────────ないと思う。それに、街に戻ってから会ったのは賢が先。優先するの、当然」

 

 ブチリ、と香取の頭の中で何かが切れる音がした。

 

 それはそうだろう。

 

 久方ぶりに出会えた幼馴染が、自分よりも男を優先すると堂々と宣ったのだ。

 

 これで爆発しない程、香取の堪忍袋の緒は長くはないのである。

 

「ざっけんじゃないわよ…………っ! そんなの、幼馴染特権の方が先じゃない…………!」

「そんな特権、聞いた事ないけど?」

「~~~っ!!?? アタシがあるって言うんだからあるに決まってんじゃないこのスカポンタン…………っ! アンタは昔っから、そのマイペースなトコは変わらないわよねぇ…………っ!?」

 

 目に見えてカリカリしている香取を見て、これは長くなりそうだな、と何処か諦観に染まりながら内心でため息を吐く樹里だが、ふとその()()に思い至る。

 

 確か、今の彼女は────────。

 

「────────中位落ち、したんだっけ。最終戦で二宮隊と影浦隊に当たるとか、運がなかったね」

「…………っ!? アンタ…………っ!」

 

 ────────────────今期のランク戦の最後で、中位落ちをしたばかりなのだ。

 

 それも、最終戦でよりにもよって二宮隊及び影浦隊というランク詐欺二部隊と当たる事によって。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()、香取の潜在能力(ポテンシャル)自体は相当に高い。

 

 故にB級上位でも彼女が点を取れる機会さえ作れればそれなりに健闘出来るのだが、明らかな格上二部隊相手ではそのチャンスすらなかったらしい。

 

 香取が妙に苛立っている原因はそれだなと正解を引き当てた樹里であるが、それを言い当てた事による()()については考えが及んでいない。

 

 基本的に思った事をそのまま声に出して出力するのが樹里の基本傾向(デフォルト)であるが、自分の言動で相手がどういう反応を示すかという事を一切頓着しないのが彼女の悪癖でもある。

 

 佐鳥相手には意識して言葉を選ぶ事もあるが、その配慮は他の人物にはたとえ幼馴染が相手であれ適用されない。

 

 当然、癇癪袋の根っこを突かれた香取が黙っている筈もなく。

 

「アッタマ来た…………っ! 樹里、ブースに来なさい…………っ! その捻じくれた根性、アタシが叩き直したげる…………っ!」

「それで葉子の気が済むなら、いいけど」

「~~~っ! さっさと行くわよっ!」

 

 怒った香取は樹里に喧嘩を売り、それが受諾された事によって彼女を引っ張り鼻息荒くランク戦のブースへと連れていくのだった。

 

 後に残ったのは、一連の流れに呆然とする佐鳥のみ。

 

 佐鳥はため息を吐きつつ、二人の後を追った。

 

「はぁ、やっぱこうなったか。ま、樹里ちゃんの送迎は嵐山さんにも頼まれてるし、最後まで面倒見ますかねっと」

 

 

 

 

『対戦ステージ、市街地A。ランク戦、開始』

 

 仮想空間に二人が転送され、色違いの隊服を身に纏った少女達が相対する。

 

 片や、中央が黒く他が赤い自己主張が強い隊服の少女。

 

 その腰には拳銃のホルスターがあり、彼女の武器(エモノ)の一つが垣間見える。

 

 対して、樹里は香取の色違いとも言うべき隊服を身に纏い、腰のベルトにはイーグレットがまるで佩いている日本刀のように収まっていた。

 

 香取は、鋭い戦意を宿した視線で樹里を射抜き。

 

 樹里は、そんな香取の視線を受け流しながらも戦場の空気に己の意識を最適化(アジャスト)させる。

 

「先手必勝…………っ!」

 

 先に動いたのは、香取。

 

 わざわざ声に出して攻撃したのは、今の彼女から冷静さが欠けている証左だろう。

 

 しかし、行動そのものは迅速。

 

 香取は腰のホルスターから抜き放った拳銃の引き金を引き、通常弾(アステロイド)を射出する。

 

 アステロイドは特殊な効果を持たない代わりに、威力に特化した弾丸だ。

 

 誘導性能が無い分、使用者の取り回し次第で幾らでも活用出来る弾とも言える。

 

 この場で香取がアステロイドを選んだのは、そう間違った選択ではない。

 

 距離があるならばいざ知らず、僅か数メートルしか離れていないこの状況下であるならば。

 

 威力特化の弾丸(アステロイド)で先手を狙うのは、一つの選択としては有りである。

 

「…………!」

 

 だが。

 

 その程度の攻撃で負傷を許す程、相対する少女は甘い存在ではなかった。

 

 樹里の眼前に張られた、光る障壁。

 

 防御トリガー、シールド。

 

 樹里の豊富なトリオンによって構築されたそれが、香取の銃撃を悉く弾いて見せた。

 

 その展開範囲から、恐らく彼女は初手がアステロイドだと最初から見切っていた。

 

 香取が分かり易いというのもあるが、曲がりなりにも幼馴染。

 

 この激し易い少女が何を考えているかなど、彼女には概ねお見通しなのだから。

 

「────────追尾弾(ハウンド)

 

 そして、展開されるは大きなキューブから分割されて放たれるハウンド。

 

 豊富なトリオンを惜しみなく注いだ猟犬の牙が、一斉に香取に襲い掛かった。

 

 

 

 

「へぇ、香取と木岐坂がやってるのか。察するに、中位落ちしたのを木岐坂が煽って喧嘩になったってトコか」

「なんだかんだ鋭いっすよね、米屋先輩。大体その通りっす」

 

 一方、その試合を観戦していた佐鳥は不意に現れた米屋の指摘にそう言って頷いた。

 

 勉強はまるで駄目な割に、米屋は時折こうして妙に勘が鋭い様子を見せる時がある。

 

 まあ、今回は香取が分かり易過ぎたのもあるだろうが。

 

「けど、木岐坂さんって射撃トリガーも使えたんですね。しかもあれ、出水先輩並みに弾が大きくないですか?」

 

 そう尋ねるのは、米屋と同じ三輪隊の古寺だ。

 

 彼からすれば、同じ狙撃手である樹里が射撃トリガーを扱って戦っている姿は違和感しかない。

 

 というのも、基本的に狙撃手というのは他のポジションと並行して技術を培うのが凄まじく難易度が高いからだ。

 

 狙撃の技術というものは極論ただ剣を振れば良い攻撃手や引き金を引けば良い銃手と異なり、遠距離から正確に標的を照準して適切なタイミングで狙撃を行う判断力。

 

 それに加えて広範な地形把握力や俯瞰的な視点、狙撃後の逃走や場合によっては捨て身の戦術の起用等、とにかく覚える事が多くその一つ一つの難易度が高い。

 

 故に他の攻撃用トリガーと併用している暇があるなら狙撃技術の向上に努めた方が良い、というのが大半の狙撃手の意見であろう。

 

 これは概ね間違ってはおらず、それは佐鳥も肯定するところだ。

 

「そりゃ、木岐坂は元々射手だったからな。最初は攻撃手だったけど速攻で射手に転向して、マスタークラス一歩手前になったあたりで狙撃手に移行したんだ。ちなみにトリオン評価値は、あの弾バカと一緒だよ」

 

 但し、樹里は他の狙撃手とは事情が異なる。

 

 彼女は攻撃手から狙撃手に転向した荒船のように、元々他のポジションだったところを狙撃手に移行したのだから。

 

「成る程、そういう事だったんですか。荒船さん以外にも、別のポジションから狙撃手になった人がいたんですねえ」

 

 でも、と古寺は続ける。

 

「出水先輩と同じトリオン量なら、そのまま射手でも充分活躍出来ましたよね? なんで彼女は、わざわざ狙撃手に転向したんでしょう?」

「さーな。こればっかりは、木岐坂に直接聞かなきゃ────────────────いや、聞いても分かんねーかもな。けどまあ、一つ言える事は」

 

 米屋はそう告げると、試合の映っているスクリーンを見上げて。

 

「この試合、もう結果は見えてるってこった」

 

 

 

 

(ああもう、アタシの馬鹿…………っ! 樹里相手に初手アステロイドなんて、防がれるに決まってるじゃない…………っ!)

 

 香取は樹里によって降り注ぐハウンドをシールドで凌ぎながら、頭に昇っていた血が冷えていくのを感じていた。

 

 先程は悪くない選択肢だと考えて即断したアステロイドによる初撃を、今更ながらに後悔する。

 

 樹里のトリオン量と、セットしている射撃トリガー。

 

 それを鑑みれば、あそこは銃撃で先手を取るのではなく一刻も早く距離を詰めるべきだった。

 

 同じトリガーであっても、その威力や性能は使用者のトリオン量によって変わる。

 

 樹里のトリオン評価値は、12。

 

 あのA級一位部隊の出水と、同位の数値なのだ。

 

 故に樹里のシールドは、アステロイドだろうがハウンドだろうが容易く防ぐ。

 

 トリオン12という数値は、それだけ大きいのだ。

 

 だから、香取が勝つ為には樹里がハウンドを展開するよりも早く、彼女の懐に飛び込むしかなかった。

 

 豊富なトリオンを注ぎ込まれた樹里の追尾弾(ハウンド)は、さながら弾丸の流星雨だ。

 

 射撃範囲が広過ぎて、回避だけでは凌ぎ切れない。

 

 それは、奇しくも。

 

 最終ROUNDで香取が落とされる原因となった、二宮のハウンドを想起させるものだった。

 

(イチかバチか…………っ!)

 

 このまま防御をし続けても、ジリ貧になるのは目に見えている。

 

 故に香取は一発逆転を懸け、シールドを張ったままグラスホッパーを起動。

 

 それを踏み込もうとした、刹那。

 

「終わり」

「…………っ!?」

 

 ────────────────樹里が腰から抜き放ったイーグレットが火を噴き、香取の頭部を貫通。

 

 香取が次の行動に移ろうとした、一瞬の隙を突いた早撃ち。

 

 それが、明暗を分けた。

 

『トリオン伝達脳破損、緊急脱出(ベイルアウト)

 

 機械音声が、無慈悲に香取の敗北を告げる。

 

 香取のトリオン体は崩壊し、光の柱となって消え去った。

 

 

 

 

「ぶすぅ」

「頭、冷えた?」

「ええ冷えたわよ物理的にね嫌みなのそれアンタ…………っ! ほんっと、ムカつく…………っ!」

 

 試合後。

 

 見るからに拗ねている香取に、相も変わらず火に油を注ぐ樹里の姿がそこにはあった。

 

「でも、試合は私の勝ち。だから、文句は受け付けない」

「ぬぐぐ…………っ!」

 

 物理的に頭を吹き飛ばされて冷静にはなったものの、元々持っている熱量が熱量なので香取の苛立ちは未だに燻っている。

 

 しかし、根っこのところで善良な香取はあれだけの啖呵を切って臨んだ試合で負けた後で文句を言うのも筋違いだというのも理解出来ている。

 

 樹里がそんな香取の性質を把握して挑発したのかは定かではないが、既に心理的な優位は樹里の側にあった。

 

「け、けどこれだけは言わせて貰うわよ…………っ! アタシのチームに入るのは今はまだ良いとして、そいつとの付き合いは考えなさいよっ! そいつ、曲がりなりにも広報部隊なんだから一緒にいたら余計な────────」

「────────────────それを貴方がどうこう言う筋合いは無いと思いますが、香取先輩」

 

 だが、それでも広報部隊の佐鳥と親しくしているのは思うところがあったのだろう。

 

 尚も言い募ろうとする香取に対し、冷ややかな声が水を差した。

 

 木虎藍。

 

 いつの間にか近くにやって来ていた少女が、あからさまに侮蔑するような視線を香取に向けていた。

 

「アンタ」

「木岐坂先輩を擁護するワケではありませんが、これでも佐鳥先輩はそのあたりの配慮はしっかりやる人です。少なくとも、一方的に要求だけを突き付ける貴方よりはマシである事は保証します」

「喧嘩売ってるなら買うわよ」

「それで気が済むなら構いませんが、また恥をかくだけじゃないですか?」

「上等…………っ! 来なさい、目に物見せたげる…………っ!」

 

 ぷんすかと怒りながら香取はブースへ向かい、木虎もそれに続く。

 

 そして、ふと樹里の方を振り返りジロリと睨みつけた。

 

「勘違いしないで下さい。私は嵐山さんが佐鳥先輩に送迎を頼んだ以上、それを蔑ろにされれば嵐山隊の面子に関わると思って出て来ただけですので。香取先輩との関係に関しては、最終的には貴方がどうにかすべき事でしょうから」

 

 聞かれてもいないのに助け舟を出した言い訳を告げ、木虎は香取と戦うべくブースへ向かっていった。

 

 その相変わらずな様子に佐鳥は苦笑し、樹里はぺこりとお辞儀をする。

 

 色々ズレているとはいえ、厄介な所を助けて貰った事には変わりない。

 

 素直ではない少女への感謝を胸に、樹里は今度こそ佐鳥と共に帰路に着いたのであった。

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