香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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三雲修Ⅷ

 

「おや、オッサムじゃないか。ランク戦、お疲れ様」

「あ、王子先輩。先輩こそ、解説お疲れ様でした」

 

 ボーダー本部、その通路の一角。

 

 そこで遊真と千佳の二人と歩いていた修は、バッタリと師である王子と遭遇した。

 

 そして、お互いに開口一番で労いの言葉を口にする。

 

 色々ネジが飛んでいる部分があるとはいえ基本的には礼儀正しいあたり、彼等らしいやり取りと言えた。

 

「いやいや、楽しませて貰ったし苦には感じなかったよ。これからもちょくちょく、解説は引き受けても良いかもね」

「そうですか。えっと」

「────────ああ、不甲斐ない試合を見せた、と思うなら筋違いだよ。君達の敗因は結局のところ、()()()()の一点に集約されるからね。むしろこうなるのが遅かったくらいだから、師匠(ぼく)としてはその機会を与えてくれた香取隊に感謝したいくらいさ」

 

 第一ね、と王子は続ける。

 

「君達は、ランク戦は初心者だ。確かにぼくは君を戦えるよう教導したし、クーガーやアマトリチャーナという強力な駒を保持してもいる。けれど、きみがこのチームランク戦という舞台を経験した回数は今回を含めて()()()()()()なんだ。それで完璧を求めるほど、ぼくは浅慮じゃあないよ」

 

 王子の言う通り、修はランク戦自体は初心者だ。

 

 遊真や千佳といった規格外の駒を使い、自身も悪辣な戦術を以て臨んでいるので実感はし難いが、むしろチームランク戦を始めたばかりで此処まで戦える方がおかしいのだ。

 

 修に天性の才能などはなく、ボーダーに関わるまで戦う為の訓練も碌にして来なかった人間だ。

 

 というよりも、ボーダーという戦闘を前提とした組織に関わりでもしない限り戦闘訓練というものは一般人にとって最も縁遠いものである為、ある方がおかしいと言える。

 

 普通の人間は、いきなり武器を握らされてもすぐに実戦に適応出来ない。

 

 精々が見様見真似で武器を振り回すのが精々であり、覚悟完了と適応が速過ぎる先人たちの方がおかしいと言える。

 

 才人の集まるボーダーではそのあたりの感覚が麻痺しがちだが、何の才覚も積み重ねもない状態で、此処までの成果を挙げている事自体異常と言えば異常なのだ。

 

 王子は師として修の才能の程度を正しく理解しており、彼が弱者に分類される人間である事も分かっている。

 

 その彼が初参加のランク戦でもある程度戦えるように教導したのは事実であるが、()()というものばかりは教えて得られるものではない。

 

 実際に戦い、勝ち負けを経験し、己の失点を見詰め直す事でようやく得られるのが戦闘の経験値というものなのだから。

 

「もっと言えば、君に早々に()()を経験させていなかったぼくの落ち度でもある。だから、そう気にする事はないよ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()以上、むしろ早めに失敗体験をさせなかったのが悪かったと、王子は言う。

 

 これは慰めでも何でもなく、ただの事実だと王子は認識している。

 

 そも、王子は安い慰めは行わない。

 

 適当に「大丈夫だ」と言っても根拠のないそれはただのその場凌ぎに過ぎない以上、意味がないと彼は感じているからだ。

 

 だからこそ王子は慰めではなく、「反省点と改善点」を挙げる。

 

 そこを見詰め直して先へ進む事こそ、この場での最適解であると理解しているが故に。

 

「今回の敗戦で、君はようやく失敗経験を得られた。言い訳じゃないけど、これは悪い事であるどころか珠玉の経験と言える。特に、今回みたいに有利な条件で始めながら地形条件を逆手に取られて負けた経験なんかは、特にね」

「…………!」

 

 そこまで聞いて、修はハッとなる。

 

 確かに今回は、MAP選択権があるという有利条件で試合に臨みながらも負けてしまった。

 

 裏では香取隊と選択MAPについて情報共有していたとはいえ、それを込みで作戦を組んだつもりだった。

 

 にも関わらず負けたというのは、確かに王子の言う通り()()()()となったと言えよう。

 

 何故ならば有利な条件で試合を開始しても、状況次第でその優位性は簡単にひっくり返るのだという事を、実地で学ぶ事が出来たからだ。

 

 他にも悪天候を使う時のデメリットや利点等、学習出来た事は幾らでもある。

 

 確かにこれは王子の言葉通り、()()()()()と言えるだろう。

 

「その様子なら、大丈夫そうだね。これなら安心かな。というより、ぼくが言わなくても自分で気付いてたかもだ。それはそれで、師匠としては寂しいけどね」

「い、いえ、王子先輩の薫陶のお陰で気付けたのは確かですし、非常にありがたく思っています。わざわざご足労頂いて、ありがとうございました」

「ん? 何の事かな? ぼくはただ、偶然出会った弟子に試合の感想を話しているだけだよ?」

 

 ニコリと笑う王子を見て遊真は「この人つまんないウソつくな」と思いはしたが、それが修への善意から来るものであると理解出来た為口出しは控えた。

 

 他人の嘘が見える遊真であるが、傍から見ても王子が修の為を想ってこうして出向いて来たのであろう事は分かる。

 

 師弟というものに馴染みのない遊真であるが、「おれと親父みたいなもんか」と一人納得し、流れを見守っていた。

 

 なお、人見知りする千佳は何も言わずに黙りこくっており、「修くんがお世話になった人だから挨拶した方がいいかな? でもどうするべきなんだろう?」と戸惑っていた。

 

 結果としてあたふたと独り相撲をする羽目になっている千佳であるが、「反応が可愛らしいなぁ」と王子が思っている事は知らない。

 

 しかし弟子を差し置いてその仲間を揶揄するのかどうかと思ったのか、口には出さない王子であった。

 

「あ、そうだ空閑。この人は王子先輩って言って、ぼくに戦い方なんかを教えてくれた師匠なんだ」

「らしいな。えっと、初めまして。空閑遊真って言います。こっちがチカ」

「あ、えっと、雨取千佳です。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。クーガー、アマトリチャーナ。紹介された通り、オッサムの師匠をやってるよ。今はランク戦の期間中だから、休業中だけどね」

 

 初対面にも関わらず普通に頓智気な渾名で呼ぶ王子だが、二人は事前に修から「他人に少し奇妙な渾名を付ける癖がある」と教えられていた為、その呼び名に目を丸くはしたものの取り敢えずスルーを決め込んだ。

 

 ちなみに「え、アマトリチャーナってわたしの事?」と千佳は混乱はしていた為、修から事前勧告がなければその動揺が表に出ていた可能性は非常に高い。

 

 クーガーはまだ分かるが、アマトリチャーナは流石に「チャーナは何処から出て来た」案件なのでその動揺も分かる。

 

 まあ、香取の事を「カトリーヌ」と渾名するネーミングセンスなので、そのあたりは突っ込んではいけないのだろう。

 

 王子の渾名は反応した方が負け、というのが通例なのでこのあたりは最早暗黙の了解の域である。

 

 初対面の際に馴れ馴れしく渾名を付けられた事で反発した香取も王子が呼び名を頑なに変えない事を悟ると「こいつは言っても意味が無い」と判断して可能な限りの無視や塩対応に変えたあたり、筋金入りだ。

 

 王子のネーミングセンスについては殆どの隊員が諦観と共に受け入れており、中にはボーダー内で流行った渾名すらあるあたり、此処の者達の適応力の程が伺えるというものだ。

 

「キューギョー中?」

「ああ、今はランク戦で競い合う間柄だからね。君達はもうB級上位に上がって来たし、いずれぼく達とも戦う事になるだろうからね。である以上、師弟とはいえある程度距離を離すのは当然だろう?」

「なるほど」

 

 なので遊真は単純に王子の言った単語が気になって質問したのだが、どうやら王子はそれを師弟を休業中である理由を尋ねられたと解釈したようで、その理由を継げていた。

 

 一方遊真も王子の物言いからある程度言いたい事を察した為、それ以上は追及しない。

 

 まさか今更言い回しの意味が分からなかったとは言えないので、当然の対応と言えるだろう。

 

「けれど、休業中とはいえオッサムは可愛い生徒だからね。必要なら助言もするし、可能な範囲で手助けもするさ。これでも、オッサムの事は気に入っているからね」

「ふむ。オサムを気に入るとは、お目が高い」

「ふふ、それはクーガーにも言える事じゃないかな」

「たしかに」

 

 遊真は王子の言葉、即ち修への好感情に対して一切の嘘が無い事を見抜き、「この人はオサムの味方」判定を下した。

 

 勿論試合で戦う時は容赦など微塵もしないだろうが、プライベートでならば修の心強い味方になるであろう人材である事に間違いは無い事を悟ったのだ。

 

 修への好感度は元より天元突破している遊真からすれば、そういった人物は大事にする以外の選択肢は無い。

 

 味方という意味であれば遊真達と深い関わりのある迅や修と何かと関わる機会の多い木虎が思い浮かぶが、前者はその未来視(ちから)故の、後者は広報部隊という立場故のしがらみがあり、どんな状況でも無条件に味方になってくれる、とは言い難い。

 

 迅は大局の為ならある程度修に負担を強いる事も辞さないし、木虎は広報部隊という色々と気を遣う立場である為修いち個人への協力を行うのも一苦労なのだ。

 

 勿論迅は必要なら無茶を課すというだけで身の安全には精一杯気を配るし、木虎も自分の出来る裁量の範囲内で尚且つ修の行動に通理が通っていれば協力してくれるだろう。

 

 それでも二者共に己の立場が足枷となる為、自由に動けるポジションとは言い難い。

 

 その反面、王子はそういった能力的な立場も組織的な背景もさして関係ない立ち位置におり、フットワークの軽さで言えば二者を大きく上回る。

 

 勿論迅や木虎のように特殊な能力や特別な立場を持っていない為出来る事には限度があるが、単に人手が必要な状況であれば心強い味方になるであろう事は間違いない。

 

 修は本人の性根は善性だが目的の為なら周囲からの眼を一切気にしない悪癖があるのでその行動力故に繋がりは広げ易い反面敵も作り易い為、いざという時に味方になる人を増やしていこうという魂胆が遊真にはあった。

 

 自分を顧みる事がまずない修の行動に関しては本人に言っても無駄である事は散々理解しているので、彼の行動の結果生じる問題を周囲と協調して後処理した方が早いと判断したのだ。

 

 緑川の時のように遊真がケジメを付けさせれば済む問題であれば良いが、問題が大きくなれば彼だけの力で事を収めるには限界がある。

 

 その点見るからに頭が回り清濁併せ呑めるタイプであろう王子は格好の人材であり、遊真としては逃す手は無い。

 

「オサムをよろしく頼みます。()()()()()

「ああ、()()()()()()()。クーガー」

 

 そしてとうの王子はそんな遊真の魂胆を見抜いており、即断でその手を取った。

 

 遊真に看破されている通り王子の修に対する弟子馬鹿っぷりは相当なものであり、自分に可能な範囲でなら幾らでも手助けをしたいと元々思っていた。

 

 とはいえ常に一緒にいるワケではない為修の危機に即応出来ない事だけがネックだったが、遊真がその()()になってくれるのであればこれ以上の事はない。

 

 よって両者の思惑が合致し、これにより修大好き人間(ガチ勢)二人による暗黙の協定が結ばれたのだった。

 

「けど、戦う時は手を抜かないからね。そういう意味でもよろしく、クーガー」

「うん、それはこっちも同じなので」

 

 とはいえ、いざ戦うとなれば容赦などする理由は微塵もないしむしろそんな真似をする方が不義理だろう。

 

 協力関係を結んだとしてもそれに関わらない範囲なら一切のブレーキがかからないあたり、ある意味でそのドライさは似た者同士と言える。

 

 二人共戦いに関しては勝ちを貪欲に求めない方が失礼であるという認識があり、それ故に価値観の合致が起きているのだ。

 

 このあたり、目的達成以外は一切眼中にない修には理解出来ない感性だろう。

 

 目的を果たす過程で生じる戦闘を修は()()()()と認識しており、遊真のように戦いそのものを楽しめるようなタイプではない。

 

 その為目的達成の過程で得られる達成感や充足感等は眼中になく、ただひたすらに前に進む事しか考えていないのだ。

 

 勿論その過程でお世話になった相手には礼を尽くすが、戦いそのものを楽しみとする感性は今後も彼が理解する事はないだろう。

 

 前へ進んでいる感覚を喜ぶ事はあるかもしれないが、それはあくまでも目的に近付いた為の歓喜であり、充足感そのものを求めているワケではないのが筋金入りだ。

 

 修の目的は遠征行きのチケットを手にして麟児を探しに行く事であるが、それは今更焦って時間制限を気にするようなものではなく、故に今の彼に焦燥感はない。

 

 麟児が失踪してから既に大分経過しており、今更急いだところでさして変わりがないというのもある。

 

 これが一刻も早くレプリカとの再会を目指す、という目的が加わっていれば焦って空回りした可能性もあるが、幸いな事にそうはなっていない。

 

 だからこそ修は冷静に目的の為の邁進にのみ思考を集中する事が出来ているので、余裕があるが故に本人にとって余分と思えるものに目を向ける事はないのである。

 

 そんな修の性質を遊真は理解しているが、だからといって彼を大事に想う心が変わる事はない。

 

 そのあたりは王子も承知しているので、こうして波長が合った、というワケであった。

 

「あん? 王子(オージ)じゃない。なんでアンタが────────って、そういや修の師匠やってたっけ」

「ミッキーか。察するに、オッサム達の迎えかい?」

 

 そこにやって来たのは、誰あろう小南である。

 

 コートを身に纏いながら腕時計を確認する小南は王子を一瞥して一瞬怪訝な顔をするが、「そういえば修の師匠だったわね」と思い直して警戒を解いた。

 

 既知の間柄であるからこそ王子の厄介さを知る小南としては、むしろ穏当な接し方と言える。

 

「そーよ。本部に来る用事があったから、ついでにね。ホラアンタ達、レイジさんが車で待ってるからさっさと行くわよ」

「あ、はい。それじゃあ王子先輩、ぼく達はこれで」

「ああ、またねオッサム。いつになるかまでは分からないけれど、当たった時はよろしく頼むよ」

「はいっ!」

 

 王子の激励を受け、修は遊真達を引き連れて歩き出す。

 

 そんな修達の背を見詰めながら、小南はふぅん、と呟き腕組みをして王子へと向き直った。

 

「なんだかんだ、まともに師匠やってるみたいね。アンタ、教師適性とかあったんだ」

 

 

 

 

「これでも教えるのは得意だし好きだからね。とはいえ戦闘に関する事じゃ、ミッキーの方がずっと先輩だけど」

「当然よ。アタシはボーダー最強部隊のエースだもの。太刀川にだって、誰にだって負ける気はないわ。アタシ、強いんだから」

 

 えへん、と胸を張る小南を見て王子は微笑ましいものを見たように軽く肩を竦めた。

 

 その傲岸不遜とも取れる台詞は他の誰が発言しても過大な妄想となるが、唯一小南桐江だけは例外である。

 

 旧ボーダーでもかなりの古株であり、幼い時分から本物の戦場で剣を執っていた少女。

 

 それが小南であり、その戦闘力はボーダー最強部隊のエースの名を背負うに相応しい。

 

 彼女の公的な攻撃手(アタッカー)順位は三位だが、これは玉狛支部が独立して小南がランク戦から離れる前のポイントを参照してのものである為、現在の一位である太刀川に直接負け越したワケではないのだ。

 

 故に彼女の強さへの自負に裏打ちされた実力は本物であり、王子はもし自分の部隊総出で戦っても小南一人に蹴散らされるだろうという予感すらある。

 

 一人で一部隊換算という例外的扱いを受けるだけの実力を、確かに彼女は持っているのだから。

 

「言っとくけど、遊真はアタシの弟子だからね。今回は負けちゃったみたいだけど、次はこうはいかないわよ」

「へぇ、それは楽しみだね」

「ま、精々戦う時を楽しみに待ってなさい。アンタ達も、ウチの子達がコテンパンにしてやるんだから」

 

 じゃあね、と言いながら小南はその場を後にする。

 

 相変わらずだね、とその振る舞いに苦笑しながら王子は踵を返し、岐路に着く。

 

「────────本当に楽しみだよ、オッサム。きみと、直接戦り合えるその時がね」

 

 師として、そして一人の少年として王子は己が愛弟子の挑戦を待ち望む。

 

 その時が来るのは、そう遠い事ではなさそうだった。

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