香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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香取葉子Ⅳ

 

 

「…………はむはむ」

「ご機嫌ね、樹里。そんなにそのどら焼き好きなんだ」

「ん」

 

 和菓子屋、「鹿のや」の近くの路上。

 

 打ち上げだと言ってバーガークイーンに向かった香取隊の面々は、樹里を誘った時の約束を履行する為に彼女が贔屓にしているこの店でどら焼きを購入していた。

 

 この鹿のやはボーダー隊員の中でも主に女子に人気のある店で、嵐山隊の綾辻等も好物として此処のどら焼きを気に入っている。

 

 基本的に食事に対して淡泊な樹里もこの店のどら焼きだけは口にする機会があれば積極的に食べようとするくらい、三門の和菓子好きにとって無視出来ない代物なのだ。

 

 ただ、美味しいだけあって値段は少々お高く、あまり頻繁に買いに行ける所ではない。

 

 お中元等でも候補に上がる程度の代物、と言えば大体伝わるだろう。

 

 なので香取や華は前以てハンバーガーで腹を満たしていた事もあって一つ買うのみに留まっていたのだが、樹里は3つも購入して今そのうち一つを口にしていた。

 

 鹿のやは中で食べるスペースもあるのだが閉店時間も近かった為、買うだけ買って出て来たのだ。

 

 バーガークイーンで色々食べたばかりの香取や華からすれば文字通りの買い食いを敢行する樹里の姿は少々思うところがあったが、嬉しそうにどら焼きを頬張っている彼女の姿はなんだか小動物のようで可愛らしい。

 

 基本的に幼馴染大好き人間である二人は樹里に対しては口では色々言うものの結構甘く、自分の譲れない部分と衝突しない限りは彼女の好きにさせている。

 

 但し、年頃の女子高生としては気になるカロリー等の問題から目を背けたい香取としては樹里が食べても太らないタイプの少女である事だけは許し難いと思っていた。

 

 以前に香取が「そんなに食べたら太るわよ」と彼女を揶揄した際、「わたし、食べても太らないみたいだから」と答えた時には思わず目が点となったものである。

 

 現実として樹里はかなりの偏食家であるにも関わらず体型が変わったり栄養関係で不調になった事がないので、食生活の影響をあまり受けない性質がある事は事実であった。

 

 それが判明した時は「何その不公平喧嘩売ってるのねえ売ってるのよねじゃあ買うわよ全力で買ってやるわよ望み通り大人買いしてやるわよこの(アマ)ァ!」と香取がブチ切れたのもまた、一つの思い出である。

 

「ホント、嬉しそうに食べるわねアンタ。その能天気さが羨ましいわ」

「ん。葉子って食生活とかそういう面倒なの気にするタイプだったっけ?」

「むしろ気にしない方がおかしいでしょ女子高生なのよアタシ等。アンタが羨ましい体質なのは知ってるけどねぇ────────というかその体質寄越しなさいよアンタの偏食ぶりでもそのスタイル維持出来るとかどう考えてもおかしいでしょうがねぇ舐めてんの舐めてんのよねそうなのよねぇ…………っ!!??」

「葉子、うるさい」

 

 訂正。

 

 今現在も禍根は残っており、香取はその事実を思い返す度に切れ芸をかましていた。

 

 以前は基本的に後先を考えずに刹那的に行動する事が多かった香取であるが、樹里との再会以降は良くも悪くも一つの事に熱中しておりその為に色々と考えを巡らせていた為、その結果として行動する前に思考を挟む、という傾向が見られるようになった。

 

 勿論戦闘等の一分一秒を争う機会では即断即決であるが、日常では後悔先に立たずを経験しないように割と気を配っているのだ。

 

 とはいえ香取の場合直感的に動いた方が正解を掴む事が多いので、あくまでもそういう事もするようになった、という程度ではある。

 

 しかし前進以外の選択肢を視界に入れた事によって、これまで目を背けて来た栄養の偏りによる体型の崩れという将来的な懸念も考えるようになったのだ。

 

 その為に樹里の体質がどれ程羨ましいものかも理解しており、事あるごとに怒声をぶつける事になったのである。

 

 なお、樹里も本気で香取が自分を嫌っているワケではないと分かっている為、最早それはじゃれ合いと化しているのはご愛敬だ。

 

 なんだかんだで香取も再び幼馴染と一緒にいられるようになった事で、少なからずはしゃいでいる面もあるのである。

 

 この程度のじゃれ合いは、可愛らしいものと言えるだろう。

 

「葉子、あまり騒がないで。見られるよ」

「わ、分かったわ」

 

 しかし、華の一声でその暴走も止まる。

 

 基本的に香取は華の言う事には逆らわないので、他者から見ればその姿は借りて来た猫のようにも見えるだろう。

 

 そんな香取に、華も若干呆れ気味である。

 

「それに、体型を気にするなら食事を節制すれば良いだけの事だと思う。葉子、まだ夜中にお菓子とか食べてるんじゃないの?」

「失礼ね。たまにしか食べてないわよ」

「太るよ?」

「んなワケないじゃない何言ってんのよ華じゃあ証明してあげるから今夜泊まりに来なさい一緒にお風呂入れば嫌でも分かるでしょうからとっとと準備して────────」

「別にいいけど。葉子、親御さんには言ってあるの?」

「華ならいつでもオールオッケーに決まってんじゃない何言ってんのよ今更でしょうが」

「そうだね。うん。そうだよね。葉子は、そうじゃないとね」

「…………?」

 

 再度訂正。

 

 華は何も、香取の行動に呆れていたワケではない。

 

 第一に幼馴染を大切に想っている、否。

 

 かなり重めの感情を向けているのは、三人の共通項である。

 

 その為華も内心では香取で遊んだり樹里をお世話したいと思う事は多々あり、今回は楽し気にじゃれている二人が羨ましくなったのだと思われる。

 

 なので、自らの欲望に従って言質を取るよう誘導したのだろう。

 

 さり気なく香取家へのお泊りの約束を取り付けているあたり、手慣れている感すらある。

 

 見た目は控えめな文学少女に見えるが、これでいて自分の意見を求められればハッキリとそれを口に出来るあたり、我を通す意志力は相当に強い。

 

 人は見掛けに依らない、という一例であった。

 

「ん、お泊り会やるの?」

「明日も普通に学校だからあんまし派手な事出来ないけどね。なに、樹里も来る?」

「ん。遠慮する。葉子の家のお風呂に三人は、狭いと思う」

「馬鹿にしないでよ三人くらい余裕で────────────────」

「余裕で?」

「────────無理」

「だよね」

 

 ぐぬぬ、と香取は言葉を詰まらせる。

 

 香取の家は一度四年前の大規模侵攻で瓦礫と化しているが、その後補助等もあって新しい家に移り住む事が出来た。

 

 しかし特に裕福でもない一般家庭である香取家は欲張って高い家を買うよりも補助金を活用して無理のない範囲のレベルの家を選んだ為、家内のスペース等はそこまで広くはない。

 

 浴室は極端に狭いワケではないが広いと言える程ではなく、とてもではないが少女といえど三人が一緒に入るのは狭過ぎる。

 

 無理やりは入れなくはないものの、流石に浴槽にはぎゅうぎゅう詰めとなってしまい寛ぐどころではないだろう。

 

 樹里のあまりの正論ぶりに、言い返す言葉が見つからない香取であった。

 

「あ、じゃあ樹里の家行けばいいじゃない。あそこ、結構大きいマンションだし浴室も広いんじゃないの?」

「ん、無理。精々二人が限界」

「アンタも人の事言えないじゃないの」

「わたし、マンション。葉子、一軒家。むしろ、こっちは狭いのが当然」

「自慢気に言ってんじゃないわよこのスカポンタンッ!」

いふぁい(痛い)ふぉうこ(葉子)

 

 なお、余計な挑発をした所為で香取に頬をぐにぐにと引っ張られる事になったのはご愛敬である。

 

 それでも何処か楽し気にしているのは、幼馴染の気安さ故だろうか。

 

「…………なぁ、オレ等もう帰っちゃ駄目かな」

「…………えーと、駄目じゃないかな多分。空気に徹しよう、空気に」

 

 ちなみに、流れで同行する事になってしまった若村と三浦は女子同士の姦しい赤裸々な会話を前に完全に縮こまってしまっていた。

 

 この調子だともっとあからさまな会話になりかねない空気を前に戦々恐々としているあたり、隊内の人間関係の序列が分かろうというものだ。

 

 何せ、樹里の加入によって男女比が2:3と傾いている。

 

 ただでさえ声の大きい香取が隊長だというのに、数の差という如何ともし難い現実を前に男性陣の立つ瀬は限りなく狭くなっていた。

 

 樹里加入の騒動によって隊の淀んだ空気が一新されて前へ進めたのは良い事であるが、それはそれとして女所帯での男の立場などお察しである。

 

 これまでは身内部隊故の気安さで悪い意味で遠慮なく文句を言っていたが、樹里は若村達にとっては香取達の幼馴染と紹介された第三者である。

 

 ROUND2での失敗から関係性を見直す方向に舵を切ってはいるが、プライベートではまだまだ親しいとまでは言えない。

 

 しかも樹里が妙に若村に対抗心を出してくる傾向にあるので、基本的に隊の中で男性陣の意見が通る事は稀であった。

 

 公私がハッキリ出来たのは良いが、ハッキリし過ぎて逆にプライベートでの立場が下がってしまったのは何とも哀しい事である。

 

 それでも以前より隊が巧く回っている実感はあるので、許容以外の選択肢が存在しない事は置いておく事とする。

 

「あん? アンタ等男なんだから送って行くくらいしなさいよ。サボりは許さないんだからね」

「送ってくって、お前の家までかよ?」

「そうだけど? 何か問題ある?」

「…………ねぇけどよ」

 

 なお、単なる男女比だけが原因かと言われると即答出来ない事も一つの遠因と言えた。

 

 それが何なのかは、若村の名誉の為に言及しないでおくのが優しさである。

 

「そういえば、樹里ちゃんの家って警戒区域のすぐ傍だよね? そっちに家がある人いないし、大丈夫かな?」

「…………癪だけど、本当に癪だけど付き添いを呼んであんのよ。すぐそこにね」

「…………あー、お邪魔だったかな?」

「ううん、呼んだのはこっちだから気にしないで。佐鳥くん」

 

 そこで樹里の帰り道をどうするかという問題に気付いた三浦だったが、香取が本当に恨めし気な声で呟いたのを契機に、進行方向に見知った影があった事に三浦は初めて気が付いた。

 

 今の今まで気付いていなかったが、そこにいたのはコートを羽織った佐鳥であった。

 

 ジト目で睨みつける香取を尻目に華はすかさずフォローを入れ、それを受けた佐鳥は苦笑する。

 

 何の事はない。

 

 樹里の住むマンションは警戒区域のすぐ傍、というか境界線上に存在し、此処からそこへ向かうには来た道をUターンするくらいのつもりで歩かなければならない。

 

 その為、香取は渋々ながらも華の説得に応じて佐鳥を呼ぶ事に同意したのだ。

 

 既に周囲は暗くなっており、こんな時間帯に幼馴染の少女をたった一人で帰らせる程香取は常識知らずではない。

 

 別に香取自身が付いて行っても良いのだが、彼女の両親は割と真っ当な神経を持つ普通の大人であり、遅い時間に娘が一人で帰って来る事に関しては難色を示している。

 

 流石に今から樹里のマンションまで行ってから帰ったのでは相当遅い時間になってしまうので、佐鳥にヘルプを頼んだワケだ。

 

 これは偏にバーガークイーンで時間を潰し過ぎた状態で鹿のやに寄ってから帰った場合時間帯がどの程度遅くになるかを計算しなかった香取の落ち度であり、その理由もあって佐鳥に樹里を任せるという噴飯ものの行動を許容したのである。

 

「言うまでもないけど、泊まったりとか不適切な行動はしないようお願いするわね。言うまでもないけれど」

 

 ちなみに、それでも念押しをするのが華である。

 

 佐鳥が常識ある人間なのは知っているが、それでも幼馴染を任せる事に関して何も思わないワケではないのは華も同じだ。

 

 香取のように強い言葉を使わない分、こっちの方が怖いと佐鳥は思うのであった。

 

「分かってますって。佐鳥は約束は守る人間ですから」

「賢、泊まらないの?」

「泊まりませんからね本気(マジ)で。いや、フリじゃないからね樹里ちゃん」

 

 むぅ、と不貞腐れる樹里と、それに伴い加速度的に不機嫌になっていく香取に挟まれて佐鳥は内心で頭を抱えた。

 

 気分は、針の筵である。

 

 心なしか、華の視線の温度も低くなっているような気がする。

 

 特に失言も何もしていない筈なのだが、天然発言(じゅり)の前ではそんなものは何の意味もないらしい。

 

 その事を、改めて実感する佐鳥であった。

 

「ああ、それから大勝利おめでとうございます。聞くところに依ると、猛吹雪ってガチ悪天候の中で玉狛と弓場隊に勝ったらしいですね」

「情報が速いじゃない。なに、見てたの?」

「いえ、菊地原(ゆうじん)に話を聞いただけですよ。どうやら、玉狛の試合は欠かさずチェックしてたみたいで」

「ふぅん」

 

 何とか話題を変えようと強引に話を切り出した佐鳥であったが、話題選びが良かったのか香取はすんなり乗って来た。

 

 基本的に精神年齢は年相応なので、称賛の言葉を受ければ嬉しくない筈がない。

 

 というよりも色々と意識していた三雲修に勝ったという香取の機嫌貯金に余裕があるだけだったりもするのだが、そこは置いておく事とする。

 

 誰だって、不機嫌な香取を相手にしたくないのは同じなのだから。

 

「じゃ、行こっか樹里ちゃん。完全に暗くなる前に帰ろう」

「ん、分かった。じゃあね、葉子」

「うん、また明日ね」

「ん。また明日」

 

 樹里はそう言って、佐鳥の手を掴んで帰路に就いた。

 

 目の前で手を繋いだので香取の不機嫌メーターが再び下降を始めたが、ご機嫌貯金の影響か追いかけて罵声を浴びせるまではいかない。

 

 色々仕方ないと思いつつも、「やっぱアイツムカつく!」と一人佐鳥へのヘイトを充填する香取であった。

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