香取隊の狙撃手   作:デスイーター

202 / 492
木岐坂樹里⑤

 

 

「はい、賢。一緒に食べよ」

「え、それオレの分だったの?」

「そだよ。賢が迎えに来る事は知ってたから。わたし、そこまで食いしん坊じゃないよ?」

 

 そう言って、樹里はぷくぅ、と頬を膨らませた。

 

 樹里は佐鳥に送られてアパートに帰るなり、当然のように彼を中に連れ込み開口一番持っていたどら焼きを差し出したのだ。

 

 普段から彼女の鹿のやのどら焼きへの愛好ぶりを知る佐鳥は大事そうに手に持っていたどら焼きは当然樹里本人が食べる為のものだと思っていたのだが、どうやら最初から佐鳥の分まで勘定に入れていたらしい。

 

 それを勘違いしていた事に、樹里は少々ご立腹のようであった。

 

「別にそうは言ってないっしょ? そういう事なら、ありがたく頂くよ」

「ん」

 

 とはいえ、そういうつもりで用意されたものならばむしろ受け取らない方が失礼だろう。

 

 なお、此処で「その分のお金は出すね」と言い出さないあたり、佐鳥は良く分かっている。

 

 基本的にこういう贈り物は相手に自分の厚意を受け取って貰いたい、相手の喜ぶ顔が見たい、という感情から来るものであり、遠慮をして贈り物の補填を金銭で行おうとする行為は失礼にあたる。

 

 少なくとも、こういった親しい者同士のやり取りでそれは無粋でしかないからだ。

 

 今回の場合は男女間のやり取りでもあるので、猶更である。

 

「じゃあ、何かしら飲み物があった方がいいかな。このあたりコンビニはないけど、自販機なら確かあった筈だよね」

「ん、問題ない。カフェオレならあるからそれで充分」

 

 また、今回はどうやら珍しく樹里の側の準備が良い様子であった。

 

 樹里の住んでいるアパートは警戒区域の境界線上という立地にある為、近くにコンビニはおろか有人の建物自体が殆ど存在しない。

 

 三門市に於いて警戒区域は危険地帯として扱われており、一般人の立ち入りはそもそも禁止されているが、余程の馬鹿でもない限りは市民はまず近付く事のないエリアである。

 

 その為「警戒区域に近い」というだけで飲食店等は客足が遠のく傾向にあり、多少近い程度ならば問題はないが、この場所のように目と鼻の先に警戒区域がある、という立地に好き好んで店を建てる者はいないのだ。

 

 それでも少し歩けば自動販売機くらいはあるのだが、何か入り用になった時に不便な場所である事に間違いは無い。

 

 故に佐鳥は定期的に生活必需品の買い出しを樹里と共に行っており、冷蔵庫の中身もある程度は把握している。

 

 彼女に買い物を任せると基本的にゼリーや栄養補助食品等の簡素なものしか買わない為、そのあたりを佐鳥がフォローする形となっている。

 

 米を買ってもどうせ碌に炊飯をしない事が分かっているので温めれば食べられるご飯の方を買うようにしているし、調味料の類も基本的に興味を持たないので佐鳥が料理出来る範囲で必要なもののみ買うようにしている。

 

 こうした佐鳥の努力によって放置すればゼリーと栄養補助食品だけで食事を済ませようとする樹里の食生活は辛うじて体裁を保つ事に成功しているので、冷蔵庫の中身の把握は毎回きっちり行っているのだ。

 

 佐鳥の記憶ではカフェオレは切らしていた筈なのだが、その答えとして樹里はバッグに手を突っ込みそこからカフェオレのパックを二つ取り出した。

 

「これ、買っといた」

「そっか、ありがと」

「ん」

 

 どうやら佐鳥と合流する前に予め買っておいたもののようで、それならば彼が知らなかった事も頷ける。

 

 多少時間が経過しているので温くなっているのはご愛敬だが、コップに空けて氷を入れればマシになるだろう。

 

 時期的には冬であるが、暖房の利いた部屋の中で氷入りの飲み物を口にするのもまた良いものなので、早速佐鳥は準備を始めた。

 

 樹里はこういった事に関しては気が利かないというか無頓着なので、率先して行っている次第である。

 

 食べれれば何でも良い、飲めれば何でも良い、とまでは言わないが樹里は結果として良いものが出来ようが払う労力自体を厭う方が多いので、色々と気が付く佐鳥がこういう動きをするようになったのは自然な流れであった。

 

 樹里はズボラとまでは言わないが────────────────訂正。

 

 基本的にズボラであり、なるだけ労力をかけずに生きていたいと思う少女である。

 

 コストカット出来る部分は躊躇いなくやっていく生活様式(スタイル)であり、食事関係はその最たるものだ。

 

 なので料理はやらないし、栄養補給さえ出来れば良いとしてゼリー等で済ませようとする事も多い。

 

 香取隊とのあれこれを通じて色々成長をしても、根本的な性格の部分は何一つ変わっていないのでこの傾向が改善に向かう事はないだろう。

 

 ちなみに、そもそも彼女がこのような性格傾向になったのは幼少期に香取や華が面倒臭がりな彼女の世話を好き好んでやっていた事も影響している。

 

 口では色々言うものの香取達は基本樹里に対しては激甘なので、そこで甘やかされた結果自分から動く事を厭う今の彼女が完成したワケである。

 

 三つ子の魂百までの言葉通り幼少期の経験はその後の人生に大きな影響を齎す事が多く、そういう意味では香取達の功罪は大きい。

 

 香取達が幼馴染として親しくしなければ樹里はそもそも人付き合いそのものを厭い拗れた性格になる事も充分考えられたので、善し悪しではあるのだが。

 

「はい、出来たよ」

「ん、ありがと。はむ」

 

 なので佐鳥から氷を入れたカフェオレの注いだコップを受け取る樹里はさも当然といった顔をしており、カフェオレの袋から取り外したストローを差し入れてチューチューとその中身を飲み始めた。

 

 ちなみに樹里は飲み物は基本的にストローで飲みたがる傾向があり、このように自宅でもそれは同様である。

 

 本人曰く「こっちのが楽」との事で、近くのテーブルに無造作に置かれている100均ストローの山がその証明となっている。

 

 ちなみに樹里は洗い物も面倒臭がるので、それもまたゼリー食を好む理由の一つとなっている。

 

 ストロー同様に100均のスプーンや割り箸も買い込まれている様子からも、それが分かるだろう。

 

 女性としてはどうかと思う生活スタイルであるが、色々世話を焼き結果的にそれを助長する側の佐鳥としては強くは言えないのであった。

 

 まあ、「ストローで飲んでるからコップは洗わなくても良い」という暴論を樹里が展開した時には流石にお説教はしたが。

 

 「オレ、なんだかオカン属性に染まってない?」と時折思う事がある佐鳥賢16歳なのであった。

 

「やっぱりこのどら焼きは美味しいね。樹里ちゃんが好きなだけあるや」

「ん、鹿のやのどら焼きは最高。これだけ食べて生活したい」

「いや流石にそれは栄養が偏るどころじゃないから駄目だからねっ!?」

「んー?」

「そこ、分からないフリしない。出来る出来ない以前にやっちゃ駄目ですからね?」

 

 ちぇっ、と唇を尖らせる樹里が何処まで本気なのかは知る由もない。

 

 本気なのかそうでないのか判断に困る冗談を口にした樹里を、前者だと判断して佐鳥は流石に注意を加えた。

 

 傍目からは表情があまり変わらないように見える樹里なので、冗談かそうでないかは非常に区別し難い。

 

 香取ならば幼少期からの付き合い故にちょっとした仕草でそれが察知出来るのだが、流石に濃密な時間を過ごして来たとはいえ出会って一年ほどの佐鳥に同じレベルを求めるのは無理がある。

 

 むしろそれだけの期間しか経過していないのにこれだけ懐かれている時点で少々例外的なのだが、彼女の場合は事情が特殊なのでそこは置いておく。

 

 ともあれ樹里ならば普通に「好きなものだけ食べて生活したい」と考えても何らおかしくはないので、念を押したというワケだ。

 

「…………体型変わらないから、大丈夫なのに」

「それでも女の子的にそういうの駄目だと思います。女の子らしくしろって強要するワケじゃないけど、少しは見栄を張る事も覚えようね。そういうのって、社会では重要になって来る事が多いからね」

 

 佐鳥の言葉は説教じみてるが、何の事はない。

 

 彼は広報部隊の一員として、大人に交じって色々と仕事をする機会が多い。

 

 その中で理不尽な目に遭う事もあれば、現実の無情さを直視する事もある。

 

 そういった社会の厳しさを一足先に体感している佐鳥としては、当然の提言と言えよう。

 

 まあ、ある程度知識を自慢するような口調になっているあたり、僅かながら年相応さが見え隠れはしているが。

 

 精神的に成熟しているとはいえ、その本質は高校生。

 

 世界が思った通りにいかないという現実を知ってはいても、随所に年相応さは出て来るものなのだ。

 

 香取隊の面々のように分かり易い形でそれが表に出ないだけで、彼を含むボーダー隊員が年頃の少年少女である事に違いはないのだから。

 

「ん、それとももうちょっとおっぱいは大きい方がいい? そういう事なら少しは考える」

「はうぇっ!? な、何言ってんのよ樹里ちゃん…………っ!?」

 

 なお、突然の爆弾発言で佐鳥の大人の余裕は一瞬で粉微塵になった模様である。

 

 いきなりこんな話をされて何も反応しない程、佐鳥は男を捨てていない。

 

 むしろ、年頃の男子高校生としては自然な反応どころか紳士的な反応と言えるだろう。

 

 そんな佐鳥に対し樹里はキョトン、と首を傾げた。

 

「ん。賢がしつこく言うから、わたしの身体に不満でもあるのかなと思って」

「違うに決まってますからねこれマジですからねっ!?」

「なら、今のわたしでいいんだ。これくらいで丁度良い?」

「うぇっ!?」

 

 突然自分の胸を持ち上げてその輪郭を強調して来る樹里に対し、佐鳥は顔を真っ赤にしてあたふたする。

 

 少女の手で持ち上げられた双丘は衣服越しにもその柔らかさを視覚の暴力で伝えて来ており、もっとあられもない姿すら見た事がある佐鳥の脳裏には否応なく当時の記憶がフラッシュバックしてしまう。

 

 結果、碌な対処も出来ずに思考がフリーズしてしまった。

 

 どう答えても碌な結果にならない質問に対し佐鳥が右往左往していると、樹里は気が済んだのか胸から手を離した。

 

 その仕草でふよん、と双丘が揺れたのは見なかった事にする。

 

 樹里にはバレバレであるが、男の子には見栄というものがあるのである。

 

「ん、冗談。賢がちょっとしつこかったから、お返し」

「…………すみません調子乗りました勘弁して下さい」

「よろしい」

 

 まあ、既にこの場の勝ち負けは決まったようなものであるが。

 

 佐鳥が項垂れる様子を見て、樹里はニコリと微笑みを浮かべる。

 

 天然なのか計算なのか若干怪しいところであるが、その浮世離れした美貌でこれだけの笑顔を見せつけられると何でも許してしまいそうになる。

 

 TRPGの魅力値(APP)換算すれば18はありそうな造詣の美少女なだけに、その笑顔の破壊力は半端ではない。

 

 特に滅多に表情筋を動かさない少女が親しい人間にのみ見せる笑みは、値千金の価値があると言えるだろう。

 

 なんだかんだで、根本的な力関係は勝てそうにない佐鳥であった。

 

「そ、そういえば樹里ちゃん。あそこまでの悪天候で戦う事って今までなかったと思うけど、どんな感じだった?」

 

 この話題を続けるとマズイと悟った佐鳥は、強引に話を変える。

 

 少々わざとらしかったが、既に樹里は満足したようですぐに話に乗ってくれた。

 

「ん、いつもみたく常に相手を視認出来ないのは不便だったしストレス溜まった。でも、最後に弓場さんを蜂の巣に出来たのは気持ち良かった。手伝ってくれた若村先輩には感謝しても良い」

「素直じゃないなぁ」

「何か言った?」

「いえいえ、何も言ってないですよっと」

 

 むぅ、と頬を膨らませる樹里を尻目に、佐鳥はため息を吐く。

 

 猛吹雪という前代未聞の悪天候を前に樹里が余計なストレスを抱えていないかを確かめるつもりではあったが、この調子なら心配はなさそうだ。

 

 若村への印象も改善傾向が見られているので、問題は無い。

 

 素直にそれを認めないあたりは可愛らしいが、此処で追及を行うと今度はどんな()()()をされるか分かったものではないので、口を噤んでおく佐鳥であった。

 

「あ、そういえば次の対戦組み合わせが決まったみたいだよ。携帯端末、まだ見てないでしょ」

「ん、そだね。見てみる」

 

 そこで佐鳥は今日のランク戦の夜の部が終わり次の試合の組み合わせが決まっていた事を思い出し、それを確認するよう促した。

 

 樹里は佐鳥に言われるがままに懐から携帯端末を取り出し、眼を通す。

 

「ふぅん」

「何処が相手だったの? 樹里ちゃん」

 

 そして、携帯端末に示された内容を確認した樹里は眼を細める。

 

 その様子が気になった佐鳥が質問すると、樹里は顔を上げ答えた。

 

「────────鈴鳴第一と、生駒隊だって。どっちも、戦うのは初めてだね」

 

 ランク戦、第四試合。

 

 その相手は、鈴鳴第一と、生駒隊。

 

 奇しくもどちらも攻撃手ランク上位のエースが在籍するチームであり、そして。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()鈴鳴の、雪辱戦とも呼ぶべき試合となる。

 

 B級ランク戦、ROUND4。

 

 次もまた、一筋縄ではいかない試合となりそうであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。