「鈴鳴と生駒隊か。まさか、ここで鈴鳴がもう一度上位に上がって来るとは思ってなかったわ」
香取隊、隊室。
翌日にこの場に集まった隊の面々を前に、香取は神妙な顔で呟いた。
それはそうだろう。
何せ、鈴鳴はROUND2で玉狛に惨敗を喫したばかりだ。
だというのにたった一試合で5得点を獲得し、上位に上がって来るとは予想外にも程があったと言えよう。
「けれど、隊の
だが、ある意味では妥当だと華は言う。
鈴鳴第一の最大の特徴は、NO4攻撃手である村上が在籍している事だ。
正直に言ってこの点が鈴鳴の順位を上げている要因であると言っても過言ではなく、彼の存在の持つ意味は重い。
それだけ、村上鋼という攻撃手の能力は優れているのだから。
「強化睡眠記憶、だったかしら。睡眠学習の極地みたいな
華の言う通り、村上には強力なサイドエフェクトがある。
強化睡眠記憶。
それは一度睡眠を挟む事によってその日に得た経験を100%の効率でフィードバック出来る能力である。
人は経験を糧にする生き物だが、一度体験した事を完全に記憶し、習得するなどといった事は早々出来ない。
故にこそスポーツ選手等は繰り返し鍛錬を積み、それを習慣とする事で己の糧としていくのだから。
だが、村上にはそれが可能なのだ。
それこそが村上の
これによって村上は一度戦った相手の手の内を完璧に肉体に記憶する事が出来、文字通りの意味で彼には同じ手が二度とは通用しない。
故に散々戦ったであろう中位の面々との戦闘記録は身体に染み付いている筈であり、巧く嵌まれば大量得点も不可能ではなかっただろう。
加えて、村上はその能力の性質上
他者の戦闘記録を完璧に習得出来るとはいえ、それを攻撃に活かせる場面はそこまで多くはない。
その真骨頂はあくまでも防御力にあり、一度戦った相手が村上に攻撃を通すのはそう簡単な事ではないのだ。
それがなくとも、片手に弧月を、片手にレイガストを構えるという西洋騎士じみた村上の戦闘スタイルは防御能力が非常に高い。
フィードバックした能力を防御偏重に割り振っている事もあって、初戦の相手であろうと彼の守りを抜くのは並大抵の事ではない。
幾ら来馬を狙えば必ず庇うという弱点があるとはいえ、それを巧く活用出来た玉狛の方が例外と言うべきなのである。
「そうね。村上先輩とは、あんまし正面からはやりたくないわ。今回は、生駒隊もいる事だしね」
「下手をするとやり合っている最中に生駒旋空が飛んで来るかもだしね。そうでなくともNO6
「部隊の地力も相当高いしね。ピーキーが極まっている玉狛なんかとは逆の、B級上位のお手本のようなチームなんだし」
加えて、今回は生駒隊という平均
生駒隊は上位で安定して戦っている強力なチームであり、B級の一位と二位がA級からの降格組である事を考えると、実質的にB級最強のチームと言っても過言ではない。
エースの生駒を始めとして、ブレインの水上にグラスホッパーを利用する風変わりな狙撃手である隠岐。
加えて突破力だけに目を向ければ相当なものを持つ南沢の四名で構成されているチームで、目立った穴のない優秀な部隊編成である。
その真骨頂は臨機応変な対応力にあり、どんな状況でも慌てず即応出来るだけの地力が彼等にはある。
二宮隊と影浦隊の降格という玉突き事故じみた事件がなければ、とうにA級に上がっていてもおかしくないポジションの部隊である事は間違いない。
強力極まりない二部隊が文字通りB級部隊の行く手を阻む蓋の役割をしている現状で一番割を食っているチームと言っても過言ではないのだが、それにも文句一つ言わずにマイペースを貫き通す個性的な部隊でもある。
実力、メンタル共に申し分ない部隊である事は誰しもが異論なく認めているだろう。
「特に、生駒旋空には常に注意をしなければならないわね。射程40メートルの防御が出来ない攻撃がいつ飛んで来るか分からないというのは、やっぱり脅威だもの」
「今、誰か俺を褒めてくれた気がするわ」
「何言ってんですイコさん」
生駒隊、隊室。
そこではいつも通り
急に突拍子もない事を言いだした見た目がイカつい男の名は、生駒達人。
この部隊の隊長であり、NO6攻撃手でもあるエースである。
「いやな。何となく誰か俺を褒めてくれた気がすんねん。これ、もしかして女の子が俺の噂してんのとちゃうか?」
「そういう事もあるかもしれませんね。一説には」
「イコさんモテ期来たっすかっ!?」
「かもですね。イコさんの時代が来たんじゃないすか?」
なお、その顔面から受ける印象とは裏腹に天然発言を繰り返す面白男でもあった。
部隊の面々も殆どが関西人なだけあってとてもノリが良く、生駒の振った話題に全力で乗っかっていく所が如何にも彼等らしい。
基本生駒隊は常時こんな雰囲気なので、明るい運動部そのまんまなイメージが具現化した部隊であるとも言えた。
「何言うとんねんアホらし。今はそれより次の試合の事やろ」
「なんやマリオ。嫉妬しとるんかいな」
「誰がするかっ!」
バチン、といつもの突っ込みが真織から入ったところで、水上はすっと目を細める。
いつも雑談ばかりの生駒隊とはいえ、やるべき事はしっかりやるのが彼の役目である。
その切り替えを察したのか、隊の面々が聞く姿勢に入る。
なんだかんだ、こういう切り替えの速さはB級上位で戦う者として普通に兼ね備えているのであった。
「香取隊と鈴鳴やな。香取隊とはもうなんべんもやっとるけど、鈴鳴とはこれで二度目やな。とは言うても、前回と同じとは考えへん方がええやろ」
「まあ、ROUND1で少しやり合いましたからね。こっちのやり方は、
生駒隊はROUND1で、二宮隊と共に鈴鳴とはやり合っている。
その時は二宮によって来馬・村上が序盤で倒され、浮き足立った太一を隠岐が狙撃して全滅に至った。
しかし多少なりとも村上との戦闘が発生した事は事実であり、こちらの動きを学習されている懸念は存在した。
「どやろ。村上の能力が何処まで応用が利くかにも依りますわな。そのあたりどうなんです? イコさん」
「なんで俺?」
「個人戦でなんべんもやり合うとる言うとったやないですか。そんなら、村上の能力についても詳しいのと違いますか?」
「言うても、同じ手が通用しないのは確かな事くらいしか分からへんで。一応それだけは確かやぞ」
「なるほど、了解しました」
水上はそう言って、生駒からの聞き取りを完了する。
短い会話だが、既に必要な言質は得ていた。
生駒が「同じ手は通用しない」と断言した以上、文字通りの意味で同じ戦略は通用しないと考えた方が得策だろう。
基本的に隊長らしい威厳等は皆無な生駒であるが、彼は独特の求心力を持っており、この部隊はそんな彼に惹かれて集まった面々である。
水上はその筆頭であり、この面白おかしい隊長以外を主と仰ぐ気は一切ない。
退屈を裏返してくれた彼を支える事以上の喜びなど、他にないからだ。
その彼の言動、直観力を水上は信頼しており、彼がこう言う以上はそれは確たるものなのだろうと考える。
少なくともROUND1で取った作戦は、最早村上に通用しないと考えた方が良いだろうと水上は判断した。
「ROUND1じゃ二宮隊と交通事故起こして脱落しちゃいましたけど、侮れる相手じゃないですもんね。太一くんも、浮足立ってたから落とせましたけどあれはラッキーみたいなモンでしたし」
「まあ、そんでも一度崩れると立て直しに難がある部隊なのは確かやな。問題は、そこに至るまでが結構な難問いう事やけど」
水上の眼から見ても、鈴鳴は厄介な相手であった。
ROUND1では早々に二宮隊とぶつかって纏めて蹂躙されたが、あれは二宮というMAP兵器と交通事故を起こしたようなものだ。
それだけを見て弱小部隊と判断するには村上の存在は大き過ぎた。
確かに圧倒的な弾幕の前に為す術なかったのは事実だが、それが出来る二宮は今回はいない。
加えて再戦である以上、村上の特性が相応に発揮される事が予想される。
間違っても、前回と同じと思わない方が良いだろう。
「それに、今回戦う香取隊は前期までとは別モンと思うた方が良いわな。メンバーの地力も相当上がっとるし、木岐坂いう怪物じみた駒が入りおったからな」
「怪物って言い方酷くありません? 女の子ですよ」
「まあ、それだけ注意せえいう事や。ちょっとした誇張表現やろ」
「それでも言い方あるいう事やろ。女の子相手なんやから留意せえ」
真織の突っ込みが入り、水上はやれやれ、とかぶりを振る。
これもポーズなのだが、一応話を円滑に進める為にはこのあたりでオチを作った方が良さそうだった。
「俺、味方おらへんの?」
「水上、俺はお前の味方やで」
「イコさん、そこは突っ込むトコですよ」
「そうなん?」
「そういう事です。ほな、香取隊の話やな」
期待通り生駒が乗ってオチを作ってくれた事で、話はようやく香取隊のものへ移る。
いつも通りの
確かに香取隊とは前期までに散々やり合っているが、今回は樹里という大駒の存在がある。
樹里は出水と同値のトリオンを持ち、その高火力を狙撃や射撃で押し付けて来る厄介な駒である。
水上の警戒も、間違ったものとは言えないだろう。
「見たトコ、隠岐と同じで見つかる事をあんま恐れてへんな。一応、そこが良くも悪くも戦況に影響しそうやな」
「見つかっても射手の戦い方すればええですからね。実際、狙撃手と射手、どっちもいけるんは強いですわ」
「あと、射程がほぼMAP全域いうのも厄介やな。何処にいても狙われる上に場合によっては爆撃も飛んで来るし、今回一番警戒せなアカン駒なんは間違いないわな」
「じゃあじゃあ、イコさんに生駒旋空で斬って貰いましょうよっ! それが一番いいですって!」
「俺、女の子斬ったらアカン顔やない?」
「そんな事ないですわ。いやホントですって」
なお、隙さえあれば話が脱線するのもいつも通りである。
真織のため息を聞きながら、今日も今日とて平常運転な生駒隊であった。
「生駒隊と香取隊か。どっちも、強いチームだね」
「ええ、生駒隊は言うまでもなく強力なチームですし、強化された香取隊も侮れませんから」
鈴鳴支部、その一室。
そこで集まっている鈴鳴第一の面々は、次の試合に向けたミーティングを行っていた。
彼等はこのアットホームな支部の事を気に入っており、用事がなければ本部よりも此処にいる事が多い。
今回のようなミーティングでも、こちらを使うのが常であった。
「ROUND1じゃ、いいトコなしで終わっちゃいましたもんね俺ら。俺も隠岐先輩に落とされちゃいましたし」
「あれはぼくが鋼を巻き込んで二宮さんに落とされちゃった後だったし、仕方ないよ。あの時は苦労をかけたね」
「いえっ! あれはもう交通事故みたいなものですし仕方ないですってっ!」
「あれは来馬先輩を守り切れなかった俺にも責がある。太一が悪いワケじゃないさ」
その彼等も、ROUND1での惨敗は苦い記憶として残っている。
序盤に二宮と遭遇してしまった運のなさはともあれ、その時も村上が来馬を守った事で結果的に主戦力二人が落とされ、浮足立った太一も隠岐に撃たれてしまった。
上位の魔境ぶりが良く分かる、厳しい洗礼だったと言える。
「だから、何とか新しい戦術を用意したんじゃないか。そのお陰で、ROUND3の一試合だけで上位に来れたワケだしな」
「そうだね。鋼には苦労をかけたけど、何とか形に出来て良かったよ」
「いえ、来馬先輩の努力あってのものですよ。俺はただ、出来る事をしただけです」
「そうですよっ! これで上位の連中にもきっと一泡吹かせてやれる事間違いなしですってっ!」
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ」
しかし、そのままで終わる彼等ではなかった。
ROUND1、ROUND2と二試合立て続けで得点出来なかった彼等であるが、ROUND3の一試合だけで五得点を獲得し、上位に上がる事に成功したのは事実だ。
誰も彼も謙遜してはいるが、これは明確な偉業である。
それを成し得た絡繰りについても、彼等は自信を持っている様子だ。
その上で基本鈴鳴は来馬の仁徳に惹かれて集まった面々なので、出る言葉が彼を敬う類の言葉に終始するのはいつも通りである。
「でも、木岐坂さんが入った香取隊も注意しないといけないしね。前回の試合のようには、いかない思うよ」
「あの弾幕は反則ですもんねー。幸い今回は俺達がMAPを選べますし、そっちで有利取るのはどうですか?」
「あまり極端な地形や天候だとそれを利用される可能性もあるから、慎重に選ばないといけないけどね。でも、そこを軸にするのは良い案だね」
今回、鈴鳴は上位に繰り上がったとはいえその順位は香取隊より低い。
故にMAP選択権は彼等が得ており、そのアドバンテージをどう活かすかが課題である事に間違いは無い。
しかしMAPや天候の選択を逆用して来た過去の香取隊のログは目を通しているので、警戒するのも当然だろう。
どちらにせよ、樹里という大駒を無視出来ない事実に変わりはないのだから。
「厳しい相手だけど、何とか勝ち筋を見付けていこう。皆、頼んだよ」
「「はいっ!」」
来馬の激励に、村上達は声を合わせて頷いた。
その様子を見ていた今はお茶を入れつつ、微笑まし気に笑みを浮かべたのであった。