「お、若村じゃねェか。
「ど、どうも。えっと、その」
「弓場ー、後輩威圧すんなよー。カッコ悪ぃぞー」
「あァ? 別に威圧してねェっての」
ボーダー本部、通路の一角。
そこで一人歩いていた若村は先日ぶつかったばかりの相手、弓場と遭遇していた。
彼が面倒見の良い兄貴分的な性格をしているのは分かっており、銃手の先輩としてお世話になった事もある。
しかし顔面の
なお、弓場にそんな空気を醸し出している自覚はない。
同道していた藤丸に注意されても、疑問符を浮かべているのがその証拠だった。
「あ、えっと」
「おー、すまねぇな。
「あ、いえ、その。大丈夫ですから、はい」
「そっかー? ならいいけどよ」
なお、彼のフォローのつもりで前に出て来る藤丸の存在も困りものであった。
藤丸ののは見た目を一切裏切らない姉御肌の体育会系といった性格をしており、女版弓場と言っても納得してしまうような人間である。
体育会系のノリ自体は嫌いではないが、如何せん藤丸は男女間の垣根なくぐいぐい距離を詰めて来るタイプだ。
しかもその巨乳は他に類するものがないレベルであり、それが無自覚に近付いて来るのだから思春期男子としては下手に眼を向けないようにするのも一苦労だ。
藤丸の性格的に見ていた事がバレてもからから笑うだけで済ませるだろうが、流石にそうなると羞恥心的な意味で死んでしまう。
色々な意味で、思春期男子の天敵とも言える相手であった。
「そのへんにしとけ。おめェーの方が困らせてどうするよ」
「あー?」
「あ、その、ホントに大丈夫ですから。はい」
「それならいいけど、困ったら言えよなー」
「は、はい」
だからそこでの弓場の助け舟は、非常に有難かった。
弓場的にも藤丸の無自覚思春期男子殺しぶりは理解の内であったので、さり気なくフォローを入れる姿も堂に入ったものである。
それを若村に悟らせないあたり、弓場の気遣いの巧さが垣間見える。
見た目は怖いが中身は硬派で世話焼き、それが弓場拓磨という漢なのだ。
「けど、あん時はしてやられたぜ。あそこでおめェーを落とせてりゃ、中位落ちはしなかったんだがな」
「あ、えっと」
「ホント、良くやったぜ。成長したな、若村」
「…………! はい…………っ!」
若村は弓場の激励に対し、笑顔で礼を返した。
試合では敵味方の関係だったが、ランク戦はあくまでも訓練。
本質的には有事の時に手を取り合う戦友であるし、銃手界隈は縦横の繋がりが強い。
基本的に若村の指導は犬飼が請け負っているが、彼も忙しい身である為いつも時間が取れるワケではない。
そういう時は弓場や諏訪といった銃手の先達に教えを乞い、可愛がられているのだ。
今回はその尊敬する先達の一人から、直々にお褒めの言葉を貰ったのだ。
これが嬉しくない筈がなく、若村が破顔するのも無理はないと言えよう。
「おめェー等の次の相手は生駒隊と、鈴鳴か。生駒隊に関しちゃもう言う事はねェだろうが、鈴鳴とやんのは久しぶりか?」
「え、ええ、そうですね。中位にいた時に一度だけ対戦した事はありますが、その時は村上先輩が来馬さんを庇って負傷した所を諏訪隊にやられていたので、先日の玉狛が戦った試合の方が印象は強いですね」
「柿崎んトコと一緒に玉狛にやられた
弓場の言う通り、朧げな記憶を辿るよりは直近の記憶の方が確かなのは間違いない。
鈴鳴とは香取隊が上位に上がる前に一度だけマッチアップした事はあるが、その時は本格的にやり合う前に村上が落ちてしまったので、ぶつかり合ったというには無理があった。
それよりはつい最近目撃したばかりのROUND2の試合の方が印象は強く、鈴鳴にとっては負け試合だったあれがイメージとして強烈だったのも無理はないだろう。
「けど、あれで鈴鳴を量れたと思ってっと痛い目見っからな。気ィ付けろよ」
「そ、それは勿論。村上先輩は決して侮れるような相手じゃありませんから」
「それもそうだが、おめェーROUND3の鈴鳴の試合のログは見たか?」
「一応、今日部隊全員で見る事になってますが…………」
「ほぅ、なら俺が何かを言うまでもねェな。つい野暮をしちまう所だったぜ」
ニヤリと笑い眼鏡をギラつかせる弓場に、若村はキョトンとする。
何かしら伝えたい事があったようだが、どうやら自己完結してしまったらしい。
いや、此処で伝えるのは野暮だと、本人が言っている通りの事を考えただけかもしれない。
どちらにしろ鈴鳴が5得点を獲得した試合のデータは気になるので、見逃しがないようにしようと改めて考える若村であった。
「数字は嘘をつかねェなんて誰かが言ってた気がするが、それだけじゃ測れねェモンもあっからな。気張れよ。後できっちり
「これは…………!」
「成る程、こういう形で弱点を埋めて来たのか。考えたわね」
その後、香取隊室にて。
そこで当初の予定通り鈴鳴のROUND3のログを見た面々は、成る程、と得心していた。
どうやって鈴鳴が5得点という大量得点を挙げたのかは気になっていたが、その映像には彼等が抱える
映像を見ていた香取は、難しい顔でぐぬぬ、と歯ぎしりをした。
「これ、一朝一夕で出来る連携じゃないでしょ。前々から鍛錬してたってワケ?」
「そうじゃないかな。でも、村上先輩の
「何それチートじゃん」
「葉子、わたしもチート?」
「はいはいチートチート。けどそういえばアンタ
「ん。どうだろ。あんま覚えてないや」」
惚ける樹里にふぅん、と香取は適当に頷く。
彼女の記憶では幼少期の樹里は特別眼が良かった覚えはないのだが、そういう事もあるのだろうと流す事にした。
サイドエフェクトを持つ者はその能力を隠そうとする傾向もあるようなので、樹里も多分その類だったのだろうと考えたのだ。
日常生活に支障を来たす影浦のような例ならばともかく、眼が良くなるだけならばそこまでデメリットはないように思えるし、隠すのもそう難しくはなかっただろうからだ。
菊地原の場合は周囲の音が強制的に詳細まで聴こえてしまうが、樹里の場合は極論眼を閉じてしまえばそれで済む。
勿論日常生活を送る上で眼を閉じたままでいるワケにはいかないので限度はあるが、少なくともただ人の近くにいるだけで余計な音が聴こえて来てしまう菊地原よりはマシであろう。
ともあれ、副作用に関する話題はあまり深入りしない方が得策なのは確かだ。
影浦のような地雷案件もあるし、
傍から見ると便利な能力に思えるが、持っている当人からすれば本人にしか分からない悩みや葛藤が存在するのである。
それを分からない他者が口を挟んだところで、下手に地雷を踏むだけなのは目に見えている。
だから相当親しい間柄でなければ本人にサイドエフェクトの事に無暗に言及するのはマナー違反とされているし、実況解説の場で副作用の事を直接言及しないのもそのあたりの暗黙の了解から成り立っている。
そのくらいは香取も分かっている為、これ以上の追及を避けたのだ。
親しき仲にも礼儀ありというし、そもそも香取的には多少疑問に思った程度の事で幼馴染を詰問する趣味はない。
故にそういうものだとして、思考を放棄した香取であった。
「けどこうなると、ROUND2で玉狛が取ったみたいな戦術は取り難いね。こう動かれちゃうと迂闊に来馬先輩を狙うワケにはいかないし、そもそも二番煎じが通じる相手じゃないからね」
「そーね。村上先輩の事はあんま知らないけど、同じ手が通じるような相手じゃないでしょ」
「そうだね。オレも何度か個人戦で戦った事はあるけど、本当に同じ手が一切通用しないんだ。今までの試合で見せた戦い方は、まず通じないと思った方がいいかもしれない」
それはそれとして、対村上を想定する上で彼の
あくまでも公衆の面前で口に出すのが駄目なだけで、流石にミーティングの場面まで制限するものではないからだ。
影浦然り村上然り、サイドエフェクトが本人の強さに直結している例は幾らでもあるのだから。
「問題は、村上先輩のサイドエフェクトが何処まで適用範囲に入るかよね。体捌きや戦闘スタイルなんかは間違いなく
「どうなんだろうな。映像を見ただけでもある程度効果はあるかもしれねーけど、やっぱ実際に戦ったかどうかで大分変わって来るんじゃねーか?」
「そうだね。そこはオレも賛成。前に確か映像じゃ効果は薄いって言ってた気がするし、直接戦ったかそうでないかは重要だと思う」
村上のサイドエフェクトに関する議論が進み、三者三様の意見が出る。
確かに経験を直接フィードバックすると言えば聞こえは良いが、何処までがその範囲なのかはハッキリしていないのだ。
「んー、別に難しく考える必要なくない? 要はゲームのキャラみたいに戦ったらその経験値を直接スキルポイントに割り振れる、って感じなんでしょ? だったら、
「…………成る程、その考え方はなかったわね」
しかし、そこで一石を投じたのは香取だ。
ゲーム好きな彼女は村上の副作用をゲーム的なシステムを実際に適用出来る能力と解釈しており、その斬新な視点には華も息を呑んだ。
基本直感と情動で喋る香取であるが、時としてこういう感じに物事の核心を突く事がある。
香取は思考内容を開示したり言語化したりしないので突拍子もない事をいきなり言っていると誤解されがちだが、彼女には彼女なりのロジックがあるのだ。
その野性的な視点は、時として仲間の助けとなる事がある。
改めて、幼馴染の才覚を実感した華であった。
「葉子の考え方が正解に近い気がするわ。だから、それを前提の一つに加えましょう。一応聞くけど葉子、最近村上先輩と戦ったりした?」
「最近はないわね。誰かさんの所為で個人ランク戦はあんまやってなかったし、そもそも戦えば戦うだけ不利になる相手に積極的に絡む理由もないしね」
「ん。誰かさんって、誰?」
「アンタに決まってんでしょうがこのスカポンタンッ!」
「あぅ」
バチコーン、と香取は何処からともなく取り出したハリセンで樹里に突っ込みを入れた。
割と強い力で叩かれたのか樹里は涙目になっているが、香取に反省の色はない。
まあ、これが彼女達なりのコミュニケーションである事は分かっているので、ただイチャついているだけとも取れるので放置一択ではある。
誰だって、
「じゃあ、鈴鳴に関しては基本的には昨日提案した作戦でいけそうね。生駒隊に関しては、どうする?」
「一番厄介なのは生駒旋空、っていうより生駒さんでしょ。雄太や麓郎は当たればまず負けるでしょうし、アタシも正面からはやりたくないもん」
「あはは、まあ否定出来ないのが哀しいところだよね」
「…………ああ、そうだな」
香取の言う通り、生駒もまた厄介な駒だ。
40メートルという規格外の射程と凄まじい剣速を持つ生駒旋空がいつ飛んで来るか分からないというのは、脅威である。
入り組んだ地形で家屋ごと両断されでもすれば、あの二宮でさえ為す術がない。
それだけ、生駒旋空というのは強力な技なのだ。
「生駒さんは総合力も高いし、機転も利くからね。こっちも、正面対決は避ける方向でいきましょう。
「そうね。鈴鳴がどういうMAP選んで来るか分かんないけど、麓郎達にワイヤー張らせるのは基本確定でいいでしょ」
「ええ、けどそれも臨機応変によ。張っている最中に見付かれば目も当てられないし、これまでの試合でワイヤー陣は相当に警戒されてる筈だから、
加えて、生駒隊の面々は
隊のブレインである水上の指示に従う事に一切の迷いがなく、不利な状況に置かれても慌てずに対応出来る対処能力を持っている。
精々が南沢の突貫癖が気になる程度で、それも言い換えれば突破力が高いとも取れるので、「これをすれば大丈夫」という先入観を持つ事自体が危険なのは間違いないだろう。
「どっちも気を付けなきゃいけない事が多い相手だけど、わたし達なりに全力を尽くしましょう。今回は中距離火力が重要になりそうな相手だし、樹里には頑張って貰うわ」
「ん、任せて。全部吹っ飛ばす」
樹里はそう言って握り拳を作り、華はそうね、と微笑み返す。
その後も姦しくも実りのある話し合いが続き、香取隊の面々は真剣に対策を議論するのであった。