香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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三雲修Ⅸ

 

「あ」

「こんにちは、香取先輩。先日はどうも」

 

 ボーダー本部の通路の一角で、香取は素っ頓狂な声をあげる。

 

 その視線の先にいたのは誰あろう、先日戦ったばかりの相手である修であった。

 

 良く見ると彼はチームメイトの二人を引き連れており、遊真と千佳はそれぞれ興味深そうに、或いは困惑しながらこちらの姿を見ていた。

 

「ふ、ふん。色々言ってた割には簡単に負けた奴が何の用かしら?」

「特に香取先輩に用事はありませんが。所用で本部に来ていただけです」

「…………! ったく、やり難いわね」

 

 香取は修の淡泊な反応を見て、思わず舌打ちした。

 

 彼女なりに煽って反応を見たのだが、それが効いた様子が一切ない。

 

 こいつ相手に煽りは無駄だ、と香取は直感で理解する。

 

 あわよくばこの場で何かしらの情報を取得するつもりだったが、この調子では望み薄だろう。

 

 これならまだ昔の麓郎の方がやり易かったわね、と香取は一人ごちる。

 

 暖簾に腕押しというか、こちらの煽りや挑発が全く効かないので、独り相撲を取っている気分になってどうにも調子が狂う。

 

 色々あって他者との折衝も行うようになった香取であるが、その姿勢は基本挑発的な喧嘩腰だ。

 

 具体的には香取が色々な意味で目立つ行動を取って相手の調子を崩し、そこを華が突くというのが典型である。

 

 無論相手によって態度を変えはするが、特に協力する必要のない相手には基本的に香取が斥候の役目を担う事が多い。

 

 だが、修にはそのやり方が一切通用しない。

 

 自尊心や対抗心といったものを何処かに置き忘れて来たとしか思えないこの少年は、普通なら食って掛かるような言動や行動を前にしても一切調子を崩さない。

 

 こいつもしかして他人にまともな興味がないんじゃあ、と思わなくもない香取であった。

 

「用ね。そいつ等を連れて?」

「ええ、空閑はともかく千佳は本部にはまだ不慣れなので、案内も兼ねているんです」

「へぇ、チームメイトには優しいんだ」

「当然の事をしているまでですが」

「そういう意味じゃないんだけど────────なんか、言うだけ馬鹿らしくなって来たわね」

「…………?」

 

 相変わらずの修の反応に、やっぱりこいつに挑発や揶揄は無意味だわ、と香取は嘆息する。

 

 これでは何を言おうと無駄であろうと、いい加減香取も理解した。

 

 さっきから何度も喧嘩を売るような調子で話しているのだが、修は一切それに乗って来る様子がない。

 

 気に食わない相手には躊躇わず噛みつく香取であるが、幾ら突いてもこんな反応しか返さないのでは彼女とて毒気を抜かれる。

 

 なんだか馬鹿らしくなって、一端矛を収める香取であった。

 

「けど、そんな呑気でいいのかしら? そのチビ大砲の弱点、もう知れ渡ったんじゃない?」

「そうでしょうね。ですが、それについても色々考えはありますので」

「ふぅん。そういえばアンタ等、中位落ちしたのよね。次は何処と当たんの?」

「那須隊と諏訪隊ですね。どちらも強い部隊なので、色々対策を練っているところです」

 

 そう、と香取は無感情に頷く。

 

 ROUND3の結果を受けて、玉狛は弓場隊共々鈴鳴と入れ替わりになる形で中位落ちしている。

 

 それを揶揄したのに全く乗って来なかったのはもうそういうものだと諦める事にして、次の相手が那須隊と諏訪隊と聞き香取は眼を細めた。

 

 那須隊は動ける射手として、そして変化弾(バイパー)使いとして有名な那須玲をエースとする部隊だ。

 

 隊長の那須は儚げな美少女といった風情の超絶美形であり、そういう意味でも香取的には無視出来ない相手である。

 

 ちなみに那須隊の隊服はSFちっくなボディスーツ状のものとなっており、色んな意味で話題性が高い。

 

 香取隊の隊服は人気取りの為に彼女達那須隊の隊服とついでに小南の隊服から着想を得てデザインされたものであり、意匠にある程度共通点が見られる。

 

 那須隊はエース兼隊長の那須が前に出て弾幕をばら撒き、その機動力で相手を攪乱しながら変幻自在のバイパーで翻弄しながら隙を突いて点を取る戦法を取る。

 

 複雑な地形では厄介な相手である反面、開けた場所では火力不足が祟ってジリ貧にな事も多い。

 

 隊長である那須がエースを兼任している為に負担が大きく、残る二人も単独で点が取れる事が中々ないので中位の中でも伸び悩んでいる印象があるチームだ。

 

 もう一人動けるエースでもいれば話は違うのだろうが、そんなIF(もしも)を語ったところで意味はない。

 

 重要なのは、その那須隊がこの玉狛第二を相手に何処までやれるか、である。

 

(確かに那須先輩は一筋縄でいく相手じゃないけど、こいつが無策で挑む筈がないのよね。どうせ、何かしらの対策(メタ)を張るに違いないわ)

 

 チームとしてはともかく、個人戦力としての那須は決して侮れる相手ではない。

 

 その凄まじい機動力から放たれるバイパーの対処を行うのは一苦労であるし、ポイントを考えるとMAP選択権も得ている為彼女達に有利な地形で試合が行われる筈だ。

 

 だが、相手はこの修だ。

 

 ROUND3であんな奇策を用意して来た相手が、那須相手に何の対策も行わないとはとても思えない。

 

 今回はMAP選択権がない為あんな真似は早々出来ないだろうが、それだけで何の手も打てない相手だとは香取は考えてはいなかった。

 

 口では色々言ったものの、あの試合はどう転んでも全くおかしくなかった。

 

 こちらに有利な条件が揃って様々な要素が巧く噛み合っただけで、結果的には修達の経験不足に救われた形となる。

 

 だが、その経験不足も前回の失敗体験である程度改善されている筈だ。

 

 これまではランク戦でまともな失敗経験がない事がネックとなっていた玉狛だが、既にそれを経た以上同じ轍は踏まないだろう。

 

 そんな今の玉狛が那須に対して手も足も出ない展開になるとは、香取はどうしても思えなかった。

 

 もう一人の対戦相手である諏訪隊は嵌まれば強い反面、超抜的な個人戦力がいないので遊真相手にどう対抗するかが気になるところではある。

 

 遊真は実力だけ見ればA級クラスであり、彼に対抗するには基本的に部隊のエースを割り当てる必要がある。

 

 生半可な相手では易々と突破されてしまう為、そうする以外に無いのだ。

 

 こちらの切り札(ジョーカー)を当てる以外に有効な対処法が少ないのが、超抜的エースの有する最大のメリットなのだから。

 

 遊真は、それだけの価値がある駒である。

 

 前回の試合でも、弓場があの選択を取らなければ彼の撃破は諦めざるを得ない所だったのだから。

 

 諏訪隊は面の火力が高いので閉所で遭遇戦でも出来れば不意打ちを当てられる可能性はあるが、それを素直に許す相手であるとは思えなかった。

 

(下手をすると、かなりの大量得点を引っ提げて来る可能性があるわね。これ、中位落ちしたのがむしろ功を奏してない?)

 

 香取は今回玉狛が中位落ちしたのはむしろ彼等にとって僥倖だったのでは、と思い始めた。

 

 確かに那須隊も諏訪隊も侮れる相手ではないが、上位陣の面々と比べれば流石に格落ちする。

 

 故に玉狛としては大量得点のチャンスであるとも言えるので、次で上位に舞い戻って来るのはほぼ間違いないと言っても過言ではないかもしれない。

 

 ネックとなるのは千佳の弱点がほぼ露見しているであろう事だが、修の事だから無策ではないだろう。

 

 彼の引き出しが前回のあれで終わるとは欠片も思っていないので、そういう意味では修を信頼しているとも言える。

 

(あ、そうだ。そういえばこいつ等ROUND2で鈴鳴と当たったのよね。それなら────────)

 

 そこで、香取は玉狛がROUND2で鈴鳴と対戦していた事を思い出した。

 

 その鈴鳴は次香取隊が当たる相手であり、実際に戦った彼等から所感を聞く事が出来れば何かしら益になるかもしれない。

 

 そう考えた香取は、早速行動に移すべく口を開いた。

 

「アンタ、今時間ある?」

「え、ええ、用事は終わったので後は帰るだけですが」

「ちょっと付き合いなさい。那須隊と諏訪隊の事、教えたげる。代わりに、鈴鳴と戦った感想とか教えなさい」

「…………! 分かりました。空閑、千佳、いいな?」

「ああ、いいぞ」

「う、うん」

 

 案の定、交換条件を突き付けた事で修は交渉に乗って来た。

 

 いい加減、彼への対応をどうすべきかは学んでいる。

 

 修は情に訴えかけても歯牙にかけない反面、損得勘定には非常に敏感だ。

 

 というよりも自分の目的の為ならば、一切の躊躇いがないと言うべきか。

 

 ランク戦が今シーズン初参加である彼等には、戦う相手の情報が足りていない。

 

 ログなどを見て研究はしているだろうが、実際に戦った事のある生の意見は貴重な筈だ。

 

 それを教えると言えば乗って来るだろうと、香取は踏んでいたワケだ。

 

 香取は直情傾向の目立つ少女ではあるが、頭の回転は悪くないどころか地頭は相当に良い。

 

 経験さえ積めば、この程度の腹芸くらいは出来る。

 

 まあ、華の見様見真似ではあるのだが、その学習能力(ラーニング)だけでも此処まで出来るという事の証左でもあった。

 

「そういう事だから、樹里も文句ないわね」

「ん。別にいいけど」

「なら決まりね。ウチの隊室行くわよ。今は華達は用事があっていないけど、別にいいでしょ」

 

 なお、どうせならホームグラウンドの方が優位に立てるかもしれないと、自然と隊室に連れ込む事を香取は決めた。

 

 これまでずっと自分の後ろで無言を貫き通していた樹里に声をかけ、香取は歩き出した。

 

 絵面的には美少女二人からお誘いを受ける構図だが、修はそういった事に対して一切無頓着なのはもう分かっている。

 

 その証拠に今以て赤面する姿一つ見せないあたり、筋金入りだ。

 

 このあたりに関してはもう諦観の域にいるので、今更反応はしない。

 

 自分の容姿に相応の自負がある香取としては何も思わないワケではないが、こいつはこういうものだと割り切る事にした。

 

 なお、そのあたりも修の事を毛嫌いする一因になっているのは言うまでもない。

 

 コナをかけられるのもウザったいが、反面何も反応しないのも面白くない。

 

 それが、女心というものなのだから。

 

「さ、行くわよ。善は急げってね」

 

 

 

 

「というワケで那須隊は、エースの那須先輩さえどうにかしちゃえば怖くないわ。まあ、複雑な地形で那須先輩の撃つバイパーはかなり厄介だから一筋縄じゃいかないでしょうけど」

「成る程。ちなみにその那須先輩が負けたパターンっていうのはどういうものがあるか分かりますか?」

「それはね────────」

 

 香取隊、隊室。

 

 そこで香取は連れ込んだ修相手に、那須隊の情報を開示していた。

 

 今更中位に戻る気もないので、那須隊の情報を与えたところで特にデメリットはない。

 

 強いて言えば玉狛に大量得点のチャンスを作る事に繋がるが、それでも鈴鳴の情報を得る事には意味がある。

 

 香取にとって鈴鳴は碌に対戦経験がなく、昔の試合も参考になるかと言われれば疑問符がつく。

 

 何より今の鈴鳴は新戦術の導入で進化しているので、その要である村上の生の情報を得る機会は逃したくない。

 

 今この場に華がいないのは痛いが、用事があって出かけている彼女を呼び戻すのも気が引ける。

 

 その為この場では情報取得に専念し、その清算は後で華にやって貰おう、と考える香取であった。

 

「────────と、こんな所ね。何か質問はあるかしら?」

「そうですね。大体分かったので大丈夫です。それでは、鈴鳴と戦った時の所感の方を伝えておきますね」

 

 一通り那須隊の事を伝え終わった事で、今度は修側が情報開示する番に移る。

 

 ちなみに諏訪隊については最初に言ってあるので、今更言う事はない。

 

 諏訪隊はある程度戦術が分かり易いタイプのチームなので、伝える事はそう多くなかった事もある。

 

 というより那須隊程香取が興味を持っていなかった事もあり、伝えられる情報も少なかったのだ。

 

 中位時代に戦った事ならあるが、その時は香取の調子が良かったパターンだったので電撃戦で堤を落とし、そのまま勝てたパターンだったので語れる事が多くなかったのである。

 

 それでも修にとっては充分だったようなので、彼なりの解答を得ているのだろう。

 

 つくづくこいつ可愛くないわね、と一人ごちる香取であった。

 

「鈴鳴は基本的に、来馬先輩を狙う事で必ず隊員が庇いに来ます。これは如何なる状況に於いても変わる事はないと思います」

「そうね。それには同意見。でも」

「ええ、鈴鳴は新戦術を導入してその弱点を潰して来ました。ですが、ログを見た感じ()()()()()()()()()()()。個人的には、弱点をカバーは出来てもそれそのものが消えたワケではない、と思います」

 

 へぇ、と香取は修の意見に眼を細める。

 

 確かに彼の言う通り、鈴鳴は新戦術を展開して弱点を潰しに来ているが、()()()()()()()()()()()といった性質はそっくりそのまま残っている。

 

 彼等の新戦術はその点をカバーする優秀なものだが、根本的な性質は変わっていない以上弱点が完全に消えたワケではない。

 

 そこが、恐らく次戦のキーとなるだろう事は間違いない事くらい、香取にも理解出来たのだ。

 

「ちなみに、アンタならどう戦うの?」

「そうですね。空閑が一度村上先輩と戦っているので、次は────────」

 

 

 

 

「ん。何か飲む?」

「あ、いえ、その、お構いなく。わたしはただの付き添いなので」

「そう」

「…………」

 

 一方、修が連れて来た千佳は何の因果か樹里と向かい合う形で座っていた。

 

 もう一人の同行者であった遊真は来る途中で村上とエンカウントし、誘いに乗るままランク戦ブースに向かったのでこの場にはいない。

 

 どうやらROUND2での戦いを経て友誼を結ぶ切っ掛けになったらしく、聞けばあれから何度も個人戦をやっているらしい。

 

 陽キャ側で尚且つコミュニケーション能力の高い、遊真らしい顛末と言えた。

 

 とはいえ、千佳は初対面の相手と喋る事に慣れていないどころか口を開く事自体相当難しい部類に入る。

 

 樹里も口数が多いタイプではないので、自然と気まずい沈黙が場を支配する事になった。

 

「そういえば、聞きたい事があったんだ」

「え…………?」

 

 そんな折、樹里が唐突に口を開いた。

 

 なんだろう、と千佳が注意を向けて。

 

「────────なんで、人が撃てないのかなって」

「────────!」

 

 そして。

 

 樹里は、何の気負いもなしに。

 

 千佳に、彼女の核心を突く一言を告げたのだった。

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