香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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染井華④

 

 

「────────成る程、話は分かったわ。結論から言うと、問題は無いと思うわ」

「マジ? なんでよ?」

「結論から言うと、よ。今説明するから、待って頂戴」

 

 華はそう告げると、軽く溜め息を吐いた。

 

 香取達から一通り事情を聞いた華は、その上で「問題ない」との判断を口にした。

 

 当然香取からは追及が出たが、それについては無論説明するつもりである。

 

 その為に「結論から言うと」と前置きしたのだが、香取にとっては少々冗長だったようだ。

 

 まあ、話せば分かる幼馴染なので特に問題視はしていないのであるが。

 

「恐らくだけれど、雨取さんの件に関しては樹里がちょっかいを出さなくても遅かれ早かれ人を撃てるようにはなっていたと思うわ。聞く限り、雨取さんはその事に対して問題意識を持っていたし、どうにかしたいという欲求もあったんでしょう?」

「うん。常に負い目を感じてたっぽいし、そこは間違いないと思う」

「なら、樹里がやらなくてもヒュースくんあたりがその役目を担った可能性が高いわ。元々が身内ではない第三者という視点があるし、近界民だからそのあたりシビアな考えを持っているでしょうしね」

 

 華が指摘したのは、二点。

 

 一つ目は言うまでもなく、人を撃てない事に対する千佳の問題意識の高さだ。

 

 樹里の話を聞く限り、千佳は自分が人を撃てない事に対して相当な負い目を持っていた。

 

 その上でどうにかしたいという欲求も見え隠れしており、本人の意識としては「可能なら人を撃てるようになりたい」というものがあった。

 

 だからこそ、何らかの切っ掛けさえあれば前に進む可能性は常にあったのだ。

 

 彼女達の与り知らぬ事であるが、これは千佳が大規模侵攻で修が自らの身を危険に晒す姿を()()目撃した事に起因する。

 

 自分を守る為に躊躇いなく自らの命を投げ出すような行動を取る修を見て、千佳の中に「このままじゃいけない」という意識が生まれたのは間違いない。

 

 故にこそ、「前に進みたい」という欲求はあれど、本人が抱える心的外傷(トラウマ)の所為もあって一人では中々それが成し得ずにいたものの、無意識的には誰かに背中を押される機会を欲していた。

 

 華の推論ではヒュースがその役割を担う者としては最適であり、修達が彼女にそれを強要せずとも彼が何か行動を起こした可能性は高いと見ている。

 

 ヒュースは最初から彼等の仲間だったワケではなく、あくまでも戦力兼ナビゲーターとして雇用した傭兵のようなものだ。

 

 彼が玉狛支部でどういう扱いを受けていたかは知らないが、あの様子を見る限り少なくとも悪い扱いはされていないだろう。

 

 しかし元は敵方だったという独自の立ち位置から、一歩引いた第三者としての視点を持つ事の意味は大きい。

 

 加えてシビアな価値観を持つ軍人である為、鋭い意見を告げて一石を投じるには適役だろう。

 

 そういう意味で、樹里の干渉はその機会を早めただけに過ぎない、とも言える。

 

「それに、雨取さんは人を撃つ事に関して生理的な嫌悪感は出していなかったんでしょう? 少なくとも、()()()()()()()なタイプではないと思うのだけど、どうかしら?」

「そだね。話を聞いてた限り、人を撃った()の事に関して色々心配はしてたみたいだけど、人を撃つ事そのものに対する抵抗感はあまり感じられなかったかな。実際、自分のメテオラで人が吹っ飛んでも平気だったんだしそこは間違いないと思うよ」

 

 そして、二点目。

 

 千佳は、人を撃つ事に対し()()()()()()()()()()()()()()()という事だ。

 

 鳩原のように生理的に、人を撃つ事に対して疾病の症例じみた反応を示すタイプではない事は既に確認出来ている。

 

 何故ならば、自分の生成したメテオラで人が吹っ飛んだにも関わらず、そうした状態に陥った形跡が見られなかった為だ。

 

 これが鳩原の例であれば、彼女が人を撃つ、傷付ける事を示唆するだけでも忌避感を示し、実際に何かの間違いで人を撃ってしまった時には生理的な拒否反応すら示すだろう。

 

 実際、鳩原はカメレオンで潜伏中だった歌川を誤射してしまい、嘔吐した事すらあった。

 

 その反応から鳩原のケースは単純な苦手意識ではなく、生態的にそういった行為が出来ない事が伺える。

 

 ちなみにそれを知るのはこの中では個人的に調べた華のみであり、香取達は知る由もない。

 

 華は千佳が人を撃てないという情報を知るや否や本当にそういう事例があるのか過去に似たような特徴の隊員がいなかったか調べ上げ、鳩原の情報を見つけ出したのだ。

 

 鳩原はいなくなった理由は開示されていないが、狙撃手の中でも高い技術を持ちながら武器破壊を専門とする隊員として異彩を放つ人物であった為に知る人自体は相当多く、情報集め自体にはそこまで苦労はしなかった。

 

 その過程で彼女が二宮隊に所属していた事も掴んでおり、そのあたりの事情は突っ込まない方が良いとそれ以上の調査まではしていない。

 

 一方、樹里の場合は佐鳥から「人を撃てない狙撃手がいた」事と「人を誤射した時にその人が吐いた」という情報のみを聞いており、その個人名や詳細については知らされていない。

 

 これについては他の狙撃手が「人を撃てない狙撃手」について話していたのを偶然聞き齧り、それについて佐鳥に質問した事が由来だ。

 

 佐鳥はプライバシーの観点から個人情報は出さず、あくまでさわりだけを伝えて樹里を納得させたのである。

 

 樹里も今もいる人物であればともかく現在は既にボーダーに在籍していない人物に関してはそこまで興味を持てなかった為、その話はそこで終わっていたのだ。

 

 故に、完全に何も知らないのは香取のみであるのだが、彼女は気にしていない。

 

 彼女もまた自分の興味のある対象以外については左程知ろうとする事はなく、必要に応じて情報を集めれば良い、というスタンスだからだ。

 

 それにそういった事に関しては自分よりも華の方が優れている為、役割分担として割り切っている、という理由もある。

 

 故にこの場でも「そっかー」と納得はしても、それ以上追及はしない。

 

 この割り切り具合が、彼女の要領の良さの一端を現していると言える。

 

 ともあれ、千佳は鳩原には存在した()()()()()()()()が見られなかった。

 

 「撃てない」のか、「撃ちたくない」のか。

 

 この違いはとても大きく、天と地ほどの差があると言っても過言ではない。

 

 華が鳩原の事を聞いた相手である当真の言葉を借りれば、「人を撃てない奴は何をしても撃てねーが、撃ちたくない奴は追い詰められれば撃つ」という事だ。

 

 要は、卵アレルギー持ちの人間と単に卵嫌いな人間の違いのようなものだ。

 

 卵アレルギーを持つ者はそれを摂取した瞬間生理的に拒否反応(アレルギー)が出てしまう為何があろうと対象物を食べる事は出来ないが、後者の単に好き嫌いの範疇であるならば他に食べるものがないとなれば無理やりに食べる事は出来る。

 

 要するに華は千佳の場合は後者にあたると分析しており、今回のケースはその後押しを樹里が担っただけ、と解釈している。

 

 遅かれ早かれ同じ結果になるのだから、それが多少早まったところで大きな問題は無い、という事だ。

 

「雨取さんは樹里の話通りなら、自分のトリオン量で人を撃った時の周囲の反応を気にして()()()()()()()()()と推測出来る。その原因を自覚して本人も前向きな姿勢になっているなら、樹里がやらなくても結果は同じだったでしょうね」

「うん。だから問題ない」

「────────とはいえ、それが早まったのは事実だし人のプライバシーに無断で踏み込んだ事は褒められる事じゃないわ。そこは反省するように」

「────────はい」

 

 とはいえ、それでも樹里の行動にデリカシーが欠けていた事に変わりはない。

 

 結果論として問題はなかったとはいえ、人のデリケートな部分に無断で干渉した事に変わりはないのだ。

 

 華から援護射撃を受けたと感じて調子に乗っていた樹里であるが、すぐ正論で殴られて一気にショボンとなった。

 

 香取のように感情を言葉に乗せない分、華の言葉は正論であればある程心に突き刺さる。

 

 ある意味で、香取よりよほど対処に困る相手なのだった。

 

「でも、仮に雨取が撃てるようになったら滅茶苦茶問題じゃない? あの化け物火力が普通にこっちに向かって飛んで来るってなったら、かなりの脅威だと思うけど」

「どちらにせよ、いずれ向き合わなきゃならない問題である事に変わりはないもの。だから、遅かれ早かれと言ったのよ。むしろ、良い契機になったくらいね」

 

 そもそも、と華は続ける。

 

「雨取さんはいずれ、人を撃てるようになる。これはもう、確定事項として扱った方が良い。なら、今回の事を切っ掛けにその対処法を考える事が出来ればベストね」

 

 華の考えでは、千佳は時期の問題はあれどいずれ人を撃てるようにはなっていただろうという目算があった。

 

 故にその対策は必須であり、今回の事がその契機になれば良いとの事だった。

 

 確かにいずれ人を撃てるようになるのが確定しているとすれば、その対応策を考える必要はある。

 

 だが、なまじこれまでの経緯がある為に議題に出しても「今は撃てないんだし撃てるようになってから考えれば良い」という論調で保留にされる可能性があった。

 

 しかし此処で樹里の介入という明確な契機を把握した事で「その内撃てるようになるから今のうちに対策を考えた方が良い」という理屈が成り立つのである。

 

 「いずれはどうなるか分からない」と「そのうち可能になる」とでは聞いている者の受ける印象にかなりの差異があり、華の言う通りこういった切っ掛けでもなければ千佳の対策についての議論は後回しになっていたであろう。

 

 作戦を考えるのは華で決定権を持つのは香取であるが、意見のぶつけ合い(ディスカッション)を繰り返すのは重要であり、一人の視点からでは出てこなかった意見が出る場合もある。

 

 良くも悪くも一人の視点というものは限界があり、天才肌の香取ではなまじ自分が出来る事が多い為に多少無茶な作戦でも後先考えずにゴーサインを出してしまう事があるし、逆に凡庸な感性を持つ若村では後先を考え過ぎて消極策ばかりが目立ってしまう、という事態は充分に有り得る。

 

 故に互いの意見を()()する事で香取の一見無茶な案を実行可能な難易度まで落としたり、若村の慎重策に発展性を付け加えたりといった事が可能になる。

 

 ただの粗の探し合いでは意味がないが、互いの長所を取り入れてより堅実且つ実効性の高い作戦に練り直すといった作業は十二分に有用だ。

 

 試合では、ただチームに天才がいるだけでは勝てない。

 

 MAP兵器じみた火力を持つ二宮でさえ、その力を十全に発揮する為にはチームメイトのサポートが必要不可欠となるように、規格外の個がいてもそれだけでは勝利に繋げる事は出来ない。

 

 チーム戦とは個人の力だけで出来る事は限界があり、だからこそ仲間との連携や意思の共有が必須なのだ。

 

 これを香取隊は今までに嫌という程思い知っており、かつての香取のワンマンチームでしかなかった時代の事を思えば話し合いの重要性は十二分に承知している。

 

 この華の意見に関しては、ぐうの音も出ない香取であった。

 

「いつもと同じよ。反省会()()じゃ意味が無い。重要なのは、その結果を受けてどう()に繋げるかだもの。葉子だって、他人の粗探しばかりするのは嫌でしょ」

「…………そうね。もう、ああいうのは勘弁よ。華の言う通りだわ」

 

 そう言って、げんなりとする香取。

 

 以前の若村との反省会を思い出して、苦い顔をしているのだと容易に推察出来た。

 

 あの頃は互いに粗探しばかりをして、碌な進展案など一切出て来なかった。

 

 その結果が成績の低迷による中位落ちであり、若村が改心した今となっては苦い思い出として残るのみであるが、矢張り苦手意識はあるのだろう。

 

 いつしかそれを嫌がって若村への対応がぞんざいになっていた事からも、当時の香取の辟易ぶりが分かろうというものだ。

 

 互いの非を認めあい関係が改善されたとはいえ、昔の事を思い出せば苦い顔をするしかないのはある意味当然と言える。

 

「…………むぅ」

「樹里」

「ん。分かった」

「よろしい」

 

 それを見ていたが為に若村との関係が拗れに拗れた経緯を持つ樹里は反射的に罵倒が出そうになったが、華の一声を受けてそれを引っ込めた。

 

 チームの為に関係を見直した樹里ではあるが、しこりが一切残っていないというワケでもない。

 

 当時若村が樹里視点で香取に迷惑ばかりかけていたのは事実であり、それを香取本人の口から認める言動が出ればこうなるのはある意味必然であった。

 

 しかし今となっては理性的にそれを客観視する事も出来るようになっていた為、華の一声で止まる事が出来たのである。

 

 以前の若村については大いに思うところがあるとはいえ、今はチームの為に歩み寄る必要がある。

 

 自分の態度も悪かった自覚もある為、一度嫌った相手へのスタンスは決して変えない樹里にしては珍しく、若村の事を再評価する向きになって来ているのだ。

 

 この流れを変えるのは勿体ないと、華からカバーが入るのはある意味当然と言えた。

 

 なお、この場に若村がいれば勝手に空気が重くなり隊の雰囲気が悪くなるのは必定だった為、彼がいない時に話題に出したのは正解とすら言える。

 

 若村は基本的にネガティブ思考であり落ち込み易く、一度沈むと考えが後ろ向きになりがちだ。

 

 客観視というものも苦手であり、思い込みで視野狭窄に陥る傾向もある為一度自分の非を正面から指摘されると更に落ち込んではミスを連発する、といった事も起こり易い。

 

 なので香取も正面から若村を非難する事はなるべく避けようとしており、先の発言もこの場に彼がいれば出ては来なかっただろう。

 

 そのあたり、大雑把に見えて身内への情に厚い彼女らしいと言えた。

 

「とにかく、この事は後で話し合う必要があるわ。勿論目先のROUND4の方が大事だけれど、優先順位は決して低くない事は覚えておいて頂戴」

「ええ、分かったわ」

「了解」

 

 華の結論を受けて、二人は迷いなく頷いた。

 

 千佳の対策については議論自体は間違いなく必要である以上、否はない。

 

 それだけ、人を撃てるようになった千佳というのは驚異的なのだから。

 

「とはいえ、そこまで急ぐ必要はないかもしれないけれど。さっきはああ言ったけど、今はあくまでも最初の一歩を進めただけだもの。本当の意味で人を撃てるようになるまでは、それなりに経過が必要になると見ているわ」

 

 だから、と華は続ける。

 

「早くても、ROUND5以降。遅ければ、ROUND7あたりといった事も充分に考えられるわね。わたし達からすればなるだけ遅い方が良いのだけれど、こればかりは彼女達次第だからね」

 

 そう言って、華は話を締め括った。

 

 なお、後から話を聞いた若村は案の定仰天して顔を青くした後、香取の発破で持ち直すという経緯もあったりした。

 

 苦笑いをしながら冷や汗を流す三浦と、落ち着いて自分の慌てぶりを思い返して赤面する若村。

 

 香取隊は彼等らしい、年頃の少年少女らしい砕けた空気で纏まるのであった。

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