香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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白の少女④

 

「賢、話して」

「う…………」

 

 佐鳥は樹里の詰問に、思わず冷や汗をかく。

 

 鯛餡吉日のたい焼きを買って樹里の部屋に来た二人だが、彼女は佐鳥への追及を忘れていなかった。

 

 何を問うているかは、言うまでもない。

 

 彼が迅によって内密に打診された内容、その全てである。

 

 佐鳥は迅から例の近界民の子供を巡る争いへの助力を乞われており、ボーダートップチームとの大一番では嵐山隊全員での協力が必要だという。

 

 それに関しては、異論はない。

 

 聞けば忍田さんに頼むという形で依頼するつもりとの事で、彼に助力した事で自分達の立場が危うくなる心配はない。

 

 問題は、それを正直に話せば樹里が間違いなく首を突っ込んで来るだろうという事だ。

 

 これは迅からも「事情を聞けば確実に関わって来る」とありがたくないお墨付きを貰っており、彼女をこの件から遠ざける為には事情を話さない一択しかない。

 

 だが。

 

 既に樹里からは「何かを隠している」事は察知されており、昼間はその追及を躱し切れず、放課後に再び聞く、と通達されていた。

 

 佐鳥は何とか樹里の意識を逸らす為にあれこれ画策していたのだが、彼女の部屋に戻り鍵をかけられた時点で「あ、やべ」と気付いたが時既に遅し。

 

 イレギュラー門にイルガー襲撃、鯛餡吉日での一幕等色々あったのでもしかしたら忘れてくれてるかな、と微かな期待を持っていたが駄目だったようだ。

 

「樹里ちゃん、えっと…………」

「話して、賢」

「あー、その…………」

「話して」

「……………………」

 

 取りつく島もない、とはこの事だ。

 

 佐鳥が誤魔化そうと言葉を濁すや否や、樹里はずい、と身を乗り出して厳しい眼でこちらを睨みつけて来る。

 

 思わず後退する佐鳥だが、そんな彼の腕をがしりと彼女は掴みそれを封じる。

 

 誤魔化しは許さない。

 

 樹里の表情は、明確にそう訴えていた。

 

「えーと、話さなきゃ、駄目…………?」

「駄目。話してくれるまで帰さないし、もし嘘ついたら────────」

「ついたら…………?」

「葉子にある事ない事色々話す。華も同席して貰う」

「それ死刑宣告ですよねぇ…………っ!!??」

 

 変わらぬ表情で告げられた最後通牒(きょうはく)に、佐鳥は顔を青冷めさせる。

 

 明言はしていないが、これは今までにあった樹里との間のハプニングを虚実織り交ぜて話すつもりだと確信した。

 

 以前に香取達からの追及によって樹里との間にラッキースケベと言えるハプニングがあった事は既にバレているが、その具体的な内容は何とか黙秘する事に成功した。

 

 しかし、この様子だと樹里は本気でその内容をしっかりと話すつもりでいる。

 

 樹里のあられもない姿を事故とはいえ見た事があると察されただけでも絶対零度の視線に晒されたというのに、その具体的な内容まで暴露されればどうなるか。

 

 佐鳥の背筋に、薄ら寒いものが奔る。

 

 樹里は、本気だ。

 

 このまま佐鳥が黙秘、あるいは虚言を弄するようであれば。

 

 彼女は、間違いなくやる。

 

 そう思わせるだけの凄みが、今の樹里にはあった。

 

「樹里ちゃん」

「ん」

 

 故に、佐鳥は正面から樹里に向き合う事にした。

 

 彼女も、そんな佐鳥の気配を察したのだろう。

 

 腕は掴んだまま、居住まいを正す。

 

 そんな樹里を見て、佐鳥は真剣な眼で告げた。

 

「────────今回の件は、なるだけ樹里ちゃんに関わって欲しくないんだ。ハッキリ言って、関わってもデメリットばかりが目立って良い事なんか一つもない。だから、出来れば何も知らずにいて欲しいんだ」

「……………………」

「…………駄目、かな…………?」

 

 無言になった樹里に対し、佐鳥は懇願するような眼で見上げる。

 

 暫く黙りこくった樹里は、腕を掴む力を強めながら口を開いた。

 

「賢がわたしの事を考えてくれてるのは、わかるよ。でも、何も知らないまま賢が危ない事するのは絶対イヤ。わたしは、賢の助けになるならメリットとかそういうの、別に良い」

「関わる事自体が、デメリットだらけでも?」

「それでも、除け者にされるよりはずっと良い。賢、わたしは頼りにならない…………?」

 

 ジトリと、熱の篭もった視線で樹里は佐鳥を見上げる。

 

 その瞳の奥に秘められた怯えの気配に、佐鳥は確信する。

 

 此処で返答を誤れば、間違いなく彼女の中で何かが壊れる。

 

 そんな予感が、確信となって佐鳥の心を奮い立たせた。

 

「そんな事、ないよ。樹里ちゃん程頼りになる子は、そうはいないって」

「なら、関わらせて。それとも、わたしと一緒に戦うのはそんなにイヤなの…………?」

「嫌なもんか。むしろ、面倒事がなければ真っ先に頼りにしたいくらいだよ」

「そっか」

 

 微かに笑う樹里を見て、佐鳥は返答が誤っていなかった事を知り安堵する。

 

 樹里は、決して精神を不安定にさせてはいけない。

 

 その為に、佐鳥がこうして毎日のように傍に居てカウンセリングの真似事のような事をやっているのだ。

 

 早々()()()が起こる心配はないが、念には念を重ねるに越した事はない。

 

 取り返しのつかない事、というものは往々にしてあるものだからだ。

 

 樹里の場合はそのケースにおける()()が明確である以上、より一層心を配る必要がある。

 

 その事から考えても、これ以上の誤魔化しは事態を悪化させるだけだ。

 

 佐鳥は、そう判断せざるを得なかった。

 

「…………本当に、良いの? 多分、関わったら何かしらのペナルティを負う可能性が高いんだけど」

「それでも、良い。蚊帳の外にいるよりは、ずっとマシ」

「…………………………………………………………………………分かった。じゃあ、説明するよ」

 

 改めて樹里の覚悟を聞き、佐鳥は事情を説明する事に決めた。

 

 実のところ、彼女への処分が重くならないよう事前に迅に約束して貰っているので、最低限の保険はある。

 

 しかし、判断を下すのはあくまで城戸司令を始めとした上層部だ。

 

 時と場合によっては、迅の進言があっても重い処罰が下る可能性はある。

 

 故に後でまた迅と条件を詰める必要はあるだろうが、此処まで言われた以上は最早隠し続ける事は不義理にあたる。

 

「えっとね、実は…………」

 

 そして。

 

 佐鳥は迅から聞いた説明を、そのまま彼女に話し。

 

 樹里は、それを真剣な表情で傾聴していた。

 

 

 

 

「太刀川さん達との戦闘に力を貸せば良いんだね。わかった」

「あー、やっぱそうなっちゃうか」

「なるよ。幾ら迅さんがいるとはいえ、その面子相手は厳しいでしょ」

「それは、そうなんだけどね…………」

 

 説明を聞き終えた後、樹里は案の定太刀川達との戦いへの助力を申し出た。

 

 佐鳥としては彼女なら間違いなくそう言って来るだろうと予測出来ていたので、出来れば遠慮して欲しかったというのが本音ではある。

 

「事情は聞いた。面倒事の内容もわかった。なら、後はやるだけやって後始末は迅さんに頼めば良いでしょ。迅さんだって、わたしの介入は予想出来てたみたいだし」

「それでも、出来れば避けて欲しいって事だったんだけどね…………」

 

 一縷の望みを懸けて、佐鳥はチラリと樹里を見た。

 

 無論、樹里の考えは。

 

 欠片も、変わる筈がなかったのだが。

 

「────────仲間外れは、イヤだよ?」

「……………………分かった。でも、指示にはきちんと従ってね」

「了解」

「返事だけじゃなくて、本番でもちゃんとしてね」

「わかった」

 

 遂に根負けした佐鳥は、樹里の介入を認めた。

 

 正直、これ以上問答を続けても勝てる気がしなかった、というのもある。

 

 樹里はダウナーな言動やズレた価値観から分かり難いが、その実非常に頑固な性格をしている。

 

 こうと決めた事は絶対に譲らず、ことが佐鳥に関係した事になればその執着は並外れたものになる。

 

 故に今回も彼女の強化視覚(サイドエフェクト)によって件の白い髪の近界民を視認してしまった時点で、こうなる事は予定調和でしかなかったのかもしれない。

 

(此処、警戒区域を見渡すには一番都合の良い立地でもあるからなぁ。射線も通り易いし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からねぇ。勿論、樹里ちゃんの副作用(サイドエフェクト)あってのものだけど)

 

 その一因となったのが、この建物の立地と樹里のサイドエフェクトだ。

 

 このマンションは警戒区域の境界線上に建っており、警戒区域内に背の高い建物が少ない事から樹里の部屋からはその殆どを見渡せる。

 

 修が遊真と共にバムスターと遭遇した場所は警戒区域の外側に近い場所だった為に容易く目視出来るし、区域の近くにある為に廃棄された弓手町駅も当然視認範囲内だ。

 

 警戒区域内、もしくはその近辺で何かあれば、それは即座に樹里に伝わる可能性がある。

 

 住んでいた場所に執着した彼女に配慮してこのマンションを用意したのは分かるが、そのあたりも少しは考慮して欲しかったというのが本音だ。

 

 仕方のない事だと理解はしていても、内心で愚痴りたくなった佐鳥であった。

 

「それで、いつなの?」

「それはまだ分からない、って話だったな。迅さんの未来視は、どの未来がいつ起きるものか、っていう事は大まかにしか分からないみたいだし、連絡を待つしかないかな」

 

 そう、と樹里は得心した表情で頷き。

 

「その時は、ちゃんと呼んでね。約束だよ?」

 

 ジトリと、佐鳥に念押しするように睨みつけた。

 

 此処まで渋りに渋ったので、どうやら未だ佐鳥が自分への連絡を怠る可能性を見逃していないらしい。

 

 そんな樹里を見て内心ため息を吐きつつ、佐鳥は苦笑した。

 

「はいはい、っと。此処まで来て不義理はしないって」

「仲間外れにしたら、その時は────────」

「その時は?」

「────────さっきの最後通牒(ことば)を実行に移すか、もしくは絶対にわたしの部屋に泊まって貰うから」

「分かったからそれ止めてねホント。いやマジで」

 

 樹里の言葉に見えない圧を感じ、佐鳥は冷や汗を流す。

 

 冗談みたいな口上ではあるが、彼女は本気だ。

 

 それが、未だに掴まれている腕に込められている力によって文字通り痛い程分かる。

 

 既に若干赤くなるまで佐鳥の手首は握り締められており、若干だが爪も食い込んでいる。

 

 佐鳥がその鈍い痛みに顔を顰めると、そこで自分が強過ぎる力で彼の腕を掴んでいた事に気付いたのだろう。

 

 樹里は何処か名残惜しそうにしつつも、佐鳥の腕を解放した。

 

「ごめん。痛かった?」

「あー、ちょっとね。気にしなくて良いよ。このくらい、唾でも付けとけば治るし」

「ん」

「うひゃあ…………っ!? って、何してんの樹里ちゃんっ!?」

「唾付けた。これで治る?」

 

 佐鳥の言を真に受けたのか、それともわざとなのか。

 

 それは分からないが、樹里がいきなり佐鳥の腕の擦り傷を舌で舐めたものだから思わずその感触に素っ頓狂な声をあげてしまう。

 

 他人に自分の傷を舐められる感触は何処か背徳的で、ピリッとした痺れにも似た感覚に何かいけない事をしたような気分になって非常に心臓に悪い。

 

 キョトンとしている様子を見る限り、どうやら佐鳥の言葉を真に受けてそれを実行したらしい。

 

 樹里は浮世離れしていて世間知らずな面があり、それを中途半端に自覚している。

 

 無知というワケではないのだが、自分の知らない知識を信頼している佐鳥の口から話せばそれを無条件で信じてしまうという事が多々あった。

 

 傷口に唾を付ければ治るというのは割と知られている文言である為大丈夫だろうと軽い気持ちで言い放ったのだが、それが良くなかったらしい。

 

 樹里の知識が偏っている事は知ってはいたのだが、時折こうして思わぬ不意打ちを喰らう事になるのは正直勘弁願いたい佐鳥であった。

 

「あーもう、傷口なんて舐めたらばっちいでしょ? 口ゆすいで来て」

「賢は、汚くないよ?」

「一般常識的な話だから、早く早く」

「ん」

 

 何処か納得していない様子ながらも、従った方が面倒がないと思ったのだろう。

 

 樹里はとてとてと洗面所に向かい、すぐ後にうがいをする水音が聴こえた。

 

 その音をバックミュージックにしながら佐鳥はふぅ、とため息を吐いた。

 

(結局、話しちゃったか。駄目だなぁ。色々決意してたってのに、ブレブレじゃん。オレ)

 

 樹里の追及を躱し切れず、結局事情を話してしまった事に佐鳥は後悔していた。

 

 自分がもっと巧くあしらう事が出来ていれば、彼女をみすみす面倒事に関わらせる事はなかっただろう。

 

 彼女を守る、と息巻いていた結果がこれでは、色々と配慮してくれた迅さんに示しが付かない。

 

 直接彼に言っても苦笑いをしながら「大丈夫だよ」と言って許容してくれるのが予想出来る分、佐鳥の罪悪感は拭えなかった。

 

「賢」

「うわっ、樹里ちゃん…………っ!?」

 

 そんな葛藤が、見抜かれたのだろう。

 

 いつの間にか洗面所から戻って来た樹里はいきなり佐鳥の背中から抱き着くように押しかかり、背中に二つの柔らかな感触がダイレクトに襲い掛かる。

 

 樹里の甘い体臭と柔らかい感触に至近で直面する事になってしまい、佐鳥の心臓が早鐘のように鳴る。

 

 彼女のような美少女相手にこれ程密着されて尚、何も感じない程彼は男を止めてはいないのだから。

 

「賢が気にする事は、何もないよ。今も昔も、賢はわたしの味方でいてくれた。だから、いいの。今回は、わたしが意地を張っただけだから」

「で、でも樹里ちゃん」

「いいから。迷惑かけたのはわたし、かけられたのは賢。賢は、わたしの我が儘を聞いただけ。本当なら、わたしが謝るべきだけど」

 

 でもね、と樹里は続ける。

 

「わたしは、後悔はしてない。きっと、何も知らずに賢に置いて行かれた方が、ずっと後悔してたと思う。だから、いいの。賢が気にする事なんて、何もないから」

「……………………そっか。ごめん。気を使わせちゃったかな」

「ううん、結局はわたしが原因だし、別に良い。後悔はしてないから、謝る気はないけど」

「分かった。それでこそ樹里ちゃん、だからね」

 

 佐鳥は樹里の言葉に、苦笑しつつそう答えた。

 

 謝らない、というのは彼女なりの誠意だろう。

 

 自分の非は認めているが、追及を止めなかった事自体に後悔はしていない以上、形だけで謝るのは不義理にあたる。

 

 樹里はそう考えて、謝罪の言葉は口にしなかった。

 

 色々と誤解され易い彼女ではあるが、責任感が皆無というワケではなく、恩には恩で報いるだけの誠意はある。

 

 これが他の人間相手であれば誤解の切っ掛けとなったかもしれないが、佐鳥はそんな彼女の性格を熟知している。

 

 彼女なりの誠意を受け止め、許容する事など佐鳥には幾度となく繰り返して来た事の一つに過ぎないのだから。

 

「それで、泊まってく? もう遅いし、ね」

「いやだからお泊りは駄目だって樹里ちゃん」

「駄目…………?」

「………………………………………………………………駄目、です」

 

 尚、樹里の上目遣いの懇願で盛大に心が揺れ動き、危うく頷きかけてしまったのは内緒である。

 

 少しくらい良いかな、という誘い程。

 

 乗ったら後がないのは、分かり切った事なのだから。

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