第四試合、到来
「じゃ、最終ミーティングするわよ。気合い入れなさい」
2月15日、ランク戦ROUND4当日。
香取隊の隊室に集まった面々は、香取の号令に対し頷く。
彼女達の表情は一様に引き締まっており、油断や慢心など欠片も見られない。
それだけ、試合に懸ける熱量の高さが伺えた。
「ほぼおさらいみたいなものだけど、確認してくわよ。今回の相手は、鈴鳴と生駒隊。どっちも、トップランクの攻撃手がエースを務めるチームね」
「村上先輩と、生駒さんだね。どちらも、個人戦力としてはボーダーの中でもトップクラスだと思うよ」
「それには同感。アタシも、あんまし正面からはやり合いたくない相手だしね」
香取はそう言って、溜め息を吐く。
以前の香取は個人ランク戦をやりまくっていた時期があり、その際に生駒とは対戦経験がある。
結果としては香取の敗北で終わっており、太刀川や風間と同じく彼女が「上級者の壁」として規定した人物の一人でもあった。
負けず嫌いな香取はその後幾度か生駒に挑んでいるものの、その結果が振るわなかったのは言うまでも無い。
生駒は天然気味な本人の性格に対して戦闘の際はかなりシビアで堅実であり、隙を見せずに地力勝負で相手を詰ませるような戦い方をする。
得意技である生駒旋空の派手さばかりがピックアップされがちだが、そもそもの地力がとても高く隙の少ない堅実な攻撃手でもあるのだ。
隙を見付けてそこへ強引に斬り込んで行くスタイルの香取とは相性が悪く、単独で正面からという条件では中々勝てない相手である事は間違いない。
村上もそれは同じで、とにかく彼は防御が硬く、香取が斬り込む隙を見付け難い。
香取はすっかり忘れていたが、以前村上がまだ無名だった頃に一度だけ戦い、時間切れ寸前で競り勝った、といった事があった。
二年前に入隊していた香取に対し、村上の入隊は凡そ一年半前。
当時既にB級に上がっていた香取が、B級上がりたての村上と戦った事があるのだ。
C級の情報など碌に知ろうとしなかった香取はその時戦った相手の事を「少し倒すのが面倒だった相手」としか認識しておらず、結果的に勝っている為記憶にも残していない。
これで本当に引き分けた、負けた相手ならば彼女の中に疵として残っていたのだろうが、昔の香取は負かした相手に対し一切の興味を持たなかった。
その為彼女の中で村上は「まだ戦った事のない相手」という認識であり、ある意味ではそれは間違っていない。
B級に上がってから頭角を現して来た後の村上と戦った経験がない事は確かなので、彼の強さがどの程度のものか目算でしか知らないという言葉もあながち間違いとは言い切れない。
どちらにせよ、今の村上の強さはログや噂での又聞きで知っている為、警戒を怠る事はないのだが。
「鈴鳴は村上先輩さえ抑えとけば良い、ってのは前までの話よね。今は、あの新戦術があるワケだし」
「そうね。隊のウィークポイントだった来馬先輩を守る事に重点を置くのではなく、来馬先輩も戦力として前に出るようになった。これは、大きいわ」
「あの戦術は、見た目だけでも結構やられると厳しそうだもんね。要となる村上先輩の防御力が高いから、猶更」
「ああ、あれを突破するのは骨が折れるだろーぜ」
そうね、と香取は隊の面々の言葉を肯定する。
鈴鳴の新戦術、それは────────。
「────────来馬先輩が前に出て、
────────来馬の、両攻撃の解禁。
それが、鈴鳴の新戦術の要であった。
「次の試合も、必要に応じてあの陣形を取っていくよ。どちらのチームも要が近接戦闘メインだし、必要になる場面はあるだろうからね」
鈴鳴第一、作戦室。
そこでは来馬が隊のメンバー相手に、最終ミーティングを行っていた。
心地良く響く来馬の声を前に、村上達は笑みを浮かべる。
何処かアットホーム感の漂う隊の、いつもの光景であった。
「ええ、ですが相手には生駒さんがいます。生駒旋空はオレでも防ぎ切れないので、生駒さんの居場所が分からない内にあの陣形を使うのは危険だと思います」
「そうだね。だから、
「来馬先輩が前に出て、
鈴鳴の新戦術は来馬が両攻撃を解禁して弾幕を張りつつ、敵の攻撃を防御の硬い村上が守るというものだ。
銃手の両攻撃はその弾幕の厚さも然る事ながら、引き金を引くという
射程持ちの弱点である近距離まで攻撃手に接近された時でも、即座に弾幕を展開出来るというのは明確なメリットと成り得る。
そこに村上の鉄壁の防御まで加われば、大抵の相手は後退するしかないだろう。
但し、それは相手が来馬の射程を上回っていないという仮定の下での話だ。
生駒の代名詞とも言える生駒旋空の射程は、凡そ40メートル。
弓場の戦闘スタイルに対抗する為に編み出されただけあってこれは銃手の射程を上回るものであり、更に言えば防御もまず不可能だ。
旋空は先端に行けば行く程威力が上がり、最先端ともなればほぼ防御不能の切断力を伴っている。
生駒はこれを正確に当てる技術にも長けており、腕に持って使うというレイガストの仕様上そこを狙って斬り裂く事すら可能だ。
レイガストは確かに硬い盾であるが、旋空の先端を当てられればまず防御は不可能と思われる。
大抵の攻撃は弾く硬度を持ってはいるが、旋空の最大威力は他のトリガーと比べても飛び抜けて高いので、防御は貫通されると考えて戦った方が良いだろう。
だからこそ、新戦術を使う上で最大の障害となるのが生駒の存在と言える。
彼の動向が分からないまま陣形を展開しても、良い的として狙われるのがオチだろう。
「だから、新戦術に拘り過ぎないのも大切だと思う。強い戦術だからといってそれに頼ってばっかりじゃ、前に進めないからね」
「そうですね。幸い、今回はMAP選択権はオレ達にあります。地形で有利を取って、どうにか試合を優位に運びたいところですね」
朗報なのは、今回のMAP選択権が鈴鳴にある事だ。
現在の鈴鳴のポイントは、17Pt。
対する香取隊と生駒隊は共に21Ptである為に、MAP選択権の条件である最もポイントの低いチームは鈴鳴が当て嵌まる。
ROUND1、ROUND2と続いて無得点であった鈴鳴がROUND3で新戦術解禁によって一気に5ポイントを獲得した末でのギリギリの上位復帰である為、こうなるのは必然であるとも言えた。
今回目に見えて有利な点がこのMAP選択権の所有なので、どうにかこれを活かして優位を築いていきたいところである。
「MAPは、例の所で良いんですよね?」
「うん。色々考えたけど、あそこが一番良いと思うんだ。木岐坂さんの超々遠距離狙撃や隠岐くんの素早い高所取りからの盤面把握への対処にもなるし、懸念はあるけど他の所よりは良いと思う」
そして、来馬は告げる。
己が選んだ、地形の名を。
「────────市街地D。今回は、このMAPで行こうと思う」
「市街地D。どんなMAPやったっけ?」
「主戦場がショッピングモールになるあのMAPですよ。あんまし選ばれへんトコですけど」
「ショッピングモール、了解」
生駒隊、作戦室。
そこではいつも通り緩い空気の隊員達の前で、一人頭を捻っている水上の姿があった。
彼は隊長である生駒の質問を軽くいなしつつ、肩を鳴らしてふぅ、と息を吐いた。
「多分、狙撃手対策でしょうなぁ。今回は香取隊に木岐坂っちゅう大駒がいるし、あの超射程で狙われるのは嫌だ思うてもおかしかないでしょ」
「そやなぁ。ROUND1で見せたような常識外れの超々遠距離狙撃に加えて爆撃も出来るいうんですから、警戒するのも分かりますわ」
「そういう事やな。ついでに言えば、ウチの隠岐の対策でもあるんやろ」
ふむ、と水上の話を聞いて隠岐は首を傾げてみせる。
こいつ分かっとる癖に、と思いつつ水上は説明を続けた。
「隠岐がグラスホッパーで高所を取って全体を見渡して、情報のアドバンテージ取られる展開を嫌がったんやろ。向こうは基本近距離専門やし、隠岐が相手の位置を把握した上でイコさんの生駒旋空で見えないトコからズンバラリ、ってのを警戒したんやと思うわ」
「そやな。家ごと斬る言うても相手の位置把握は必須やし、その線で間違うてないと思うで」
真織はそう言って、水上の意見を肯定する。
生駒隊の代名詞とも言える生駒旋空であるが、これは当然当てずっぽうで撃って相手に当たるものではない。
家屋などの障害物越しに相手に当てる為にはその為の上からの
そうでなければ無暗に生駒旋空を放ってもまず相手には当たらないし、最悪こちらの位置を知らせるだけの結果に終わる可能性もある。
故に壁越し、家越しに生駒旋空を活用する為にはグラスホッパーで素早く高所を取れる隠岐の存在が必須となるのだ。
そして、そういう意味でこの市街地DというMAPは生駒旋空の対策としては最適だ。
何せ主戦場となるのがショッピングモールの内部になるので、高所を取った所で建物の内部は見通せず、そもそもの話として狙撃手が活用し難いMAPでもある。
市街地Dは中央に存在するショッピングモールに入らなければ射線通りまくりの屋外で戦う事になる為、大抵の場合モール内部が戦場となる。
当然幾ら高所を取った所で外からはモールの中は見えないし、外部に狙撃手を配置したところで中から出て来た相手を狙うくらいしか効果が無い。
それはそれで意味のある配置ではあるのだが、積極的に点を取ろうとすれば遠距離から一方的に撃てるという優位を捨てて狙撃手もモール内に入る必要がある為、狙撃手三人部隊である荒船隊などからは蛇蝎の如く嫌われているMAPでもある。
狙撃手は一度撃って居場所が露呈した後は即座に逃げるのがセオリーであるが、モール内部では必然的に相手との距離が近くなり、逃走の難易度が格段に上がる。
故にこのMAPでは狙撃手はほぼ使い捨てにせざるを得ず、相当な技巧と機転がなければ即死も有り得るという狙撃手にとって鬼門とも言えるMAPなのだ。
また、モール内で隠れ合いになった場合はメテオラで焼き出すくらいしか炙り出す手段が無い為、戦闘が泥試合になり易い。
だからか諏訪などにはクソMAP認定を受けており、狙撃手を擁していないチームでもあまり進んで選ぼうとしない地形でもある。
しかし、今回はそれを考慮してもこの地形で狙撃手封じを行う方が価値があると鈴鳴は判断したワケだ。
どちらも放置すればマズイ相手であるだけに、順当な判断であるとも言える。
「けど、逆にこのMAPなら遠距離から木岐坂に延々と爆撃されるいうクソみたいな展開にはならずに済むやろ。そう考えれば、良い地形とも言えますわな」
「そっすね。木岐坂ちゃんも、これならモールの中に入らなきゃアカンでしょうし」
「そやな。そこまで来てくれれば、イコさんの旋空で斬れるようになるからな。イコさん、頼んます」
「俺、女の子斬ったらアカン顔やない?」
「香取隊の半分はその女の子なんですけど、どないすんです?」
変わらず素っ頓狂な事を言いだした生駒に、水上は呆れながらそう返した。
当然、その後の展開は語るまでも無い。
盛大に脱線した雑談祭りが、いつも通りに開催されたのであった。
「市街地Dか。クソMAP選んでくれたわね」
「明確に狙撃手対策ね。もっと言えば、樹里対策でもあるのかしら」
「ん。このMAPは面倒だった。あんまり好きじゃない」
一方、香取隊も市街地Dという選択MAPを知らされた事で、苦い顔をしていた。
ROUND1でやったような超々遠距離狙撃も、遠距離からの爆撃による一方的な蹂躙も、この地形では使えない。
樹里もこのMAPは以前香取達と戦って負けた経験から、少なからず苦い思い出のある場所だ。
あの敗北は必要な経緯だったとはいえ、負けず嫌いな樹里はその屈辱を忘れていない。
嫌いなものは完全に無視する彼女であるが、自分の負けという事柄からはどうしても眼を向けずにはいられないのであった。
「ワイヤー陣も、効果的に使える場所はあまりなさそうね。思った以上に、こっちの対策をしているみたい」
「ま、でも狭い場所での戦闘ならアタシもやり易いわ。樹里があんまし動けないなら、アタシの方で帳尻を合わせるだけよ」
「そうね。そこは心配してない。けど、他にも保険はかけておいた方が良いと思うわ」
華はそう言って、思案する。
確かに、狭く複雑な地形ならば三次元機動を得意とする香取にとっては優位なフィールドだ。
樹里を活かせる場面は相当限られて来るだろうが、その代わりに香取が動き易くなるのならやり様はある。
しかし当然そのあたりは向こうも織り込み済みであると予想される為、一計案じる必要があると感じたのだ。
「幾つか、思いついた事があるの。聞いて頂戴」
華はそうして、チームメイトに自身の考案した作戦を開示する。
そして。
ROUND4開始の時刻が、遂にやって来るのだった。