『全部隊、転送完了』
アナウンスが響き渡り、香取は一瞬の浮遊感の後硬質な地面に着地する。
彼女が立つのは、建物の屋上。
暗闇の中街の灯りが煌めく、ビル街の一角。
『MAP、市街地D。時刻、
目前に巨大なショッピングモールを構える地形は、まさしく市街地D。
此処までは、予想通り。
但し、
(夜か。ったく、何企んでんのかしらね。注意だけはしとこうかしら)
香取は、一人ごちる。
ランク戦の時間帯の設定は天候設定と同じく、MAP選択権を持つチームが自由に設定出来る。
通常何も弄っていない場合は「日中」となるが、「夕方」や「夜」等に設定する事が可能だ。
それをわざわざやって来た以上、何かしらの意味があると考えた方が良いだろう。
勿論、現段階ではそれが何かは分からないのだが。
「予定通りに行くわよ。いいわね?」
『ああ』
『うん』
『了解』
香取の号令に、チームメイトが通信で応える。
バッグワームを纏った少女はその返答を聞き届け、夜の街へと駆け出した。
「さて、始まりましたランク戦ROUND4。鈴鳴は時刻設定を夜にして来たようですね」
「ああ、何かしらの狙いがあんだろうが、今は判断材料が少な過ぎんな」
実況席でもまた、鈴鳴の時刻設定に関して言及していた。
とはいえ、現時点では情報が少なく断言出来るようなものは何も無いのであるが。
「夜という時刻設定は割と珍しいですが、荒船隊長はどんな狙いがあると考えていますか?」
「情報が少な過ぎて現時点で分かる事はあんましねぇが、それでもいいってんなら幾つか候補は考えられるぜ」
しかし、だからといって何も話さないワケにはいかない。
実況・解説役としてこの席に座っている以上、今ある情報だけでも分析する必要はあるのだから。
「まずは。暗くする事で隠れ易くなる為、ってのが考えられるな。実際に鈴鳴はバッグワームを黒く塗って来ているみてーだし、この理由も幾らかはあんだろ」
「そうですね。幾らトリオン体の動体視力が生身とは比べ物にならないとはいえ、夜間の視界の悪さは無視出来ません。そういう意味で、隠れる為という理由も充分有り得るかと」
荒船達の言う通り、映像に映る鈴鳴の面々のバッグワームは黒く塗られている。
幾らトリオン体の性能が生身とは比較にならないとはいえ、夜の視界が日中と比べて制限されるのは確かだ。
これは明らかに夜間迷彩を意識した塗装であり、闇に紛れて何かをしようという意図が透けて見える。
勿論、それが何なのかまでは現段階では何とも言えないのだが。
「今のところ全員がバッグワームを着てるし、すぐには試合が動く事はねーだろ。まずは定石通り、モールの中を目指してるみたいだしな」
「ええ、市街地Dは狭いMAPなので下手に位置を晒すと隠れる場所がない所で囲まれる危険もありますので、順当と言えるでしょう。遭遇事故が起こらない限り、まずはモールへの移動を優先すると思います」
スクリーンに映る参加者の面々は、彼等の言葉通りいずれもバッグワームを装備している。
市街地Dは狭いMAPである為序盤の準備が整っていない段階で敵と遭遇すればそのまま事故死する危険もあり、最序盤はこうした隠れ合いになる事が多い。
しかし前述の通り狭いMAPなので、気を付けていても不意の遭遇というのは往々にして起こり得る。
そういう意味でも戦い難いMAPであり、中々選ばれる事がないMAPであるというのも頷ける話だ。
「この調子だと、やっぱモールの中で戦り合うみてーだな。まあ、狙撃手封じの地形でそれを自分から放棄するような真似をしねー限り、こうなるのが当然ではあるけどな」
荒船の言う通り、参加者の反応は徐々にモールに集まって来ている。
幾ら夜間とはいえ外は射線が通り捲る上に碌な隠れ場所もないので、こうなるのは必然ではあった。
どの部隊も他チームの狙撃手を疎ましく思っているのは同じであり、無数のデメリットを呑み込んでもモール内に向かう事で敵の狙撃手の動きを縛る事が出来た方が良い、と考える筈だ。
通常のMAPであれば隠岐は速やかに高所を取って情報取得を最優先しただろうし、樹里は格好の狙撃位置を探しに向かっていただろう。
だがそれが出来ない地形である以上、対応した動きをするのは当然という事だ。
「木岐坂がMAPの端っこに転送されたから時間はかかりそうだが、そのうち来るつもりだろ。このMAPで点を取るには、モールの中に入るのが定石だしな」
「隠岐くんは早速、中に入ったみたいだしね。グラスホッパー持ちは流石に、動きが速いですね」
「モールん中入りました。今、四階にいます」
『了解。そっからはあんま派手に動くんやないで。どうせ、他の連中も中に入って来るやろからな』
「了解しました。隠れ場所と逃げ道、確保しときますね」
隠岐はそう言って通信先の水上へ、報告を行っていた。
グラスホッパーを利用する機動型狙撃手、隠岐孝二。
彼は通常攻撃手が移動用に用いるオプショントリガー、グラスホッパーを装備してスピーディな移動で有利な位置を確保する狙撃手だ。
今回もまた迷う事なくグラスホッパーを駆使し、モールの四階に飛び込んだワケだ。
とはいえ、此処からは慎重な行動が求められる。
他のチームの隊員も此処へ向かう事が分かり切っている以上、下手に派手な動きをすれば気取られかねない。
グラスホッパーを装備している事で見つかっても逃走の択がある隠岐だが、流石に本職の攻撃手等と比べれば動きの練度は落ちる。
それでも並の相手ならば撒く事は出来るだろうが、B級上位という魔境へ至った者達相手に楽観は禁物だ。
作戦会議を殆ど雑談で潰す生駒隊だが、彼等の中で相手を舐めてかかる者は一人もいない。
自分達の実力に自負があり、尚且つ水上の指揮に絶対の信頼を置いているが故に、余計な言葉でのやり取りが必要ない、というだけだ。
水上不在の時は臨時で指揮を執る事もある隠岐もまた、そのあたりは熟知している。
なお、突貫癖のある南沢に指揮など出来る筈がなく、生駒もまた自分の仕事は敵を斬る事と割り切っている為、生駒隊の中で指揮が出来るのはこの二人限定となる。
この徹底した役割分担と即興の対応能力が、生駒隊の武器である。
以前風間が香取に告げたように、隊長の仕事とは部下に適材適所の仕事を割り振る事だ。
それさえしていれば極論、隊長はただ立っているだけでも構わない。
生駒は自部隊の隊員の能力を無条件で信頼しているが故に、指揮はまるごと水上にぶん投げている。
当初は口では色々言っていた水上ではあるが、敬愛する隊長から重大な仕事を任された事で内心ウッキウキになっていたのは彼だけの秘密である。
生駒が水上に指揮を一任した事で隊がスムーズに動けるようになった為、この時の彼の判断は本当にファインプレーであったと言える。
「時間帯が夜、ってのが気になりますけどね。水上先輩はどう思います?」
『幾つか考えられる理由はあるけど、今はまだ情報不足やな。けど、何か気付いたら連絡せぇ』
「了解しました」
故に、突然の時刻設定にも慌てはしない。
そういうものだと割り切った上で、自前の対処能力で敵の作戦を捌き斬る。
それが、生駒隊の
「海、そっちはどうや? 入れたか?」
「今入ったっすっ! まだ誰も見えないですねー」
一方、南沢は遅れてモールに侵入していた。
隠岐と同じくグラスホッパーを装備していた南沢は、迷わず三階まで上がり窓から突入。
その眼は爛々と輝いており、戦意が隠せていないのが丸わかりだった。
『そか。もう聞いとるやろうけど、取り敢えず動きがあるまで待機やで。派手な事は駄目やぞ』
「分かってますってっ! あ、俺もそっち行きましょうか? グラスホッパー使えばすぐですしっ!」
『海、話聞いとったん? 派手な事は駄目や言うとるやろ』
「あ、はい、ですねっ!」
なお、派手な事は厳禁と言っている矢先に屋内でのグラスホッパー利用というよくよく考えずとも目立ち捲る行動をしようとしていたあたり、
突破力が高く一時はマスターランクまで到達した事もあるというのにイマイチ南沢の戦績が振るわないのは、こうして短絡的な行動に出がちで尚且つある程度それが押し通る実力がある為に、思考が「とにかくやってみよう」に向かいがちであるという事情もある。
半崎と同じく、なまじ高い技巧、能力がある為に行き先が崖であったとしても躊躇わず進もうとしてしまう為、安定感がないように見えるのだ。
まあ、事実として南沢の実力にムラッ気があるのは確かなので、あながち間違いとも取れないのだが。
『まあ、窓壊して入ってきぃへんかっただけマシ思う事にしたろ。良く我慢したな、海』
「あ、それですけどなんか
『────────なに? ちょい待ち海、そりゃ偶然やなくて────────!』
「…………!?」
だが。
そんな中で南沢が口にした聞き逃せない言葉を聞いた瞬間、通信から聞こえる隠岐の声色が変わった。
より真剣に、より焦った様子で言葉を紡ぎ。
────────突如して飛来した刃の一撃が鳴らした金属音が、周囲に響き渡った。
不意に現れた影は側面から南沢に襲い掛かり、その結果彼の弧月で襲撃者のスコーピオンを弾いたのだ。
奇襲にも関わらず難なく攻撃を防いだのは流石と言えるが、襲撃者も弧月相手に闇雲に鍔ぜり合う事はしない。
攻撃を防がれた刃の主は一息で後ろに跳んで距離を取り、仕切り直す。
その影は、香取は。
冷厳な瞳で、視界の先に立つ南沢を見据えていた。
「案の定釣れたわね。
「────────!」
その手にスコーピオンと拳銃を構え、香取はその場から駆け出し刃を振るう。
そのまま二人の剣戟が始まり、絶え間ない金属音が周囲に鳴り響き続けていた。
「おーっと、此処で南沢隊員が香取隊長とエンカウント。早速交戦が始まりました」
「釣りだな」
「ええ、釣りですね」
その様子を映像越しに見ていた解説組は、揃って同じ意見を口にする。
釣り。
彼等は確かに、そう言った。
「転送位置がモールの真ん前だった香取は先んじて中に入り、予め一部の窓を開けておいた。最初は何の為か分からなかったが、敵が跳び込んで来るルートを誘導して自身で叩く為だったってワケか」
「結果として深く考えずにそこへやって来た南沢くんが釣り出された、という事ですね。ですが、この展開は驚きました」
「ほぅ、そりゃどういう理由でだ?」
「はい、香取隊が
辻はおずおずと、そう切り出した。
香取が窓を開けておいてそこへ南沢が跳び込み、釣り出された事に対して文句は無い。
辻としてはあんなあからさまな誘いに乗るのはどうかと思っているが、そこは口には出さない。
そのあたりの配慮は、しっかりしているのであった。
「今回の狭く複雑なMAPでは、生駒旋空の脅威度は格段に上がっています。極論、障害物越しに生駒旋空を放たれるだけで為す術なくやられるパターンも充分有り得るでしょう」
辻の言う通り今回主戦場となるモールのような場所では、いつ床や壁越しに生駒旋空が飛んで来るか分からない。
故に不意打ちで生駒旋空によって落とされる危険が常より数段上がっており、そういう意味では最も注意すべき駒は生駒であると言っても差し支えはないだろう。
「その生駒さんを放置したまま、香取さんっていう大駒を出して来たのが少し不自然に映ったんです。香取さんは乱戦での奇襲にも向いた駒なのに、こんな所で使っちゃっていいのかな、って」
「成る程、話は分かった。けど、俺はそこまで不自然ってワケでもないと思うぜ」
「え?」
「そういう風に考えてるのは、生駒隊も一緒ってこった。もしお前さんが生駒隊の立場なら、生駒さんは
「あ…………」
そこで、辻は気付く。
彼の言う通り、この試合では生駒は試合の趨勢を決めかねない
だからこそ、生駒隊としては彼を軽々に使いたくはない筈なのだ。
確かに自分がその立場になってみれば、なるべく温存する方向で舵を切ってもおかしくはないだろう。
「だから、香取って大駒を出して相手の反応を見ているんだろーぜ。要するに、香取隊としちゃそれこそ生駒旋空を撃って来て欲しいのさ。確かにそれで香取がやられるリスクはあるが、そう考えるとしっくり来ねーか?」
「成る程、理解出来ました。ありがとうございます」
だからこそ、香取隊は香取と言う大駒を囮にして生駒を釣り出そうとしているのだろう。
南沢は確かに強い駒だが、近接戦のエキスパートである香取相手に単独で勝てるかと言われれば疑問が残る。
故に香取隊は彼女を囮にして、生駒を釣り出そうと考えているのだろうと聞き、辻は納得を示した。
確かにそれならば、辻褄も合理性も合うからだ。
辻の属する二宮隊の場合、窮極的には
その為辻や犬飼が陽動、囮の役を担う事はあれど、それを二宮に任せる事は滅多にない。
故に、「温存しているエースを釣り出す為に自部隊のエースを使う」という発想がなかったのだ。
そのあたりの役割は犬飼が一人でこなせてしまう事が多い事や、香取隊と違いエースが二人いたりはせず、尚且つサポーターである犬飼・辻共に高い水準の能力を持ったマスタークラスの隊員である事から、二宮に負担をかける戦術を使う必要もなかったのである。
魔窟であるA級ランク戦をやっていた頃ならまだしも、今は少なくともそういった状況に陥った事はなかった。
また、犬飼と異なり戦術を自ら立案する機会も少なかった為、常に自分で戦術を考案し隊を牽引する隊長の荒船と視点の差異による気付きの有無が起きた、というワケだ。
それだけ、隊長という立場による視点の違いというものは大きいのである。
「いいって事よ。つーワケで、こっから生駒隊がどう動くかが見ものだな。香取隊の狙いは、水上はもう分かってそうではあるけどな」
荒船はそう言って、画面の一つに眼を向ける。
そこには、額に手を当てて考え込む水上の姿があったのだった。