(さて、こっからどうするかやな)
水上は一人、思案する。
現在の状況は、把握出来ている。
南沢がモール内に入ったところ、待ち構えていた香取と交戦。
字面だけ見ればそれだけだが、当然その裏の意味も水上は理解している。
つまるところ、これは。
(────────釣り出した海を餌に、イコさんを使わせたい。香取隊の狙いはこれやろな)
────────南沢を利用した、生駒という手札の開示要求。
それこそが香取隊の目的であると、水上は理解していた。
この市街地Dは、モール内が主戦場となるMAPだ。
外は射線が通り捲る上に隠れ場所も碌にないし、大半の参加者がモール内に集まるのでそもそも中に入らなければ点は取れない。
故に実質屋内戦闘が強要されるMAPなのだが、その性質上生駒はかなり有利に立ち回れるのだ。
彼の代名詞とも言える生駒旋空は、40メートルという規格外の射程を持つ旋空だ。
しかも剣速も半端なく速い為、不意を打たれればまず凌ぎ切れない。
加えて言えば
当然闇雲に壁越し旋空をしたところでまず当たらないが、それでもいつ壁の向こう側から防御不能攻撃が飛んで来るか分からないのは十二分に脅威である。
だからこそ、この試合での生駒の
水上もそう考えており、ここぞという時まで生駒は温存していくスタンスであった。
少なくとも、こんな序盤で彼を盤面に投入する予定は無かったと言って良い。
(けど、こんままやと海が取られるな。かといって、イコさん以外で香取を単独でどうこう出来る駒はないんも事実や)
だが、此処に来て生駒隊は分岐路に立たされていた。
現在、南沢は単独で香取とやり合っている。
彼は実力は高いがムラッ気も強く、前のめりになり過ぎて隙が生まれ易い傾向があった。
香取も以前までは彼と同じく前のめりになり過ぎた隙を突かれて敗北する事も多かったのだが、樹里の入隊以降はまるで人が変わったかのように隊長として自覚を持って振舞うようになり、過去のような単純な釣りに引っかかる事に期待は出来ないだろう。
そして、水上が見た限り今の香取と南沢の1対1は前者に軍配が上がると考えている。
相手が同じ弧月使いであればまだしも、香取はグラスホッパーとスコーピオンを駆使するスピードアタッカーだ。
機動力を活かしたヒット&アウェイが基本戦法であり、縦横無尽に三次元機動を駆使するその戦い方はここ最近で一気に洗練されて来ている。
グラスホッパーは南沢も装備しているが、練度で言えば香取の方が上だろう。
元より、才覚だけ見ればボーダー内でもトップランクの少女だったのだ。
それが突くべき分かり易い隙が消えて冷静さを備えただけで、こうも変わるとは驚きでしかない。
瞬殺はないだろうが、基本的に南沢が劣勢であると見るべきだ。
(それに、こんな仕掛けしといた相手がこれだけで済むとは思えん。こっちが動かなかったら動かなかったで、確実に海を落とすやり口くらいは用意してそうやな)
加えて、わざわざ狙って南沢を釣り出した以上確実に彼を落とす算段くらいは立てていてもおかしくはないと水上は見ている。
南沢は曲がりなりにもマスタークラスに上がった事のある程の実力者なのでそう簡単にやられはしないだろうが、絡め手を用いられると流石に厳しいだろう。
今回の香取隊は自分達の作戦がある程度看破される所まで考慮して動いていると思われるので、こちらが動かなかった場合の戦術も考案しているに違いないからだ。
水上も同じ立場ならまずそうするだろうし、現在の香取隊の練度から考えても戦術レベルは高く見積もるべきだろう。
(確実なんは、このままやと海が落とされるいう事や。けど、かといって安易にイコさんを投入すれば向こうの思う壺やな。鈴鳴の動きがないんも気になるし、下手に動くワケにもいかんな)
また、懸念点は他にもある。
今の今まで、鈴鳴が目立った動きを見せていない事だ。
今回のMAPを選んだのが彼等である以上、何かしらの仕込みはしていると見るべきだ。
それが何なのかは流石に情報が少な過ぎて分からないが、この市街地Dという地形と夜という環境を利用して来るのは分かり切っている。
(このモールも夜いう環境も、幾らでも悪用が利くやろからなぁ。太一あたりが奇抜な策を用意してそれを採用してても、あそこならおかしくないやろ)
市街地Dという特殊な地形も夜という状態も、利用しようと思えば幾らでも利用手段は思いつく。
それに狙撃手としてはパッとしないながらも奇抜な発想力で時に度胆を抜いて来る太一のアイディアを鈴鳴が採用していたとしたら、それはそれで厄介だ。
荒船や王子のような理論派の相手なら理屈を詰めれば相手の思考を読む事は可能だが、太一の場合はとにかく発想が素っ頓狂で深く考えずに実行に移す為、まともな推測がまず成り立たない。
完全感覚派と言って良い太一のような相手は、頭で物事を考える理論重視の水上のような人間からすれば天敵のようなものだ。
何をして来るか分からないという一点だけで、そういう相手はある意味最大の脅威であるのだから。
(海を助ける為にはイコさんを出す必要がある。これは前提や。隠岐はまだ使うたないし、俺だけ出てっても横殴りが怖いしあんま意味はなさそやな。となると────────)
水上はしばし思案し、そして。
「海、あともうちょい頑張れ。そんで、出来れば今から言うトコまで香取を誘導したってや」
────────即座に、南沢に向かって無理難題を突き付けたのであった。
「そんなぁ…………っ!? これ、ちょいとキツイんすけど…………っ!?」
ガキン、という金属音と共に刃を弾きながら、南沢は無慈悲な水上の宣告に対し悲鳴をあげた。
その最中にもバックステップで離れた香取から銃撃が飛んで来ており、南沢はそれを慌てて回避する。
ビキュン、とその耳を弾丸が掠める音を聴いて、南沢は顔を青くさせていた。
「生き残るだけで精一杯なんですけどっ!? 香取ちゃん、なんか凄く強くなってるし…………っ!」
『だから気張れ言うたやろ。仕事したれば助け舟は出したるさかい』
「えーと、出来なければ?」
『そら死ぬしかないやろなぁ』
マジー!?と南沢は通信越しに大袈裟に慌ててみせるが、その間も的確に香取の攻撃を捌き続けているのだから大したものである。
だが、ハッキリ言って戦況は悪い。
香取と直接ぶつかるのは久々だが、以前戦った時と比べて明らかに動きの練度が段違いだ。
というよりも、南沢同様ムラッ気のあった香取の強さが高水準な部分で安定しているように見える。
以前から絶好調の状態の香取とは正面からではまず勝てなかったのだが、その状態を安定して出せるようになっている、という事をまずは認めなければならないだろう。
それだけ今の香取の動きのキレ具合は凄まじく、油断が即敗北に繋がるであろう事は間違いなかった。
その状態で生き残るのも難易度が高いというのに、水上は誘導までこなせと言う。
流石に文句の一つも言いたくなるのも、人情と言えた。
「…………ま、やるだけやってみますか」
だが、それはそれとして指示はちゃんと聞くのが南沢である。
彼もこの状況で安易に生駒を呼ぶのがどれだけリスキーかは分かっているし、水上の指示も妥当と言えば妥当なのだ。
それに、難しいとは思うが出来ないとまでは思わない。
色々綱渡りな面はあるものの、やってやれない事はないだろう。
香取の成長具合には驚いたが、そこはそれ。
自分も、生駒隊の一員。
それなら、これくらい笑ってこなせなければ嘘というものだ。
「さて、やりますかねっと。頑張って、お仕事しますか」
「生駒隊は動かず、か」
「これは、南沢隊員を切る選択をしたという事でしょうか」
「いや、一概にそうとも言えねぇな。とはいえ、無茶ぶりをしてる可能性はあるわな」
実況席で荒船は、そう言って香取と交戦する南沢の映像を見据える。
現在交戦状態にある二名だが、傍目から見ても香取の方が優勢だ。
南沢は香取の動きそのものは見えているようだが、香取が無理に攻めようとしていない所為もあるのか中々捉え切れていない。
香取はヒット&アウェイを繰り返しつつ、南沢の隙を狙う戦法を取っている。
相手を落とす為の動きをしているが、かといって前のめりにもなり過ぎず常に周囲に気を配っている。
どちらか一方に偏重していればやり様もあっただろうが、これでは攻めも守りも対応が難しい。
落とす為に攻撃に寄ればその隙を突かれるだろうし、かといって時間稼ぎを目的とした動きをすれば瞬く間に固められて終わるだろう。
だからこそ南沢は動き難そうにしており、劣勢が形成されているというワケだ。
「今生駒さんを投入したとしても、香取隊が迎撃準備を終えている可能性がある以上迂闊に手出しは出来ねぇ筈だ。それに今の香取なら、壁越し旋空も対処出来るだろーしな」
「ええ、今の香取隊長は周囲に気を配る事を忘れていません。不意打ちをしても、対応される可能性は高いと思います」
「そんで、それは生駒隊側も分かってるだろ。だから、南沢には可能な限り粘れって指示をして色々準備をしてんじゃねぇか? 実際、香取隊のエースの一角を単独で足止め出来ている状況ではあるんだしな」
荒船の言う通り、見方を変えれば今の状況は南沢という駒で香取隊のエースの一人を足止めしている状況であるとも言える。
逆にそれを利用し、南沢には足止めを指示しつつ次の展開への準備を整える。
それが今の生駒隊の戦略だろうと、荒船は判断したワケだ。
「勿論、その間に南沢が落とされるリスクは承知の上だろ。その上で、今はこれが最善だと判断したワケだ。実際、そう間違った判断でもないだろうからな」
「そうですね。此処でエースを使い潰しかねない選択をするのは、確かに少々リスクが高い。それなら、駒の一つを使って時間稼ぎをするのは理に適っています」
「成る程、苦渋の決断でもあるという事ですね」
そういうこった、と荒船は告げる。
実際、今の状況は生駒隊にとっては相応に厳しい。
南沢はエースではないが、そもそもちゃんと戦える四人部隊である、という事自体が強みの一つである生駒隊にとって、その一角が落ちる影響は無視出来ない。
元から突貫癖の所為で南沢が一人先に落ちるケースは割とあったのだが、だとしてもチームメイトを無為に一人落として良い事にはならない。
かといって無理をしてそれを助けるのではなく、見捨てるに近い択を取って盤面を構築していくあたりが生駒隊らしいと言える。
鈴鳴や柿崎隊であればその隊長が危地に陥れば何も考えずに助けに行くであろう事を考えると、中々に対照的であった。
「けど、そこまで分の悪い賭けでもねーと思うけどな」
「と、言いますと?」
「今の状況が生駒隊にとって厳しいのは、南沢と香取がタイマンでやり合ってるからだ。戦況を動かすには外部から横槍を入れるしかない以上、単独じゃ今の香取に勝てない南沢じゃあ分が悪い」
けどな、と荒船は続ける。
「これは、
(明らかに時間稼ぎしてるわね。その間に、何か仕込むつもりかしら?)
香取は南沢との交戦を続けながら、その動きを注意深く観察していた。
先程から南沢は攻めっ気の一切を消し、ひたすらに遅延戦闘に従事している。
普段の彼からすれば珍しい光景であるが、逆に言えばその動きが南沢単独ではなくそのチームの意思が働いているという事に他ならない。
そして、南沢が遅延戦闘に拘っている事からしても、彼等の狙いが時間稼ぎであろう事は容易に想像出来た。
故に、彼を捨て駒同然として扱い、勝利への布石を打つ事にしたのだと、香取は解釈した。
(なら、無理にコイツを生かしとく必要もなさそうね。そういう事なら予定通り、さっさと片付けちゃいましょ)
南沢を助ける為に生駒を投入するという可能性がほぼ絶無になった以上、徒に彼を生かし続けるのはメリットがないどころか相手の策に嵌まる可能性すら有り得る。
生駒隊がこちらの誘いに乗って来ない可能性も充分考えられた為、そのケースのプランも用意してある。
故に、最早用のなくなった南沢は即座に処理する必要があるだろう。
時間稼ぎが目的であると分かった以上、それに乗るような真似はしていられないのだから。
「────────!」
だが。
その目論見は、銃声と共に放棄せざるを得なかった。
香取はその場から飛び退き、銃撃を回避。
南沢もまたシールドを展開し、それを防ぐ。
「旋空弧月」
「…………!」
更に、続け様に放たれた旋空も跳躍して回避する。
モールの上階の境目にある天井を蹴り飛ばし、香取は速やかに着地。
そして、新たな襲撃者へと目を向けた。
「…………鈴鳴」
その先にあったのは、アサルトライフルを構えた来馬と、いつも通りレイガストと見覚えのない黒い弧月を構えた村上の姿。
此処に来て、鈴鳴もまた主戦場へと介入するのであった。