「おっと、此処で鈴鳴の二人が香取隊長と南沢隊員の戦闘区域に介入。三つ巴の状態になりましたね」
「やっぱ来たか。まあ、このままだと香取隊に流れを持って行かれかねねぇし、仕方なくはあるが」
荒船はそう言って、画面の中で対峙する来馬・村上の両名と香取、南沢の姿を見据える。
その物言いからして、鈴鳴の考えを理解しているようであった。
「ふむ、此処で鈴鳴が出て来た理由は何でしょうか?」
「まず、南沢をこのまま香取隊の好きにさせたくなかったってのはあるだろ。鈴鳴がどんな作戦を練っていたにしろ、南沢っていう比較的獲り易い相手は逃したくねぇ筈だからな」
「獲り易い、ですか? 南沢くんは実力も結構高いし、そこまで弱い駒とは思えませんが────────」
辻の言う通り、南沢は決して弱い隊員ではない。
一時はマスターランクに至った事があるのは伊達ではないし、正面突破能力も相応に高い。
ムラっ気があるのは確かだが、倒し易い相手ではないというのが辻の印象であった。
「この場合、実力っていうより立ち回りの問題だからな。この試合で、真っ向から突っ込んで来て正面から戦う駒って時点で、
あ、と辻は納得に眼を見開いた。
この試合で参加している前衛、即ち積極的に前に出て戦うポジションの隊員は生駒・南沢・村上・来馬・香取・三浦・若村の7名。
この分類は攻撃手か銃手、もしくは近接万能手が当て嵌まる。
そして、鈴鳴を除く5名の内まず生駒・香取はエース級の駒であり、簡単に倒せる相手ではない。
三浦と若村もポジション的には前衛だが今期のランク戦ではむしろ裏方を担当しており、工作や攪乱を主としている。
なので、真っ当に敵の前に出て斬りかかって来て尚且つエース級ではない相手、という括りの南沢は
事実、あのまま放置していれば南沢は香取隊の点となっていただろう。
そういう意味で、鈴鳴にとって南沢は「出来るなら逃がしたくない得点」として見えているのだ。
少しでも得点が欲しい鈴鳴からしてみれば、此処でみすみす見逃すのは出来ればやりたくないだろう。
「俺のトコが狙撃手三人チームっつう尖った編成なのもあっけど、ランク戦の時は獲り易い相手と獲り難い相手を最初に分けて、なるだけ獲り易いと思った方を狙うようにしてんだよ。
「成る程、そういう意味で南沢くんを逃がしたくなかったというワケですか。勉強になります」
辻はそう言って、納得を示す。
実際、彼が所属する二宮隊はB級ランク戦に於いて「まず倒せない相手」というものが存在しない。
敢えて挙げるなら同じくA級からの降格組である影浦であるが、彼もまた
他よりは格段に倒し難い相手だろうが、それでもやり様はある。
だからこそ辻には、倒す相手を選り好みするという思考があまり無かった。
というよりも、そちらをほぼ犬飼や二宮に任せていたとも言える。
彼は与えられた仕事をこなす事を第一とし、自身で作戦を立案するといった事は殆どない。
いち隊員としてはとても優秀であるが、俯瞰的な視点というものには慣れていないのだ。
今回はそういう視点を持つ為の勉強の一環として、二宮の指示を受けた氷見によってこの場に叩き込まれたという側面もある。
中位の部隊とはいえ、曲がりなりにも隊長である荒船の視点を直で見る事は学べる事が多いと判断したワケだ。
なお、これらは辻には一切説明されていない。
気遣いは出来るのだが、それをわざわざ言葉にする事は殆どなく、説明も暴言じみたものになる事が多い為、その配慮が正しく伝わる事は稀だ。
見た眼よりは気遣い出来るが、出力方法が色々とズレている事が多い為、誤解される事が多い二宮であった。
「それから、単純に香取隊に流れを持ってかれたくなかったってのもあるだろ。盤面の流れってのは曖昧なようでいて、結構重要だからな。主導権を奪われると、そのまま勢いに乗って無双される、ってのも珍しい話じゃねぇ。特に、香取みてぇなテンションが実力に直結する奴相手にはな」
「確かに。調子が良い時の香取隊長は、格上も喰いかねない怖さがありますからね」
荒船の続きの説明も、納得出来るものだった。
あのまま香取隊の好きにさせていれば、試合の主導権を彼女達に握られかねなかった。
試合の流れというのは曖昧なものに思えるが、それを握れるかどうかは精神的な所で影響が出て来る。
実際、自部隊で試合の流れを掴んだ時の香取隊の爆発力は凄まじいものがある。
特にエースの香取は自身のテンション、機嫌といったものがモロに実力に直結する為、そういう意味でも香取隊の鼻っ柱を折っておきたいという狙いが見えるという荒船の言も理解出来る。
絶好調の香取ほど、厄介な相手はそういないのだから。
「けど、気になるのは太一の動きだな。上に合流するでもなく、一階の隅っこに行ってやがる。一体、何企んでんだろうな」
「そうですね。狙撃位置を探すでもなく、一ヵ所に留まっています。彼が要る場所は、どうやら────────────────電気室のようですね」
「旋空弧月」
開戦の狼煙となったのは、村上の旋空であった。
横薙ぎに振るわれる、拡張斬撃。
それを同時に跳躍して回避した香取・南沢の両名は、そのままグラスホッパーを起動。
香取は右に、南沢は左に。
それぞれ跳び、村上達から距離を取る。
「…………!」
だが、敵は村上だけではない。
来馬もまた、
銃手トリガーの中でも突撃銃型は特に射程と連射性に優れており、中距離の牽制用としては最高峰と言って良い性能をしている。
実際、サポータータイプの銃手の殆どはこの突撃銃型を装備しているあたり、その汎用性の高さが伺える。
銃手トリガーの中でもスタンダードなものは何かと問われれば誰しもがまずこのタイプを挙げ、そしてそれは間違っていない。
取り回しを重視し牽制用として重宝される拳銃型や、面制圧の火力を重視した散弾銃型とは明確に用途が違う。
この突撃銃型の最大の長所は、その連射性にある。
極論雑に引き金を引いて撃ち続けるだけでも迂闊に相手は近付けなくなるし、銃手トリガーの即応性も合わさって銃手が攻撃手に近距離で出会ってしまった場合の返し札としても優秀なのだ。
確かにシールドを張れば防げはするが、この場には旋空を持つ村上がいる。
下手に守りに入って固められてしまえば、そこを旋空で狙われて終わりだろう。
「…………! 来たかっ!」
加えて、今の鈴鳴は以前とは違う。
来馬の左腕、銃を握っていなかった方の腕にもう一丁の
その引き金が引かれる前に、香取はグラスホッパーを展開。
躊躇いなく加速台を踏み抜き、その一瞬後に彼女のいた場所を弾丸の嵐が通過する。
突撃銃二丁による、
言葉にしてみればそれまでだが、隣に村上がいるというだけでその脅威度はまるで変わって来る。
言うまでもなく、両攻撃というのは諸刃の剣だ。
両腕が塞がっている間に攻撃されてはシールドを張る事も出来ないし、グラスホッパー等での回避も出来ない。
故に両攻撃というものはリスクを考慮した上で行う全力攻撃、という性質を持ち、軽々に使って良いものではない。
二刀流で有名な太刀川でさえ、本当の意味で二刀を同時に扱うのは稀なのだ。
どれだけ技量の高い隊員であろうと、両攻撃はここぞという時の切り札として扱われるものだ。
だが、今の来馬はその使用中は無防備になるという両攻撃の欠点を村上の存在によって克服している。
村上は、防御に秀でた隊員だ。
その
レイガストという強固な盾を保持している事もあり、彼の防御を崩すのは容易な事ではない。
だからこそ村上が前に出て盾となり、その間に来馬が両攻撃で相手を圧倒する。
それが鈴鳴の新戦術、来馬の両攻撃の解禁であった。
言ってしまえば来馬が両攻撃をしてその彼を村上が守るだけだが、その単純な動き故に隙が見付け難い。
戦術というものは複雑化する程脆い点が増えていくものであるが、逆に単純なものである程弱点は少なくなる。
犬飼や辻が護衛に着いた上で二宮が
来馬の銃撃それ自体には二宮ほどの理不尽さはないものの、二丁の
単純に斉射範囲が広いし、ハウンドとアステロイドを織り交ぜて撃って来るものだから、シールドでの対処もやり難い。
故にこそ、香取と南沢の回避一択の対応は正解であると言える。
此処は既に、彼等の
下手な動きをすれば、一瞬で狩られるのは言うまでもない。
「チッ!」
香取は腰のホルスターから拳銃を引き抜き、来馬を狙って銃撃する。
その弾丸を、村上はレイガストによって受け止める。
それを確認する前に、香取は壁を蹴って跳躍。
村上の側面に回ると同時に、再び来馬に対し銃撃を敢行した。
当然それも村上に止められ、一見すると意味のないやり取りにも思える。
(今は、こいつに攻めて来させちゃ駄目。来馬先輩の
だが、当然意義はある。
来馬を狙えば、村上はそれを庇う。
既に大抵のランク戦参加者にとっては既知の情報であり、その性質を堅持しつつも上を目指そうとした結果がこの新戦術であるのは承知しているが、だからといって鈴鳴の体質そのものが変わったワケではない。
来馬を狙えば村上は何に於いてもそれを庇うという性質は、何も変わっていないのだ。
故にこそ、この牽制の銃撃が活きる。
火力の低い拳銃型の銃撃といえど、守りのない状態で受ければ当然身体に穴は空くし当たり所が悪ければそのまま致死の一撃となってもおかしくはない。
トリオン体の強度そのものはトリオン量によって一切左右されない為、シールドなしで直撃を受ければどれだけ威力の低い攻撃だろうが致命傷に成り得るのだ。
だからこそ、村上は来馬を守らざるを得ない。
彼等は絶対に、来馬を囮にする戦法など使わない。
どれだけ理屈の上で不利になろうと、彼等が来馬を守る事を止める筈などないのだから。
(メガネのやった戦法は、間違ってない。だから、きちんとこれが効いてる。けど、そのくらいあっちも承知してる筈よね? なら、確実に
だが、香取は鈴鳴を侮る事をしなかった。
以前の彼女であれば、消極的な彼等を見て慢心して同じ戦術に拘っていたかもしれない。
けれど、樹里との一件や大規模侵攻を経た今の香取は、その慢心がどれだけ身を蝕む毒と成り得るかを知っている。
故に、鈴鳴の戦術がこれで終わる筈がないと、確信していた。
南沢を点にしたい事も、
だが、それにしては鈴鳴が二人同時に出て来たのは妙だった。
香取も村上が介入して来るかもしれないとは思っていたが、来馬までそこに追随するとは思っていなかった。
何故なら、まだ生駒が姿を見せていないからだ。
彼の代名詞でもある生駒旋空は、レイガストでさえ防御出来ない致死の一撃だ。
壁越しにいつそれが飛んで来るか分からない状況で、何の考えもなしに来馬を前線に連れて来る筈が無い。
香取は、そう読んでいた。
(普通なら、来馬先輩を餌に生駒さんを釣り出そうとしているかもと思えるけど、鈴鳴に限ってそれは絶対にない。なら、間違いなく別の思惑がある筈。けど、一体何を────────っ!?)
途端、香取の背筋に悪感が奔った。
理屈ではない。
けれど、これは。
間違いなく、今自分に何らかの危機が迫っている。
その直感を信じ、香取はその場から飛び退いて────────。
「────────
同刻、一階電気室にて。
配電盤の前に待機していた少年、太一が。
気の抜けるような掛け声と共に、一つのスイッチを落とした。