「…………っ!?」
瞬間、香取は視界が暗闇に閉ざされたのに気が付いた。
何が、起きたのか。
瞭然だ。
まるで停電したかのように、店内の照明が一斉に消えたのだ。
同時、香取の脳内の警鐘が最大規模で鳴り響く。
不味い。
そう感じて咄嗟に横に跳んだのと、彼女の鼻先を刃が掠めたのは同時だった。
(まだ…………っ!)
だが、香取はそこで安堵はしなかった。
未だに脳内で鳴り響いている警報に従い、彼女はシールドを展開。
瞬間。
銃声と共に、無数の弾丸が叩き込まれた。
弾丸はシールドによって弾かれ、香取自身は無傷。
突然の暗闇に乗じた奇襲攻撃を、香取はどうにか凌ぎ切った。
(あっぶなっ! 少しでも遅けりゃ、やられてたわね)
香取はそのままグラスホッパーを展開し、記憶にある内装を元に勘で跳躍。
暗闇の中、出来得る限り村上達と距離を取った。
香取は眼を細め、周囲を見渡す。
照明が消えた所為で真っ暗だが、天窓から差し込む月明りによって薄っすらと周囲の様子は伺える。
あくまでも輪郭程度ではあるが、人影の位置は確認出来た。
村上と来馬らしき人影は最初の位置から動いておらず、南沢はどうやら香取同様ある程度距離を取ったらしい。
視界の端にそれらしき輪郭が見えるので、あれが南沢であると見て良いだろう。
(今の、絶対に鈴鳴が何かしたわよね。停電────────────────ううん、
照明が消えてからの迷いのない行動を鑑みれば、今のが停電などという偶発的事象ではない事は容易に想像出来た。
そして、このMAPを選んだのは目の前にいる鈴鳴。
つまり、MAPギミックの全ては頭に叩き込んでいる筈であり、それを利用するのも自在に出来た筈だ。
加えて、此処はモールという一つの巨大な商業施設。
電気系統に関しては、一ヵ所から纏めて操作出来てもおかしくない。
(鈴鳴には、もう一人いる。そしてそいつの姿が見えないって事は、あいつが電気室に行ってブレーカーを落としやがったのねっ!)
試合開始当初から姿を見せていない鈴鳴の狙撃手、別役太一。
樹里のクラスメイトとして香取に記憶されている彼は、おっちょこちょいながら奇抜な発想力を持つムードメーカーとして知られている。
照明を操作し、それに乗じて攻撃を仕掛けるという奇策は恐らく彼の発案だろう。
即ち、これは。
(太一が電気室で電源を操作して、それに乗じて奇襲を仕掛ける。それが、今回鈴鳴が用意して来た裏技か…………!)
────────電気系統の操作による、視界封じに乗じた奇襲。
時間帯を夜にしたのは、これを仕掛ける為と見て間違いない。
このモールの天井は、天窓になっている。
仮に電気を消したとしても、昼間であれば太陽光が差し込む為さして意味がない。
故にこそ鈴鳴は時間帯を夜に設定し、この作戦を実行に移したのだろう。
確かに初見殺しとしてはこの上なく有効だし、香取の神がかり的な危機回避能力がなければあの時やられていただろう。
香取は再度、先程の直感に従えた事を僥倖に思うのであった。
(とにかく、このままじゃまともに戦えないわ。華に、暗視を有効にして貰わ────────!)
(マリオ先輩、早く暗視暗視~!)
『今やっとるから待ちぃ。急かすなや』
一方、南沢も同様に村上達から距離を取りつつ、オペレーターの真織に暗視機能の有効化を急かしていた。
トリオン体の機能を利用すれば、夜間でも周囲を見渡せる暗視の状態を付与する事が出来る。
これにはオペレーター側の操作が必要であるが、そこまで手間がかかる事でもない。
今回は突然の事であった為多少対応が遅れているが、優秀なオペレーターである真織にとってさして問題になる作業でもなかった。
(お、見える見える)
『暗視、オンにしたで』
(どもですマリオ先輩~!)
そして、その効果はすぐに現れる。
南沢の眼には真っ暗闇だった周囲の光景が、形を持って現実化する。
彼のトリオン体に暗視機能が付与され、暗闇を見通す眼を得たのだ。
先程までは輪郭しか見えなかった村上達の姿も、ハッキリと見える。
『海、そこにいるんは危険や。香取が状況に適応する前に、さっさと逃げるんや』
『マリオの言う通りやで。そこにいても良い事はなんもない。一端合流するで』
「了解っ!」
真織と水上の指示を受け、南沢は笑顔で応じる。
彼とて、この状況が自分に不利である事は理解している。
割と猪突猛進気味な南沢であるが、B級上位に相応しい判断力自体は持ち合わせている。
普段から自分のノリに従う事の方が多いものの、明らかに劣勢な状況下で突っ張り続ける程考え無しでもない。
必要であればクレバーな判断も下せるし、決してただのお調子者というワケではないのだ。
(けど、他の階に逃げるには香取ちゃんか鈴鳴のどっちかの脇を通る必要があるよね。階段に行くには鈴鳴が邪魔だし、吹き抜けに行くには香取ちゃんがいるし。モタモタしてると香取ちゃんも暗視を適用して襲って来そうだし、さっさと決めないとヤバそうだよね)
現在、南沢は三階の丁度真ん中付近にいる。
此処から別の階に逃げるには階段か吹き抜けを利用する必要があるが、階段前には鈴鳴が陣取っているし、吹き抜けの側には香取がいる。
同じ階でモタついているといつ村上の旋空が飛んで来るか分からないので一刻も早く下か上に行きたいが、他の階に逃げるにはどうしてもどちらかの傍を通り抜ける必要があった。
(吹き抜けの方に行きたいけど、そっちで樹里ちゃんとかが待ち構えてたらやられるし、鈴鳴に一太刀撃って階段の方に行こっと。来馬先輩狙えば、きっと村上先輩が庇ってどうにかなるっしょっ!)
鈴鳴の弱点に関しては、南沢も知っていた。
来馬を狙えば、それを必ず村上が庇う。
NO4
故に南沢は今回それを利用し、来馬に攻撃を仕掛ける事で村上に防御を強要させ、その隙に階段に逃げ込むつもりだった。
(さあて、行きますかねっと!)
南沢はグラスホッパーを踏み込み、跳躍。
階段前にいる来馬目掛けて肉薄し、その勢いのまま斬りかかる。
当然のように村上が前に出て、レイガストを構えた。
鈴鳴の新戦術は強いが、来馬を狙えば守りに入るという弱点は変わっていない。
行ける。
南沢は、そう確信した。
『太一』
「了解ですっ!」
だが。
その楽観を嘲笑うかのうように笑みを浮かべる者がいた。
電気室。
そこでオペレーターの指示を受けた太一が、ニヤリと笑い。
「
下げていたブレーカーを、元に戻した。
「うな…………っ!?」
突如、眩い光が南沢の眼を晦ませた。
暗視というものは、暗闇に適応した視界を確保する為のものである。
当然、明るい所で使う事は想定されていない。
その状態で突如明かりが点けば、眼が眩むのは自明の理。
そして、最悪な事に南沢は村上の眼の前で視界が潰されるという大失態を犯してしまった。
「ぐ…………っ!?」
両断。
村上の弧月による一閃が、南沢の身体を袈裟切りにした。
『トリオン体活動限界。
機械音声が、南沢の脱落を告げる。
罅割れ崩壊したトリオン体が光となり、南沢は戦場から消えて行った。
「此処で南沢隊員が
「ありゃえぐいな。向こうが暗視を適用したトコで、もっかい電気を点けて眼を眩ませて不意打ちか。中々、厄介な作戦を立てて来やがったな」
実況席でその光景を見ていた面々は、鈴鳴の作戦に対し感嘆の息を漏らしていた。
一度電気を消してからの、相手が暗視を適用するのを待って再びの点灯。
それによる目眩ましで隙を作り、そこに攻撃を叩き込む。
鮮やか、と言って良い手並みであった。
「時間帯を夜にしたのもこの為でしょうね。昼間ですと、電気を消しても太陽光がありますから」
「そうだな。加えて言や、此処はあいつ等が選んだMAPだ。当然電気室の位置も把握してただろーし、最初から鈴鳴は太一を電気の操作係として運用するつもりだったんだろーな。このMAPじゃ、狙撃手は使い難いしよ」
加えて、その重要な電気系統の操作を太一に割り当てたのも巧いと言える。
この市街地Dでは、狙撃手は通常の立ち回りが行えず非常に扱いが難しい。
相手を狙うにもモール内ではあまり距離を取る事が出来ず、一度撃った瞬間に位置を把握されて一気に寄られて落とされる事が多いからだ。
だからこそこのMAPは狙撃手殺しとも言える特性を備えているのだが、それを承知していた鈴鳴は狙撃手である太一を通常通りの運用で使わず、ある種の工作員として用いて来た。
狙撃手を持て余し易いMAPでの太一の運用方法としては、確かに効率的なやり方だ。
正直に言って太一の狙撃手としての練度もそこまで高いワケではないので、少なくともこのMAPでは普通に使うよりは余程有用と言えた。
「この戦術の厄介な所は、分かっててもどうしようもねーって事だな。鈴鳴がいつ電気を消して来るか分からねーから咄嗟に暗視を適用するにしてもすぐに対応は出来ねーし、暗視を適用した所で今度はいつ電気を点け直されるか分からねー。どっちにしろ、電気室を鈴鳴が押さえている限りあいつ等の有利は変わらねーな」
また、この戦術には種が分かっても対応がし難いという側面がある。
いつ電気を消すかは鈴鳴の采配次第である為咄嗟の対応には一手の遅れが出るし、戦闘ではそのラグが致命的と成り得る。
かといって暗視を適用しようものなら今度は鈴鳴のタイミングで点灯され、視界を潰されて隙が出来る。
どちらにしろ、戦場の主導権を鈴鳴に握られている事に違いは無い。
「────────ですがどうやら、
「そうだな。ったく、対応が早過ぎんだろうが」
「────────え?」
────────
来馬は、眼を疑った。
作戦が成功し、南沢を落としたのはこの眼で見た。
太一の作戦を採用して良かったと、安堵もした。
最初の二試合では良い所がなかったと気にしていた太一なので、こうして活躍の場を用意させてあげられた事は僥倖だったと思っている。
太一はお調子者のようでいて割と繊細なタイプなので、何かあれば落ち込むしナイーブになる。
立ち直りもまた早い為にそうは見えないだけで、傷付き易いタイプでもあるのだ。
だからいつも彼がそのおっちょこちょいな性格ゆえに失敗しても怒る事はないし、可能な限り彼を立てる発言をするよう心掛けている。
来馬の眼から見て太一は叱るより褒めた方が伸びるタイプなので、こうして彼の提案した作戦が巧く行ったのだから後で褒めてあげよう、とも思っていた。
だが。
先程まで視界に収めていた香取がいつの間にか消えていた事で、一気に血の気が引いていた。
作戦は、巧く行っていた筈だ。
事実、南沢はこちらの作戦に引っかかり、暗視を適用して斬りかかって来た所を迎撃で落とす事が出来た。
南沢は正確にこちらに斬りかかって来るという分かり易い行動をした事で暗視を適用したであろう事が分かった為、再点灯する合図としては申し分なかった。
香取もまた暗闇の中で戦う事は出来ない為、似たようなタイミングで暗視を適用するであろうから同時に眼潰しを行う事で横槍を防ぐ事が出来ると考えていた。
けれど。
香取は南沢が緊急脱出しその光で視界が塞がれた次の瞬間には、その場から消えていた。
即ち、それは。
ならば、香取は何処へ行ったのか。
それは最早、言うまでもなかった。
「太一…………!」
「げ」
電気室にいた太一は、来馬の警告を受けるまでもなくその姿を視認して盛大に頬を引き攣らせていた。
狙撃対策としてエスクードの陰に隠れていた太一の視界の先にいるのは、紫の隊服を着用した少女────────────────香取葉子。
何処かしら苛立った様子の少女に
「ま、まず────────っ!」
慌てて太一は香取の動きを止めようと、ブレーカーを落とした。
瞬間、モール内は再び暗闇に包まれる。
この距離では、ライトニングを構えた所で香取の動体視力相手には無意味に等しい。
軽く回避され、距離を詰められるのがオチだろう。
だからこそ太一は手元にあったスイッチを頼みの綱とし、それによって香取の動きを鈍らせようと考えた。
「────────無駄」
「え…………?」
────────だが、初見ならばともかく香取に同じ手は二度通用しない。
村上のような
来ると分かっている消灯攻撃など、対応出来て当たり前だ。
再び暗闇と化したモール内で既に周囲の位置関係を把握し記憶していた香取は、グラスホッパーを用いて滑らかな動作で一気に太一へと肉薄。
スコーピオンを一閃し、一息でその首を落としていた。
『戦闘体活動限界。
機械音声が、太一の敗北を告げる。
太一は何が起きたか理解出来ないまま、光となって消え失せた。