香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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生駒隊Ⅱ

 

 

「別役隊員、香取隊長によって緊急脱出(ベイルアウト)。咄嗟の消灯も香取隊長には通じなかった模様」

「やべぇな香取。あんな真似出来んのかよ」

 

 香取が別役を撃破した映像を見て、荒船は息を呑んだ。

 

 それはそうだろう。

 

 太一が香取の動きを止める為に起こした消灯というアクションに対して、彼女は暗視に頼る事なく予め把握していた地形記憶を頼りに一気に肉薄し、そのまま彼を斬り捨てたのだから。

 

 言うは易しだが、これは誰でも行えるようなものではない。

 

 第一に、その場の地形を記憶していたからといって、真っ暗闇に近い中で思い通りの進路で進むのは難しい。

 

 目印があるのならばまだしも、何もない暗闇の中でエスクードの陰に隠れていた太一の下まで正確に移動するのは困難を極める。

 

 その絡繰りが分からないからこそ、荒船は瞠目していたのだ。

 

「あれ、言うなれば眼を瞑ったまま正確に移動してのけた、って感じですよね? そんな事が出来るんでしょうか?」

「多分だけど、オペレーターと協力したんじゃないかな。香取隊長が視認した別役隊員の位置をオペレーターがマーキングして、そこに目掛けて突っ込んだんだと思う。オペレーターとの高度な連携と、何より香取隊長自身の突出した動体視力があっての荒業だと思うけどね」

 

 しかし、優秀なオペレーターである氷見はその仕組みを見抜いていた。

 

 恐らく香取は太一を視認した段階でその位置をオペレーターの華にフィードバックし、位置情報をマーキング。

 

 いつ電気を消されても正確に移動出来るように進行ルートの確保をナビゲートして貰った上で、太一が次のアクションを起こす前に一気に肉薄して葬ったのである。

 

 幼馴染である華との高度な連携と、それを実現する香取の並外れた動体視力。

 

 それが合わさって初めて現実となった、埒外の荒業と言えるだろう。

 

「それから、多分香取隊は市街地Dが選ばれる事をある程度見越していたんじゃないかな。香取隊も生駒隊も狙撃手の存在が厄介なチームだし、そのメタになる市街地Dが選ばれる可能性を予測してある程度MAP情報を事前に分析していたとしてもおかしくないと思う」

「成る程、確かに狙撃手封じにゃ一番適任なMAPだからな。同じように狙撃手が使えなくなる市街地Eは極端な地形過ぎて活かす方法が限られる分、こっちにヤマをかけてたとしても不思議じゃねぇな」

 

 加えて、香取隊はこの市街地Dが選ばれる可能性をある程度見越していたのだろうと氷見は発言し荒船もそれに賛同した。

 

 確かに彼女の言う通り、香取隊も生駒隊も狙撃手の存在が大きいチームであり、それを封じる為のMAPを選ぶ可能性を考えていたというのは納得出来る話だ。

 

 香取隊の場合は樹里の超々遠距離狙撃がこの上なく厄介だし、生駒隊も隠岐を野放しにすれば情報アドバンテージで大きく遅れを取ってしまう。

 

 そういう意味でこの二人を封じるMAP選択は、客観的に見てもベターだ。

 

 自部隊の狙撃手も使い難くなるという欠点はあるものの、それを押しても選ぶメリットが大きいと考える可能性は充分に有り得る。

 

 だからこそ香取隊は事前にこのMAPが選ばれた時の為に下調べを行い、それが今回の太一撃破に活かされたのだろう。

 

「そう考えると、南沢くんを誘い込んだやり口も予めそれが実行し易い場所に見当を付けていたと考えれば辻褄が合いますね」

「そうだな。あれに関しちゃ用意していた窓からやって来たら儲けものと考えて、どちらにしろ南沢が入って来た瞬間に奇襲をかけるつもりではいたんだろうが、それでもそれがやり易い場所を下調べしていた可能性は高そうだな。ったく、とんでもねぇ成長をしやがって」

 

 やれやれ、と荒船はかぶりを振る。

  

 言われてみれば確かにあの南沢を釣り出したやり口も事前にMAP情報を下調べしていたと思えば納得出来る部分があり、そう考えれば香取隊の読みの鋭さが以前とは段違いになっているのが分かる。

 

 ROUND1でも徹底的にしてやられた荒船としては、溜め息の一つも吐きたくなる所であろう。

 

「ともあれ、これで鈴鳴の消灯戦法はなくなったワケだ。となると────────」

「────────ええ、来ないワケがないですね。()()()としても、このあたりが最適でしょう」

 

 辻はそう言って荒船に賛同し、告げる。

 

「来ますよ。あの人が」

 

 

 

 

『ごめんなさいやられちゃいましたー!』

「いや、ぼくの想定も甘かったんだ。まさか、眼潰しに引っかからないとはね」

 

 来馬はそう言って、通信で謝罪して来た太一を宥める。

 

 正直、香取のあの動きは予想外にも程があるというよりも予測しろという方が無理だ。

 

 彼等の想定では再点灯による眼潰しで香取の動きが止まっている間に南沢を落とし、その後改めて香取を狙う算段だった。

 

 突然の消灯は動きが多少止まる程度で済んだとしても、暗視を適用した状態での再点灯は文字通り眼が眩む為、幾ら香取といえど明確な隙が出来る。

 

 実際に南沢は村上の眼の前で致命的な隙を晒して結果討ち取る事が出来たし、戦術自体は間違ってはいなかった。

 

 ただ一点。

 

 香取葉子の即席の対応力と読みの鋭さを、読み違えたという事以外は。

 

 まさかあそこで暗視に切り替えず、こちらが南沢に注力した隙を突いて吹き抜けから一気に一階まで降りるとは流石に考慮していなかったのだ。

 

 確かに香取は吹き抜けの傍に立っていたし、周囲が暗闇に閉ざされていたとしても適当に後ろに跳ぶだけで下りる事は出来ただろう。

 

 しかし消灯の絡繰りを見抜いた段階ですぐに再点灯される可能性に気付き、暗視を適用しないまま行動に移すという判断に移るまでが幾ら何でも早過ぎる。

 

 一度電気を消されたのだから、それを操作出来る場所にいればもう一度点ける事も自在であるというのは考えれば分かる事ではある。

 

 しかし戦闘中、しかも村上という強者が近くにいる状態での突然の消灯という状況下でそこまで客観的に物事を見る事の出来る者は多くない。

 

 戦闘中の思考というものは基本的に無駄なものを削ぎ落して必要な事柄だけに脳のリソースを集中するものである為、全体を見る必要がある射手等と違って攻撃手やそれに類する前衛の隊員は特に自分の周囲の変化にのみ考えを絞る傾向にある。

 

 極限状態の戦闘ではそれが最も効率的に身体を動かす事が出来るので、それ自体は間違っていない。

 

 実際に香取も近接万能手というポジションである以上、似たような思考傾向を持っていた筈だ。

 

 にも関わらず、香取は起きた事象の絡繰りを即座に読み解き、それに対する最適解を即断で叩き出し実行に移した。

 

 その思考の切り替えと、判断から行動までのタイムラグの少なさ。

 

 それは明確に率いる者の資質と言っても過言ではないものであり、彼女がこの短期間にどれだけ隊長として成長したかが分かろうというものだ。

 

 実戦では、コンマ一秒の判断の遅れが致命的な事態に繋がる事など幾らでもある。

 

 だからこそ指揮官というものは即断即決が求められ、そういった意味で迷いなく判断を下せる香取の指揮官適正はそれなり以上に優秀と言える。

 

 前期まで隊長としての役割をほぼ放棄していた人物とは思えない程の、劇的な進化と言えた。

 

「とにかく、太一の作戦が使えなくなった以上別のやり方で行くしかないね。まずは────────」

 

 

 

 

 来馬がそんな考察をしていた折。

 

 その階下で、暗闇の中弧月を構える人影があった。

 

 既に暗視を適用したその眼が映すのは、天井。

 

 捉えるのは、その先にいる標的。

 

────────旋空弧月

 

 その人物は、生駒は。

 

 躊躇いなく、その伝家の宝刀を抜いた。

 

 

 

 

「…………っ!?」

 

 その斬撃は、床を割いてやって来た。

 

 村上と周囲を警戒しながら次の行動の準備を進めていた来馬は、床をバターのように切り裂きながら放たれた斬撃によって、右腕と右足を両断された。

 

 片足を失ってバランスを崩し、右手に抱えていたアサルトライフルも音を立てて落下する。

 

「来馬先輩…………っ!」

 

 何が起きたのか、村上は一瞬で理解した。

 

 生駒だ。

 

 これまで姿を見せなかった生駒が、遂にその刀を抜いたのだ。

 

 来馬への攻撃を防げなかったのは痛恨の極みだが、事態は急を要する。

 

 反省会は後でやるとして、今は()に来るであろう攻撃に備える事こそが肝要だ。

 

 幾ら生駒とはいえ、単独で壁の向こう側の見えない位置にいる相手を正確に攻撃を当てる事は出来ない。

 

 生駒旋空は障害物を紙切れのように斬り裂くが、その先に要る標的を狙うには別途()が必要になる。

 

 そして、この場合の()とは即ち────────。

 

「…………!」

 

 ガギン、と硬質な音と共に咄嗟に村上が構えたレイガストに弾が着弾する。

 

 見上げれば、天窓の向こうに人影が見える。

 

 間違いない。

 

 あれは────────。

 

(あそこにいたのか、隠岐)

 

 ────────生駒隊狙撃手(スナイパー)、隠岐孝二。

 

 彼の隊の眼である隠岐が、生駒の代わりにこちらを視認して正確な位置を伝えたのだ。

 

 隠岐が高所から観測した情報を元に、障害物を無視した生駒旋空で敵を斬る。

 

 それはまさしく、生駒隊の得意戦法の一つであり今それが使われたのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

「ひゃー、流石に狙撃は防がれたか。やっぱ一筋縄ではいきませんね」

『けど、来馬さんの片腕と足は奪ったんや。これで、村上にかなり圧をかけられるやろ』

 

 隠岐は即座に天窓から離れながら、水上との通信を開いていた。

 

 村上の読み通り、彼が此処から鈴鳴の正確な位置を視認し、それを観測情報として生駒と共有する事で壁越しならぬ床越し旋空を正確に来馬に当てる事に成功したのだ。

 

『もう来馬さんは両攻撃(フルアタック)も出来へんし、片足がのうなったから碌に走れん。ぶっちゃけ戦力としちゃほぼ無力化しとる状態やけど、それでも村上に見捨てるいう選択肢はないやろからな』

 

 通信の先で水上は、そう言って微かに笑う。

 

 追撃の狙撃の方は凌がれてしまったものの、最低限目的を果たせた事は大きい。

 

 それは、来馬の攻撃力と機動力を奪い、村上の()()にする事だ。

 

 鈴鳴の新戦術は来馬が両攻撃を解禁する事で火力を高め、これまで村上の事実上の枷となっていた彼を無視出来ない戦力とする事で弱点を補うのが肝だった。

 

 だが片腕を失った事で銃手である来馬は物理的に両攻撃を行う事が出来なくなり、片足を失った事で碌に動けなくなった。

 

 普通なら戦力外判定を下して見捨てるような状態であるが、鈴鳴に限ってそれは有り得ない。

 

 鈴鳴の隊員はほぼ生態と言って良いレベルの条件反射で来馬を守ってしまう為、まず彼を見捨てるという選択肢が思考の端にすら上らない。

 

 迷うのではなく、最初から選ぶ択の中に入っていないのだ。

 

 今の一撃で来馬を仕留める事も可能ではあったが、それよりも腕と足を奪って半ば無力化に近い状態とし、村上の枷となるよう仕向けた方が効率的であると判断したのだ。

 

 NO4攻撃手(アタッカー)の村上は正面から当たれば厄介極まりない難敵であるが、来馬がいれば必ずそれを庇ってしまうという致命的な弱点がある。

 

 ただでさえ南沢という貴重な駒を使い潰している以上、無駄な動きは出来ない。

 

 だからこそ水上は容赦なくその弱点を利用する戦術を組み上げ、実行に移したワケだ。

 

 こちらの方が、大局的に見ればより効率的に勝ちに近付けると踏んだが故に。

 

 水上は未だ戦術が判明していなかった段階の鈴鳴と香取に囲まれた時点で、ほぼ南沢の生存は切っていた。

 

 勿論彼が指示をこなして生き延びる可能性もあるにはあったが、それは相当に厳しいと見ていた。

 

 実際、鈴鳴が消灯・再点灯戦術という裏技を繰り出して来た事で南沢はその術中に嵌まり、あえなく撃破されてしまった。

 

 そうなる事がほぼ予測出来ていたからこそ、彼の生存は諦めて()()()の行動にリソースを振り分けたのだ。

 

 即ち、機会を見て生駒旋空を叩き込む瞬間を作る為に。

 

 このモール内での戦闘では、壁や床を無視して攻撃を叩き込める生駒の存在が文字通りの鍵となる。

 

 故に少なくともMAP選択権を持っていた鈴鳴が用意していたギミックを明らかにするまでは、彼を出すつもりは微塵もなかった。

 

 そして今、南沢という駒の犠牲によって彼等が用意していた戦術は白日の下に晒された。

 

 更にこちらで対処が必要かと考えていた電気室の太一に関しても、香取隊が素早く始末してくれた。

 

 点を取られたのは痛いが、それでも一手間が減ったと考えれば相対的にプラスであると言える。

 

 ともあれ、この試合でのネックだった村上の打倒に向けて一手進められたのは大きい。

 

『隠岐、四階に行って貰うで。そっちなら見つかってもフォローがし易いやろし、窓も開けといたさかいそっから入って貰うで』

「了解しました」

 

 その考えを事前に聞いていた生駒隊第二のブレインである隠岐は水上の指示に従い、頷いた。

 

 少々悪辣なやり方ではあるものの、別段ルール違反をしているワケでもない。

 

 それに、ランク戦ではルールの中で相手の弱点を突く事など幾らでもある。

 

 この程度で喚くようでは、そもそも上を目指す資格はない。

 

 そんな事はとうに理解しているだろう鈴鳴相手だからこそ、容赦はしない。

 

 これで実質、鈴鳴は村上一人で戦っているようなものだ。

 

 来馬を無力化し、それによって圧倒的な優位を確保出来たこの状況を逃がす手はない。

 

 隠岐は屋上から飛び降りると同時に、グラスホッパーを展開。

 

 続け様に加速台を踏み、開いている窓を見付けてその中へと跳び込んだ。

 

 吹き抜けから下を見れば、そこには裂かれた床を挟んで対峙する鈴鳴の二人と生駒の姿がある。

 

 確かに此処からなら援護もし易いし、いざとなれば生駒の下まで逃げる事も出来るだろう。

 

 消灯されたままの店内であるが、これまで外にいた隠岐はとうに暗視を適用している。

 

 その為先程の再点灯の影響をモロに受けてしまい南沢を助ける事は出来なかったが、もう済んだ事をどうこう言っても仕方がない。

 

 故に即座に思考を切り替え、隠岐はいつでも援護が出来るように下の階に眼を向けて────────。

 

「え…………?」

 

 ────────背後からその身体を両断され、抜けた声をあげた。

 

 振り返れば、そこには弧月を振り抜いた三浦の姿があった。

 

 おかしい。

 

 この階へ来た時に周囲を見回したが、そこには誰もいなかった筈だ。

 

 少なくとも、隠岐は三浦の姿など見ていない。

 

 透明化という事で、カメレオンの可能性が浮かび上がる。

 

 しかし、それは有り得ない。

 

 カメレオンを使っていたのなら、レーダーに映る筈なのだから────────。

 

「まさか…………!」

 

 そう。

 

 彼のいた場所に、確かにレーダーの光点はあった。

 

 しかしそれは、一階にいるであろう香取の反応であった。

 

 否。

 

 それ()()であると、思い込んでいた。

 

 レーダーには、高低差は表示されない。

 

 つまり、階を隔てて同じ場所にバッグワームを着ていない隊員が複数いても、位置が重なって一つしか反応が無いように見えてしまうのだ。

 

 三浦はそれを利用して、カメレオンを使いながら一階にいる香取と同じ位置に潜む事で隠岐の眼とレーダーの両方を掻い潜っていたのである。

 

「やられたわ」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 機械音声が、隠岐の敗北を告げる。

 

 罅割れたトリオン体が崩壊し、隠岐は光の柱となって消え去った。

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