「旋空弧月」
放たれる刃は、旋空。
生駒が放ったその斬撃が届く前に、村上は来馬を抱えて跳躍する。
その足元を斬撃が通過し、間一髪でそれを回避した。
「…………!」
だが、次の瞬間生駒が弧月を納刀したのを見て、村上は眼を見開いた。
「スラスター────────」
「旋空弧月」
「────────オンッ!」
一閃。
納刀した鞘から抜き放たれた弧月の一撃が、空中にいた二人目掛けて襲い掛かった。
コンマ数秒のタイミングでスラスターの起動に成功した村上は、来馬を抱えて何とかそれを回避する。
ブースターによって加速した二人のすぐ横を、神速の拡張斬撃が通過した。
間一髪の回避であった為腕の衣服が斬り裂かれ、すぐ横をとんでもないスピードの斬撃が通過する。
「…………っ!」
あと一瞬、否────────────────刹那の遅れがあれば、今の一撃で両断されていただろう。
それだけ、生駒旋空の剣速というのはズバ抜けている。
こと剣速だけで判断するのならば、NO1攻撃手である太刀川のそれさえ上回るのではないかと村上は思う。
NO6
彼の操る伝家の宝刀を支える技量は、それだけの域に達しているのだから。
村上はスラスターを頼りに再び地面へ着地し、来馬を背に庇うようにして立ち上がった。
真っ直ぐに生駒を見据え、鈴鳴は次の行動に移る。
「旋空────────」
「…………!」
再び生駒が旋空の構えを取った事で、背後に庇っていた来馬が弾幕を張った。
しかし
旋空の発射態勢を取っていたのは、
生駒は最初から、このタイミングで弾が撃ち込まれるだろうと判断してシールドを張っていたのだ。
幾ら生駒が稀代の旋空の使い手とはいえ、無防備な所に弾を受ければ容易く致命傷となる。
彼はハウンドを装備している王子等とは異なり武器は弧月一本のみであり、中距離攻撃手段として旋空を携えているが、取り回しの自由度で言えば
そもそも中距離は銃手の距離であり、本来は近距離こそが攻撃手の間合いなのだ。
確かに生駒旋空によって40メートルという規格外の射程を持つ生駒であるが、第一に旋空は考え無しに乱発出来るものではない。
生駒は自身の技量によって極限まで隙をゼロに近付けているが、技を撃った後の硬直は一瞬とはいえ存在するし、引き金を引けば自動で弾が連射されるアサルトライフル相手に中距離戦は分が悪い。
何せ、40メートルの射程を誇るとはいえ生駒旋空は単発しか撃てない。
撃った瞬間というのは流石に隙が出来る為、そこに弾丸と村上の旋空を同時に叩き込まれれば生駒も無事には済まない。
だからこそ、生駒は旋空を撃つフリをして来馬の攻撃を誘った。
この瞬間を、活かす為に。
「旋空弧月」
神速抜刀。
無造作に振り抜かれた伝家の宝刀が、圧倒的な剣速を以て来馬に襲い掛かる。
「スラスター、
だが、それを村上は察知していた。
予め起動準備を終えていたスラスターを展開し、来馬を抱えて跳躍。
ブースターの噴射により、一気に生駒との距離を離した。
「…………!」
更に、村上に抱えられた来馬が
生駒旋空を放った直後の生駒はそれを回避する余裕はなく、シールドを展開。
無数の弾丸が、生駒のシールドによって弾かれる。
「旋空弧月」
そこを、村上が狙う。
着地と同時に放たれた旋空が、生駒に向かって振り抜かれる。
「旋空弧月」
「────────!」
それを。
生駒は、旋空の一撃を以て
神速、そして確かな精密さを以て放たれた生駒の旋空は、迫り来る刀身に寸分の狂いもなく直撃し、その軌道を僅かにズラしたのだ。
通常、旋空は防御不能の斬撃である。
先端に近付けば近付く程威力が上がるという特性によって、大抵の防御は紙のように切り裂けるその突破力はボーダーのトリガーの中でも群を抜いている。
しかしその切れ味を実現させるには、あくまでも先端を標的に当てる必要がある。
生駒は先端を避けて刀身同士をぶつからせる事でその軌道を変え、強引に自身への攻撃を凌いでみせた。
それがどれ程の絶技であるかは、言うまでも無い。
「────────やりますね」
「そっちこそ、やるやん」
ニヤリと、二人は同時に笑みを浮かべる。
技巧の極まった二人の剣士は、一人の銃手を伴いながら剣戟を再開した。
「アステロイド」
「…………!」
水上が弾を放ったのを見て、三浦は咄嗟にその場から横に跳び退いた。
彼の宣言通り撃たれた弾がアステロイドであれば、これで済むだろう。
だが。
(ハウンド…………!)
水上が撃った弾は、曲線を描いて三浦を追尾して来た。
弾丸の正体は、
彼が言い放った宣言は、真っ赤な嘘。
言葉にした弾とは別の弾を撃つ、俗に「嘘弾」と呼ばれる水上固有の技術である。
トリガーを発動する際には別段その名を呼ばずとも使用可能だが、射手等様々な弾種の射撃トリガーを使用する者などは状況に応じて声帯認証で発動する場合がある。
これは脳内で完結する処理を声に出すという
手に持ちさえすれば後は振るうだけで良い弧月とは異なり、射撃トリガーを扱う際にはキューブの展開から分割、そして威力・射程・弾速の調節や弾の軌道の設定等、脳内で処理しなければならない事が多岐に渡る。
これが射手が少ない理由の一つでもあるのだが、銃手と異なり銃のような道具を用いて挙動を慣れさせ、反復練習によってそれを昇華するという工程が使えない為、どうしても感覚頼りな部分が多くなるのだ。
加えて言えばボーダー内のトップの射手三名が揃いも揃って
NO1射手である二宮はトリオンの暴威の化身である為彼のようなトリオンを持ち得ない者にはまず模倣は無理であるし、NO2の出水はトリオンの高さも然る事ながらやっている事が高レベル過ぎる為、直接指導でも受けない限りは最初の一歩で躓くだろう。
NO3の加古に至っては戦い方が独特過ぎてまるで参考にならず、このように射手はトップ層がトップ層なので後進があまり育っていないのだ。
お手本のような射手としては蔵内がいるがプライベートも多忙な彼が誰かの面倒を見る時間はあまりなく、王子が修を弟子にしてからは彼にほぼ付きっ切りになっていた為、他の隊員を育成する余裕はないだろう。
そもそも大部分の隊員は射手といえば上位三名を思い浮かべてしまう為、彼等のあまりに突出し過ぎている能力を前に尻込みをしてしまい、射手へなろうという者はあまり出て来ないのである。
B級下位では間宮隊が射手三人態勢という射手版荒船隊のような構成のチームとなっているが、個々人の練度が低過ぎる上に三人でハウンドをぶっ放すのが最大火力であるので、各個撃破された場合はどうにもならず、そもそも三人がかりでハウンドを撃ったところで突破する相手は突破して来るのだ。
彼等がそのスタイルに拘っている理由の一つに、間違いなく二宮の戦闘スタイルのインパクトがあるだろう。
恐らく彼等は二宮の豪快な戦いぶりを見て少しでもそれを真似ようとしたのだろうが、結果はお粗末に過ぎる。
このように、付け焼刃では碌に戦えないのが射手というポジションの難しい所なのだ。
その中で水上もまた、上位の射手に負けず劣らず個性的な戦闘スタイルを持っていた。
それが口に出した弾種とは違う弾を撃つという、見掛けからは想像も出来ない高等技法である。
一見すると簡単そうに見えるが、口に出しているものと違う弾を撃つというのは想像以上に難しい。
自分の声は骨伝導で聞こえてしまう為、どうしてもそちらに意識を割かれてしまう。
故に口に出したものとは別の弾を撃つというのは、その自身の声を無視しながら脳内で別の処理を行う必要があるのだ。
口に出す、という行為は反復練習や暗記で用いられる事からも分かる通り、その事柄に自分の意識を向けさせる、という意味がある。
ただ文字を書くよりも、それを声に出しながら書いた方が覚え易いのと同じだ。
だからこそ、それだけの影響がある自身の
当然ながらそれには普段から脳内で様々な思考を高速で処理する能力が必須となり、頭の回転が速く滑らかでなければまず不可能。
しかしかつて奨励会でその力を発揮した水上の頭脳は、それを可能にする。
こと頭の回転速度で言えば、彼程の人間はそうはいない。
水上は俯瞰的な視点で物事を見る事に長けており、その頭脳の回転が止まる事はほぼない。
そんな水上だからこそ、このような芸当が可能になるのだ。
水上の言葉は、対峙する側にとっては何一つ信用出来ない。
今のようにアステロイドと言いながらハウンドを撃ったり、逆にハウンドと宣言しながらアステロイドでシールドの貫通を狙って来る、という事も普通にやって来るのだ。
故に彼の弾が放たれた場合は回避が鉄則であり、防御は危険が高過ぎて選び難いのだ。
撃たれたのがアステロイドやメテオラであれば、横に避ければどうにかなる。
しかしメテオラが来ると思ってシールドを広げればアステロイドで貫通される危険があるし、ハウンドと宣言された場合も同様だ。
だからこそ、回避が安牌となる。
横に避けてしまえば、それを追って来るハウンドをシールドで防御するだけで済むからだ。
少なくとも、立ち止まってシールドを張るよりはリスクを減らす事が出来る。
(けど、回避
だがそれは、攻め手を自ら放棄する事に他ならない。
成る程、回避に徹すればそもそも弾種が何であろうが凌ぐ事は出来るだろう。
しかしそれは、自身の攻撃範囲である近距離での戦闘に永遠に持ち込めない事を意味している。
通常、攻撃手が射手に肉薄するにはいずれかの段階でシールドを張り、相手の弾幕を凌ぎながら接近するのがベターだ。
だが、水上相手には安易にシールド頼りに突貫を行う事が出来ず、当然ながら向こうも距離を取ろうとする為、回避に徹している限り有効打を与えられる距離まで近付く事が出来ないのだ。
仲間がいる状況ならまた別の手も使えるのだが、この四階にいるのは今は三浦一人。
カバーが貰えない以上、下手な蛮勇で痛手を負うワケにはいかない。
時として捨て身が必要な場面もあるが、今はそうではないのだから。
(取り敢えず、今は水上先輩を此処に押し留める事を優先しよう。数の有利を活かした方が、良い筈だしね)
故に、三浦は水上の時間稼ぎに付き合う事に決めた。
無理に攻めるよりも、今は水上という戦局を乱しかねない曲者をこの場に縛り付ける方が有用と判断したのだ。
元より、三浦の役割はサポーター。
先程のような場面でもなければ、積極的に点を取りに行く立ち位置ではない。
ならば、此処は強引に攻めてリスクを抱えるよりも時間稼ぎに付き合う方が上策。
三浦は、そう判断した。
(こっちの準備が出来るまで、水上先輩には此処にいて貰う。それが、今のオレの役目だ)
(なーんて考えてそうやなぁ。実際、これがベターなんやから腹立つわ)
水上はそんな三浦相手に射撃を続行しながら、内心でため息を吐いた。
ハッキリ言って、状況はあまり良くない。
南沢の件は元より必要な犠牲と割り切っていたが、あそこで隠岐を落とされたのがとにかく痛過ぎた。
隠岐はグラスホッパーを装備した機動型狙撃手であり、素早く移動して高所を陣取るだけではなく、その見つかる事を恐れない機動力を軸とした立ち回りは生駒隊の手札を大幅に増やしてくれる優秀な
その隠岐がやられた事が、とにかく痛い。
彼がいれば正直あそこからでもどうとでも盤面をひっくり返す事が出来ていたからこそ、その損失は大きいと言えた。
(カメレオン使いが二人も潜伏しとったんやから、もっと警戒させるべきやった。分かり易い脅威ばかりに目が向いて、隠れた脅威を見落としとったな)
この試合で最大の脅威と成り得るのは、村上と香取の二人だと水上は判断していた。
樹里の存在も無視は出来ないが、あちらは地形で動きを封じる事が出来ている為、優先順位は二者より落ちる。
だからこそ村上に枷を付けるべく来馬を無力化する隙を狙って作戦を組み上げており、その目論見自体は成功した。
問題は、その隙に大事な駒である隠岐を落とされてしまった事だ。
本来であればあのまま水上が生駒に合流し、来馬を射撃で牽制しながら固め、村上共々身動きを封じて削り殺す予定だった。
しかし三浦という逃がすワケにはいかない駒が盤面に出てしまい、尚且つ対処出来るのが自分しかいないという状況である為止む無くこちらにリソースを割かざるを得なくなった。
その所為で来馬に反撃の余地を与えてしまい、生駒が攻めきれずにいるのが何とももどかしかった。
(もう、ミスは出来へん。気になるのは、香取がどう動くかや。オレんトコに来るのか、それともイコさんを狙うのか────────────────その動き次第で、趨勢が決まりそうやな)
水上は三浦との戦闘を継続しながら、思案を続ける。
カツン、と脳内で駒の動く音がした気がした。