「生駒隊長と鈴鳴の二名、そして水上隊員と三浦隊員がそれぞれ戦闘中。戦況は膠着に近いですね」
「ああ、どちらも決定打が中々出せないみたいだからな。無理もねーが」
荒船は氷見の言にそう言って同意し、頷く。
画面の中では生駒と対する鈴鳴の二人、そして水上と戦り合う三浦の姿が映し出されていた。
どちらも一進一退の攻防を繰り広げており、早急に戦況が変わる気配は無さそうに見える。
「生駒さんが攻めあぐねているのは、やっぱ来馬先輩の援護射撃があるのがデケーな。即座に撃てる中距離火力持ちが後ろにいるだけで、鋼は相当戦い易くなってやがるからな」
「そうですね。来馬先輩は足も腕も削れていますが、
「そうだな。多分想定としちゃ、水上か隠岐が来馬先輩の動きを射撃や狙撃で牽制しつつ、削り殺す算段だったんだろ。けど」
「隠岐先輩の脱落が、此処で響いているワケですね」
そういうこった、と荒船は頷く。
生駒隊としては来馬の脚と片腕を削って無力化に近い状態にしつつ、水上の射撃か隠岐の狙撃によって彼の銃撃を牽制、身動きが取れない状態で削り殺す予定だった筈だ。
しかし、隠岐が脱落した事で水上は自身を三浦の抑えに回さざるを得なくなり、当初の作戦が使えなくなってしまったのだ。
一撃で来馬を落とさなかった事が、隠岐の脱落によって逆効果になってしまっているのである。
「水上としちゃ、カメレオンと旋空を持ってる三浦にあのまま姿を晦まさせるワケにはいかなかったからな。カメレオンで姿を隠してからの旋空の不意打ちは、格上相手だろうが持っていかれてもおかしくねー。三浦は機動力も高いから、猶更放置する事は出来なかったってワケだ」
「勿論水上先輩としても、苦渋の決断ではあったでしょうね。自分が抜ければ生駒先輩が攻めあぐねるのは分かっていたでしょうが、それ以上に三浦くんを放置するワケにはいかなかった。だから、泣く泣く攻め手を削る選択を取ったという所でしょう」
水上が生駒と組まずに三浦を抑えに回ったのは、そうしなければ容易く盤面をひっくり返しかねない駒を野放しにする事になるからだ。
三浦は弧月使いであり、尚且つカメレオンをセットしている。
カメレオンならば若村も使っているが、この場合攻撃用のトリガーとして弧月と旋空がセットされているのが問題だった。
言うまでも無く旋空は防御を無視する絶対の突破力を誇る攻撃であり、まともに当たればどんな守りだろうと容易く斬り裂いてしまう。
それをカメレオンでの隠密を利用して使われれば、
更に三浦は機動力評価も8と高く、決して軽く見て良い相手ではない。
以前の香取隊ならばともかく、今の香取隊は十全に各々が自らの役目を果たすようになっている。
仲間のフォローに粉骨する必要がなくなった今、三浦の脅威度は以前とは比べ物にならない程跳ね上がっていると言って良い。
だからこそ、水上は攻めを捨ててでも三浦を抑えに回らざるを得なかったのだ。
そうしなければ、更に状況が悪化する事が分かり切っていたからである。
ただでさえ、下に向かった香取が野放しになっている状態なのだ。
この上更に三浦まで見失ってしまえば、最早作戦どころではない。
完全に主導権は香取隊に握られ、良い様に翻弄されるのがオチだろう。
故に、水上は三浦を放置出来なかった。
見えている詰みの盤面へ、決して進むワケにはいかなかったのだから。
「水上が三浦の対処に回った事で、鈴鳴にも余裕が出来たのは大きいな。援護射撃が無い中、来馬先輩の銃撃と鋼の守りを突破するのは生駒さんでも骨が折れるだろーしな」
「そうですね。鈴鳴の立場は依然厳しいですが、先程までと違い目が一つも無いワケではありません。やり様によっては、追加点を得る事も可能でしょう。勿論────────」
「────────香取隊の動き次第、ではあるけどな」
「旋空弧月」
生駒は流れるように旋空を放ち、村上は来馬をその場に押し倒して横薙ぎの斬撃を回避する。
そして、体勢を立て直した来馬が
無数の銃弾が、生駒へと放たれる。
それを、生駒は横に跳んで回避。
安易にシールドを張る愚は犯さず、鈴鳴の側面に回り込む。
「旋空────────」
「旋空弧月」
そこへ旋空を叩き込もうとした村上に先んじて、生駒旋空を使用。
神速の抜刀斬撃が、伸びる刃となって直進し襲い掛かる。
「…………!」
それを、村上は来馬を抱えて横跳びをして避ける。
生駒は村上に旋空を使わせる前に攻撃を到達させる為、横薙ぎではなく振り抜きの縦の斬撃として生駒旋空を使用した。
横薙ぎの斬撃よりも、到達速度のみで言えば縦の斬撃の方が速い。
攻撃範囲で言えば基本的に横薙ぎの旋空の方が広いのだが、速度を重視するとなると僅かながら縦の斬撃が上を行く。
また、発動後に隙が少ないのもどちらかと言えば縦の斬撃の方になる。
横薙ぎの斬撃を放つ場合、振り抜いた腕が真横へ行ってしまう為、それを元のポジションに戻すタイムラグがある為だ。
その点縦の斬撃ならば振り抜いた時腕は身体の正面に存在し、次の対応へ繋げ易い。
だからこそ縦の斬撃を選んだのであるが、当然ながら相手からしてみても避け易いのはこちらである。
横薙ぎの斬撃となると回避するにはしゃがみ込むか跳躍する必要があるが、縦の斬撃ならば横に跳ぶだけで済む。
だが無論、生駒旋空は分かっていたからと言って容易く避けれるものではない。
生駒旋空は生駒が習得していた居合の技術を洗練させて完成させた絶技であり、元となるのが居合抜きなので当然ながら剣速はずば抜けて速い。
来ると分かっていた斬撃であろうと、その到達速度が尋常ではないのだ。
故に村上は回避に全力を割かざるを得ず、他の行動に移る余裕などない。
「旋空弧月」
そこへ、技後の硬直を終えた生駒が通常の旋空を横薙ぎに放つ。
生駒旋空の回避に全力を注いでいた村上にそれを避ける余裕はなく、そして。
「スラスター、
────────村上はスラスターを起動し、来馬を抱えて後方へと退避した。
現在の生駒と鈴鳴の二人の間の距離は、凡そ20メートル。
これは通常の旋空がギリギリ届く距離であり、少しでも下がればその射程範囲外となる。
「旋空弧月」
だが、生駒旋空は別だ。
通常の旋空の倍、40メートルにも達する射程距離を持つこの絶技を前に、少々の後退など何ら意味を成さない。
神速の抜刀斬撃が、拡張する刃となって襲い掛かる。
「スラスター、
────────だが。
村上はそこで空中でレイガストごと手首を回してスラスターを逆方向に噴射し、生駒へと接近。
更に弧月を構え、無言で旋空を起動。
弧月同士の刃がぶつかり合い、硬質な金属音と共に一気に村上が生駒へと肉薄する。
「…………!」
眼を見開いたのは、生駒だ。
村上のやっている事は、理解
要は、先程の生駒と同じだ。
旋空は確かに先端に行けば行く程威力が上がるが、反面そこから遠ざかれば遠ざかる程威力が下がる。
生駒は逃げていく村上に先端を当てるつもりで生駒旋空を放った為、逆にあちらが接近して来た事でその目算が狂う事になった。
だが、先端から遠ざかれば遠ざかる程威力が下がるとはいえ、生駒旋空の剣速は尋常ではない。
そこに威力負けしないように旋空を起動した上で刃の拡大を最低限度に留め、受け太刀の要領で生駒旋空の軌道を変える。
一歩間違えれば両断間違いなしの、賭けとも言えない蛮勇である。
だがそれを、村上は可能にした。
恐らくは、先程の生駒の絶技を
村上の副作用、強化睡眠記憶は睡眠という工程を経ない限りはその効力が作用しない。
されど、彼は決して能力頼りの暗愚ではない。
確かに、村上のサイドエフェクトは自らの経験を100%フィードバックさせる事が出来る。
だがそれを再現するのはあくまでも村上自身であり、一度経験したものだからといってすぐさま完全にモノにするのは無理がある。
村上のサイドエフェクトはあくまでも補助輪のようなものであり、香取の高い学習能力の亜種のようなものと言い換えても良い。
ただ戦闘を重ねる度に無条件で強くなるような能力では、決して無いのだ。
一度戦った相手に絶対負けないのであれば、村上がNO4という順位に甘んじている筈が無い事がその証明と言えるだろう。
故に、村上の実力は完全な能力頼りのものではない。
彼が強豪ひしめくボーダーの中でNO4という順位を勝ち得たのは、あくまでも村上自身が努力を一切怠らなかったからだ。
村上は荒船の転向の件で吹っ切れて以降、積極的にサイドエフェクトを活用して強くなる為の鍛錬に切り替えた。
サイドエフェクトの効果だけに満足せず、何度も何度も反復練習を行い、
だからこそ、このような曲芸じみた真似を土壇場で成功させる事が可能になったのだ。
生駒の武器は、弧月一本。
そしてその弧月は今、旋空の刃として振り抜かれている。
このまま村上が生駒の下まで到達すれば、斬り伏せられるのはどちらなのかは言うまでもなかった。
「────────」
「…………っ!?」
生駒は、判断を迷わなかった。
一切の躊躇いなく、生駒は
剣士にとって最大の命取りになるであろうその行動を、彼は生存の為に何の迷いもなくやってのけた。
持ち手がいなくなった事で村上が鍔迫り合っていた刃から力が抜け、急な事に対応し切れず村上はバランスを崩す。
その隙に生駒は横へ跳び、出していた弧月を破棄。
同時にその手に弧月を再生成し、柄に手をかけた。
「く…………っ!」
そこで、村上に抱えられていた来馬が銃撃を放つ。
旋空を放とうしている生駒に対する、鋭いカウンター。
「…………!」
だが、生駒はシールドを展開しそれを防御。
旋空を放とうとした動きは、
来馬はそれにまんまと引っ掛かり、貴重な銃撃の機会を無為に消費してしまった。
現在、来馬は片腕が欠けている。
故に持てる銃は一つきりであり、片手で撃ってしまえば後は続かない。
「旋空弧月」
そこへ、旋空を見舞う。
生駒旋空ではない。
通常の旋空を、
この至近距離であるならば、こちらの方がより圧をかけられると判断したのだ。
村上が自ら近付いた事により、両者の間の距離は凡そ10メートル程度。
この距離であれば、隙が出来るのを承知で生駒旋空を放つよりも、通常の旋空を連撃で見舞った方が有効だと生駒は判断したのだ。
生駒旋空は、決して無敵の技ではない。
一発ずつしか撃てない為直後の隙が存在し、神速の剣速を誇るとはいえ一度回避されればそれまでだ。
だからこそ、生駒は生駒旋空には拘らない。
通常の旋空と、生駒旋空。
両者の長所と短所をしっかりと理解した上で、状況に応じて使い分ける。
それが出来るからこそB級上位で安定して戦える生駒隊のエースを務める事が可能なのであり、技の派手さに反して堅実な戦闘スタイルこそが生駒の強さの根幹と言える。
その冷静な判断力が選び取った、唯一の解。
それが二連の拡張斬撃となって、鈴鳴へ襲い掛かる。
「────────旋空弧月」
────────だがそれを。
村上は、完全な個人技で迎撃した。
放たれたのは、旋空弧月。
一振りの拡張斬撃が、二振りの拡張斬撃を絡め取る。
先端を避けて刃同士がぶつけられた二人の旋空は、それによって軌道を変える。
結果、生駒の旋空はあらぬ方向へ振り下ろされ、村上達へは当たらなかった。
旋空同士のぶつけ合いによる、軌道の変更。
その絶技を、既に村上はほぼ完全にモノにしていた。
これが、NО4攻撃手村上鋼。
何処までも成長を続ける、努力と研鑽の怪物である。
「…………!」
そして、攻撃を凌いだ以上次は鈴鳴の
村上に抱えられたままの来馬が、銃撃を放つ。
無論、それをただで喰らう生駒ではない。
回避は間に合わないと見て、生駒はシールドを展開。
迫り来る弾幕に対し、防御の択を取る。
「────────」
────────そこへ。
背後より、一つの影が迫り来る。
影の名は、香取葉子。
バッグワームを纏っていた彼女はグラスホッパーで跳び上がりながらそれを脱ぎ捨て、その手にスコーピオンを携えて生駒へ斬りかかる。
「…………!」
当然、それを迎撃すべく生駒は弧月を握り締める。
その、刹那。
「────────!」
「え…………っ!?」
「な…………っ!?」
周囲が、光に包まれた。
否、そうとしか思えない程眩い光が、モール内を照らす。
何が、起きたのか。
瞭然だ。
消されていた照明が、
つまり、これは。
鈴鳴の使っていた作戦を、香取隊が
この場におらず、居場所が未だに判明していない隊員の内の一人。
若村が電気室へ向かい、照明を操作したに違いない。
村上達は光の消えたモール内で戦闘を行うにあたり、当然ながら暗視を適用していた。
そして今、急に照明が再点灯された事で彼等の眼は眩まされた。
香取隊は、待っていたのだ。
生駒と鈴鳴が双方共に消耗し、隙が出来るこの瞬間を。
共に高レベルの攻撃手である生駒と村上がぶつかれば、相応に消耗を強いる事が出来るのは目に見えていた。
だからこそ彼女は此処まで待ち、照明操作戦術を解禁したのだ。
全ては、この瞬間に難敵である生駒を討ち取る為。
作戦は、今此処に成就した。
「そっちへ来たか。予想通りやな」
────────その、筈であった。
ニヤリと、水上は口元を歪める。
香取隊が太一を撃破した時点で、この展開は読めていた。
鈴鳴の展開した照明操作戦術は、このモール内ではこの上なく有効な戦術だ。
それを使える状況にあるのなら、使わない筈がない。
水上はそう推測し、
暗闇の中でも、ある程度目が慣れれば戦える。
だからこそ水上は暗視を使わないという選択を迷わず取り、そして。
当然、それは。
「良い気分やったろ。作戦は巧く行くし、自分達は無傷。けどな」
水上はそう言って、不敵に笑う。
カタン、と彼の頭の中で駒が進む。
想定通り。
彼の眼は、そう語っていた。
「巧く行っているって思うとる奴程、嵌め易い奴はいないんやで」
「────────え?」
香取は、眼を疑った。
照明の再点灯で眼が眩み碌に身動きの出来なくなった筈の生駒が、左腕で香取の腕を弾き、攻撃を凌いでみせたからだ。
驚愕は、束の間。
その瞬間、香取は自分達の作戦が生駒隊に看破されていた事に漸く気が付いた。
「旋空弧月」
だが、時既に遅し。
生駒旋空が放たれ、照明の再点灯で身動きが出来なくなっていた村上と来馬を両断。
「く…………!」
「そんな…………!」
『『戦闘体活動限界。
機械音声が、鈴鳴の敗北を告げる。
村上と来馬の戦闘体は崩壊し、生駒隊の手によって鈴鳴第一は遂に全滅する事となった。