香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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予定調和の光明

 

「成る程、そういうワケだったか。大変だったね」

『いえ、折角時間を作って下さっていたのにぼくの都合でふいにしてしまって申し訳ありませんでした』

「いやいや、そういう事情ならしょうがないさ。むしろ、よくやったと褒めたいくらいだよ」

 

 王子は電話で謝罪する修に対し、笑みを浮かべてそう告げる。

 

 修は昨日王子と訓練の約束をしていたのだが、例のイレギュラー門の一件で上層部に呼び出された為にその予定を断らざるを得なくなってしまった事を謝っていた。

 

 王子としては放課後になる前に連絡は貰っていたし、事情が事情なだけに仕方ないと考えている為修に非はないと思っている。

 

 詳しい事情もたった今聞かせてくれた為、今回の件に関してそこまで気にする事はないだろうとも考えていた。

 

 しかし、修は責任感の強い性格である為そうは言っても収まりがつかないだろう。

 

 そのくらいには、王子は修の性格を理解してきていた。

 

「とにかく、今は迅さんの指示に従う事を最優先すると良いよ。きみが迅さんと()()()()()()にあるかは敢えて尋ねないけれど、あの人が動いたなら何かしら大きな事情がある筈だ。きみはただ、自分なりに事態に向き合う事に注力すべきだよ」

『…………あの、王子先輩は今回の件について何かご存じなんですか?』

「いいや、何かを知ってるワケじゃないさ。ただ、迅さんが()()()って事はつまり()()()()()()()()って事とイコールなんだ。そこから色々推測は出来るし、こういう場合の最適解も経験則から知っているというだけでね」

 

 だから、と王子は続ける。

 

「君は、君の思う通りに動くと良い。きっと、それが一番迅さんが望む展開になるだろうからね」

『…………! はい、分かりました!』

「じゃあ、またねオッサム。落ち着いたら、また一緒にお茶しよう」

 

 修の元気の良い返事を聞き、王子は通話を終了する。

 

 その顔には、何処か喜色の浮かんだ笑みが零れていた。

 

「楽しそうだな、王子。三雲が何か面倒事に巻き込まれた、とは聞いたが」

「確かにそれはそうなんだけど、どうやらそれが()()()()()みたいでね。予想通り、オッサムは台風の目になりそうだよ」

 

 にこりと、王子は表面上爽やかな笑みを浮かべてみせる。

 

 師として弟子である修の心配をする気持ちは、勿論ある。

 

 しかし、当初から()()()()()として目をかけていた修が、彼の期待通り台風の中心になりつつある状況が楽しくて仕方がない、という感情もまた漏れ出ていた。

 

 王子は外見こそ爽やか系のイケメンだが、面接が原因で進学校へ進めなかったというエピソードから分かる通り、中々に癖の強い性格をしている。

 

 特に親しくもない相手に素っ頓狂な渾名を付ける奇行を筆頭に、彼の変人ぶりを示すエピソードには枚挙に暇がない。

 

 そんな王子が初対面で興味を示し、その後も溺愛と言って良い程気に入っている事からして修という人物が只者ではない事は彼を良く知る者からしてみれば瞭然だ。

 

 蔵内から見ると真面目で努力家な後輩というイメージが強いが、王子が此処まで執着しているのを見るに普通じゃない一面があるんだろうな、とは察している。

 

 同じく真面目系の樫尾とは当初はひと悶着あったものの今では良好な関係が築けているが、彼は彼で真面目が過ぎて何処かズレた所もある為一概に普通の人材とは言えない。

 

 王子が好む人間というのは何処かしら他人とズレた感性を持っている事が多く、とうの蔵内も自覚はしていないが異様に涙脆く琴線が他者とは多少違っている部分がある。

 

 その王子が此処まで興味を抱いて贔屓している相手、というだけで修の人間性は察して知るべしである。

 

「しかし、除隊処分の可能性もあったと聞いて肝を冷やしたよ。まあ、事情を知る限り仕方のない面も多々あったようだが」

「もしもオッサムが戦うという選択肢を取らなければ、第三中学で犠牲者が出ていた事はほぼ間違いないからね。そういう意味では正しい行動を取ったと言えるけど、同時に無茶無謀の前例を作るワケにはいかないという組織の論理も理解出来る。上からすれば、処分は必須だったろうからね」

 

 だが、だからといって王子は客観的な視点を捨てる事はない。

 

 今回のケースは修が齎した「戦う事で犠牲者が出る事を防いだ」という功績と、「前例を作る事でC級が彼の真似をして危険を冒す可能性」というデメリットを考慮して、後者の方がより重いと彼の頭脳は判定を下している。

 

 確かに犠牲者が出る事を防いだのは大きな功績であるし、状況を鑑みて彼が動く以外に被害を減らす選択肢がなかった事も分かる。

 

 しかし、精神的に未熟な者が大半であるC級隊員に「功績さえ残せば隊務規定違反を犯しても問題ない」という意識が生まれる可能性は決して看過出来るものではない。

 

 組織の一員としてしっかりとした自覚のある正隊員であればともかく、C級隊員はその大半が学生気分が抜けず、浅慮な者が多い。

 

 そういった相手に暴走の口実を与えるような真似は、ハッキリ言ってリスキーであると言わざるを得ない。

 

 故に今回のケースでは情状酌量の余地はあるが、厳しい処分を下さざるを得ないだろうというのが客観的な分析だ。

 

 実際に、修から簡単な事情の説明を受けた時には()()()()彼の処分は免れないだろうと王子は想像していた。

 

「ただ、今回は迅さんがそれを防いだ。これには、大きな意味がある筈だ」

 

 ────────────────修が、()()()()()()()()()()()()()()の話だが。

 

 王子は様々な状況証拠から、修に迅と何らかの関係があると予測していた。

 

 そして、今回の一件で彼が処分を免れた事で、推測は確信に変わった。

 

 修は、迅にとって決して無視出来ない()である事が。

 

 そうでなければ、わざわざ彼が動いて修を庇うなど有り得ない。

 

 迅は決して悪人ではないが、何の理由もなく他者を助ける程考え無しというワケでもない。

 

 彼がそこまでして動いたのであれば、修にはそれに見合う()()がある。

 

 王子は、そう考えていた。

 

「成る程な。迅さんが動いた以上、何かあると思う方が自然か」

「ああ、これからはオッサムの動向に注意すべきだろうね。彼は期待通り、台風の目になってくれた。彼と知り合う切っ掛けをくれたジュリアーナやカトリーヌには、感謝すべきだね」

 

 そう言って、王子は修と出会った日の事を想起する。

 

 あの時香取と揉めている修と出くわさなければ、こんな特等席に座る事は出来なかっただろう。

 

 故に、あの時のめぐり合わせを演出してくれた香取達には感謝する他ない。

 

 もっとも、それを彼女が聞けば喧嘩待ったなしだろうが。

 

「そこまで気に入っているなら、隊に入れる事も考えてみたらどうだ? 樫尾とも仲が良いし、俺も反対はしないが」

「いや、オッサムは隊員として指揮下に入れるよりも自由にやらせた方が有効だ(おもしろい)。それに、オッサムは個人の戦力的には鍛えたとしてもB級下位レベルから脱する事は早々ないだろうしね」

「…………そうか」

 

 気に入っている割に容赦のない修への評価を聞き、蔵内は複雑な表情をしながらもその見立て自体に異論はない。

 

 修はトリオンの少なさも然る事ながら、戦う事への適性がそもそも皆無だ。

 

 たとえ鍛えても、良くてB級下位レベルが精々だろうと蔵内の冷静な部分が告げていた。

 

「オッサムの真価はその精神力と、独創性だ。彼は縛り付けるのではなく、彼に主導権を預けた上で好きにやらせた方が輝く駒だ。きっと、彼が部隊を率いるようになれば面白いものが見られる筈だよ」

 

 だが、それは修が無能である事を意味しない。

 

 彼は弱くはあっても、無力な存在では決してない。

 

 むしろその精神性は鋼の如く強靭であり、狂気と紙一重の頑強さを有している。

 

 故に彼が自分の意思で部隊を結成する時が来れば、間違いなく尋常ではないチームが出来上がる。

 

 そう、王子は確信していた。

 

「その為の支援は、惜しまないつもりさ。ぼくに出来る事であれば、可能な限り請け負おう。特等席に座る事の出来た分の代金は、しっかり払わせて貰うよ」

 

 

 

 

「すみません、お待たせしてしまって」

「いやいや、師匠への断りの電話なら仕方ないさ。こっちの都合に付き合わせている以上、当然だよ」

 

 王子との電話を終えた修を、そう言って迅は笑って出迎えた。

 

 彼等が共にいるのは、勿論理由がある。

 

 先程の上層部との面会の場で、修は隊務規定違反を理由に除隊処分にされかけた。

 

 それに待ったをかけて処分を撤回してくれたのが他ならぬ迅であり、修は彼に協力する代わりに今回の件に関して情状酌量の余地を得た形になる。

 

 迅が上層部に対し「イレギュラー門の件を解決するには修の協力が必要不可欠」と話したからこそ、自分はこうして処分を保留されている。

 

 故に明確な成果を出さなければならないのだが、生憎修には解決の糸口となるものに心当たりは一切なかった。

 

「でも、本当に良いんですか? ぼくは解決案なんて、何も心当たりはないんですけど」

「大丈夫だよ。俺のサイドエフェクトが、そう言っているからね」

 

 それは迅にも説明してあるのだが、彼は「大丈夫だから」の一点張り。

 

 恩人を疑う真似はしたくはないが、流石に半信半疑になっている修であった。

 

 だが、今回彼は気になるワードを言った。

 

 副作用(サイドエフェクト)

 

 それは、トリオンの高い者に稀に現れる特殊な能力だと聞いてはいる。

 

 彼の妙に確信に満ちた言葉の裏に、その能力の存在があると。

 

 修はようやく、思い至った。

 

「サイドエフェクト、ですか。迅さんのそれは、一体…………?」

「俺は、()()()()()()()()()()んだ────────────────未来視。それが、俺のサイドエフェクトだよ」

「…………!」

 

 その想定外の能力に、修は目を見開いた。

 

 未来視。

 

 文字通り、()()()()()能力。

 

 それが、迅の副作用(サイドエフェクト)なのだという。

 

 ハッキリ言って、想像を遥かに超えていた。

 

 それならば、預言者じみた彼の言葉の根拠が明確になる。

 

 文字通り未来を視ていたのだから、未来視の情報を根幹とした発言にも納得がいく。

 

「視た通りなら、もう少しで────────お、()か」

「あ…………」

 

 そして。

 

 迅の進む先にいた人物を見て、修は何処か納得を覚えていた。

 

 彼等が辿り着いた場所は、先日イレギュラー門の襲撃があった場所の一つであった。

 

 近くにはトリオン兵による破壊痕が残されており、立ち入り禁止の看板が見える。

 

 その場所で、見覚えのある白い髪の少年────────────────遊真が、しゃがみ込んで何かを見ていた。

 

「空閑…………!」

「ん? オサムか。隣の人は…………?」

「初めまして。俺は迅悠一って言ってね。ボーダーの人間なんだ。よろしく」

 

 迅の挨拶に遊真はふむ、と訝し気な顔をする。

 

 修が連れて来た以上敵対的な相手ではないとは思うが、それでも初対面の良く知らない相手である事に変わりはない。

 

 故に若干の警戒を滲ませていた遊真だが、そんな彼の姿を視ていた迅が急に眼の色を変えた。

 

「…………! おまえ、向こうの世界から来たのか…………?」

「…………!?」

「…………!」

 

 直後の迅の一言に修は驚き、遊真も目を見開く。

 

 向こうの世界。

 

 それの意味するところが分からない程、二人は愚鈍ではなかった。

 

 修は当惑を、遊真は警戒を強め。

 

「おっと、違う違う。俺はお前の敵じゃない。向こうの世界には何回も行った事があるし、近界民(ネイバー)にも良い奴がいる事も知ってる」

 

 それから、と迅は続ける。

 

「俺は、未来が視えるんだ。そういう副作用(サイドエフェクト)を持っててね」

「…………! 成る程、それでか」

「ああ、そういう事だ。理解が早くて助かるよ」

 

 説明を聞いて得心した様子の遊真を見て、迅は満足そうに頷く。

 

 未来が視えるという事は、遊真が近界民(ネイバー)である事を示す未来の映像を見たのだとしても不思議ではない。

 

 同じような力を持つ遊真としても、力の規模以外は実に納得のいく説明であったワケだ。

 

「早速だけど、俺は此処で会う人物が現状の解決策を持っていると推測していてね。君がそうだと思っているのだけど、どうかな?」

「ああ、実は────────」

 

 そして迅は遊真からイレギュラー門の原因である特殊なトリオン兵、ラッドの話を聞く事になる。

 

 情報を得た迅は早速上層部へ働きかけ、正隊員からC級に至るまでの全隊員を導入した人海戦術を実行。

 

 ボーダー総出の回収作戦により、三門市に散らばったラッドは全て回収に至り。

 

 イレギュラー門の原因は取り除かれ、その功績を以て修の処分は取り消された上でB級に昇格。

 

 修は晴れて正隊員となり、その事を聞いた王子から祝賀会の開催を提案されるのであった。

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