「葉子ちゃん…………!」
「余所見しててええんか?」
「…………っ!」
香取の左手首が斬り飛ばされた光景を見て三浦は思わず声をあげ、そこに容赦なく降り注ぐ水上の弾丸を間一髪で防御する。
放たれた弾丸は、ハウンド。
慌てて避けていれば退避が遅れ、被弾していた可能性があった。
ここでそういう弾種を選択して来るあたり、水上の射手としての性格の悪さが伺える。
間違っても、気を抜いて良い相手ではない。
(そうだ。集中しなくちゃ。もう、何から何までフォローしなくても大丈夫。オレは、オレの仕事をやんなくちゃ)
三浦は決意を新たに、水上に向き直る。
もう。自分達は以前とは違う。
チームメイトが頼りにならないから香取が結果として無茶な場面でも突貫せざるを得ず、その隙をカバーする事にリソースの全てを注ぎ込んでいた三浦だが、今の彼女はその頃とはまるで違う。
隊長として、指揮官としての自覚を持ち、チームを率いる文字通りの牽引者としての役割を真っ当に果たしている。
彼女が隊員を頼りにするようになった事で、三浦は無理なフォローに全力を注ぐ必要がなくなった。
ふとした隙に以前の癖でフォローに走ろうとする事はあるものの、今の香取は充分に強い。
周りをきちんと見るようになった彼女に、過剰なフォローは不要。
自分は自分の出来る事を、しっかりとやれば良い。
そう考え、三浦は弧月を構えて水上との戦闘を再開した。
(揺らがへんな。昔ならこんくらいで崩し易くなっとったモンやが、成長したのは確からしいな)
水上はそんな三浦を見て、内心でため息を吐いた。
確実に言えるのは、以前に戦った香取隊と今の香取隊はまるで別物という事だ。
昔の香取隊であれば、少しでも隙を突けばそこから雪崩の如く総崩れする事も多かった。
隊長が無理をして戦っている所為で突くべき隙は山のようにあったし、劣勢に追い込んで若村や三浦を焦らせて各個撃破するのも、逆に優勢を演出して香取を釣り出して罠に嵌めるのも、どちらも思いの侭だった。
だが、今の香取隊は多少の事では揺らがない。
香取の負傷に気を取られた三浦だったが、その後の対処は冷静そのものだった。
以前であれば今ので手傷くらいは与えられていた筈だが、それもないどころか油断なく構えてこちらとの距離を測っている。
あの狼狽ぶりが演技だったとしても驚かんな、と水上は思った。
(そのくらい高く見積もっとった方が、事故がなくてええやろ。実際、それをせえへんかったから隠岐は落とされたようなモンやしな)
水上は、この試合最大の失策だった隠岐の脱落について考えを巡らせた。
あれは自分の見通しも、隠岐の認識も甘かった。
姿が見えない三浦への警戒は行うべきであったし、高低差のあるモールという戦場で戦う以上レーダー
そのあたりまで考えを巡らせなかった時点で水上の失策であるし、何よりも香取隊への認識が双方共に甘かった。
彼女達が成長したという話は聞き及んでいたし、ログも見ている。
だから警戒して事に当たったつもりだったが、それでも前期までの香取隊のイメージが足を引っ張った側面がある事は否定出来ない。
東流に言えば、敵の戦術レベルを見誤った、というやつだ。
警戒している、と言葉で言っておきながら、前期までの「不安定で崩し易い香取隊」というイメージを取り払い切れていなかった。
それが隠岐の脱落を招き、こうして次善の策を取らざるを得なくなっている最大の原因と言えた。
(このまま行けばイコさんが香取を倒してくれる────────────────ってな感じに行けばいいやろけど、まだ木岐坂の位置が分かってへん。多分やけど、戦況が悪くなったらモールの外から爆撃してこっちの隙を突くハラやろな。そうなったら状況次第やけど、無理をせず撤退も視野に入れんといかん。
現状水上の気がかりは、敵の最大火力である木岐坂の位置が未だに不明な事だ。
此処までモール内で戦って今も尚影が見えない以上、彼女はモールの外に配置されており戦況次第で爆撃を見舞うつもりに違いないと水上は見ている。
隠岐が生きてさえいれば彼を牽制として運用しつつ戦う事も出来たが、今の水上と生駒だけでは爆撃の最中香取達を相手にするのは厳しいものがある。
このモールでは場合によっては隠れ合いになり試合が泥沼化する事もある為、無理やりにでもメテオラを搭載していざという時の焼き出し用にするといった暗黙の了解がある。
普段射手トリガーを使った事の無い者であっても、メテオラをたた撃つだけであれば練習次第で出来なくもない。
或いは割り切って置きメテオラとして設置し、それを何らかの方法で起爆させる、という方法もある。
これならば射手の技術がなくても運用可能であるし、この市街地Dが選ばれた段階で隊員のいずれかはメテオラを搭載していると思うべきだろう。
生駒隊の場合は射手の水上がいる為その必要はなかったが、鈴鳴も来馬か太一のいずれかがメテオラを搭載して戦場に臨んでいた筈だ。
だからモールを爆撃する、というのはこの市街地Dの
樹里は12という出水と同値のトリオン量を持ち、尚且つ合成弾も扱う事が出来る。
こちらの攻撃が届かない遠方から延々と爆撃を続けられれば、幾ら生駒隊といえど抗し切れるものではない。
せめて隠岐が生き残っているか、三つ巴の状態が続いていればやり様はあったが、現状では打つ手はない。
特にこの市街地Dは狭いMAPである上外は殆ど隠れる場所が無い為、相当な無理をしなければ樹里には近付けもしないだろう。
MAP自体が狭いので他の地形よりは樹里との距離は近いだろうが、遮蔽物のない道路上であの爆撃を掻い潜るのは至難の業だ。
いざ爆撃が始まれば生存者の中でも指折りの機動力を持つ香取が樹里の護衛に就く可能性すらあり、そうなると流石に現状の戦力で崩す事は出来ないだろう。
だからいざ爆撃が始まれば、頃合いを見て撤退を選ぶ心づもりだった。
鈴鳴を残しておけばやり様自体はあったが、その場合彼等の得点自体は諦めざるを得なくなる。
村上があそこまで保っていたのは来馬の銃撃を抑える手段が無かったからであり、全員が健在である香取隊がいざ彼等を狙えば順当に削り殺されていた筈だ。
それを考えれば、あそこで二人を落とす以外の選択肢は無かったと言える。
少なくとも、得点なしで終わる最悪の結果よりは保険が出来た分はマシというものだろう。
(今の香取隊は、侮れん。戦力評価は、ちょい過剰に高く見積もるくらいで丁度ええやろ)
仮に鈴鳴を残す選択肢を取っていれば、そちらの点は確実に香取隊に取られていたという確信が水上にはあった。
だからこそ、不利になるのを承知で鈴鳴を落としたのだ。
鈴鳴を落とした奇襲の際に香取を狙う、という選択肢もあったが、鈴鳴と異なり作戦を仕掛けた側である彼女はこちらが動いた事で驚いてはいたものの、当然ながら眼は眩んでいなかった。
あそこで香取を攻撃すれば手傷くらいは負わせられたかもしれないが、落とすまでは出来なかっただろうと水上は見ている。
だからこそ、この選択はあの場面では間違ってはいなかった。
選ぶべき岐路は、隠岐の脱落を防げなかった時点で絞られていたも同然だったのだから。
(あとは、開いてる窓からの狙撃も気ィつけんとアカンな。これまでも試合でも、常識では有り得ん弾道で撃っとったからな。そのくらいの芸当は、出来て然るべきと思うべきや)
故に現状、最大の脅威である樹里への警戒は忘れない。
爆撃の他にも、樹里には強化視覚を利用した常識外れの弾道の超々遠距離狙撃という手札がある。
彼女は本来スコープを使わなければ見えない遠方まで裸眼のまま正確に見通せるという強化視覚による恩恵があり、それ故にちょっとした隙間等を通して狙撃を届かせる事が出来る。
故に、一見射線が通っていない場所であろうとも安心は出来ないのだ。
何せ、拳大の穴が空いている程度であっても、彼女はそこから狙撃を通す事が出来るのだ。
開いている窓からの狙撃程度、軽くこなすに違いない。
(なるべくメテオラで壁に穴空けんように気ィつけんとならんな。床はええけど、外壁に穴空いたらそこから撃って来かねんからな)
故に、壁に穴を空けるような攻撃はNGだ。
ROUND1では家屋に空いた穴を通して狙撃を実行していたし、ROUND2でも自ら空けた穴を通して階層越えの攻撃を実行していた。
後者はともかく、前者は警戒しなければならない。
だからこそ水上は、吹き抜け側に陣取っているのだ。
こちらなら、三浦が壁に攻撃するには自分に背を向けざるを得ない。
強引に旋空で壁を破壊しようとすれば、そこを突いて落とせば良いだけの話だ。
壁の破壊自体は防げないだろうが、引き換えに三浦を落として点が稼げるなら安いものだろう。
余程の好条件が重ならない限り、此処からの完全な捲り返しは厳しい。
せめて隠岐が生き残るか、香取隊のいずれかが脱落していればどうにかなったかもしれないが、それを今更言っても仕方がない。
故に此処からは如何に失点を抑えつつ、得点を得るかが重要になって来る。
幸い、最低限の点は確保出来た。
場合によってはいつでも撤退出来るように、生駒には既に進言してある。
いつも通り「了解」とだけ返事を貰っているので、いざとなれば即座に行動に移れる目算である。
大きな失態を犯してしまった後なので敬愛する隊長に逃げを強いる事になるのは心苦しいが、自分を信任して指揮権を預けてくれている以上、最善を目指さない理由はない。
その最善が撤退であるならば、その時は迷いなく実行に移す。
多くの言葉は要らない。
ただ、自らが信を置く長の名を汚さぬよう、自らの求める最善を目的に思考を回す。
信には、結果を以て答えとする。
それが、水上なりの忠道なのだから。
(リミットは、若村が合流するまでやな。それまでに香取を落としておかんと、おちおち撤退も出来へん。けど、無理なら無理でやり様はある。臨機応変に、やな)
「旋空弧月」
生駒は通常の旋空を放ち、香取はそれを跳んで避ける。
続け様に二撃目が飛んでくるが、そちらはグラスホッパーを踏み込んで回避。
そのまま天井を蹴り、生駒の側面に回り込む。
「…………!」
そこで、生駒が鞘に弧月を納刀したのを視認する。
それは、生駒旋空の射出態勢。
それも、鞘からの抜刀による最大加速の乗った状態のものだ。
香取は即座に、グラスホッパーを起動。
「旋空弧月」
その刹那、生駒旋空が飛来。
神速の抜刀斬撃が、一瞬でフロア内を席捲する。
しかし、香取も二度の轍は踏まない。
充分加速を持ってグラスホッパーから打ち出された香取の身体は、その刃の軌跡から逃れ得た。
生駒旋空相手に、ギリギリの回避を行おうとしてはいけない事はもう学んだ。
普段ならば最低限の回避行動からの接近に繋げるのが香取の戦い方だが、神速の剣速を誇る生駒旋空相手にそれをやるのは命取りだ。
あの時は手首一つで済んだが、下手をすればあそこで胴を両断されていてもなんらおかしくなかったのだから。
「旋空弧月」
香取が大ぶりな回避を行った事で、体勢を立て直すまでに多少の時間がかかった。
その隙を逃がさず、技後の硬直を終えた生駒が通常の旋空を撃ち放つ。
二連の拡張斬撃が、香取に向かって襲い掛かる。
「────────!」
しかし、そこで終わる香取ではない。
再びグラスホッパーを踏み────────────────は、しない。
グラスホッパーは確かに便利な移動手段であるが、使用時にトリガーの片枠を使っている事実は変わらず、連続起動も出来なくはないが隙を完全なゼロには出来ない。
何より最大の脅威である生駒旋空から逃れる為にはグラスホッパーが半ば必須である以上、下手に濫用して隙を突かれるワケにもいかなかった。
グラスホッパーはテレポーターのそれと同じく、単体では真っ直ぐにしか移動出来ない。
無論それをカバーする為に連続使用して軌道を変えるのだが、ジャンプ台を踏み込む瞬間そこで一端動きを止める事に違いは無い。
動きを止めると言っても一瞬ではあるが、戦場はその一瞬こそが命取りになるケースなど幾らでもある。
特に、凄まじい剣速を持つ生駒旋空相手では尚の事だ。
故に香取は自らの足の身で跳躍し、最低限の動きで旋空を回避した。
グラスホッパーを使わずとも、素の機動力が高い香取にはこの程度軽いものだ。
「────────!」
「旋空弧月」
だから、生駒が鞘に弧月を納めた瞬間を見逃さなかった。
香取はすぐさまグラスホッパーを起動し、生駒の腕が動いた瞬間に踏み込み跳躍。
そして。
「な…………!」
────────生駒の腕が止まり、その動作が
生駒がやった事は、単純明快。
意図的に抜刀の兆候を見せて、旋空を撃つ
それによって香取は彼の思うタイミングでの跳躍を強要され、宙に跳び出してしまっている。
「旋空弧月」
そこへ、生駒旋空が飛来。
真なる抜刀斬撃が、今度こそ香取を斬り裂かんと彼女へ向け撃ち放たれた。