「…………!」
香取は、今にも放たれんとする刃を前に眼を見開いた。
既に身体はグラスホッパーによる加速を受け、慣性に従い動いている。
もう一度グラスホッパーを出して踏み込み、軌道を変える事は出来る。
しかしそれには、一瞬とはいえ動きを止める必要がある。
今それをすれば、間違いなく生駒はその刹那を狙って当てて来るだろう。
生駒旋空には、それが出来るだけの剣速がある。
グラスホッパーは一見便利な移動手段に見えるが、射手トリガーと同じで展開し、
射手トリガー程のタイムラグはないものの、加速を得た移動までに複数の過程を経なければならないという事に変わりはない。
一つだけなら即座にでも可能だが、今回の場合は第二段階の
「────────!」
「…………!」
故に、工程を一つに短縮する。
香取は己の肩の上にグラスホッパーを展開し、それに自らぶつかった。
展開し、
だからこそ、その手間を省く為に敢えて香取は慣性に従って移動する己の身体の進行方向にグラスホッパーを
宙ではなく、大地。
上に跳躍していた身体が強引に下に向かい、その直上を神速の刃が通過する。
まさしく、間一髪。
あと刹那でも対応が遅ければ、彼の刃は香取の首を落としていただろう。
されど、問題が無いワケではない。
自ら踏み込むのとは違い、たった今行った回避は自分から障害物に激突し強引に弾き飛ばされる事を選んだようなもの。
当然無理な挙動によって体勢は崩れ、このままでは着地に失敗し隙を晒すだけだろう。
「…………!」
だが、香取の動体視力は並ではない。
強引な方向転換によって崩れた体幹を無理やりに修正し、身体を捻って着地する。
意図せずして狩りをする雌豹のような姿で着地した香取は、生駒旋空を放った硬直を受ける生駒を正面から睨みつけた。
今なら、仕留められる。
そう確信し、香取は五体に力を込めた。
「
「…………!」
そこへ、水上が横槍を入れる。
対峙する三浦へ放とうとしていた弾丸の凡そ半分を、反対方向にいる香取に向けて斉射する。
自身へ向けられる弾丸に神経を尖らせていた三浦だが、流石に自身と水上を挟んだ逆方向へ放たれた弾へは対処出来ない。
先程から弾を撃ちながらも徐々に移動を行っていた水上であったが、それは単に三浦から距離を取る為という理由以外に、このようなタイミングで彼の妨害を受けずに向こうの戦闘に介入する為だったのだろう。
弾数は半分になったとはいえ、迫る弾丸を無視するワケにはいかない。
そもそも、攻撃手である三浦に放たれた弾丸を────────────────しかも、旋空の射程外にあるソレをどうこうする手段などない。
発射前であれば本人を狙う事でどうにか出来ただろうが、既に後の祭りだ。
無論、このハウンドで香取が手傷を負う事はないだろう。
しかし、強引な着地を決めたばかりの香取がこれに対処するにはシールドを張るしかない。
水上にとっては、それで充分。
この一瞬さえ香取の動きを止められれば、後は生駒が対処するだろう。
技後の硬直さえ解除出来れば、彼に付け入る隙など無いのだから。
「これで────────!?」
────────だが。
その予測を、裏切る光景を眼にする事になった。
水上の放った、無数の弾丸。
香取を狙うそれらの前に、一つの人影が躍り出た。
その人影は、若村は。
シールドを展開し、水上の弾を弾く。
水上の奇襲は、完全に予想していなかった第三者によって無効となった。
(嘘やろ…………っ!? 若村の機動力なら、今の時点でこの場所まで来る事は出来ない筈やっ!)
有り得ない。
水上は、そう断じていた。
若村がいた一階から此処まで上がって来るには、相応に時間がかかる。
そして水上の計算では、このタイミングでは未だ彼が到着する事はないだろうと踏んでいた。
鍛錬によって機動力を上げていたのか?
否。
ゲームではあるまいし、多少の鍛錬で短期間に上げられる能力などたかが知れている。
それに、多少足が速くなった程度でこの距離を詰められる速度が劇的に速くなるワケもない。
グラスホッパーでも使っていれば話は別だろうが、あれは独特のセンスが必要とされるトリガーであり、水上の見たところ若村にその適正は無い。
若村のポジションは銃手であり、オーソドックスなサポート型だ。
まかり間違っても那須のように、機動力に任せた攪乱を行えるタイプではない。
精々が強引な加速を得た結果、着地が巧く出来ずに壁や床に叩きつけられてタイムロスをするのがオチだろう。
故に、その可能性は切って捨てる。
トリガーによる移動時間の短縮は、有り得ない。
ならば何故、このタイミングで若村の援護が間に合ったのか。
(まさか…………っ!)
そこで、気付く。
水上は照明を操作された時、それを行ったのが若村であると判断しそれを前提に動いていた。
だが。
状況から若村だと断じていたが、
単に、これまでのROUNDでの若村の動きからああした工作員じみた真似は彼の担当であり、戦力的にもそれが妥当だからと考えただけだ。
加えて、このモールという戦場の性質から戦況を変える為の爆撃役としてもう一人の居場所が知れない隊員である樹里は外に配置されているだろうと判断していた為、消去法で若村であると断定していた。
しかし。
その推測が、そもそも間違っていた場合。
即ち、
最初から一階におらず、介入の機会を近辺で伺っていたのならば。
このタイミングで横槍を入れられた事にも、説明がつく。
ついてしまう。
つまり、一階に居た照明の操作役の正体は────────。
「…………! イコさん、
「────────遅い」
少女は、既に狙いを定めていた。
予めチームメイトに空けて貰っていた穴越しに、少女は裸眼で標的を見定める。
レーダー及び仲間の観測情報を下に、軌道を修正。
狙い撃つ対象目掛けて、樹里は引き金を引いた。
「…………!?」
硬い床を紙切れのように貫いた弾丸が、弧月を持つ生駒の右腕を吹き飛ばす。
技後の硬直を終え、次の行動に移ろうとしていた刹那。
水上の叫びに反応して咄嗟に回避行動を取ろうとした瞬間に、それは飛来し生駒の腕を弧月ごと弾き飛ばしたのだ。
何が、起きたのか。
言うまでも無い。
壁を、床を貫いて標的に届き得る弾丸など、それ以外には有り得ない。
此処に来て、生駒も理解する。
一階にいた照明の操作役の正体は、樹里だったのだ。
生駒も水上も、照明の操作役という自らを戦力外とする立場に置いた相手が若村である事に、疑いを持っていなかった。
水上が咄嗟に対処した結果照明操作は出来なくなったが、そうでなければ操作役は電気室に留まって配電盤の操作を続ける必要があった。
それは事実上の戦力外通告と同義であり、太一と同じくこの試合で直接戦場に介入せずともデメリットの少ない者が選ばれるのが常道だ。
だからこそ生駒達は香取隊の中で最も練度が低い若村こそがその役割を担っていると考えたワケだが、その思考こそが香取隊の術中に嵌まっていたのだ。
恐らく、香取隊はこちらが照明操作に対し即座に対応して来る事を見抜いていた。
最初の奇襲の失敗までは読めなかっただろうが、その後に照明の破壊によって照明操作戦術が潰される可能性までは予期していたのだろう。
隊員全員がその認識を共有していたかは分からないが、少なくとも指揮官とオペレーターあたりはそういった考えを持っていたとしてもおかしくはない。
そうでなければ、虎の子の切り札である樹里という駒を照明の操作役に当てるという大胆な采配は出来なかった筈だ。
ともあれ、結果としてこちらの読みは外れ、生駒は片腕を失うという致命的な損傷を負った。
しかも、攻撃体勢に移っている香取の前でだ。
「────────」
その隙を、逃す香取ではない。
姿勢を低くした香取は身体のバネを利用して撃ち出されるように加速し、生駒へ向けて疾駆した。
攻撃手である生駒に、弧月以外の武器はない。
その弧月が右腕ごと吹き飛ばされた以上、彼に香取を迎撃する手段などない。
「────────!」
否。
その程度で終わる程、生駒達人という漢は甘くはない。
生駒は残る左腕を伸ばし、右腕を飛ばされ落下していた弧月を掴む。
「旋空弧月」
一閃。
掴んだ弧月を振るい、生駒は即座に生駒旋空を放った。
片腕、しかも強引に柄を掴んでの一撃であった為精度は低く、剣速も若干ではあるが落ちている。
だが、咄嗟の迎撃としては充分過ぎる。
多少剣速が落ちたとしても、生駒旋空の速度は並の相手が反応出来るものではないからだ。
香取との距離は、近い。
あちらが自ら近付いて来た以上当然だが、それは即ち旋空の着弾までの時間が極めて短い事を意味している。
生駒旋空
幾ら香取とはいえ、このタイミングでの回避は至難の業だ。
仮に避けられたとしても、強引な回避は隙を生む。
片腕が落とされたのは痛いが、まだ挽回の芽は充分にある。
「…………!」
だが。
その予測をこそ、香取は上回る。
香取は咄嗟に地面を蹴り、僅かに跳躍。
最低限の動きだけで、生駒旋空を回避してみせた。
凄まじい剣速を誇る生駒旋空相手に、ギリギリの回避はリスクが高い。
それを充分に理解していた上で、香取は敢えて最低限の回避行動しか取らなかった。
万一刃に触れてしまうリスクよりも、この場で手を止めて生駒を仕留め切れない方が万倍も無視出来ない
香取はそのまま空中でグラスホッパーを踏み込み、加速。
生駒旋空を放ち技後の硬直で固まっていた生駒の下へ、一気に肉薄した。
眼前まで接近した香取はその手に持つスコーピオンを振るい、生駒の頭部を狙う。
振り下ろされる刃に対し、弧月での迎撃は最早遅過ぎる。
「…………!」
だが、それだけで終わる生駒ではない。
生駒は刃の軌道上に集中シールドを展開し、防御を図った。
弧月ならばいざ知らず、軽いスコーピオンであれば集中シールドでの防御自体は可能だ。
無論一発くらいしか保たないだろうが、この場は一撃さえ防げればそれで良い。
鍔迫り合いに持ち込めば、硬く威力の高い弧月を持つ生駒の方が有利だ。
片腕を失ったハンデは痛いが、それでもやってやれない事はない。
旋空の名手として有名な生駒であるが、その剣術の腕も群を抜いている。
距離を詰めたからといって、易々と勝てる相手ではないのだ。
故に、この一撃さえ凌げれば挽回は可能。
生駒は冷静にそう判断し、シールドを展開した。
「…………っ!?」
────────だが。
香取は、その上を行った。
振り下ろした刃がシールドに触れる直前、香取はスコーピオンを手放した。
同時にその靴先に刃を生やし、生駒の身体を股下から突き上げる形で斬り裂く。
明らかな、致命傷。
自らの敗北を悟り、同時に生駒は香取の行った判断を直感的に理解する。
ブレードがシールドに弾かれれば、その硬直で一瞬動きが止まる。
故に香取は神速の動体視力を以て生駒のシールド展開に反応し、最適解として刃を捨てたのだ。
その上で生駒の意識から外れていた下肢による一撃で、致命打を与えてみせた。
鮮やか。
そうとしか言いようのない、少女の一撃であった。
「やられたわ」
『戦闘体活動限界。
機械音声が、生駒の敗北を告げる。
戦場に君臨していた旋空の名手は、戦闘体を崩壊させ光となって消え去った。
「イコさん…………!」
その光景を横目で見ていた水上は、試合の趨勢が決定付けられた事を理解する。
自身の最大戦力であった生駒が落とされた以上、既に挽回は不可能だ。
何せ、向こうの香取隊は四人全員が揃っている。
しかも、大駒である香取がいる上に最大の脅威である樹里も無傷で健在だ。
少なくとも、射手である水上一人でどうこうなる戦力差ではない。
(なら、せめて一人は道連れにしちゃる…………! このまま、何も出来ずやられてたまるかいな…………っ!)
故に水上は即座に自身の生存を諦め、一点でも多く持ち帰る事に意識を切り替えた。
水上は自身の前面、そして背後に合計二つのキューブを展開する。
アステロイドと、ハウンド。
滅多に行う事のない両攻撃を以て、三浦を仕留め切るハラだ。
まずは前面のアステロイドで三浦にシールドを張らせ、背に隠したハウンドの追撃で仕留める。
失敗したのならば、更なる射撃を敢行すれば良い。
タイムリミットは、香取が此処に辿り着くまでだ。
三浦との距離は20メートル以上空けているし、三階にいる若村の銃撃はこの場所ならギリギリ届かない計算だ。
若村は香取の援護を行う為に、水上のいる四階ではなく彼女のいる三階へ赴く事を選んだ。
その方がより確実に水上の横槍を防げるという判断だろうが、今はそれを利用させて貰う。
射手は銃手と異なり、威力や弾速を調整する事で射程を伸ばす事が出来る。
その分近距離での即応性では大幅に劣るものの、射程を拡張出来るのは射手の専売特許である事は言うまでもない。
故にその射程の有利を用いて、この場での一矢を届かせる。
それが今の水上に出来る、最善だった。
「ぐ…………っ!?」
────────だが。
その意思が届く事は、なかった。
階下。
吹き抜け越しに放たれた無数の弾丸が、その身体を貫いたが故に。
(幾ら何でも早過ぎ────────っ! 置き弾か…………!)
アイビスを撃ったばかりである為次の樹里の行動までには若干のタイムラグがあり、それが届く前に事を済ませられると考えていたが、甘かった。
樹里は予めアステロイドを置き弾として用意しておき、アイビスの発射直後に続け様に撃ち放っていたのだ。
結果12ものトリオンを持つ樹里の射撃は、充分な弾速を以て水上に到達しその身を貫いた。
完敗。
そうとしか言えない、結果となった。
「すんません、イコさん。やられましたわ」
『戦闘体活動限界。
機械音声が、水上の敗北を告げる。
最後に残った生駒隊の軍師は、その身を四散させ光となって消え去った。
こうして、波乱に満ちたROUND4の幕は閉じたのだった。