香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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犬飼澄晴②

 

 

「うひゃー、すっごいですねコレ。人撃てるようになったんだ、雨取ちゃん」

 

 犬飼はログの映像を見ながら、大袈裟に驚いてみせる。

 

 二宮隊、作戦室。

 

 そこで次に当たる相手である玉狛の試合ログを見ていた犬飼の反応が、これだ。

 

 映像では那須隊に向かって大規模な爆撃を敢行する千佳の姿が映し出されており、この光景を見た誰しもが「雨取千佳は人を撃てない」という情報を嘘偽り、もしくは過去のものとして棄却したに違いない。

 

 ROUND3でのメテオラ設置起爆戦術を見た時とは、まるで違う。

 

 今回の千佳は明らかに、()()()()()()弾を撃っていたのだから。

 

「二宮さん、これ結構ヤバくないです? あの火力が正面から襲って来たら────────」

「無駄口は止めろ。犬飼、お前も分かっていると思ったが?」

「…………ま、そうですね。確かに、この映像だけじゃ()()はないですもんね」

 

 しかし、仏頂面の二宮の指摘を受けた犬飼はそれまでの態度をあっさり翻してため息を吐いてみせた。

 

 その様子から、犬飼の言動が何処まで本気だったかは窺い知れるというものだ。

 

「雨取は結局、一人も直接落としてはいない。それに、肝心の狙撃を一発も撃っていない。この映像だけでは、雨取が人を撃てるようになったかどうかは判断出来ないだろう」

「三雲くんの事だから、相手が対処する前提で撃たせたって事も普通に有り得そうですからね。実際、雨取ちゃんの爆撃で直接吹き飛ばされた隊員はいませんし、狙撃をしてないのが、やっぱり気にかかりますしね」

 

 二宮達は、千佳の行動の不自然さに気付いていた。

 

 確実に点を取ろうと思えば、簡単だ。

 

 千佳に狙撃をさせれば良い。

 

 彼女のアイビスは防御不可能の暴虐の塊だし、ライトニングは相手に反応すら許さず攻撃を撃ち込めるだろう。

 

 イーグレットに関しても木岐坂と同様超々遠距離狙撃が可能であり、実際に成功するかはともかくとして前者二つと比べて必殺性は下がるが無限の射程を持つに等しい狙撃手というだけでも厄介だ。

 

 あの試合にどの狙撃銃を持ち込んでいたかまでは分からないが、彼女が相手を直接狙撃すれば一人はほぼ確実に屠れた筈だ。

 

 それが分からない修でもなし、実行に移さなかった以上は確たる()()があると考えるのが通理だ。

 

 つまり、()()()()()()()千佳は人を直接は撃てない。

 

 あくまでも人に向けて爆撃を行えるようになったが、最大の脅威である規格外のトリオンに依る絶殺の狙撃の心配はほぼ無いと言えよう。

 

(…………でも、ちゃんと人に向けて弾を撃ってはいた。なら、鳩原ちゃんと同じタイプじゃあなかったみたいだね)

 

 犬飼は一人、思う。

 

 かつて二宮隊に在籍していた狙撃手の少女、鳩原未来。

 

 彼女もまた、「人を撃てない狙撃手」だった。

 

 鳩原の場合は筋金入りであり、以前ランク戦でカメレオンを使っていた歌川を誤射してしまった時は吐いて寝込む程の拒絶反応を見せた。

 

 あの少女は間違いなく、単なる好き嫌いなどではなく生態として、()()()()()()()()()()人間だった。

 

 だからこそ跳び抜けた狙撃技術の全てを武器破壊という唯一無二の個性に注ぎ込み、人を撃てないながらも何とかチームに貢献しようと頑張っていた。

 

 けれど、そんな彼女に対し上層部は「遠征には行かせられない」という判断を下した。

 

 理屈は分かる。

 

 しかし、納得出来ていたかは別の話だ。

 

 一般隊員には伏せられているが、民衆が近界民(ネイバー)だと思っているのはトリオン兵という単なる自立兵器であり、その操り主たる本当の近界民は住まう世界が違うだけの()()なのだ。

 

 俗に人型近界民と呼ばれるそれらはあくまでも真の近界民の正体を隠蔽する為にボーダーが仮の名を付けたに過ぎず、あの大規模侵攻で相対した黒装束の角付き人間達こそが本来の近界民(ネイバー)なのである。

 

 直接説明されたワケではないが、流石に此処まで情報が揃っていれば推測くらいは立つ。

 

 それに二宮の場合は東からもそれとなく、その事を暗喩する話を聞かされていたらしい。

 

 だからこそ、鳩原の遠征許可は下りなかった。

 

 彼女が人を撃てない狙撃手である以上、限られた遠征人員の中で状況次第で()()()()になりかねない隊員を連れて行くのは周囲、何より彼女自身のリスクを考えれば到底看過出来なかったからだという。

 

 話は分かる。

 

 理屈は通っているし、組織としては正しい判断と言わざるを得ない。

 

 だが、その上層部の判断が巡り巡って鳩原の密航の発端の一つとなったのは間違いなく、それを思うと複雑な心境にならざるを得なかった。

 

 勿論、それだけが理由ではないだろう。

 

 しかし、あそこで上層部が許可を下ろしていれば少なくとも鳩原は密航などというリスキー極まりない手段に走る事はなかったろう。

 

 密航は、鳩原としても苦渋の決断だった筈なのだ。

 

 自惚れでなければ自分達の事を大切な仲間と認識してくれていた筈だし、彼女を近界に連れて行く為の努力も隊長の二宮含め欠かさなかった。

 

 二宮は上層部に「A級一位になったら遠征行きを()()()()」という言質を取り付けてはくれたし、それがどれだけ弱い口約だったとしても隊長がそれを目指すなら犬飼も、辻や氷見とて否やはなかった。 

 

 けれど、結局鳩原は密航という道を選んでしまった。

 

 その後氷見の提案で鳩原の件に対して最も責任を感じている二宮の負担にならないよう彼女に関する話題で深刻になり過ぎないようにと取り決めはしたが、あの不器用な暴君の事だからそのくらいは察していてもおかしくはない。

 

 だから、鳩原の話を聞きに玉狛に行ったと耳にした時は流石に驚いたが、それで少しでも二宮が前を向けるのならば構わないと思っていた。

 

 鳩原を密航に誘い出した者の一人である雨取麟児という男の妹が玉狛に入隊したと聞いた時は少々複雑な想いに駆られたが、その少女が鳩原と同じく人を撃てない狙撃手であると分かった時には奇妙な符合に驚いたのを覚えている。

 

 勿論自分達の大切な狙撃手を連れ去った麟児の事は一発殴ってやりたいと思わなくはないし、少なくとも罵倒を浴びせる権利くらいはあると思っている。

 

 その権利を行使すべきは基本的には二宮の方なので自分はある程度は自重するつもりだが、いざ目の前にして冷静でいられるかは不明だ。

 

 どうやら玉狛第二の面々はその麟児を連れ戻す事を目標の一つに据えているらしく、利害も一致しているので場合によっては幾らでも協力してあげても良いと思っている。

 

 勿論協力相手として相応しい実力を示せれば、の話であるが。

 

 その点で言えば、千佳が人を撃てるようになりつつある兆候が見えたのは本来であれば喜ばしい話だ。

 

 しかしてその人を撃てないという共通点から何処か鳩原と重ねて見ていた部分があった犬飼としては、複雑な想いを抱えてしまうのは無理からぬ事と言えるだろう。

 

(まあ、それは二宮さんも同じだろうけど、あの人の場合は口では色々言いながら目をかけた相手にはなんだかんだ成長を促そうとする側面があるからなぁ。だから二宮さんにとっては、雨取ちゃんの成長は案外喜ばしい事なのかもしれないね)

 

 似たような想いは二宮も抱えているだろうが、彼はなんだかんだ目をかけた相手の成長を望んでいるタイプだ。

 

 自分の葛藤よりも、相手の成長を促す事に重きを置くであろう事は容易に想像がついた。

 

 そのあたり、内に秘める想いは傍目からは分からない程熱いが結局の所理性と情を捨て切れない二宮らしいと言えた。

 

(少なくとも、腐ってるユズルくんよりはマシだよね。まあ、情報封鎖されてるから無理な事を言ってるのは承知の上だけど、一方的に二宮さんを敵視してるだけってのはどうかと思うし)

 

 同じく実は目をかけているユズルに関しては、鳩原に関する真実を何も知らない事もあって一方的に二宮を敵視しているだけなので、少しは千佳を見習って欲しいと思わなくはない。

 

 少なくとも千佳は自分の意思で戦う道を選び、目標に向かって進んでいるように見える。

 

 情報格差がある為に致し方ない部分はあるのだが、ユズルは二宮への敵意を募らせるばかりで鳩原に関する情報を集める事は早々に諦めたらしい事は状況から察せられる。

 

 あの根付アッパー事件も恐らくそんなユズルの意図を汲もうとする最中で起きた事故のようなものであるのだろうと、犬飼は見ている。

 

 一般隊員には影浦が根付に暴力行為を働いてチームごと降格されたとだけしか知らされていないが、あの人情厚き猛獣はユズルの為に動き、その中で看過出来ない事があって根付に殴りかかったのだろう。

 

 そうでなければ、仮にも暴力事件を組織の幹部相手に働いたというのに警察沙汰にもならず、降格処分だけで済む筈がない。

 

 恐らくは事情を察した第三者が介入し、根付を説得したのだろう。

 

 根付も影浦の副作用(サイドエフェクト)がとても繊細な代物である事は情報としては知っていた筈なので、そこを踏まえた上であの処分に落ち着けたのだろうと見ている。

 

 影浦にそんな真似までさせてしまい、恐らくユズルは二の足を踏んだのだろう。

 

 これ以上仲間に迷惑をかけない為、などと考えたのが容易に想像出来る。

 

 その選択をどうこう言うつもりはないのだが、諦めずに前に進んでいる千佳を見るとどうしても対比してしまうのだ。

 

 勿論ユズルの立場上仕方ない部分があるのは重々承知なので口に出す事はないし、この件に関して何かを言う権利があるとすれば二宮当人だけだろう。

 

 自分の分を忘れるつもりはないが、そもそもの話自身の隊長を敵視する相手を好きになれという方が難しい話なのだ。

 

 勿論それを表に出しはしないが、犬飼的にはもう少し大人になって欲しい、と思うのは無理からぬ事だった。

 

(まあ、俺からは何も言うつもりはないけどさ。君はこのまま燻ってていいのかな? ユズルくん)

 

 

 

 

「ん? ユズル、何見てんだ?」

「玉狛の試合。人が撃てないって聞いてた雨取さんが、那須隊を爆撃してる」

「お、ホントじゃねーか! 人を撃てねーって聞いてたから大丈夫だと思ってたが、こりゃやべーんじゃねーの?」

 

 黙って映像を見ていたユズルに横からくっつきながら光もまた同じ画面を見て、その中で繰り広げられる爆撃の蹂躙に大袈裟に驚いてみせた。

 

 勿論、鳩原の名前は出さない。

 

 ユズルにとってその名前がとてもデリケートな事は、この隊全員が知っている事柄なのだから。

 

「関係ねーだろ。次当たる相手じゃねーし、当たった時に考えりゃいいだろ」

「んな事言ったって、その次か次あたりで当たるかもしんねーだろ。つーか、その可能性の方が高いだろーが」

「まあまあ、今は直近の香取隊と東隊の事を考えなきゃ、ってのは確かだし、ね」

 

 興味なさげな影浦に対して突っかかる光だが、北添は慣れた様子で仲介に入る。

 

 それを聞き流しながら、影浦はチラリとユズルを見た。

 

 画面を見詰めるユズルの表情には、何処か陰がある。

 

 何よりその視線には、覚えがあった。

 

 あの時。

 

 鳩原がいなくなった後の、眼に見えて不安定になっていた頃の目つきにとても似ていた。

 

(人が撃てねーって聞いて鳩原を思い出してたのかもしんねーけど、なんだ? そいつがやっぱ人を撃てるって分かって、妙に心がざわついてるみてーだな)

 

 影浦の副作用(サイドエフェクト)、感情受信体質は直接自分に感情を向けられなければ作用しない。

 

 だが彼は経験則として、どんな時に相手がどのような感情を抱くのかを知っていた。

 

 なにせ、生まれた時から不本意ながら付き合って来た疾病(のうりょく)なのだ。

 

 そのあたりの推察は、最早慣れたものだ。

 

 勿論、口に出しはしない。

 

 それをして得をする人間が、誰もいない事くらいは理解していたのだから。

 

「ユズル、見んなら香取隊とかの方を見たらどーだ。次当たんのはそっちだろ」

「おー、カゲが隊長らしい事言ってる」

「あー?」

「…………そうだね。ごめん、そうするよ」

 

 但し、それとなく忠告はする。

 

 光が敢えて茶化した事で誤魔化せたが、今これ以上玉狛の試合映像をユズルに見せるのが得策とは思えなかったのだ。

 

 ユズルもこちらの意図を汲んでくれたのか、大人しく画面を香取隊の戦闘映像に切り替えている。

 

 大戦前にログを見る事など滅多にない影浦隊であるが、たまにはらしくない事をしてもいいだろう。

 

 そう思う程度には、影浦はユズルに対して甘かった。

 

(こいつはまだガキなんだ。やりたいようにやらせてやるし、助けが必要なら助ける。それだけだ)

 

 影浦は犬飼と異なり、ユズルの事を不甲斐ない、大人になれなどとは思っていない。

 

 むしろ、苦しい立場ながらも良くやっていると思っている。

 

 確かに組織人としては、犬飼の視点の方が正しいだろう。

 

 しかし、影浦からしてみればユズルは庇護すべき大切な後輩だ。

 

 悩むなら好きなだけ悩めばいいし、不貞腐れて燻るのだって構わない。

 

 ただ、どんな時であろうと助けを求められれば全力で力になる。

 

 それだけだ。

 

 組織の規範だとか、こうあるべきだという模範だとか。

 

 そういうのは、どうでもいい。

 

 何より、ユズルの意思を尊重するのが第一だ。

 

 成長して欲しい、なんていうのは大人の理屈だ。

 

 確かにその方が傍から見れば良いのだろうが、誰だって立ち止まって考えたい時くらいあるだろう。

 

 そんな時に「こうあるべき」「大人になれ」という言葉がどれだけ煩わしいかは、実感として知っている。

 

 確かに彼もまた防衛組織の一員かもしれないが、ユズルはまだ中学生なのだ。

 

 だから、ユズルの()を守る。

 

 彼に発破をかけるのは、別に自分達でなくてもいい。

 

 自分達はただ、彼の()()でいればいい。

 

 それが、影浦の結論だった。

 

 ユズルはあのアッパー事件を自分の責任だと考えているようだったが、それこそお門違いだ。

 

 あれは誰が悪いと言えば全面的に影浦が悪いのであって、ユズルに非は何も無い。

 

 ただ、あの時はやらせるつもりがないにも関わらずぬか喜びさせるような事を言った根付の事がどうしても許せなくて自分が殴ってしまっただけだ。

 

 あくまでも行動したのは影浦であり、ユズルは単に発端を作っただけだ。

 

 だから負い目なんて感じて欲しくはないし、今みたいに俯いてなんて欲しくもない。

 

(…………まあ、その上で前に進みたいってんなら手伝うだけだ。急かすような真似は、したくねーしな)

 

 その上で、ユズルが選んだ道を最大限尊重する。

 

 それが自分の出来る精一杯であり、やるべき事だと思うのだ。

 

 これは影浦隊の総意であり、光や北添も似たような想いでいるだろう。

 

 全ては、大切な後輩の為に。

 

 その意思だけは、確固たるものなのだから。

 

(ま、取り敢えず次の試合を楽しむとすっかね。香取も強くなったって聞いてるし、退屈だけはしねーと思いてぇな)

 

 その上で、目の前の闘争(たたかい)は全力で楽しむ。

 

 それが自分なのだと、心優しき猛獣は獰猛に笑う。

 

 影浦はユズルを囲んで騒ぐチームメイトを見ながら、静かに闘志を燃やしていた。

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