「どうした。何を黙っている。話があると言ったのはお前だろう。俺も暇ではない。用件があるならさっさと言え」
「~~~っ!」
開口一番、二宮のいつもの暴言を前にユズルはつい反論しそうになった心情を抑え、押し黙る。
此処でムキになっては元も子もないと、何とか自分を納得させる。
確かに言い方には容赦がないが、この場合すぐに話を切り出さなかったユズルが明らかに悪いのだ。
二宮もわざわざ人払いをしてまで貴重な時間を割いてユズルの応対をしているのだから、自分が即座に話し始めれば済んだのだ。
それをしなかったのは今まで一方的に嫌っていた二宮を相手に、中々口を開く勇気が持てなかった為である。
これに関しては完全にユズルの自業自得である為、反論する資格は無い。
とはいえ、二宮の言い方がナチュラルにキツイのは事実。
感情的になりそうになるのを抑えられただけでも、思春期男子としては充分な成果と言えるだろう。
「…………すみません。ちょっと、どこから話していいか分からなかったから」
「そういう事は事前に考えておくものだ。相手に時間を割いて貰う以上、準備は入念にするべきだろう」
「う…………」
二宮の指摘はまさにその通りなので、ユズルは言い返す事が出来ない。
言い方こそキツイが、二宮が言っている事は正論以外の何物でもない。
だからこそ圧が強いのだが、同じように言葉に棘が多い風間とは違い相手の行動を巧く誘導する為の配慮が足りない為、高圧的な部分のみが目立ちその指摘を素直に受け入れる障害になっているワケだ。
これは誰かに説教、指摘を行う際の基本的な事柄だが、相手の非ばかりを指摘して
また、その説教に至った経緯を説明しない事には理不尽を言われているようにしか思えないケースもあり、そういう意味で二宮には心情的な配慮が決定的に不足している。
本人としては結果を話しているから良いだろうとでも思っているのだろうが、彼は無意識の内に自分の言葉の裏を読み取るよう強要している節がある。
結果それを読み取れなかった相手は理解力が足りないと断じ、自分からはそれ以上の説明を行わない。
何らかの試験の場であればまず失敗させてそこから経験として糧にする為に敢えて説明を省くのも手であるが、二宮は普段からそういった事をやっているので意思疎通が巧くいかない場合が多いのだ。
特にユズルのような思春期男子にとってこの二宮の性格はまさに水と油であり、反発するのも無理からぬ事なのだ。
なお、同じ思春期男子と言える年齢であっても修の場合は常人にあるまじき年齢不相応な精神をしているので、全く参考にならない事は此処に付け加えておく。
修は合理最優先で物事を考える為、二宮の暴言を一切苦にしない稀有な例である為だ。
無論普通の精神構造をしているユズルにとっては対極と言って良い相手であるので、そもそも比較対象に挙げる事すら無理がある。
精神が年齢不相応に成熟している者が過半なのがボーダー正隊員の特徴だが、その中でもユズルは香取隊の面々と同じく珍しく年齢相応な精神をしている隊員と言っても過言ではない。
むしろ、反射的に言い返さないだけまだ抑えが利いていると言える。
(耐えろ。ここで言い返したら、何の為に来たのか分かんなくなるだろ…………っ!)
ある意味で二宮のこの反応は想定内ではあった為に、ユズルは意地のみで何とか持ち堪えた。
そして、顔を上げる。
すぅ、と息を吐き。
ようやく、ユズルは話し始めた。
「…………その、鳩原先輩についての話、なんだけど」
「…………続けろ」
「二宮さんは、えっと……………………なんで鳩原先輩がいなくなったか、知ってるの?」
「どうしてそれを今になって聞きに来た。
ぐ、とユズルは思わず押し黙る。
とはいえ、これも想定された返しだ。
色々な想いに一先ず蓋をして、ユズルは話を続けた。
「だって、その……………………どうせ、遠征に落ちた事で鳩原先輩を正論で責めてその所為でいなくなったんだろう、って思い込んでたから…………」
「それであいつの上司である俺に確認もしなかったのか。普通に考えれば、鳩原の件で降格をされている以上俺が事情を知らないワケがないだろうが」
ぐぐ、とユズルは再び押し黙るが、これは彼の言う通りなので言い訳は出来ない。
当時のユズルは二宮に
これは、当時のユズルの一方的な思い込みが起因する。
昔から二宮の事は高圧的な物言いをするいけ好かない相手であり、鳩原のチームメイトという立場である事への嫉妬心も相俟って、関わり自体を避けており話をした回数も数える程度しかなかった。
そこに鳩原の失踪という異常事態が重なり、有り体に言えばユズルは焦燥と混乱で思い込みが加速して二宮を一方的に敵認定していた。
故に彼に直接聞くという手段を取らず、上層部への問い合わせも北添がやるという言葉に甘える有り様であった。
確かにユズル本人がやろうとすれば感情的になるのが目に見えており、そこで名乗りを挙げた北添の判断自体は正解だろう。
更に言えば、二宮隊への問い合わせも北添がついでとばかりにやってくれていたのだ。
その時は二宮隊からは「機密事項に関わる為返答出来ない」という解答を貰っているが、あれは影浦隊としての正式な問い合わせに近いものであり、記録に残る通話も使っていた為上層部から戒厳令を受けた二宮の立場ではそう答えるしかなかったのだ。
ユズルは問い合わせをして駄目だったという結果のみを受け入れ、有り体に言えばそれで満足してしまった。
苦手な相手への応対を先輩が代わりにやってくれて、尚且つ否という返答も突き付けられたのだから、これ以上自分が動かなくて済むと、
「その、北添先輩が聞いたら「機密事項だから答えられない」って言われたって…………」
「それでお前は
「いや、それは…………」
「それ以上の行動を起こしていない時点で、同じ事だ。お前は自分本位な苦手意識だけで、安易な解答に飛びついただけに過ぎん。そもそも機密事項が関わっている話で、何の手回しもなしに答えが返って来るとでも思っていたのか?」
ぐぐぐ、とユズルは三度押し黙る。
二宮の言う通り、自分はあの時北添が代わりに問い合わせてくれたという安心感も相俟って、それ以上の行動を起こさなかった。
確かに、組織の一員としてはあながち間違った行動でもない。
しかしそれは、自身の立場を言い訳にして鳩原の事を諦めたのと同義だ。
その程度で満足したのか、と二宮は問うている。
これに関しては、一切の反論が思いつかなかった。
あの時、行動を止めたのは確かな事実だったのだから。
「それで、そんなお前がなんで今更になってこんな事を聞きに来た? 何の切っ掛けもなく行動に移せたとは思えん。話せ」
「…………その、雨取さん、知ってるよね?」
「知っている。直接顔を合わせた事もあるし、所用で家を訪ねた事もある。それがどうした?」
「…………っ!? 家を訪ねた、って、なんで…………っ!?」
「今質問しているのは俺だ。続けろ」
ぐぅ、と聞き流す事の出来ない発言に眼を剥いたユズルだが、この場合は二宮の方に分がある。
家を訪ねたってどういう事だよ、という想いは何とか押し殺しつつ、ユズルは自身の考えを口にした。
「その、雨取さんが人を撃てないって事は…………」
「知っている。それがどうした」
「じゃあ、ROUND4の試合、見た?」
「見ている。お前が言っているのは、雨取が人に向けてメテオラを撃った件か?」
「…………!」
いきなり核心を突かれ、ユズルは息を呑む。
しかしこれで折れるワケにはいかないと奮い立ち、話を続けた。
「うん。あれを見て、どう思った?」
「お前は、どう思ったんだ?」
「…………最初は、人を撃てないなんて嘘だったんだ、って思った。けど、雨取さんに直接話を聞いて、違う、って分かったんだ」
「続けろ」
こくり、とユズルは頷いた。
そして言葉を選ぶように、ゆっくりと話し始めた。
「雨取さんは、自分は人を撃てないんじゃなくて撃ちたくない
「それで、それを聞いたお前はどう思ったんだ?」
「…………」
ユズルは再び、押し黙る。
二宮が繰り返し「お前はどう思った」と尋ねている時点で、彼の言いたい事は分かる。
彼はあくまで、ユズルの意思で自らの想いを告げるを待っているのだろう。
それが分からない程、今のユズルは愚鈍ではない。
されど。
その決意は、とうに済ませた。
今になって迷うのは、もう止めよう。
そう意を決し、ユズルは口を開いた。
「……………………もしかすると、鳩原先輩は撃ちたくないんじゃなくて、
「…………」
今度は、二宮が押し黙る番だった。
その内心は、伺い知れない。
けれど、この時。
二人の心の向かう先が何処であるのかは、明白だった。
「だから、その……………………鳩原先輩がいなくなるちょっと前、鳩原先輩と電話で話した時の事を思い出したんだ。その時、オレ、言っちゃったんだ。
「…………! そう、か」
二宮の眼が、明確に揺らいだ。
その反応を見て、ユズルは自分の考えが間違っていなかった事を確信し、同時に酷い罪悪感に襲われた。
矢張り、あの時。
鳩原に最後の一押しをしてしまったのは自分なのだと、思い知ったのだから。
「多分、鳩原先輩はその所為でいなくなっちゃったんじゃないか、とも思った。元々落ち込んでる所に、オレがトドメを刺しちゃったんじゃないか、って」
「…………そうか」
「だから、確かめたかったんだ。鳩原先輩がどうして、いなくなったのか、って。よくよく考えれば、あれだけ弟さんを探したがっていた鳩原先輩が、落ち込んだだけでいなくなるのはおかしい、っても思ったんだ。繊細な人だったけど、弟さんを想う気持ちは人一倍強い人だったから」
ユズルはだから、と続けた。
「もしも何か知っている事があったら、教えて欲しい────────────────ううん、教えて下さい。お願いします」
そこまで言うと、ユズルは頭を下げた。
これまでの彼からは、考えられない行動。
嫌っていた二宮に、頭を下げる。
それがどれだけの意味を持つかは、瞭然だった。
「…………良いだろう。話してやる」
「え?」
「話してやると言った。二度は言わん。それとも、聞く気がなくなったか?」
「も、勿論聞かせてく────────────────聞かせて下さいお願いします」
ふん、と面食らうユズルを前に二宮は鼻を鳴らす。
だけど、何処か。
その面持ちは、先程までと違い穏やかなものに見えた。
「結論から言っておく。別に、お前だけの所為じゃない。責任が欠片もないとは言わんが、そもそも鳩原は第三者の手でボーダーを辞めさせられたワケじゃない」
「え…………?」
「
「…………っ!?」
内容が不穏なものに、そして想定外のものになるにつれ、ユズルの表情が混乱に満ちていく。
当初のユズルの想定では、何かしらの規律違反を犯してしまった鳩原が結果として除隊されたのだろう、くらいに思っていた。
だが、どうにも二宮の話し方はそうではない。
そもそも鳩原の犯した
それがユズルの想像を超えたものであった事を、彼は二宮のニュアンスから感じ取っていた。
「一体、鳩原先輩は何を…………?」
「────────
「…………っ!!?? 鳩原先輩が、密航…………っ!?」
その想定すら軽々と超える内容に、ユズルは眼を見開いた。
近界への、密航。
あまりにも非現実的な言葉の羅列に、ユズルは言葉を失っていた。
そこで、気付く。
これを口にするのは、二宮にとってもかなりリスキーな事ではあるまいかと。
「って、そんな事オレに話して大丈夫なの? これ、明らかに…………」
「問題ない。お前がそのうち俺の所に来るだろうと考えて、上層部に許可は取っておいた。お前が雨取の変化を見て何も行動を起こさないようであれば、教えるつもりはなかったがな」
ぐ、とユズルは押し黙る。
どうやらこちらの行動を予見していたらしい事が、どうにも癪に障る。
とはいえ、この情報を教えてくれた二宮の誠意に応えない程、ユズルの善性は腐り切ってはいなかった。
「…………その、ありがとう、ございます。教えてくれて」
「構わん。だが、これ以上の情報が欲しいなら遠征部隊を目指せ。今期はA級への昇格戦は行われないが、遠征部隊はB級からも選ばれるようだからな」
「え…………っ!?」
だが、ユズルの驚愕はまだ終わらなかった。
遠征部隊を目指せと言われても
曰く、今期は遠征艇が拡張される為通常の選抜部隊に加えてB級からも遠征員を選ぶという事であり、ランク戦の結果次第で充分ユズルもその対象に成り得るとの事だった。
「この話は、上層部に許可を貰いに行った時に聞いた話だ。そろそろ各部隊にも通達がされるだろうから、無暗に広めないのであれば話しても構わないと許可は貰っている」
「で、でもなんで遠征部隊に…………?」
「分からないのか? 鳩原は今、
「…………!」
そこでようやく、ユズルは二宮の意図に気が付いた。
彼の言う通りであれば、現在鳩原は
故に、もう一度彼女に会いたいと願いならば。
遠征部隊に選ばれる以外に道は無いという事に、他ならない。
思いも依らなかった光明に、ユズルの眼が輝きを帯びる。
これまで一切の興味を持たなかった遠征行きの切符が、何を措いても欲しい目的と化したからだ。
「遠征部隊に選ばれれば、もっと詳しい話をしてやる。分かったら、今は勝つ事だけを考えろ。無論、当たった時に容赦するつもりはないがな」
「望む所、です。その、今日はありがとうございましたっ!」
ふん、と二宮は鼻を鳴らして踵を返す。
それが話の終わりの合図であると悟り、ユズルは隊室を辞した。
想定外の結果ではあったが、むしろ僥倖と言える。
目的が出来た。
遠征部隊を、目指す。
その為にはまず、勝つしかない。
けれど、出来ないとも思っていない。
自分達は、B級二位の影浦隊。
二宮隊相手には後塵を拝して来たが、これでも元A級。
やってられない事は無いだろうし、影浦隊の皆も協力してくれる筈だ。
「あ…………」
そこで、今の情報を何処まで隊内に共有して良いかを聞き忘れていた事を思い出す。
勢い込んで出て来た手前戻るのもどうかと悩みつつ、結局聞きに戻るまでに数分の時間を要した事を此処に追記しておく。