「良かったんですか、話しちゃって。ユズルくん、ちゃんと秘密守れます?」
「…………聞いていたのか、犬飼」
「いいえ。でも、何となく話した内容の予想は付きますよ。帰り際にユズルくんの表情も見えましたしね」
二宮隊、隊室。
ユズルと入れ替わりに戻って来た犬飼は、そう言って肩を竦めた。
犬飼は突然二宮に「絵馬と話すから少し席を外せ」と命じられ、隊室を離れていた。
その為、彼は今回ユズルとは直接話していない。
しかし、二宮とユズルが1対1で話す内容といえば鳩原の事以外思い至らないのは事実である。
何より今回は、ユズルの側から申し込んで来た面会だ。
それ以外の選択肢など、有って無いようなものだろう。
「ふん、これで軽々に情報を漏らすようならそれまでという話だ。元より、最低限の情報しか渡していない」
「鳩原ちゃんが近界に密航した、ってだけでも結構な情報ですよ? 上層部は鳩原ちゃんの真似する隊員が出ないように戒厳令敷いたんですし、そこを知られちゃったら手遅れじゃないです?」
それとも、と犬飼は続ける。
「ユズルくんなら簡単に漏らさないだろうって、
「……………………下らん。今回はただ、絵馬がある程度期待していた動きを見せた。だから、それに報いてやっただけに過ぎん。勘違いするな」
ふん、とそう言って二宮は鼻を鳴らす。
あからさまに照れ隠しにも見える文面だが、そこは敢えて指摘しない。
これで隠せていると思っている己の上司の逆鱗に触れたくないのもあるが、何よりこれ以上は野暮というものだ。
折角、同じ少女を大切に想いながらも擦れ違っていた二人が和解に近付いたのだ。
そこに茶々を入れる気は、犬飼にはない。
何より、今の二宮は何処か嬉しそうだ。
王が是とするのであれば、臣下に否はない。
それは、
「でも、これでユズルくんのモチベ上がったからカゲも本気になるでしょうね。まあ、気合い入れ過ぎて動きが悪くなる可能性もありますけど」
「どちらにせよ、俺達がやる事は変わらん。違うか?」
「そうですね。何が相手でも、誰が相手でも変わりません────────────────立ち塞がるものは、全て倒す。それだけです」
そして、今回の事で影浦隊が強化されたとしても、はたまた隙が出来たとしてもやる事に変わりはない。
王者として、挑戦者を迎え撃つ。
それが、自分達に行うべき責務であるのだから。
「まずは、三雲くん達を迎え撃つ事にしましょうか。成長したとはいえ、まだまだ合格点をあげれるレベルかは分かりませんからね」
「雨取が本当の意味で人を撃てるようになって、ようやくスタートラインといった所だろう。まずは、そこを確かめる。後の事は、それからだ」
二宮はそう言って、踵を返す。
その後姿を見ながら犬飼は笑みを浮かべ、彼に追随するのだった。
「カゲさん。オレ、遠征に行きたいんだ」
「…………どういう意味だ、そりゃあ?」
影浦隊、隊室。
そこでユズルは隊の面々同席の上、影浦に向かい合って開口一番そう告げた。
ただならぬユズルの雰囲気と彼から刺さる感情で何かを察した影浦は、真っ直ぐにその眼を見つめ返す。
ユズルの眼には、確かな覚悟の光が宿っていた。
「ユズルー、そうは言っても今アタシ等はペナルティでA級に昇格出来ねーんだぞ?」
「さっき、聞いて来たんだ。今期はA級昇格試験はやらなくて、代わりにB級からも遠征部隊員を選ぶんだって。だからオレは、その枠に入りたいんだ」
「けど、なんでいきなり? 今まで遠征に興味あるとか、そういう事は言ってなかったよね?」
北添の疑問は、当然だ。
これまでユズルは、遠征に対する興味を欠片も示してはいなかった。
事実、ユズルは近界への遠征に対する興味も、意義も見出していなかった。
鳩原のように身内が攫われたワケでもなく、近界そのものに興味があるというワケでもなかったからだ。
そこを疑問に思うのは、当然と言えよう。
されど、今は前提が異なる。
ユズルは今日、鳩原が近界へ密航した事を知った。
これまで欠片たりとも存在しなかった師の手がかりが、思いも依らぬ形で舞い込んだのだ。
故に
だが、その詳細を語る事は許されていなかった。
二宮に確認したところ、鳩原密航の件に関してはユズル以外の人間への情報共有は
どうやらユズルに情報を提供する許可を取り付けた件も相当に無理をしたらしく、最後まで難色を示されていたらしい。
故に二宮は何かあれば自分が全て責任を取るとまで豪語し、ユズルへの情報提供の許諾を成し遂げたのだ。
仮にユズルが二宮の言を破り許可の無い者へ情報を漏らした場合、その責任は全て二宮が取る事になっている。
そこはどうでも良いと言い放った二宮であるが、流石にそんな話を聞かされて簡単に約束を破る程ユズルは落ちぶれてはいない。
だからこそ、影浦達には鳩原密航の件を伏せた上で協力を取り付ける必要があった。
影浦隊の面々はユズルに甘いが、同時に筋の通らない事は頑として応じない芯の強い者達の集まりだ。
半端な説得では、恐らく頷いてはくれないだろう。
そもそも、影浦相手に欺瞞は無意味だ。
最初から本心で話さない限り、その場で一蹴されて終わるのが目に見えている。
影浦は面倒見は良いが、それは無条件の甘さを意味しない。
ユズルが放って置いて欲しいのならばそうするが、自分から行動を始めた以上はその本心は必ず確認する。
そういう律儀さが、影浦にはあるのだから。
「事情があって、遠征を目指す理由が出来たんだ。でも、詳しい理由は言えない。その許可を貰ってないから」
「許可だぁ? 誰にだよ」
「ごめん。それも言えない」
でも、とユズルは続ける。
「信じて欲しいんだ。これは誰に言われたからじゃなくて、オレの本心で遠征に行きたいって思ってるって────────────────だから、お願いします。オレが遠征に行けるように、協力して下さい」
そう言って、ユズルは深く頭を下げた。
影浦隊相手に、口先の小細工は通用しない。
誠心誠意、心の侭に願いを告げる事こそが唯一彼等に通じる頼み方なのだ。
都合の悪い事をぼかすだとか、言い難い部分を誤魔化すだとか。
そういった小賢しい真似をした時点で、影浦相手の交渉は頓挫すると言っても過言ではない。
事実として、根付はそれで失敗して影浦の逆鱗を踏んだのだから。
そしてこと誠実さという事柄に於いて、影浦は妥協を許さない。
だから、言えない事は言えないとハッキリ告げて、自分の本心はそのままに伝える必要があったのだ。
「────────ああ、いーぜ。おめーがそう言うんなら、手伝ってやるよ」
そして。
影浦はそんなユズルの心意気を汲まないような男では、断じて無い。
ニカリと不敵な笑みを浮かべ、影浦はがしっとユズルの肩を強く掴んだ。
「頭使うよーな事ならまだしも、ただ勝ちゃいいなら簡単な話だ。遠征に選ばれるにゃ、B級二位以内にいりゃいーのか?」
「…………そこは厳密には決まってないみたい、って聞いてるけど。取り敢えず、ランク戦の成績が一つの指標である事は確かではあるみたい」
「ならやっぱ、勝ちゃいいだけだな。万年二位って思われんのも癪だ。いっそ二宮隊ぶっ倒して、一位取ってやろーぜ」
「…………! うん…………!」
影浦の言葉に、ユズルは満面の笑みで頷いた。
通じた。
詳しい事情を話せない不義理があったにも関わらず、影浦は自分の望みを受け入れてくれた。
勿論、彼の大好きな戦闘に関する事柄であった事もあるだろう。
人には向き不向きがあり、今回は影浦の得意分野であった為に乗り気であったという可能性もある。
だが、だとしても。
事情を説明出来ない自分の頼みに、全霊で応えてくれた事に変わりはない。
「カゲさん」
「なんだ?」
「オレ、カゲさんのチームで良かったよ」
何言ってやがる、とそっぽを向く影浦を見て、ユズルは薄く微笑んだ。
言葉こそぶっきらぼうだが、気持ちはきちんと伝わった手応えがあった。
影浦は
相手が何の裏もなく好意をぶつけて来た場合、どう対応して良いか分からず固まる事が少なからずあるのだ。
大抵の場合は照れ隠しの憎まれ口が跳び出すものの、そんな彼の性格を熟知している面々から見れば微笑ましいものにしか映らない。
「お、照れるな照れるな」
「照れてねぇっての」
「あはは、勿論ぼく達も協力するからね。ユズルがそうしたいんだったら、皆で頑張るだけだよ」
影浦隊の面々は影浦を中心に騒ぎ出し、いつも通りの喧騒が戻る。
和気藹々とした雰囲気の中で、ユズルは心からの笑みを浮かべるのだった。
「…………二宮」
「影浦か」
二人が出会ったのは、恐らく偶然だった。
共に隊室を辞して、廊下を歩いていた最中。
曲がり角でぶつかりそうになった相手を見上げてみれば、至近距離で眼が合ったという寸法だ。
影浦は二宮の顔を見ながらしばし迷う素振りを見せた後、ふぅ、と息を吐いた。
「ユズルに何か言ったの、オマエだろ?」
「何の事だ?」
「惚けんな。お前から、探るような感情が刺さってんだよ。こいつぁ、ユズルの様子が気になってるって事じゃあねぇのか?」
「…………」
影浦の指摘に、二宮は沈黙する。
そんな二宮を、影浦は睨みつけた。
だが、それで怯む二宮では無い。
むしろ真っ直ぐに見返した後、睨むような視線を返した。
「…………絵馬は、何か言っていたか?」
「はん、図星かよ」
「答えろ」
「…………遠征に行きてー、ってよ。理由は、
「…………そうか」
二宮は何処か安堵したような、それでいて納得したかのような表情を浮かべる。
そんな二宮を見て、影浦は眼を細めた。
「今のムズ痒い感情はなんだよ? お前、まさかオレに感謝してんのか?」
「そんな事は無い、と言ったら?」
「別にどーもしねーよ。少なくとも、嫌な感情じゃねーみてーだしな。言いてぇ事があんなら聞いてもいいけどよ」
ふん、と二宮は鼻を鳴らした。
しかし、二の句はない。
どうやら、徹頭徹尾自分の口から内実を語るつもりは無いようだと、影浦は悟る。
(ったく、癪に障るヤローだぜ。前の犬飼みてーに顔と感情がまるで一致しないよりは幾らか気分はマシだがよ)
元から答えを期待していたワケではなく、そもそも此処で出会ったのも偶然だ。
だが、影浦はユズルの心変わりの原因が二宮にあるという事は、最初から察しがついていた。
鳩原未来。
ユズルと二宮を繋ぐこの少女の存在は、それだけ大きい。
影浦自身は碌に接点が無かった相手だが、ユズルを挟んで多少の会話をした事くらいはある。
基本的に鳩原は本心をひた隠しにするタイプであった為に影浦との相性が悪く、彼自身あまり積極的に話そうとしなかったという理由もある。
引っ込み思案が過ぎて思い詰め易く、正直ユズルの師匠でもなければ関わりそのものを避けていただろう。
それでも自分から話しかけた事は殆どないし、必要があっても一言二言交わすだけで会話を終えていた。
ユズルがどう思っていたかは知らないが、鳩原は犬飼とは別の意味で顔と感情が一致していなかったのだ。
鳩原はそもそも笑う事が滅多になく、こと人を励ましたり自分の感情に折り合いを付けるという事に関してトコトン向いておらず、自縄自縛で自分を勝手に追い詰めてしまうタイプであるとも言えた。
ユズルには優しく大らかな師匠と映っていたかもしれないが、影浦にしてみればいつも作り笑いを浮かべている根暗女にしか見えなかったというのが正直な感想である。
とはいえ、それでもユズルにとって大事な相手であるのは言うまでも無い。
そのユズルが玉狛の、敢えて言えば千佳の戦闘ログを見て以来心此処にあらずといった状態が続き、今日いきなりあんな事を言いだした以上は何か原因があったのは必然。
そんな折に出会った二宮から妙な感情を向けられて来たとなれば、影浦からすれば最早答えを言っているようなものだった。
「ま、どっちでもいーけどよ。とにかく、遠征を目指す以上手加減はしねーぜ。そのうち吠え面かかせてやっから、待ってやがれ」
「ふん、その言葉はそっくり返そう。俺達を、易々と超えられると思うな」
故に、この宣戦布告も彼等なりの社交辞令のようなものだ。
互いの意思を確認し、その上で目的の為の障害になるのなら叩き潰す。
これはただ、それだけの話だ。
たとえ二宮のお陰でユズルが前を向けたのだとしても、それを理由に加減などしないしむしろそうする方が失礼というものだ。
返礼は、戦いの中で。
それが、彼等なりの相手に対する最大級の礼節であったのだから。