香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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王子一彰①

 

「おめでとう、オッサム。きみがB級になれて、ぼくも嬉しいよ」

「おめでとうございます、三雲くん」

「ああ、おめでとう」

「ありがとうございます。とはいっても、実力で上がったワケではないんですが」

 

 王子に祝福され、何処か後ろめたそうに修は頭をかいた。

 

 此処は、王子隊の隊室。

 

 現在、修は彼のB級昇格を祝いたいと申し出のあった王子に呼ばれ、この場を訪れていた。

 

 どうせならと最初は何処かの店で盛大にやりたがった王子であったが、修がそこまで派手なものを希望せず、そもそもあまり乗り気ではなかった為にこうして隊室でのささやかなお茶会へは相成ったワケだ。

 

 修としては、自分の実力ではなくあくまでも遊真の功績を横取りしたような形での昇格だったので、そもそも祝われるような立場ではないという認識がある。

 

 しかし王子達の厚意を無下にも出来なかったのでこうして参加している、というワケだ。

 

「オッサム、それはきみの認識違い、というものだよ。きみにはきみの言い分があるだろうけど、少し聞いておくと良い」

 

 だが、王子はそんな修の言葉に待ったをかけた。

 

 じっと修の目を見据えながら、王子は口を開く。

 

「今回の一件で君がどうやって解決の為の情報を得たのか、詳しい事は何も知らない。ただ、迅さんが関わっている以上話せない事がある事も察しているよ」

「それは…………」

「勿論、それを説明しろと言うつもりはないさ。迅さんの視点は他の人とはまるで違うから、余計な干渉はどんな結果を招くか分からない以上は下手な真似は出来ないしね」

 

 王子は修が言い淀む理由を、大方察していた。

 

 今回修がB級に上がる事が出来たのは表向き「イレギュラー門事件解決の情報を入手出来た為」とされているが、その詳細までは公表されていない。

 

 というよりも、上層部には「迅が関わっている以上多少不自然な状況でも納得せざるを得ない」というある種の諦観の入った考えがあるように思えてならないのだ。

 

 今回迅は修が事態解決の為に必須であるという理由で庇って連れ出し、その結果イレギュラー門の原因であるラッドを発見出来た事で上層部は彼が修を利用して解決に導いたのだと解釈している。

 

 故に修の処分取り消しと昇格は彼個人への褒賞というよりは、迅が依頼を達成した分の交換条件のようなものに等しい。

 

 修も何らかの貢献をしたとは思っているだろうが、あくまでも解決の主体は迅であるというのが上層部の認識だろうと王子は考えている。

 

 完全に推測ではあるが、これが的外れというワケではないだろうと思っている。

 

 何故なら、修には()()()()()がない。

 

 上層部からしてみれば彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の一人に過ぎず、修を信頼する理由も信用に値する実績も存在しない。

 

 しかし、迅は別だ。

 

 迅はこれまでその未来視によってボーダーに多大な貢献をしており、充分な信頼と確かな実績がある。

 

 だからこそ迅が「修のお陰で解決した」と発言した事で、彼に便宜を図る事が今回の報酬であると考えて修を昇格させたのだろう。

 

 これによって上層部は迅へ心理的な「貸し」を作る事が出来、今後彼へ交渉する際にある程度優位に運べる目算が出来る。

 

 少なくとも城戸あたりにはそういった意図があるだろうと、王子は考えている。

 

 故に、今回の件で修が思い悩んでいる原因は大体察する事が出来る。

 

 恐らく、修は自分が大した活躍もしていないのに昇格出来た事に対して引っ掛かりを覚えているのだろう。

 

 自己評価がとても低く、生真面目に過ぎる修の性格を知る王子からしてみれば、そんな彼の葛藤くらいお見通しなのだ。

 

「きみは、迅さんに()()()()という事の意味をもう少し自覚するべきだね。あの人に特別扱いされるという事は、それだけきみが重要な役割を担っているという事だ。つまり、今回の昇格も迅さんからの先行投資だと思えば良いのさ」

「先行投資、ですか」

 

 ああ、と王子は頷く。

 

「迅さんは、決して無駄な事はしない。あの人がきみを厚遇する以上、そこには何かしら大きな()()が在る筈だ。そしてきっと、それはきみにしか成し得ない()()なんだろう」

 

 これは推測ではあるが、限りない確信を以て王子は発言している。

 

 迅は冷酷ではないが、単なる情だけで動くような人間でもない。

 

 彼が動く時というのは、重要な局面に至る未来を少しでも良いものに変える為だ。

 

 そして、未来を見据えて動いているが故に、その行動は他者から見れば理解が難しいものになる事も少なくはないのだから。

 

「だから、きみは期待されている役割を果たせばそれが迅さんへの恩返しになるワケだ。要は前金を貰ったようなものなのだから、君がすべきなのは負い目を感じる事じゃなくて、その時の為に常に思考を止めない事だ。違うかい?」

「…………! そうですね…………! ありがとうございます、王子先輩」

 

 修は何処か納得したように、嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

 此処で、「修が貢献したのは確かなんだから気にするな」と言うのではなくあくまでも「今後期待されている役割を果たせば良い」と王子が発破をかけたのは、単なる慰めだけでは彼を導くには不適格だと判断したからだ。

 

 王子の見た限り、修は基本的な自己評価がとても低く、自分が称賛される事に慣れていない。

 

 どころか、たとえ称賛されたとしてもその評価自体を疑ってかかる傾向があり、素直に受け取ろうとはしないのだ。

 

 これは恐らく彼には成功体験、といったものが少なく、尚且つ過去に何かしら自分を大きく責めるような出来事を経験したからだと思われる。

 

 彼の過去を聞いたワケではないが、言動の端々からその一端は垣間見えていた為、これは間違いないだろうと王子は推測している。

 

 故に、言葉を飾って彼を持ち上げたところで、修は納得しない。

 

 この場合、必要なのは単なる感情論ではなく、具体的な()()を示す事だ。

 

 「お前は良くやっている」だとか、「そんな事はない」だとか、そういった言葉は修に対しては意味が無い。

 

 意味が無い、というよりは効果が薄い、と言うべきか。

 

 ともあれ、彼の心境を変えるには足りない。

 

 だからこそ、王子はそういった言葉ではなく()()()()()()()()()を明確化させた。

 

(やっぱり、思った通りだね。オッサムには下手に休息を促すよりも、仕事を任せてやるべき事を明確化させた方が効果的だ。組織の一員としては少し扱い難い性質だけれど、その分自由に動かせる駒だから迅さんが優遇するのも良く分かるよ)

 

 修は責任感が強く、それ故に仕事を任せられる事に喜びを感じる人種である。

 

 「好きにして良い」と言われて休息を求められれば自分は必要ないのかと落ち込み、「お前に任せる」と言われて仕事を与えられれば喜び勇んで奮起する。

 

 彼は、そういう人間である。

 

 事実、今の修は先程までと違い目を輝かせており、やる気に満ち溢れている。

 

 樫尾や蔵内ともスコーンを食べながら笑顔で談笑しているし、最初の陰のある表情とは雲泥の差だ。

 

 こういう人間は企業の上司としては仕事を張り切ってノルマをこなしている内は良いが既定の有給等を取らずに無理をしがちである上に組織の規範よりも自分の意思を優先する為、長期的に見れば少々困った性質の人材である。

 

 しかし、未来の情報を前提に行動する為に他者の理解を得られ難い迅にとってはこの上なく扱い易い駒に他ならない。

 

 そういう意味でも、迅が彼を選んだのは慧眼と言える。

 

 修程、未来を変える駒として動かすに適役な人間はいないのだから。

 

「そういえば、オッサムは遠征部隊を目指しているんだったね。チームメイトの当てなんかは、出来ているのかな?」

「えっと、それはまだですね。すみません」

「いやいや、謝る事はないよ。こればっかりは、B級になっただけじゃどうしようもないからね。正隊員は基本的に何処かの部隊に入っているし、数少ないソロ隊員は癖が強いからね。手っ取り早いのは、何処かの部隊に入る事だけど…………」

「…………ええ。ぼくを入れてくれるような部隊は、ないと思いますから」

 

 王子の言わんとするところを悟り、修はため息と共にそう告げた。

 

 修のトリオン量は戦闘員の基準に達しない程低く、一般的なオペレーターと同程度の量しかない。

 

 しかも戦闘技術が卓越しているとは言えず、才能という面でも乏しい。

 

 そんな修をオペレーターの負担を許容しつつ入れてくれる部隊など、早々ある筈もない。

 

 ただ部隊に入るだけならもしかしたら出来るかもしれないが、彼の目的である遠征部隊を目指せる程のチームに所属出来るかと言われれば、望み薄と言わざるを得ない。

 

「そう落ち込む事もないさ。現隊員が駄目なら、新入隊員に期待する、って手もあるしね。もしも有望そうできみと気が合う実力者がいれば、積極的に声をかけると良い。こういうのは、行動を起こさなければ始まらないからね」

「有望そうで、気が合う実力者…………」

 

 王子の言葉に、修が何処か遠い眼をする。

 

 その様子に、どうやら心当たりがないワケではなさそうだ、と王子は胸を撫で下ろす。

 

 修の渦の中心に巻き込まれる才能からして何も無い筈がないとは思っていたが、この様子だとかなりの期待が見込めそうだ。

 

 何故なら、彼の瞳の奥には明確な勝算を見据えた光が宿っている。

 

 これは、その()()()()とやらが相当なものである事に間違いはないだろう。

 

 期待を外さない己が弟子に、王子は内心で満足気な笑みを浮かべるのであった。

 

「とにかく、何かあればぼくは協力を惜しまないよ。師を引き受けた以上、最後まで面倒は見るつもりだ。だから、何かあったら遠慮なく頼ると良い。きみの成長が、ぼくへの最大の対価と思ってくれ」

「…………! 分かりました。ありがとうございます」

「そこは、遠慮なく頼ります、と言って欲しかったね。まあ、今後の課題かな」

 

 すみません、と苦笑しながら謝る修に王子は良いさ、と笑う。

 

 此処で素直に頼ると言えない事など、王子にはとうに承知の上だ。

 

 修は責任感が強く生真面目だが、同時に他人に頼る事が下手だ。

 

 特に、事態の責任が自分一人で完結する場合には。

 

 彼は他人が何らかの被害を被る事柄であればなりふり構わず動く傾向があるが、自分一人にのみ損害が集中する場合、それを良しとしてしまう悪癖がある。

 

 自分が貧乏くじを引けば済むのであれば、それが最良。

 

 そういった考えが、修の根底にはある。

 

 この性質があるからこそ、王子は修には一刻も早く緊急脱出(ベイルアウト)のある正隊員になって欲しかったのだ。

 

 今回のイレギュラー門の件を振り返っても、修はその緊急脱出(ほけん)が無いにも関わらず躊躇なく戦闘を選び、結果として一歩間違えれば死ぬ状況にまで陥った。

 

 そして質の悪い事に、修はその事に対し一切の反省も後悔もしていない。

 

 結果主義と言えば聞こえは良いが、修の場合自分が最悪の場合死んでいた可能性も鑑みて尚それを顧みないのだから、相当だ。

 

 故に修が自動的に緊急脱出という保険がかかる正隊員になってくれた事に、王子は内心安堵していた。

 

 彼は面白い人物が好きだが、だからといって無茶無謀の結果自分の弟子が死ぬような事などあって欲しい筈がない。

 

 王子は変人ではあるが、冷血漢というワケではないのだから。

 

「そういえば、正隊員になってトリガーを自由に選べるようになったワケだけど、トリガー構成はどうするつもりなんだい?」

「えっと、基本は王子先輩に教えて貰ったアステロイドを主軸に防御と移動を兼ねたレイガストをサブに据えるつもりです。どちらもある程度扱い方が分かっていますし、スラスターがあれば機動力もある程度補えると思うので」

「確かに、良い選択だね。じゃあ、もう構成は決まったようなものかな?」

「はい、ぼくのトリオン量だと余計なトリガーを入れる余裕はないみたいなので」

 

 確かにそうだね、と王子は修の意見を肯定する。

 

 トリガーは最大でメインとサブ合わせて8個までセット可能だが、だからといって最大数セットする事が正解とは限らない。

 

 何故なら、トリガーはセットするだけでもトリオンを食うからだ。

 

 故にトリオンに余裕のない者は必要最低限のトリガーのみをセットし、一つか二つは空けておくのがベターだ。

 

 事実、トリガーをフルセットしている者はトリオン量に余裕のある二宮や出水、手数が必要な香取や弧月二刀流の太刀川などごく少数に過ぎない。

 

 修のトリオンが戦闘員としての最低値以下しか存在しない以上、必須トリガーであるシールド二つにバッグワームを除けば、攻撃用トリガーであるアステロイドとレイガスト、オプショントリガーのスラスターの合計6つが限度だ。

 

 これ以上攻撃用のトリガーを増やせば戦闘継続可能時間にも制限がかかるし、攻撃に回せるトリオンも足りなくなる。

 

 そういう意味で、修の選択肢はほぼ無いに等しかった。

 

「なに、きみにはきみなりの勝ち筋というものがある筈さ。別に、何の考えもないというワケではないんだろう?」

「ええ、まだどうなるか分かりませんが、一応心当たりがないワケではありませんので。ただ、二人だけの部隊ってなると厳しいかもしれませんが」

「なに、その時になれば案外三人目もひょっこり見つかるかもだ。運命を信じろってワケじゃないけど、時には流れに身を任せるの事も必要さ」

 

 それに、と王子は続ける。

 

「迅さんなら、こう言う筈さ。大丈夫、おれのサイドエフェクトがそう言ってる、ってね」

 

 王子は笑いながら、多少の本気を込めてそう告げた。

 

 根拠はない。

 

 彼には迅のような能力もなければ、修の未来を確約出来る論拠も存在しない。

 

 ただ、感じただけだ。

 

 彼の作るチームは、面白いものになると。

 

 そんな予感を、信じて。

 

 ただの勘、理由のない直感にしか過ぎないけれど。

 

 でも、この予言(よそく)は。

 

 外れない、そんな予感があったのだった。

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