香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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雨取千佳④

 

 

「あ、木岐坂先輩こんにちは」

「ん、こんにちは」

 

 狙撃手訓練場。

 

 そこへやって来た木岐坂を見付けた千佳はとてとてと近寄って来て、挨拶を交わしていた。

 

 先日までは狙撃手同士という以外碌に接点もなく話す機会もなかった両者だが、隊室でのあのやり取りを経た今となっては互いに色々と意識せざるを得ない相手だ。

 

 どうにも千佳側の好感度が高い様子であり、向けられる視線はかなり好意的だ。

 

 特に仲良くなるつもりで話を振ったワケではない樹里としては、少々ムズ痒い想いをしないでもなかった。

 

「ログ、見たよ。撃てたんだね」

「…………! はい、お陰様で。やってみたら、撃てたんです。その節は、ありがとうございました」

「ん、別に良い。行動したのは、貴方。わたしはただ、言いたい事を言っただけだから」

 

 本気の感謝を向ける千佳に対し、そう言って樹里は素っ気なく返す。

 

 その返しをある程度予想していたのか、千佳はあはは、と乾いた笑いを漏らす。

 

 付き合いは浅いが、樹里がこういった事に淡泊な事は想像がついていた。

 

 リアクションが薄く、何を考えているか分からない。

 

 口数がそこまで多くない事も相俟って、樹里の人間性は初見では中々量れず不思議ちゃん扱いされるのもザラだ。

 

 しかし実際に言葉を交わし深い所まで踏み込む会話をした千佳には、この少女が見た目程浮世離れしているワケでも、人間味が薄いワケでもない事を知っている。

 

 言動こそ突飛なものが多くその美貌も相俟って独特の雰囲気を醸し出している樹里だが、内面はしっかり年頃の少女そのものであり、出力が個性的な所為で誤解されがちであるだけであると知っている。

 

 樹里の神秘性はその容姿と寡黙さに由来する所が大きく、実の所彼女自身にそれを維持するつもり等欠片も無い。

 

 その気になって交流すれば割とメッキはすぐに剥がれてくるので、偶然とはいえ彼女の興味を引いた事で千佳はその一端を目撃したに過ぎないのだ。

 

 なお、そのあたりの機微を気にしない樹里は千佳の苦笑いの理由を察せず、疑問符を浮かべるのであった。

 

「思いっきり爆撃出来て、気持ち良かった?」

「え、ええと、その」

「爆撃されて慌てる相手を吹き飛ばすのは、とても気持ち良い。あれは中々クセになるから、おすすめ」

 

 故に、割とズレた事を言いだすのも平常運転である。

 

 外見からは想像出来ない物騒な事を言い始めた樹里に対し、千佳は乾いた笑いを漏らす事しか出来なかった。

 

 こういう少女なのは分かってはいたが、前振りというものが一切無いのでこれは誤解されるのもある程度仕方ないのでは、と思わなくもない千佳であった。

 

「だから、人を狙撃するのもきっと出来ると思う。要領は同じだから、一回やってみると良い」

「…………! えっと、それは」

「ROUND4では、結局狙撃はしてなかった。けど、不意打ちで相手を吹っ飛ばす狙撃も成功すると中々気持ち良い。やってみると分かる」

 

 そんな中、いきなり人を狙って狙撃する事をしていない事を指摘され、千佳はびくりと震えた。

 

 修の話では前回の試合の爆撃で千佳が人を撃てるイメージを植え付ける事が出来たという話だったが、どうやらこの先輩相手には通じてなさそうだ、と感じる。

 

 言動こそいつものペースだが、彼女の言はハッキリと「千佳が人を狙撃出来ていない」事を告げている。

 

 樹里の事だから本当に裏は無いのだろうが、本当ならこの時点で探りを入れていると断定してもおかしくはない。

 

「えっと、その、頑張ります」

「ん、何事も経験。やって損はない」

 

 とはいえ、千佳の樹里に関する理解度も高まっている。

 

 この少女が本当に裏もなく、ただ自分の感性の告げるままに言葉を紡いている事には、いい加減気付いていた。

 

 こちらを探る意図も多少はあるかもしれないが、基本的には樹里の言動は脊髄反射で言っている事が大半だ。

 

 結果がどうなるかは割と度外視しており、自分の感性の求めるままに話している為、割と言動が突拍子もない事になっているのである。

 

 相手に理解させる為の努力も概ね怠る為、誤解が更にエスカレートするという寸法だ。

 

 香取がこの場にいれば即座に突っ込んだかもしれないが、世話役(ツッコミ)は生憎不在。

 

 結果、樹里の不思議ちゃん時空を崩せる者は今この場にはいなかった。

 

 巻き込まれた千佳は、ご愁傷様と言うしかないだろう。

 

 樹里は身内カウントする相手以外からの評価を殆ど気にしない為、こうも明け透けな言動が出来るという部分もある。

 

 色々あって多少は改善傾向が見られるものの、人を撃てない事に悩んでいた相手にその事を遠慮なく突いているあたり、配慮が足りないというかデリカシーがないにも程があるのもその所為だ。

 

 香取がいれば即座にひっ叩いてこの場から連れ出したかもしれないが、生憎彼女に狙撃手の訓練場に来るような用事はない。

 

 結果この奇妙な雰囲気を崩せる者は誰もおらず、千佳は当たり障りのない答えと共に乾いた笑いを漏らすしかなかったのである。

 

「お、チカ子に木岐坂じゃねーか。珍しーな、仲良かったのか?」

「あ、当真先輩」

「ん、ちょっと話してただけ」

 

 なので、ひょっこりと現れた当真の存在に千佳は半ば本気で感謝していた。

 

 後輩から奇妙な感謝の念を向けられている事など露知らず、当真はははん、と軽く笑って見せた。

 

「考えてみりゃ、おめー等共通点も多いのか。どっちもトリオン多いし、射手と兼任みてーな戦い方するしよ」

「ん、わたし、元射手。トリオンを活かすなら、爆撃ブッパは基本」

「おめーは狙撃手な自覚をもうちょい持った方がいいと思うぜー。ま、ROUND4ではそのあたりきっちりしてたみてーだが」

「最終的に吹き飛ばせたから満足はした。けど、もうちょっと暴れたかったかも」

 

 そう言ってブイサインを見せる樹里に対し、当真は知らずため息を吐く。

 

 その意味を理解していない樹里は疑問符を浮かべるが、なんでもねぇ、と当真はやや疲れた表情で返すのだった。

 

「狙撃手は最初の一発が肝心だからな。だから初撃ってーのは、もっと大事にするモンだぜ。おめーの場合は近付かれても何とかなるって意識が強くて、そのあたりおざなりになってっかもしれねーがな」

「ん、気を付ける。次の試合は、色々と厄介だから」

「そういや、次はカゲとだったな。確かにあいつは、お前さんにとっちゃ天敵みてーなモンか」

 

 思ったよりも殊勝な言葉が返ってきたと驚く当真であったが、何の事はない。

 

 樹里は次の試合で当たる影浦の事を警戒しており、その為に益となる情報を欲していたのだ。

 

 影浦は副作用(サイドエフェクト)、感情受信体質により狙撃手の天敵とも言える相手だ。

 

 ただスコープで彼を覗いてしまっただけでこちらの位置を把握されるだけではなく、そもそも狙撃が当たらないのだから狙撃手にとっては最悪な相手と言える。

 

「東さんみてーに殺気を消して撃つ事が出来りゃあ話も別なんだろーが、あれは東さんがおかしいだけでフツーは無理だかんな」

「? 東さんの狙撃を、影浦先輩は察知出来ないの?」

「らしーぜ。カゲ曰く、殺気もなしに撃ってくるから気付けねーって話だったな」

 

 ふぅん、と素っ気ない返事を返す樹里だが、流石にこの情報は聞き流せなかった。

 

 影浦は、東の狙撃だけは察知出来ない。

 

 この情報は、次の試合では大きな意味を持っている。

 

 要するに、影浦の存在を意識しなければならないのは樹里だけで、東はそのあたりを気にせずに狙撃手として振舞えるという事なのだから。

 

「東さん、そういう能力でもあったの?」

「いや、サイドエフェクトとかそういうんじゃねーと思うぜ。ま、東さんは東さんだから、で納得するしかねーだろ」

「なるほど」

 

 何故そんな事が出来るかは、論じても意味が無い。

 

 東春秋だから、という言葉が全てで、それで納得しないボーダー隊員はいないのだから。

 

 基本的に東は狙撃手の手本みたいな相手だが、同時に最大級の例外枠でもあるのである程度割り切るしかないのである。

 

 近付かれても弧月で応戦出来る荒船や射撃で迎撃出来る樹里とは違い、東はスタンダードな狙撃手らしいトリガーセットのみで戦い、近付かれても平然と生き延びているあたり、その異様さが際立っている。

 

 普通狙撃手は寄られたら終わりであるにも関わらず、東は攻撃手に近付かれた状態からでも難なく生還してみせるといった事がザラにある。

 

 とにかく相手の意表を突く事が得意であり、「まさかそんな手が」という戦法すら平然とやってくるので、とにかく立ち回りが()()のだ。

 

 特殊部隊もかくやといった立ち振る舞いの東だが、その実まだ25歳であり戦闘経験もボーダーに入ってからの数年のみという事実が嘘のようにも思えてしまう。

 

 実は何処かの特殊部隊出身なんじゃ、などという噂が立つのも無理からぬ事と言えるだろう。

 

 それだけ、東の戦術巧者ぶりはとんでもなかったのだから。

 

「そーいや、木岐坂のトコは次の相手が東隊と影浦隊か。そりゃ気になるワケだ」

「ん、まだ当たった事ないし。当真先輩は、影浦先輩相手にはどう戦うの?」

「そりゃ、基本的にカゲは狙わねーよ。当たらない弾なんて撃てねーしな」

 

 けど、と当真は続ける。

 

「仮にどうしてもカゲを仕留めなきゃなんねーんだったら、()()()()()()()()()()()()を撃つだろーな。ま、カゲ相手だとそれも難しいからまずやんねーけど」

「なるほど」

 

 樹里は彼女なりに当真の話を吟味し、頷いた。

 

 当真は「当たらない弾は撃たない」と豪語する狙撃手であり、実際に彼が撃って外した事は一度も無い。

 

 これは当真が必ず当てられる機会が来るまで延々と待ちを続ける事が出来る狙撃手の基本を徹底的に踏襲した立ち回りが出来る事の証左であり、技術だけではなく有り方そのものの成果とも言える。

 

 何か秘策でもあるのかと期待した樹里にとっては落胆も良いところな答えであり、内心でため息を吐いたのは言うまでもなかった。

 

「お前はもうちょい狙撃手としての自覚も持てよなー。ユズルはそのあたりきちっとしてんぞー」

「人は人、わたしはわたしだから」

「開き直りやがったなコイツ。っと、そういやユズルのやつ今日は何だか変なんだけど、なんか知らねー?」

「知らない」

「えっと、分からない、です。でも、変…………?」

 

 ああ、と当真は頷いて視線を向ける。

 

 そこには、いつものように狙撃手の訓練をやっているユズルの姿があった。

 

 変と言われても、何が変なのかは樹里には判断がつかない。

 

「あ、今日は()を描いてないんですね」

「そーいうこった。奈良坂みてーに真面目にやっちまっててよ。何かあったのか聞いても答えねーし、なんなんだか」

 

 はぁ、とため息を吐く当真を尻目に樹里はユズルの様子を確認する。

 

 彼が狙っている的には、中央にのみ狙撃痕が見られた。

 

 そこで、気付く。

 

 普段ユズルは当真と同じく、狙撃手訓練では点数を度外視して狙撃痕で何かしらの図形を描く()()を行っていたのだが、それが今日は見られない。

 

 奈良坂のそれと同じく最大得点を狙える中央にのみ狙撃を当てており、今日に限っては一切の遊びが伺えないのだ。

 

 それがどうにも当真には面白くないようだが、言われてみれば確かに何らかの変化があったのは分かる。

 

 勿論、詳細を知らない樹里達にとっては何が原因かは分からないのだが。

 

「当真先輩、ユズルくんの師匠って言ってる割に何も教えて貰えないんだね」

「言うねぇ。けど、こっちの教えてる事は素直に聞くんだぜあいつ。そういうトコはちゃっかりしてんだけどな」

 

 割と直球に当真を煽る樹里だが、とうの彼は何処か余裕を浮かべていた。

 

 彼の言う通り、ユズルは捻くれてはいるが自分の利となる事は素直に受け入れるという側面も持っている。

 

 そのあたり、気まぐれな猫を世話するような感覚で当真からすれば楽しいのかもしれない。

 

 面白さを優先する当真としてみれば、攻略難易度の高いユズル相手のコミュニケーションは一種のゲーム感覚なのだろう。

 

 相手が本気で拒絶してはいないので、案外進行度は悪くないのかもしれないが。

 

「けど、凄い集中してるね。さっきから、手のブレが殆どない」

「そのあたり、あいつはしっかりしてっからな。遊ばなきゃ、あんなモンだろ」

「あと、何だか表情が必死。なんか、顔つきが違う気がする」

 

 ほぅ、と当真は眼を細めた。

 

 自分達とユズルの距離は離れているが、強化視覚を持つ樹里にとってはこの程度の距離は意味を成さない。

 

 ユズルの顔つきが真剣そのものであり、何処か必死さの浮かぶ表情をしている事はすぐに視て取れた。

 

 何が彼をそこまで追い立てるのかは分からないが、今日に限って一切の遊びを排している事と無関係とは思えなかった。

 

「やっぱ、何かあったのかねぇ。ま、それも実際に戦りゃあ分かるんじゃねぇのか? 案外、空回ってるかもしれねーけどよ」

「どっちにしろ、やる以上は全力。吹き飛ばす」

「そこは必ず当てる、くらいは言えよなー。狙撃手だろおまえ」

 

 当真は相変わらずな樹里の返答に嘆息し、苦笑いを浮かべた。

 

 一連の流れを見ていた千佳は、もう一度ユズルの方を見る。

 

「…………」

 

 ユズルは口を閉ざし、真剣な表情で的を狙い続けている。

 

 何処か必死さを含むその表情の中に、燃えるような闘志を見た。

 

 そんな、気がした。

 

 

 

 

「鳩原の件を絵馬に共有する事について、城戸司令達に進言したそうだな。どういう意図があっての事だ?」

「今すぐじゃないけど、この件が後々効いてくる場面(みらい)があってね。その為の先行投資────────────────いや、()()と思って貰えれば良いよ」

 

 成る程、と風間は迅の言に頷く。

 

 今回、二宮がユズルに鳩原の件を情報共有するにあたり、実は迅が予め上層部に進言をしていたのだ。

 

 二宮の要請を受け入れるように、と。

 

 その思惑の内実は迅にしか分からずとも、彼がこう言う以上は何かがあるのだろう。

 

 秘密主義が過ぎるのは頂けないが、彼にしか視えない地平があるのも事実。

 

 風間は色々と呑み込んで、取り敢えずこの場は納得する事としたのであった。

 

「…………個人的にも、絵馬が前に進む切っ掛けになるのであればこれはこれで良い機会だと思っている。あくまでも個人的にはだがな」

 

 それに、鳩原の件以降塞ぎ込んで立ち止まっていたユズルが歩みを始める切っ掛けとしては、これ以上ない機会なのも事実。

 

 なんだかんだ面倒見の良い風間としては、そういう意味では今回の迅の動きは歓迎すべき事なのだから。

 

「大丈夫、少なくとも絵馬くんは変わるよ。すぐにとはいかないかもしれないけれど、近い未来にね」

「お前がそう言うのであれば、構わん。何か手が必要なら、手伝ってやらん事もない」

「その時はお願いするよ。色々とね」

 

 迅はそう言って風間に笑いかけると、目的地のドアの開閉ボタンを押す。

 

 「おつかれさまでーす」と言いながら、迅は会議室の中へ足を踏み入れた。

 

 中にいるのは太刀川を始めとしたA級部隊隊長の面々と、東。

 

 そして城戸を筆頭とした、ボーダー上層部の面子であった。

 

「────────揃ったな」

 

 迅と風間の入室を確認した忍田は、口を開く。

 

 集まったメンバーを見回し、今回の議題を口にする。

 

「では、緊急防衛対策会議を始めよう────────────────近々予測される、近界民(ネイバー)の襲撃についてだ」

 

 告げられたのは、幾人かには既視感のある内容。

 

 近界民の襲撃、それに対する議題であった。

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