「早速だが、本題に入らせて貰う」
忍田は集まっている面々を見回しながら、告げる。
そこに気負いはなく、確たる眼差しで隊長陣を見据えていた。
「先日、捕虜にした元黒トリガー使い、エネドラから近日中に
そして、と忍田は続ける。
「その話の裏付けとして、玉狛支部より借り受けたレプリカ特別顧問によれば、間もなく三つの惑星国家がこの世界に接近し、その中の二つ。ガロプラとロドクルーンが、件の大規模侵攻で攻めて来たアフトクラトルと従属関係にあるらしい」
「従属関係、手下って事か。じゃあ、そいつらが攻めて来るって事ですか?」
「情報通りであればな。だが、これまでに得た情報を鑑みるに無視出来る情報ではなく、また迅の予知でもそれを裏付けるものがあったという。襲撃があるのは、ほぼ確定と言っても差し支えないだろう」
忍田の言う通り、捕虜とはいえ敵国の精鋭だったエネドラの言葉を無条件に信じたワケではない。
レプリカによる裏付けと、何より迅の予知というこれ以上無い程の後ろ盾。
それがあるからこそ、エネドラの発言を真であるとする方向性が成り立つのだ。
対外的にはレプリカの素性を明かすワケにはいかないが、それでもその情報の確度と重要性は疑いようがない。
それに加えて迅の予知という信じる他無い要素も加われば、裏取りは充分と言っても構わないだろう。
どちらも第三者に説明するには問題が多いが、ことボーダー内で指し示す根拠としてはこれ以上ない程説得力を持つ事柄なのだから。
「…………敵の狙いはなんだ? 迅」
「今のところ、前回の大規模侵攻みたいに大きな被害が予想される
三輪の質問に、迅はそう答えた。
迅の未来視は、視認した相手の近い未来が視えるというものだ。
彼はこれを用いてボーダーや街を歩き回り、ここ数日危険な兆候がないか
そしてその結果、大きな被害が訪れる未来は視えないという事が分かった。
少なくとも、甚大な被害が覚悟される類のものではない。
迅は、そう結論したのである。
「データによれば、ガロプラもロドクルーンもそれほど大きな国じゃない。だから、隠密任務というのも充分に考えられる」
「エネドラは「アフトクラトルが手下をけしかけて来る」という表現を使っていて、詳細な襲撃手段までは分からない、と言っているようです。これについては、聞き取りを続けるとのこと」
「とにかく、二つの国がこちらの世界を離れるまでは通常の防衛体制に加えて、特別迎撃態勢を敷いて行く事になる」
そこで、と忍田は続ける。
「その内容についてこれから協議していくワケだが、その前に城戸司令よりこの件に関して一つ指示がある」
「────────今回の迎撃作戦は、可能な限り
「…………!」
城戸の言葉に、集まった隊長陣は眼を見開いた。
対外秘。
要するに襲撃そのものを外部から隠す、という意味なのだから。
「大規模侵攻からまだ日が浅く、この短期間に再び侵攻が繰り返されるとなれば、市民の不安がぶり返される恐れがある。そうなればボーダーへの風当たりが強まり、現在進行中の遠征・奪還計画に支障が出る可能性がある。当然敵の出方次第ではあるが、市民には襲撃があった事そのものを気付かせない事が望ましい」
「一応、繰り返すけど今の所街に被害が出る未来は視えない。状況次第ではあるけれど、充分可能だろうと補足しておくよ」
城戸の言葉に表情を強張らせていた嵐山も、迅のお墨付きを受けてそれなら、と納得した。
確かに、どちらも頷ける話ではある。
先日の大規模侵攻では人的被害こそボーダーの外部には及ばなかったものの、C級隊員数名の喪失と街の広範囲の破壊が引き起こされた。
その記憶は、三門市民にとってまだ新しい。
そんな中で新たな侵攻が繰り返されるとなれば、マスメディアの扇動によって市民感情がどう動くかは自明の理であろう。
だからこその対外秘なワケだが、もしも過日の大規模侵攻と同等のものであればこれは不可能だ。
流石にあそこまでの規模となれば、情報を遮断したとしても肉眼で異常が見えてしまうからだ。
しかし迅によれば街に被害が出る未来は無いので、逆説的に侵攻の規模はそこまで大きくないと推察出来る。
恐らくは隠密任務の類であると予想される為、やり方次第では隠し通す事は不可能ではない。
戦闘音までは流石に消せないが、この三門市では散発的に現れる
故に警戒区域内での戦闘であれば多少音が漏れ聞こえた所で、市民は「いつものボーダーの防衛戦闘だ」と認識してくれるだろう。
要は、多少揺れる程度の地震が起こったくらいでは慌てもしない日本人のようなものだ。
外国の、地震が少ない場所ではちょっとした揺れでも大騒ぎする外国人が多いと聞くが、日本ではそもそも地震は時折起こるものでその多くに実害は生じない為、多少揺れた程度では騒ぐ者すらいない。
それと同じで警戒区域から戦闘音が聞こえるのは三門市民にとって常態化した日常と同義である為、大抵の場合は聞き流してしまうのだ。
要は、近界民は来ているけどボーダーが対処してくれているから大丈夫、という暗黙の了解である。
先日の大規模侵攻でその共通幻想に罅が入りかけてはいたが、それでも市街地への被害にさえ気を配れば隠蔽は充分可能な事は変わらない。
そちらへ被害が及ぶ事はないと迅のお墨付きがある以上は、対外秘も充分実現可能という事だ。
「それに伴い、ボーダー内部でも情報は制限し尚且つ可能な限りそれ以外は通常通りに回して貰う。防衛任務も、ランク戦もだ」
「という事は、ランク戦の日の昼間にやって来たら昼の部に参加する連中が、夜間に来たら夜の部に参加する連中が迎撃に参加出来ない、って事ですか」
「そういう事になる。一応大規模な襲撃の可能性も押さえつつ、基本的にはA級を中心に警戒・迎撃を行って貰う。これは現在防衛任務中の加古隊や、もうじきスカウト旅から戻って来る草壁隊・片桐隊にも同様に通達する。襲撃のタイミングによっては草壁隊・片桐隊は防衛に参加出来ない可能性も充分考えられる為、それを考慮した役割分担を採用。必要に応じて再検討していく」
また、ランク戦も通常通りに回すという事で、タイミング次第ではそちらへ参加する人員は迎撃に向かわせられないという事も考えられる。
加えてもうすぐ戻って来る二つの部隊に関しても、参加出来るかはタイミング次第である為最初は二部隊がいない前提で計画を立てるワケだ。
ランク戦を突然中止にでもすれば当然ながら説明の必要が生じる上、そもそもいつ来るか確定しない以上はスケジュールを遅延させ続ける事など現実的に不可能だ。
遠征の予定まで充分に期間は取ってあるが、無為に時間を過ごして良いワケがない。
故にタイミング次第で戦力を欠く事になったとしても止むを得ない、という判断である。
「そういう事なら、天羽のサイドエフェクトを借りた方が良いと思いますね。こういう状況なら、役に立つので」
「分かった。打診しておこう」
忍田はそう言って頷くと、城戸の方を見る。
城戸は同様に頷き、迅を見据えた。
「迅。今回の作戦は、お前の予知が前提となっている。よろしく頼むぞ、迅」
「そりゃ勿論。遠征計画を潰させるワケには、行きませんからね」
「というワケだ。さっさと情報を出さんか。まだまだ情報が足りんのだ」
『…………』
「頼むよ、エネドラ。また映画見せてやるから」
『…………ったく、仕方ねーな。けど、出せるモンがねぇってのはマジだぜ』
開発室。
そこで鬼怒田と向かい合っているのは、黒いラッド。
正確にはそのラッドに宿った、エネドラの疑似人格である。
彼は大規模侵攻中にミラに殺された、それは間違いない。
しかしトリガー
エネドラッドは基本的な性格は生前のエネドラを受け継ぎながらも、当時見られた病的な攻撃性は鳴りを潜めている。
どころかこちらにやけに協力的である為鬼怒田からは却って警戒されているが、主に彼と接している雷蔵とは妙に仲良くなっており、距離感は気の置けない友人のそれだ。
その雷蔵から促されてようやく口を開いたエネドラッドは、溜め息交じりに話し始めた。
『教えたくても教えられねーんだよ。外回りは雑魚の役割だったからな。オレの仕事じゃねぇ。ガロプラを落とす時にゃあ同行したが、雑魚ばっかで大した奴もいなかったぜ。オレ達の侵攻をどうにか出来たお強い
「一応、
「こいつの話通りなら数日中にでもな。この話は部外秘だから、漏らすなよ」
「誰がエネドラッドだ」というエネドラッドのツッコミは無視しつつ、真偽確認の為に付き添いの修と共に呼ばれていた遊真は成る程、と頷く。
エネドラは、黒トリガー使いだった。
幾ら13本もの黒トリガーを有するアフトクラトルとて、黒トリガーへの適合者というのは貴重な戦力だ。
当時はまだあそこまでの暴走は見せていなかったであろうエネドラは恐らく虎の子の侵攻の尖兵として運用していた筈であり、他国の事情を詳しく知らないというのも頷ける話だ。
また、彼の「雑魚しかいなかった」というのもあくまでエネドラ視点の話である。
エネドラの黒トリガー、
故に
エネドラであれば「自分に攻撃が通せなくてそのまま負けたから雑魚」と判定していても、何らおかしくは無いのだから。
「けど、何でエネドラッドはその二つの国が攻めて来るって分かるの?」
『分かるも何も、ハイレインの野郎────────────────テメェが倒したっつういけすかねぇ奴ならそうするってだけの話だ。あの野郎なら、手堅く此処で手下を差し向けて来る。今、
そう言って、エネドラッドは眼を細める。
彼が遊真がハイレインを倒した顛末を知っているのは、そちらの方が印象的に良くなると修が鬼怒田の許可を得て話したからだ。
エネドラが自分を裏切ったアフトクラトルの面々に復讐心を抱いている話は、既に聞いて知っている。
ならばその長を倒した張本人である遊真に対し心象が良くなるのではないか、と考えて情報開示を行ったのだ。
結果としては、効果覿面。
どうやら戦力的にもまずやられないと考えていたハイレインが倒されたというだけで、エネドラッドの態度は幾分か軟化していた。
これがヴィザであればまず話を疑ってかかる所であろうが、ハイレインはあくまでも文官。
強力な黒トリガーの所持者であるが生粋の武人ではない為、ヴィザのような絶対的な武力の持ち主ではない。
場合によっては負ける事もあるかもしれないし、遊真が黒トリガー使いという情報も開示してあるので、納得し態度の軟化に至ったというワケである。
「追って来られると困るのは、例のヒュースの主絡み?」
『そういうこった。国に戻れば、「神」選びで身内がゴタつく。幾らハイレインでも、そんな状況で
エネドラッドの言う通り、ハイレインはヒュースの主であるエリン家当主を「神」として生け贄に捧げるつもりである。
当然その過程で身内でゴタつく為、外部からの干渉の一切を排したいというのは自然な流れだ。
ヴィザはアフトクラトルの最大戦力であるが、先日の大規模侵攻でヒュースを置き去りにした事でハイレインへの心象はある程度低下している筈だ。
そんな彼にこれ以上の借りを作るくらいであれば、手軽に動かせる属国の兵を動員した方が良いと考えてもおかしくはないだろう。
『それから、この話はヒュースにはしねぇ方が良いだろーぜ。今は大人しくしてるかもしんねーが、心の中じゃ国に帰るチャンスを狙ってる筈だからな』
「それなら心配ないぞ。あいつとの
『────────へぇ、あいつはお前等に尻尾を振ったのか。主を助ける為なら、それこそ見境ねぇってワケか』
「それ、お前も同じじゃないの? お前が協力的な理由も、
ふん、と図星を突かれたのかエネドラッドは鼻を鳴らす。
エネドラッドが協力的な理由として彼曰く「自分を裏切ったアフトクラトルに復讐する為」と言っていたが、遊真の
読み通りならばエネドラの繊細な部分に踏み込む話であり、それが許される程の関係性を構築出来ているとは思っていないからだ。
同じ黒トリガーの使い手として、そういった事情には配慮が出来るのが遊真であるのだから。
「実際に侵攻したっていうなら、何か相手の隠し玉みたいなのとかって見てないの? 相手の
『見てねーな。使って来なかったって事は、戦闘用の
「…………っ!?」
そこで、空気が変わる。
遊真でも、修でもない。
その場に同席していた鬼怒田の顔色が、ハッキリと変わった。
それが明確に分かる程、鬼怒田の表情は張り詰めていたのだ。
「────────エネドラ。今、ククロセアトロと言ったな。お前は、そいつ等について詳しいのか?」
『あん? あいつ等を殲滅しに行った時は、オレも付いてったからな。なんだ? あのキチガイ共に何か用でもあったのか?』
「…………そうだな。お前の知る限りで良い。ククロセアトロという近界国家について、知っている限りの事を教えて貰おう」
鬼怒田はそう言って遊真に目配せし、頷くのを確認する。
その眼には、常とは比較にならない鬼気迫った感情が渦巻いていた。