香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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ククロセアトロ①

 

 

『言っとくが、オレも奴等に関しちゃ詳しい事は知らねぇ。だから、話す内容はオレの経験した事だけだ。そこを忘れんな』

 

 エネドラッドはそう前置きし、反論が返って来なかった事を確認しつつ話し始めた。

 

『ククロセアトロっつうのは、医療大国として有名だった近界国家だ。少なくとも、表向きはな』

「医療、大国…………?」

『そうだ。っつっても、奴等がやってたのは主に()()()()()()()()だったがな』

 

 開口一番予想もしなかったワードに驚いた修に、エネドラッドはそう補足する。

 

 義肢。

 

 あまり馴染みのない言葉だが、要は動かなくなった、或いは欠損した四肢の代替物だ。

 

 事故で足を失った者が、機械製の足を付けている事がある。

 

 テレビでしか見た事のないそんな光景を、修は想起した。

 

「そういうのが、近界にもあるんだ」

『需要って意味なら、当然あるぜ? 近界(こっち)にも不具の奴、お前等の言葉で言やあ半身不随の奴はいるし、知ってるかは知らねーがこっちは戦争ばっかやってんだぜ? そりゃあ、腕や足の一本や二本失う奴がいても当然だろ』

「え、でもトリオン体なら────────」

『確かにトリオン体の状態で受けたダメージは生身には関係ねーがな。お前等と違って、こっちにゃ便利な()()はねーんだよ。戦場のど真ん中で生身になったらどうなっかくらい、分かるだろーが』

 

 あ、と修は納得に至る。

 

 あるのが当たり前過ぎて失念していたが、近界に緊急脱出の技術はないのだ。

 

 つまり黒トリガーの使い手同様、トリオン体が破壊されれば生身がその場に投げ出される事になる。

 

 戦争をやっている最中であれば、戦場のど真ん中で、だ。

 

 砲火が飛び交う戦場のただ中でまともな武器も持てない状態で生身になればどうなるかは、言わずもがなだろう。

 

 なお、その危険極まりない状態にリスクを承知で自らなった経験があるのは修本人であるのだが。

 

『そもそも、オレ等みてぇなトコならともかく他の貧弱国家じゃトリガー使いは稀少なんだよ。トリオン兵も碌に出せねぇ貧乏極まったトコなら、トリガー使いは数人だけで他はトリオン製の武器を持たせて生身のまま戦場に放り込む事も珍しくねぇ。そういう連中にとっちゃ、手足を失う事なんざ良くある事の一つに過ぎねーんだよ」

「成る程…………」

 

 初めて知る近界の戦争事情に、修は息を呑んだ。

 

 逸脱した精神構造を持つとはいえ、彼自身は本当の戦争を知らない一般市民の出でしかない。

 

 だというのに覚悟が決まり過ぎているのがそもそもおかしいのだが、それはともかく。

 

 戦争をしていれば、手足を失う者が出るのは当たり前だ。

 

 近界の戦場がどういうものかは想像するしかないが、砲撃なんかで腕を失ったり、地雷のようなもので足を吹き飛ばされる事もあるだろう。

 

 それこそ、何かしらの刃物で四肢を切断される事だってあるかもしれない。

 

 これまであまり意識して来なかった戦争の生々しさに、知らず修の視線は鋭くなる。

 

 覚悟が足りなかったか、と自省する修だが、既にその精神性が戦争に身を置く側に近い事に自覚は無い。

 

 まともな命のやり取りなど経験した事もないというのに、これである。

 

 彼ほど自分への認識とその実態が乖離している人間は、いないかもしれない。

 

『ククロセアトロは、そういう連中に義肢を格安で提供してたんだよ。戦争中の国からしてみりゃ、役立たずになった兵士を安価に()()()する絶好の機会だからな。そういう奴等にとって、あの国はなくてはならない()()()()だったってワケだ』

 

 そして、エネドラッドの説明でそもそもの価値観がこの世界と近界とでは異なる事に気が付く。

 

 こちらの世界────────────────少なくとも修の認識の内では義肢の技術は事故や病気、或いは先天的に四肢を失っている者への補助具という認識が一般的だが、戦争が日常的に行われている近界では違うのだ。

 

 四肢を失う原因の殆どは、戦争によるもの。

 

 他にも先天的なものや何かしらの事故で手足を失った者もいるかもしれないが、戦争でのそれが比率としてはずっと多い事は容易に推測出来る。

 

 何せ、戦争の為にこちらの世界から人を、資源を奪いに来る者達の世界なのだ。

 

 彼等にとっては侵略と搾取は日常であり、アフトクラトルのような軍事国家ではよりそれが顕著なのだろう。

 

 足りなければ他所から奪うという思考が当然のように罷り通る世界では、人の命の価値は軽くなる。

 

 それを、改めて認識し直した修であった。

 

「けど、その国を確かアフトクラトルが滅ぼしたんですよね? どういう経緯でそうなったんですか?」

『詳しい経緯までは知らねーよ。ブチ殺す相手の事なんざ知っても仕方ねーし、重要なのは相手が強いか弱いかくらいだからな』

 

 けど、とエネドラッドは続ける。

 

『伝え聞いた話じゃ、どうにもあいつ等はアフトクラトル(うち)の機密を盗み出してたらしーぜ。どういう方法でかは知らねーけどな』

「成る程、そりゃ宣戦布告もするよな。普通に喧嘩売ってる案件だ」

『だろうな。軍事国家の機密を盗み出す時点で、碌な事考えてねー事だけは確かだな。こっちの面子もあるし、攻め落とす事になったのも当然だろ。まあ、あのハイレインが()()()()()()()()()()()とまで言ってたくれーだし、他にもなんかやってたんじゃねーか?』

 

 遊真の言葉に、エネドラッドも同意する。

 

 軍事国家の、機密の盗み出し。

 

 それは確かに、宣戦布告の理由としては充分過ぎる。

 

 特に近界(ネイバーフット)有数の軍事国家であるアフトクラトルの機密情報となると、どう考えても戦争関連への利用しか思いつかない。

 

 それを抜かれたとなれば、面子の面でも実害の面でも放置出来ないのは自明の理だ。

 

 相手がどれだけの立場を持つ国だろうが、軍事力という側面でアフトクラトル程の国家が負けるとは思えない。

 

 日常的に侵略戦争を繰り返して来た彼等にとっては、引き金も相応に軽かった筈だ。

 

 向こうから挑発されたような形になるので、猶更である。

 

「あの指揮官がな。確かに意外だな。余計な労力は使わないタイプだと思ってた」

『その認識で合ってるぜ。あいつは根暗だからな。手っ取り早く力を見せつけた方が早いっつってんのに、段取りだの心理的効果だの色々細けー事ばっか気にしてたからな。オレが気まぐれに雑魚共を殺しまくってたら注意して来たくれーだし、無駄な殺しを好かないっつーか必要性を感じてないからなあいつは』

 

 また、あのハイレインが「一人も生かすな」という通達をして来た事も驚きだ。

 

 遊真は大規模侵攻で直接彼とやり合っているが、見たところ合理的な支配者タイプであり、無駄な虐殺をするタイプには見えなかった。

 

 必要とあればやるだろうが、逆に言えばそうでない限りは鏖殺命令などまず出さないだろう。

 

 徹底的な殲滅となるとそれはそれで労力がかかり、生き残りを出さない前提で戦えば自然敵の抵抗も激しくなる。

 

 それよりはある程度力を見せつけて敵の泣き所を押さえた後で()()()()()()を提示して降伏を迫った方が、より効率的だ。

 

 ハイレインも恐らく、そういうやり方で普段は指揮していたのだろう。

 

 エネドラッドの言葉でも、それが再確認出来た。

 

 そのハイレインが徹底的な鏖殺を宣言したのは、機密を盗み出された()()としては少々過剰にも思える。

 

 確かにケジメを付ける必要はあるが、それならば敵の首脳部を皆殺しにして国を押さえればそれで済む話だ。

 

 にも関わらず徹底的な鏖殺を指示した時点で、何かあると考えるのが普通だろう。

 

「それで、ククロセアトロに攻め込んだ時に何かあったんでしょ? さっきの言い方だと」

『ああ、そうだ。あん時はハイレインの野郎の命令でオレとランバネイン、ヒュースにミラ、そんでヴィザまで動員して出撃したんだ。そんで────────』

 

 

 

 

「────────兵士の姿が見えないな。宣戦布告は伝えた筈だが」

「もしかすると、まともな戦力がいないのかもしれませんね。元々は医療国家ですし、有事の備えは傭兵頼りだったんではないでしょうか?」

「…………決めつけるのは早計だ。充分に警戒しろ」

 

 了解、というミラの返答を受け、ハイレインは周囲を見回した。

 

 広がるのは、白い建物の群れ。

 

 何処も彼処も、病的なまでに白い。

 

 景観など知った事かと言わんばかりに、目の前に広がる街並みはとにかく白一色だった。

 

 窓すらない白一色の建物が不気味なまでに整えられた配列で存在するその様は、まるで巨大なトリオンキューブが並んでいるようで少々不気味だ。

 

 曇天が広がる寒々しい空も、その雰囲気に拍車をかけていた。

 

 此処は、ククロセアトロ。

 

 中立の医療国家を謳っていた近界屈指の技術大国であり、今回アフトクラトルが宣戦布告した敵国である。

 

 既にハイレインは宣戦布告の通達を済ませているが、それに対する返答は皆無。

 

 景観の異質さも相俟って、慎重になるのも無理からぬ事と言えるだろう。

 

「はん、敵が出て来なきゃ炙り出しゃいいだけの話だろーが。何をぐだついてやがる」

「あんな真似までした連中が、無策とは思わん。警戒は十二分にしておくべきだ」

 

 ハイレインは厳しい視線で広がる街並みを凝視しながら、そう告げる。

 

 既に宣戦布告は通達したにも関わらず、何処を見渡しても敵の兵らしき存在は伺えない。

 

 軍事国家であるアフトクラトルに宣戦布告を受けたというのに、この有り様はいっそ不気味にすら思えた。

 

「そのあんな真似、っつーのが何かは知らねーけどよ。此処でぐだぐだしてても意味ねーだろ。一人も生かすなって言ったのは領主サマだぜ?」

「分かっている。だが、まずは首脳部を押さえる。あの大きな建物が敵の本拠地の筈だ。まずはそこへ攻め込むぞ」

「最初からそう言やいーんだよ。ったく」

 

 ようやくハイレインの出撃許可が下りた事で、エネドラはニヤリと笑う。

 

 彼にとっては敵が誰であろうと関係なく、ただ蹂躙出来ればそれで良い。

 

 既にトリガー(ホーン)の浸食が進んでいた当時のエネドラにとってはそれが全てであり、いつまでもハイレインが躊躇するようなら勝手に暴れ始めるつもりでもあった。

 

 恐らく、そんなエネドラの魂胆を見抜いたのだろう。

 

 ハイレインは仕方なく、といった風情で指示を出し、それを受けたエネドラの眼に獰猛な殺意が宿った。

 

「ようやく出撃か。エネドラではないが、待ちくたびれたぞ」

「アナタは戦いたいだけでしょう、ランバネイン」

「あんな真似をする馬鹿共が、真っ当な手段で出て来るとは限らんがな。久方ぶりの戦場で昂揚している事は、否定せんよ」

 

 そんなエネドラに同意するように、ランバネインもまた戦意を滾らせていた。

 

 常の彼には無い嫌悪と侮蔑がその眼にあったのは気にはなったが、どうせ大した事ではないだろうとエネドラはランバネインから視線を外した。

 

 当然、ミラにも視線は寄越さない。

 

 口を開けばまた小言を言われるのを分かっているので、面倒は御免被るとばかりにエネドラはミラを避けていた。

 

 それが避け得ない破綻の兆候であった事など、当時の彼には思い至らなかったに違いないだろうが。

 

「お、ようやく出て来やがったか」

「そのようだな」

 

 エネドラ達の眼に、遠くの白く巨大な長方形の建物の方角からやって来る一団が目に入る。

 

 出て来たのは、白い仮面を被った白一色の集団だった。

 

 服装から装備まで何から何まで白で統一されたその集団には、個性というものが伺えない。

 

 規格化された軍隊は得てしてそういう性質を持つが、これは些か行き過ぎているようにも思えた。

 

 しかし、エネドラには関係が無い。

 

 武器を持って出て来た白い集団を見てこの国の防衛部隊か、とエネドラは殺意を漲らせた。

 

泥の王(ボルボロス)…………!」

 

 先手必勝。

 

 それとばかりにエネドラは自身の肉体を液状化させ、泥の津波を展開した。

 

 黒く濁った泥の波は、即ち広範囲に広がる刃の群れでもある。

 

 まともに喰らえば、全滅は必至。

 

 凌いだとしても、エネドラの保持しているのは黒トリガー泥の王(ボルボロス)

 

 出力は当然桁違いであり、この程度の攻撃ならば幾らでも繰り出せる。

 

 故にいつものように泥の津波の波状攻撃で蹂躙し、撃ち漏らしは直接斬り裂く。

 

 そのつもりで、エネドラは初手からの全力攻撃を敢行した。

 

 間違いではない。

 

 自らの身体を液状化出来るエネドラにとってこの程度は造作もなく、反撃を受けた所で彼の核に届く事など早々ない。

 

 泥の王(ボルボロス)が初見殺しの塊である事もあって、エネドラが戦場に出た場合はまずこの大規模攻撃を行うのが常だった。

 

 その戦術的な有用性はハイレインも認めるところであり、今はまだ彼の力は有用である為見逃す要因にもなっている。

 

「あぁっ!?」

 

 だから、目の前に広がった光景はエネドラには看過出来なかった。

 

 白い集団の最前列にいた者達の腕が、一斉に()()()

 

 比喩ではなく、腕が発条仕掛けのように伸縮し、地面に突き立ったのだ。

 

 同時に、ガチガチという音と共に地面が隆起し、最前列の者達を呑み込む形で巨大な壁が形成。

 

 エネドラの泥の津波、その全てを受け止めたのだ。

 

 自身の初撃が完璧に防がれた事で、エネドラの沸点が一気に臨界に達する。

 

 蹂躙による快楽を享受しようとしていたエネドラにとって、それをむべもなく防がれた事は決して見逃せるものではなかったのだ。

 

「野郎…………!」

「ほぅ、敵の仕掛けか。こちらの手を読まれていたか? しかし、黒トリガーの攻撃を受け止めるだけのものを用意出来るとはな」

「…………っ! 舐めた真似しやがって…………っ! ぶっ殺────────」

 

「────────星の杖(オルガノン)

 

 ────────だが。

 

 激昂して攻撃を仕掛けようとしたエネドラの行動を遮る形で、()()は放たれた。

 

 眼にも映らない、神速の斬撃。

 

 それが目前に形成された壁を紙屑のように断裁し、強固と思われた壁は一瞬にして崩れ去った。

 

 出鼻を挫かれたエネドラの前に、一人の老剣士が進み出る。

 

「どうやら、面の攻撃には強くとも線の攻撃には弱いようですな。あの強度も、どうやら用途を限定したが故のものである様子。そう焦る事はありませんぞ」

 

 それを成した人物、ヴィザは己の黒トリガー星の杖を掲げながら、告げる。

 

 相手が誰であろうと噛みつくのが常のエネドラではあるが、純粋に武力で上回られているヴィザ相手にだけは頭が上がらない。

 

 忸怩たる想いを抱えつつも、エネドラは舌打ちを漏らすだけで済ませるのであった。

 

「しかし、分かってはいましたが矢張り碌でもない国であるのは間違いないようですな。まさか、()()()()()を運用しているとは」

 

 だが、ヴィザの興味は自身が切り崩した壁の残骸の中にあった。

 

 その視線の先、壁であった瓦礫の重なる場所。

 

 ────────そこには自らの肉体を壁と()()させていた白い兵士が、人とは思えない形と成り果て、その骸を晒していた。

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